テスト対策
ファミレスのライゼリア。俺はその壁に描かれているキューピッドみたいな天使をボケっと眺めていた。1度は経験したいと思っていたファミレスでの勉強会。きっとそれは勉強会という建前で集まって遊ぶものだと思っていた。
そしてそれは間違ってない。間違ってないんだが、なぜテストが始まってからやるんだよ…… 普通余裕のある1週間前とかじゃないのこれって。
俺って一夜漬けで赤点回避するタイプだから、テスト期間中はキツいんだよな……
とまあ内心思ってはいるんだが、工藤の件もあって仕方がない。
渚に加えて俺と渚の事情をしってる2人にも来てもらっている。事情を話したところ皆が口を揃えて同じようなことをいう。
「実乃莉なら大丈夫よ」
「みのりんなら大丈夫」
「あれなら平気だろ」
信頼されているのか、それともナメられているのかよくわからないが工藤に害はない、そういう見解みたいだ。俺も文句はない。
ばんちゃんにも話してあるし、これで大丈夫だろう。渚とばんちゃんは驚いてたけど結構嬉しそうだった。
人気のないころから応援してくれてたファンだしな、気持ちはよく分かる。
「というわけで! テストが終わったらBBQを決行したいと思います!」
ノートに向かっていた凛が急に腕を突き上げて宣言した。ギラついた目はどこか虚ろだ。
「その前に貴女は赤点回避でしょ? 試合出れないわよ?」
「ぐ、ぐわーーー! 嫌だー! もうやだー!」
渚にいいからやれと言わんばかりにノートを突きつけられ凛は発狂した。女バスは赤点取ると試合に出さないと脅してるらしい。
そして自分は関係ないとばかりに携帯をいじっていた杏梨は視線だけ外し、口を開けた。
「まだテスト初日じゃん、その調子で平気なのかよ」
「いいから貴女もやりなさい!」
渚にしては素早い動きでスマホを引ったくる。
杏梨も成績優秀なわけないからな、ちゃんとキャラ通りの成績してるよ。
「おい、なにすんだよ」
「なにすんだじゃないわよ! 貴女達が勉強見て欲しいって言ったんでしょ! いいからテスト範囲が終わるまでスマホは没収!」
杏梨は舌打ちしながらも机に向かうが、それを見た渚のこめかみがピクピク動いているのは当然の反応だろう。
凛は突っ伏してるし、珍しく渚が翻弄されてるよ……
「バーベキューかあ、室内がいいな」
俺がポツリと漏らした一言で少し落ち着いた場がまた動きだす。
「ええ!? ありえないよ、りょうくんなにいっちゃってんの!? 無駄にあっついお日様に当たりながら、だらだら汗流して食らう肉が美味しいんじゃん!」
「うわ、でたよ体育会系。日焼けすんじゃん」
「女の子か! りょうくんは女の子か! お日様に当たらないから肌真っ白じゃん! 身体に悪いよ!」
「いや、凛も白いじゃん」
「体育館系ですからね!」
ボケてるのか本気でいってるのかわからないキャラだから俺はツッコまないぞ。
策士危うきに近寄らず、他の2人もスルーした。
「そうね、最近は手ぶらで行ける殆ど室内みたいなバーベキュー場もあるみたいだし、そっちのほうがいいんじゃない?」
「泳げなくね?」
やはり渚は味方か。だがこっちのギャルもやはり敵である。
「そーだ! そーだ! 川がないとBBQじゃない! アタシは断固拒否する!」
「でも食材とか買って行く手間が省けるみたいだぞ?」
サクッとスマホでバーベキュー場を調べた所、渚の言うように食材も道具もいらないバーベキュー場があるみたいだ。正直俺は行ったことないからこの情報を鵜呑みにしていいかわからんけど。
スマホを机の中央に置いて説明したが、杏梨が大きなため息をはいた。
「分かってねーな、そんなの焼肉屋とかわらないじゃん。BBQってのは準備するのも楽しいんだよ」
「無駄じゃない」
バサリと切った渚だが2人は一切引かない。
「それが分かってないんじゃん! 皆で食材を選んだり、重たいクーラーボックスを汗だくになりながら交代で運ぶ! これがBBQなのです!」
「凛もいいこというな……今もそうだろ? 生徒会室で勉強すればいいのを、陰キャこじらせた良介がどうせならファミレスで勉強してみたいって言うから来たんじゃん。これも無駄だけど楽しいだろ? なあ良介」
生徒会室は静かだ。俺達しかいないし人はまず来ない。その上やたらと設備が整っているから飲み物も色々あるしお菓子だってある。
勉強するには最高の環境だ。
だが俺はファミレスで勉強という行為そのものに憧れを抱いていた。青春っぽいし皆がやってるのを長年指を咥えて見ていたのだ。
だから提案したのだ、やはり勉強はファミレスでやるべきだと。
そして実際にこれは悪くない。皆とファミレスでだべりながらの勉強は正直いって楽しい。
それに本来勉強は友達とやるより1人でやるほうが効率がいい、生徒会室でやるのですら無駄なのだ。つまり俺はすでに無駄を楽しんでいる。
それと同じ……?
俺はバーベキューを間違っていたのか? 熱いなかわざわざ馬鹿かよと思っていた俺こそが馬鹿だった?
