本気の賭け
「もうすぐ夏休みだしなあ」
俺はひんやりと冷たい机に抱きつくように伏せながら、小さな声で呟いた。
あれからのことを考えると全てが都合よく進んだんだなと思う。
もちろん放送室でのことだ。
凛へのやっかみは殆どなくなったし、宮内さんから広がった俺の醜聞も鳴りを潜めている。それだけ凛の全校放送は効果があったということだ。
だが残念なことに宮内さんは不登校になってしまったらしい。
ここで『ざまぁ』とでも言えればいいんだが、俺はどうにかして宮内さんを救いたかった。
似た境遇をもつもの同士、見放したくなかった。
あの日を境に学校に来なくなったらしいし、視線に耐えられなくなったと考えるのが妥当だな。
俺の実力不足としかいいようがない。
手段を発見できず時間だけを浪費した結果、凛が待てなくなった。それであの放送につながったのだから。
まだまだ俺はリアルのスキルが足りなさすぎる。
それに反してやっぱり凛は凄かったな、俺を助けるついでに自分の立場をこれでもかと好転させたんだから。
俺の個人的な意向は凛に完膚なきまでに潰されてしまったというわけだ。さすが根っからの陽キャってのは格が違うと思いしらされたよ。
チラリと凛が楽しそうに女子達と笑いあっているのを盗み見ると、分かっていたように凛がこっちを睨み付けてきた。
すると友達が一斉に顔を寄せあってコショコショと密談を始める。
「リンリン平気? 酷いよね川上のやつ」
「ホント、ホント! なんなのあいつ最近までド陰キャだったクセに」
「立ち直ったのリンリンのおかげなんでしょ? 普通ねー?」
「な、なははは……」
何か事実が捏造されてる………まあそれはいいとして、俺は想像より女子に嫌われてちょっと憂鬱なのだ。
夏休みを熱望してしまうのも仕方ない。
中学時代の醜聞はなくなったけど、凛をこっぴどく振ったのは現在だ。むしろ前より立場が危ういような気がする。
演技とはいえ凛を最低なやり方で振ってしまったのはクラスメイトからしたら事実。なので凛はこうやって俺を敵視している演技をするのだが迫真に迫っている。
というか事情を知っている生徒会でも演技を続ける必要はないと思うんだけどな、よっぽど俺の振り方が下手くそで頭にきているらしい。
何度も謝ってはいるんだけど、むしろ謝れば謝るほど凛が怒るから大変だ、そろそろ許してくれないかね。
まあそれでも凛がクラスの女子達と楽しそうにしているのを見ると頑張ったかいがあったって思えるから十分だ。
それに一部の奴からは俺が渚に一途なのが硬派だと評価が上がっている。好きな人がいるといっても凛ほどの美少女を振ったことが衝撃的で男気を感じたらしい。
他の人を好きでも凛レベルの美少女に告白されたら普通は頷くって話しだな。
「貴方ってホントにバカよね」
「会ってそうそうなんだよ渚」
最近いつもバカだバカだと言ってくる。それも渚だけじゃなく友達になった奴皆から言われるんだよな。
こんだけバカバカ言われてると俺はバカなんだって納得してしまいそうになる。というか普通に気が滅入るから止めて欲しいんだよね。
「だってそうじゃない、絶対に暗転する選択肢と絶対に好転する選択肢、あったら誰もが好転を選ぶのにわざわざ暗転を選んだんだから」
「はい? 意味わかんないんだけど」
渚はため息をついた。
「だから貴方は良介なのよ」
「俺の名前を悪口の呼称にしないでくれません?」
「まあその選択で喜んでる子がいるのは間違いない事実なんだけどね」
「コイツ人の話し聞いてねーな」
「ね? 杏梨」
渚と一緒に来たクセに今まで黙っていた杏梨は、いきなり肩に手を置かれたもんだからキョドる。陽キャに話しかけられた俺みたいな反応だ。
「な、はあっ!? べ、別にあたしはなんとも思ってねーし!」
「過剰な反応が怪しいのよね、そこのところどうお考えでしょうか川上さん」
「おまっちょっ!」
なにか知らんが杏梨が慌てている。
「俺の名前が悪口になってるみたいで聞いてませんでした。クラスメイトがロン毛を見るたびに『川上だ!川上だ!』って指差ししてるのが目に浮かぶような気持ちです」
「……だから貴方は良介なのよ」
「あたしの反応を返せよ、つか渚お前はいっぺん死ね」
「っきゃ! あ、杏梨が暴力を振るおうと……川上くん助けて!」
2人は非常に楽しそうだ。因みに渚に腕を組まれた俺も文句なしで楽しい。鬱々とした気分も一瞬で晴れた。
「……久々に見ると腹たつわそれ! てめえ本気で1発殴らせろ!」
「あら? 女の武器を最大限に利用できない貴女が悪いんじゃない? 無能ね」
「……よし殺す」
無言で2人は俺を障害物にクルクルと周り始めた。
