引っかけ
7月の上旬、休みが明ければ期末試験が待っている。今頃日本中の高校生が机とにらめっこをしている頃だろう。といっても俺は赤点を回避できればそれでいいと思っているから勉強もそこそこ。
そしてそんな考え方をする人間ってのはまあまあいるもんだ。
その1人は隣でコントローラーを握る少女、工藤実乃莉だったりする。
俺は同類の横顔を眺めながら素朴な疑問を抱いていた。
デートってどこからがデートってことになるんだろうか。2人で映画館? 2人でご飯? それとも2人でゲームしたら?
こんなこと考えても彼女は男と2人きりで遊んでると意識することはちっともないんだろうけど。
しかし相変わらずやる気の無さそうな顔してるなあ。
「……もう、1回」
でもゲームに関しては負けず嫌いみたいだね。
さっきからずっと大乱闘ゲームをやっているんだが終わる気配がしない。お互いの家でフォートファイトやろうって言ったんだけどな、今日は別のゲームをしたいってことでわざわざ家まできた。
工藤と仲のいい阿久津はあんな見た目で勉強は出来るほうだった気がするし、この時期は相手にしてくれないのかもしれないな。
大方勉強をしたくなくて遊び相手として俺が選ばれたのだろうが、選んでくれたことが少し嬉しかったのはナイショだ。
だがプロゲーマーはどんなゲームだってそこそこ上手くできるもんだ。簡単には負けてやるつもりはない、それがプライドってもんだ。
「まだやるんでしょうか?」
「……良介くんが、嫌なら、やめるよ?」
「いや、俺は別にいいんだけど」
「じゃあ、やろう」
「オッケー」
ゲームって負け続けると不機嫌になる奴とか多いからな、その辺は顔色を伺いながらやっていきたいんだが、いかんせん工藤の顔色は分からない。
むしろ強い奴とやりたいタイプかもしれないな。強い相手と戦うのは楽しいからな。負け続けてイライラしてるようには見えないし。
……というか1対1でゲームってデートじゃね? しかも俺ん家で。むしろお家デート?
なんか緊張してきた。ってあっ!
「……やっと勝てた」
「あーくそ油断した」
「今日は、終わりに、しよう」
「え!? このタイミングで!?」
「うん……勝ち逃げ」
工藤はうっすらと笑みを浮かべピースしている。い、いい性格してやがる。骨の髄までゲーマーだな工藤のやつ。
「卑怯だぞ! あ、コントローラー置きやがった」
「…hawk君、も、よくやるでしょ? JILLちゃんと、建築バトル……してる時」
「そりゃそうだよ、あいつの煽り性能とんでもないんだから。たまにはやり返さないとストレスでハゲちゃうよ」
ホントに渚の奴は手がつけられないネットヤンキーだ。リアルも気質はヤンキーみたいなもんだしな。
それなのに男には配信でもリアルでもモテモテ。配信だと女にも人気だしな、男に媚びないから。というか男は下僕化してるし。
「最近は、学校でも、JILLみたいになってきたよね、渚ちゃん」
「それな。なんか男にモテるために猫かぶってたみたいだけど、それももういいから解放してるらしい」
「そうなんだ。……JILLらしいね。」
「俺からしたら渚らしいって感じだけどな………………ってえええっ!?」
バレてる!?
俺と渚が配信者だってバレてるじゃん!
もろhawkとJILLで特定されてるし、どういうこと!?