そうなんだ、俺はバーベキューを誤解していた。いや、BBQだ。
勉強をファミレスでやるのと同じで、BBQは外でやるべきなのかもしれない。
「た、確かに否定できない…… BBQは手間を惜しまずにやるべきなのか」
「なに洗脳されてんのよ貴方は」
俺の考えが傾き始めたスキを逃すものかと、杏梨が肩を組んで来た。
渚に諭されてしまう前に落とそうとしてる。それは分かっていたのだが俺は次の一言で完全に寝返ることになる。
「川でBBQすればここにいる女全員が水着になるんだぜ?」
「……渚。BBQは外でやるもんだろ?」
「はあーあ」
「りょうくん、それはアタシもどうかと思いました」
女子の好感度を下げることになってしまったが、水着姿がみれるならプラスだな。
というかこの3人の水着を駆け引きに使うとかもはや反則だろ。
「ははは! 良介もなんだかんだ男だからな、ちなみにあたしはビキニだから、楽しみにしてていーよ」
「お、おう。つか分かったから離せって」
「んだよ恥ずかしがんなって、ムッツリだな」
杏梨は距離感が近い。しかも胸元が緩いからちょいちょい見えるんだよ布が。どうしても目がそっちにいってしまうから恥ずかしいんだよ。
「……りーさんも赤くなってる」
「凛、それは言わないでおいてあげなさい」
「──聞こえてんだよ!」
杏梨の激しいツッコミに渚と凛はケラケラ笑う。これぞ俺の求めていたファミレスのテスト勉強だ。勉強という題目を掲げて実際には皆で集まって騒ぎたいだけ、これこそテスト勉強というものだろう。
ただテスト真っ最中にやるもんじゃないと思う。
「でも、あなたたち赤点3つ以上で補修だからね? ちゃんとBBQやりたいならまずは勉強しなさい」
「えーー!」
「あーだりぃ……」
そういいつつもBBQという目標が出来た2人はさっきより真面目に勉強し始める。
やっぱ目標は大事だな。というか俺も本気でやらないとまずい。
でも渚は1人だけ机に何も出してない。
「てか渚はさっきから何もしてないけど大丈夫なの? 学年1位がヤバイじゃないの?」
「こんな範囲なら3年前から満点とれてるわよ、私は講師として来てるの」
「……スゲーけど復習とかいいのかよ」
「私、覚えた事は忘れないから」
「さいですか」
やっぱなんだかんだ天才なんだと思う。普通のやつなら嫌味に聞こえる台詞も、渚がいうとそれが当然に感じる。
ボロがでるのが常人だ、けど渚は会話すればするほど有能なのが浮き彫りになる異端児だ。
俺達の会話を聞いていた杏梨は渚をじっくり見回した。
「コイツマジ? もはやムカつきもしないんだけど」
「アタシ的には渚と敵対してたりーさんが、コイツマジ? な感じだったわけで」
「テメー凛、喧嘩売ってんのか!?」
「ヒッ! 渚バリアー!」
凛にはしっかりムカついた杏梨は持ち前の眼光で凛を睨み付けた。反対のテーブルにいる凛には手が届かないからな。
良かったよ、食器とか薙ぎ倒しながら暴れるのを躊躇ってくれる人間性が残っててくれて。
「テメーもあたしの事バカにしたろ今!」
「え!? なんで!?」
「顔に出てんだよ!」
「いた! 痛いって!」
杏梨から強烈な物理攻撃がとんでくる。しかもいつもより痛い! 凛の分まで俺に来てる。
「チッ」
「理不尽だ、まだ何も言ってなかったのに。むしろ暴れ出さない人間性が残ってて褒めたくらいなのに」
「バカにしてんじゃねーかっ!」
「うわ! 渚バリアー!」
といっても隣は杏梨。渚を盾にすることもできず俺はさらに制裁をくらった。
「あなたたちにとって私はなんなのよ……」
「肉壁?」
「凛はよっぽど赤点を回避したいみたいね? 私が今日から毎日勉強みてあげるからね。テストが終わっても」
「うわー! ごめんなさい! ごめんなさい! 飲み物取ってくるから許してください!」
凛は返事を聞く前にスパグパッと渚のグラスを持ってドリンクバーへ向かっていった。
「あいつ生意気になったよな」
「なにいってんのよ、嬉しいクセに」
「はあ!?」
杏梨にとって対等にからかい合える相手は少ない。それは彼女の意固地な性格が問題だろう、けど凛はそれを退けた。あんなにビクビクしてたのにな。
渚によると杏梨はそれが嬉しいらしい。
「別に恥ずかしがることないじゃない、友達が増えて嬉しいんでしょ? 良介も友達ができたとかできないとかで一喜一憂してるし」
「はあ!? そんなんじゃねーし」
「俺を引き合いに出すな」
杏梨が嬉しそうなのは俺も思うけどな。というかそれ以上に凛がやたらと杏梨に絡んでいってる気がする。
あいつも仲良くなれたのが相当嬉しいんだろうな。
「もってきましたよ! 秘技! 鈴村特製カルピスコーラ!」
渚が杏梨をからかってる間に凛はジュースを取ってきた。向こうでチョロチョロしてるなと思ったけど、やっぱり余計なことをしてきたらしい。
「……許してもらうつもりあるのかしら?」
「ま、待ってよ。美味しいから! ま、まずは1口飲んでみてよ!」
杏梨の圧を乗りきった人物とは別人のような情けない声だ。むしろ命乞いしてるみたいだな。
「……まあいいけど。…………不味いじゃない、責任もってね?」
「はい……」
渚は盾より凛専用のストッパーとして優秀だな、最近じゃ渚くらいしか凛を止められる者はいない。
いつもならここで杏梨がすかさず凛を煽る場面だが、渚に凛と仲良し認定されて動けない。
ここで動けば渚に『やっぱり仲いいじゃない』とか言われかねないとでも考えているのだろう、大人しく勉強している。
そして俺達が囲むテーブルは筆記用具を動かす音しか聞こえなくなった。
……これも渚の狙いどおりなのだろうか、恐ろしい奴だ。