コイツらマジで仲良しじゃん。渚とかもう杏梨が一番の友達だろこれ。
ただこの2人、肉体派と頭脳派で完璧に別れてるからな。
……ほら捕まった。
「おい渚~テメー分かってんだろうな」
「もちろん分かってるわよ。むしろ分かってないのはそっちのほうじゃない? 私には召喚獣がいるんだから。凛! ちょっと助けて! 杏梨が暴れてる!」
「なっ! 卑怯だぞお前!」
「勝負に卑怯もクソもないわね!」
いや、勝負でもなんでもないだろこれ。
「呼ばれて飛び出てズバババイッ! 鈴村です!」
「杏梨を止めなさい!」
「了解であります会長!」
ダッシュからの急停止。ビシッと敬礼までしてから杏梨を取り押さえようと手をワキワキさせている。
そしてこんな時でも凛は俺をひと睨みしていった。根深い。
美少女の戯れを眺められるのはいいんだけど、凛との関係にヒビが入ったせいで肩身が狭い。
それにしても杏梨は前より角が削れたんじゃないかな、凛とのこのやりとりも定番になりつつあるけど、なんだかんだ楽しそうだ。
こんな光景を見ていると、もしかしたらなって思ってしまう。
もしかしたらここに宮内さんが加わっている未来もあったんじゃないかって。
昨日の敵は今日の友なんて言葉があるが現実はそんな都合よくいかない。昨日の敵は今日も敵で倒しても味方にならないし、蹴落とし合うだけだ。
そしてたまたま今回は俺が生き残った。宮内さんがこれからどんな行動をするのかは分からないが、視線恐怖症はどんな時だってついて回る。これから彼女は常に視線と戦い続けなくちゃいけない。
願わくば俺にとってのばんちゃんや渚のような相手に出会えることを。
……さて、俺もいつまでも人のことを心配していられるほど人生経験豊富じゃない。
そろそろ目下にある凛との不仲を解決しないとだな。
「取っ組み合い中悪いんだけど……」
「ぐぬぬ」
「うが、相変わらずコイツ強えぇ!」
2人は一見女子がキャーキャー言いながら指先を絡めて話してるように見えるが、これはれっきとした力比べ。プロレスで言うところのフィンガーロックだ。
夏の暑さもあいまって額から汗が垂れてきている。元気な奴らだよ。
「ダメよダメ、こうなったらしばらくこのままよ」
「いやいや、渚が原因じゃねーのかよ白々しい」
なんでコイツはまるで無関係みたいな顔でいられるの? なんか1人だけ汗1つかいてないし。
「つまり、結局のところ男であろうと女であろうと私の手のひらの上ってことよ」
「こすいだけじゃねーか」
「面白ければいいのよ、なんでも」
極論と共に肩を竦めて見せる。
ふざけた奴だが俺が頼れるのは渚ぐらいのもんだ、ここは恥を忍んでアドバイスしてもらおう。
「なあ」
「ん?」
「凛とどうやったら仲直りできると思う?」
腕を組んでのけ反った渚は鼻を鳴らした。そうゆう反応ってどうやって習得したの? 家の鏡で練習すんの?
「とうとうギブアップ? どっちが先に折れるか見物だったけど、そう。良介からだったのね」
「心底楽しそうな顔ですね」
「まあね。でも折れるのは凛が先だと思ったんだけど、意外ね」
折れるとか見物とか何のことかと思ったけど、俺と凛どっちが先に折れるかってことか。つか俺は最初から仲直りしようと折れまくってんだけど。
「なんかいい案ないか? 色々謝りつくして正直もう手がないんだよね」
「……まあいいわ。この状況にも飽きてきたし、良介が正解を導き出せるなんて思えないし」
「ぐっ」
渚は顎に手を当てて思慮を巡らす。
コイツやっぱり凛の怒ってる理由分かってやがる。というか杏梨も桃花も琴葉まで分かっているみたいな態度なんだよな、俺だけ分かってない。しかも誰もそれを教えてくれようとはしない。
渚にしても案は考えても理由までは教えてくれないのだろう。教えてくれるならこうやって考えたりしないだろうし。
「──そうね」
*
公園にあるハーフコート。そこにバスケットボールを傍らに突っ立っている少女はむくれていた。
「……なんでことちゃんに誘われて来たのにりょうくんしかいないのかな?」
「い、いやあ」
ははは。と頭をかきながらお茶を濁す。
俺は渚に言われた通り琴葉に土下座して凛を誘きだしてもらっていた。
公園でバスケをしませんかって琴葉が誘った時はそれはそれは警戒されて大変だったらしい。俺が要るのかしつこく聞かれたらしいからな、よっぽど顔を合わせたくなかったみたいだ。
琴葉は渚と遊ぶとかいってどっかいってしまった。いつの間にそんな仲良くなったんだか、2人で俺がちゃんと仲直りできたか報告を待っているそうだ。
「む……」
「そ、そうだ琴葉はどっかいっちゃったし、俺とバスケしない?