「あ、あれ? ……い、いつから俺がhawkだって?」
「……ん? 声で分かるよ、私3人のファンだから。でも確信したのは、サブアカウントで、フォートファイトやらしてくれた、時だよ」
勝手にやってたけどな。というか確信を持つためにやったのか、自由なやつだって思ったけど意味があったんだな。
「……サブアカウントでも、配信したこと、あるよね? 私ファンだからサブアカウントも全部知ってる、よ?」
「ちょっと怖いよ! ストーカーみたいじゃねーか!」
「ファンなら、当然。ストーカーは、ジルエイムみたいな人じゃないかな……」
「ジルエイム……? なんのこと……? あ。もしかしてだけど工藤って俺の配信で書き込みしてる?」
ジルエイムといえば渚の熱烈なファンであり配信サイトのアカウント名であったはずだ。渚がでてる配信にならどこでも出没するやつである。
この前ばんちゃんが配信切り忘れて住んでる市が全員バレちゃったんだよな。住所まで言ってたら終わってたな、渚に殺されてばんちゃんの人生が。
「うん、むしろ3人とも、してるよ」
やっぱりか。俺達共通のファンで名前が工藤実乃莉とくれば。
「もしかしてみのさん?」
「そう」
「ま、マジか……いつも応援ありがとうございます」
「応援、してます」
互いに向かい合って敬語になってしまう。俺に至っては正座だし。
ついこの前ばんちゃんと渚と全員のリスナーだって話したばっかりだよ。しかもちょこちょこスパチャもしてくれてる大事なお客様だ。
だが大事な事を聞かねばならん。
答え次第じゃ俺と渚の今後が変わる。
「……その、このこと誰かに言ったりした?」
「言ってない」
工藤は頭をフルフル左右に降った。
「じゃあできれば誰にも言わないで欲しいんだけど」
「うん、分かってるよ。顔出ししてないもんね、マナーは守るよ」
俺は大きく息をはいた。安堵のため息だ。まだ顔出し配信すらしてないのに身バレとか恐ろしい。
声で分かるかあ、でも配信みてれば俺と渚の声で分かってしまうのも頷ける。
盲点だったな、よく考えたら俺達の配信を見てるのは上下10歳くらいまでの人が殆どだ。学校なんてhawkやJILLを知っている人がゴロゴロいる危険地帯。
むしろ今まで声が似てるとか言われてないのが驚きかもしれない。
それの原因は俺が殆ど喋らなかったのが大きいんだろうけどな、渚1人なら声が似てるなくらいですむだろうし。
2人のやり取りを聞かれるのが不味いんだ。最近の渚の本質はJILLに近寄ってきてるし、俺もhawkに近づいている、このままじゃ工藤以外の誰かにバレる可能性も過分にしてあるぞ。なんたって世界に3億のプレイヤーがいるゲームなんだからな、フォートファイトは。
「助かる。ありがと工藤」
「うん、その代わり」
工藤はズイっと顔を近よらせて俺の目を見る。顔が近い…… そして無表情が怖い。俺はどんな条件を突きつけられてしまうのか、ドキドキで口が開くのを待たされる。相変わらすマイペースな奴だ。
「……その代わり、私も皆と建築バトル、したい」
「ん? そんなこと? 別に平気だけど」
工藤なら練習相手になるくらい実力あるし、たまにはメンバー以外とも戦わないと変なクセがついたりするからな、むしろ助かるまである。
「う、うん。…………やた」
なんと工藤がガッツポーズをしている。よっぽど嬉しかったんだろうな、相変わらず顔には出てないけど、そのくらいで喜んでもらえるとこっちも嬉しくなる。
そういえばばんちゃんの家なら4人でもフォートファイトが出来たはずだ、無駄にpcが4台も揃ってるから。
そのうち工藤も含めてオフ会申請でもするか、俺からオフ会しようなんて言ったらばんちゃんも渚も驚くぞ。
──ガタッ
ドアの向こうから物音がした。誰かいるっぽいな…… 人が遊んでるのを盗み聞きしたのか。
俺は音を立てないように近づいてドアを素早く開く。
すると案の定、人の部屋に聞き耳を立てにきた不埒もんが、へたりと部屋に倒れこむように侵入してきた。
「あ、あははー」
正座になった不埒もんはひきつった笑みで笑いかけてくる。腹のたつ顔だ。
「おい、なにしてんだよ琴葉」
「い、いやーなにって、そりゃ……男女の情事の勉強でしょうか?」
「おま、このませガキ!」
「ヒエー! 実乃莉先輩助けてください! お兄ちゃんにやられる!」
摘まみ出してやろうと近づくと、琴葉は心なしか機嫌の良さそうな工藤の後ろに隠れてしまう。
「……そうゆうのは、付き合ってから、ごめんね良介くん」
「なんで俺が迫ってるみたいになってんだよ!」
「琴葉ちゃん、私も、やられちゃう……助け、られないや」
そういって工藤は俺から身を守る体勢に入った。やられるの意味合いが琴葉と工藤で違う、俺をなんだと思ってんだよ。
「……工藤はとりあえず表情も変えられるように訓練しろや、緊張感のない顔しやがって。あと琴葉はどんな教育受けてきてんだよ、兄が友達と遊んでる部屋を盗み聞きするか、普通」
至極真っ当な2人へのクレーム。だが2人はどこ吹く風だ。
「りょうすけくん……モラハラ?」
「お兄ちゃん……ロジハラ?」
「工藤の真似すんな! 失礼だろうが!」
「ウシシ! やっぱロジハラだー! にげろー!」
琴葉はスタターっと部屋から退散していく。それを見てついついため息をついて工藤を見ると、また自分の身を守る仕草をした。
「……セクハラ?」
「しねえよっ!」




