ep10〜お義兄様と罠〜
第十話投稿です。
「ねぇお義兄様、本当にここに居るだけでいいんですの?」
『ここ』と言ったのはいつものSクラスの教室。
今はもう放課後で、わたくしとお義兄様以外誰もいない。
お義兄様が来るまで一緒にいてくれたシンディも既に帰宅している。
「うん。大丈夫だよ。今日で全部片付くからね」
「…?そうですか…?」
何やら含みのある言葉だった気がしなくもないけど、今は話す気がないということはわたくしでもわかるわ。
それでもきっと片付けば教えてくださる。
お義兄様はそういう方だもの。
…席に座らず扉の目の前に立っている理由も、多分その時に教えてくださるわ。
しばらくそうして立ったまま他愛のない会話を続けていると、お義兄様が突然熱いキスをしてきた。
「…ちょ、お義兄様!ここは学院ですわよ…!」
「しょうがないよ。私の愛する未来の奥さんが目の前で私だけに笑いかけてくれるんだから」
「もぅ…!わたくしの未来の旦那様は堪え性がないのかしら?」
「そうみたいだね。…エリファ、私が卒業したらすぐに結婚式を挙げようね。そうすれば分別のない大人も近寄れなくなるだろう」
「まぁ!そんなに早く婚姻できますの?」
この国では普通婚約期間を最短1年設け、その後また1年ほどかけて準備をし、式を挙げて正式に夫婦となる。
なので婚約から成婚まで2年はかかるとはずなのだけれど…。
「問題ないよ。私たちは10年前から婚約者同士だからね。エリファと想いが通じた3ヶ月前から準備は始めている。卒業後すぐに挙式できるようにね」
確かにあの時から婚約者だったのならお義兄様の卒業後すぐに挙式してもなにも問題はない。
名前も既に『エリファ・ユリシス』なので変わることもないし、住まいも変わらない。
お義兄様がわたくしの正式な夫になるだけだ。
ならここは素直に喜ぶべきでしょうね。
「嬉しいわ…!来年にはお義兄様と本当の夫婦になれるのね…!」
「うん、そうだよ。エリファはどんなウェディングドレスがいい?」
「そうですわね…プリンセスラインで華やかにして、銀糸の刺繍で胸元を飾りたいですわ。お義兄様の美しい銀髪のような…」
「いいね。私のフロックコートにはエリファの髪のような金糸で刺繍をしてもらおうかな?アスコットタイピンにはエリファの瞳のような紅玉を使って」
「ふふふ。ならわたくしもサムシングブルーにお義兄様の瞳の色のようなサファイアをあしらった指輪でも作ろうかしら?」
「それは嬉しいな。では早く問題を解決しないとね?」
「問題…あ、そうですわね。あの気持ちの悪い手紙をどうにかしないと…!」
今のところこの教室には誰も来ていない。
ただお義兄様とお喋りをして、キスをしただけ。
だというのにお義兄様は一瞬わたくしの背にある扉を一瞥した後わたくしを見つめて言う。
「…ねぇエリファ、もう一度キスしてもいい?」
お義兄様がわたくしの唇につつ、と指を添わせる。
逃げられないよう扉に手まで突いて。
その瞳には『逃がさない』と書いてあるみたいに熱が籠っていた。
なんだかそれが恥ずかしくて、手紙の問題がまだ残っていると言うのに少し目を伏せて小さく頷いてしまう。するとすぐに再び唇が奪われた。
扉の近くで物音が鳴った気がしたけれど、多分お義兄様が扉を押さえているからだわーーー
◇
「ああ、トーリ教諭。どうした?そんな青い顔して」
ジークフリートの声に、トーリは肩を跳ねさせた。
「…殿下……なぜ、ここに…」
「いやなに、人遣いの荒い友人に頼まれてな。『私の妻にちょっかいを出す教師を完膚なきまでに叩きのめしたい』だそうだ。まったく。あいつは王太子をなんだと思ってるんだか」
肩をすくめて戯けて見せるが、ジークフリートの目は笑っていない。
「…それは、大変ですね」
「本当にな。…さて、トーリ教諭。エリファに手紙を送っていただけならまだ見逃せたんだがな。お前の机からこんな物が出てきた」
その手には真っ赤な液体が入った小瓶。
それをトーリへ見せつけるようにふりふりと振っている。
「……見覚えありませんね。前任者が置いていったのでは?」
「それはありえんな。研究室は使用者が変わるたびに徹底的に掃除するからものが残っているはずがない。だからこれはお前のものだ。この、魔薬…いや、惚れ薬か?」
「………」
「『蝶々公爵家の秘密の薔薇姫』が欲しくなって無理矢理手に入れようとしたのか?はっ、教師の考えることとは思えんな」
トーリはぎりりと歯噛みした。
念の為に用意していたその薬を憎々しげに睨みながら。
「魔薬の製造は法律で禁止している。そのくらいわかっていたはずだろ?ばれなけりゃ良いとでも思ったか?ばれるに決まってるだろ。…ここにノアがいる限り」
「どういう、ことですか」
「蝶々公爵家の人間を甘く見るなってことだよ」
その意味を、トーリが理解することはない。
ユリシス公爵家の武器。それは情報収集力の高さだ。
普段は周りにも見えるように出しているユリシスの蝶々。しかし必要な場合はその姿を消してどこにでも忍ばせることができる。
蝶々は彼らの目となり耳となる。また時には剣となり盾となる。あまりにも有用な蝶々だ。
そんな蝶々を情報収集の為に使ってきたからこそユリシス公爵家の今の地位がある、ということだ。
周りは自分達の情報が吸われていることに気づかない。
気づいた時にはもう手遅れになっている。
これが『蝶々公爵家』たる所以。
そんな『蝶々公爵家』の次期当主であるノアが、エリファを狙うトーリに気が付かないわけがない。
この1ヶ月、ノアはトーリが動き出すのをずっと待っていた。
心苦しく思いながらも、蝶々伝に聞こえるエリファの声を心を鬼にして無視し、『領地に視察に行く』と嘯き、王都にある別邸でひたすらトーリが魔薬を完成させて動き出すのを待っていたのだ。
エリファがこのままでは自分のものにならないと判断し、この研究室で完成させた魔薬を取りにくるのをーーー
ひらり
一匹の蝶々がトーリの目の前に現れた。
『こんにちは、トーリ教諭。お呼びしたのに入っていらっしゃらなかったので。蝶越しで失礼しますね。扉の前まで来ていらっしゃったのに、何故入ってこられなかったのですか?』
「ノア…ユリシス…」
トーリの掠れた声は、ノアには届いていない。
『私と妻の会話、聞いていらしたのでしょう?妻は心から私を愛してくれています。そして私も妻を心から愛しています。…この意味がわかりますよね?』
「………」
『トーリ・ノルニエ。貴殿に私の薔薇は渡さない。妻の心は全て私のものだ。魔薬などに頼ろうとする薄っぺらな愛もどきを私の最愛に向けることなど断じて許さない』
「俺のエリファだ…!お前のものではない…!エリファだって俺を愛してくれている…!どうせお前が権力にもの言わせて無理矢理エリファを奪ったんだろう!!」
『ふふ、面白いことを言いますね?『気持ち悪い手紙』の送り主さん?』
「貴様…!!!」
トーリは蝶々を掴み握り潰そうとするも、蝶々からは未だ声が届く。
『私が奪ったと思うのならあの場に割って入ってエリファを連れて行くくらいすればいい。だが貴殿はそれすらせず研究室に逃げ帰って魔薬に頼ろうとした。かたや私は10年かけてエリファの心に寄り添ってきた。下地から違うのですよ。エリファの心に貴殿が入る余地はない』
「黙れ!!黙れ黙れ黙れ!!!」
『はぁ、喚くしかできませんか。ではこの辺で黙って差し上げますよ。ーージーク、後は頼んだよ』
その言葉を最後に、蝶々はトーリの手の中からフっと消え去った。
「あ、お前ちょ、…たく、面倒ごとは全部俺に丸投げかよ…。本当…。……トーリ・ノルニエ子爵令息。貴様を魔薬製造及び使用未遂で拘束する」
「あああああエリファぁあああ!!!エリファエリファエリファあああああ!!!」
叫び狂うトーリはすぐさま拘束され、貴族牢へと連行されていった。
その声がエリファに届くことは、もう二度とないーーーー
元々全五話のお話なので展開がはやいなぁ、と思いながら修正しています笑
あと改めて読むととんでもないなってなる部分が見えてきますね…笑
お読みいただきありがとうございました!
また次話でお会いしましょう!