やりたがってただろ?」
因みに渚には凛と2人きりになる作戦を考えてもらっただけで、その後は全部俺次第だ。
一応だけど凛が乗って来そうな作戦は考えてきた。
「べつにいいかな」
「ええっ!?」
乗ってこないだと…… 早くも頓挫。
い、いやまてよ諦めんな俺!
「ま、まあまあそこをなんとかちょっとだけでも」
「…………」
ジロッと細目で睨み付けられる。
「いやあそれにしても今日は暑いな」
「……うん」
「そうだ、そろそろ期末だけど調子どうだ?」
「うっ……」
「不味いなら渚に見てもらえばいいな、あいつ頭だけはいいし」
「うん……」
い、一応反応は返ってきてるから! 会話できてるから!
「バスケする?」
てかなぜ俺はここまでバスケを押してるんだろう。なんかバスケ好きならバスケすれば仲良くなれるみたいな安直な考えで言い出しただけで深い意味は全くない。これはノープランってことになるんじゃ……。
「いいですよ」
「え、マジで?」
マジでバスケで仲良くなれるの?
「……そのかわり」
凛はたっぷり時間をかけて言葉を選ぶ。何を言い出すんだろうか、俺は緊張しながら彼女の口が開くのを待った。
「そのかわり、1on1でアタシがかったら1つなんでも言うことを聞いて貰います!」
凛はため池の水を解放するかのように一気にいい放った。なぜかちょっと顔が赤い。
「なんでも?」
凛は頷いた。といっても無茶なお願いはしてこないと思うけど。
「……分かった。そのかわりといってはなんだけど俺が勝ったら、放送室での失敗を許してくれないか? この通り謝る」
理由は分からない。だからもう謝るしか出来ないんだ。
「……いいよ、勝ったらね」
「ああ、ありがとう。じゃあルールは5点先取でいいか?」
「うん、前と同じだね」
俺は首肯で返す。
「じゃあやるか。先攻は譲るよ、条件で譲ってもらったから」
「……その余裕がムカつく! この前みたいにはいかないよ!」
先ほどまでの低いテンションから今度は戦闘民族のように血を滾らせている。負けん気の他に勝ちたい欲のようなものが凛の瞳に渦巻いていた。
かく言う俺も凛に許して貰える言質をとった、負けるわけにはいかないのだ。ここは悪いが本気でいかしてもらう。
バスケは身長が高ければ高いほど有利な欠陥スポーツだってとこ見せてやろうじゃないか。
──と思ったのだが。
「はあ、はあ、ちょい、ちょいたんま!」
「なっはっは! 勝負に待ったもへったくれもないのだ!」
クソ、凛の奴。
正々堂々と勝負するのかと思ったら俺が体力ないの見越して長期戦を仕掛けてきやがった。
シュートが打てる場所にいってもドリブルで切り返し、シュートと見せかけて自分の取りやすいとこにボールがくるように、ボートに当ててリバウンドするのだ。
そしてまたドリブルで俺を走らせる。それの繰り返し。
なんとスコアは4対4の同点だ、後半一気に追い付かれた。しかも凛の攻めでデュースなんてもんはない。あと1点入れられたら俺の負けだ。
お願い云々より純粋に負けたくない。俺より小さくて身体能力の低い相手に負けたとあっては純粋に技術の敗北だ。体力は言い訳にしかならない。
にしても凛にしては無慈悲なやり方だ。顔を見れば分かるけどマジだ。どんな手段でも使ってやるぞと目に書いてある。
嫌な予感がする。ここで負けたら大変なことになりそうな……
「はあ、はあ、もう体力の限界……」
「よしもらったぁっ!」
「なんてな! 甘いわ!」
「あっ! りょうくんズルい!」
わざと隙を見せて凛のシュートをブロック、そのまま俺のターンだ。
そっちがその気なら俺も手段を選ばん。
「だいたい先に卑怯な手を使ったのそっちじゃねーか! 引退してる奴の体力狙いやがって!」
「戦略ですよ戦略!」
余裕そうな面しやがって。
けどな、俺は引退してからもシュート練習だけはしてるんだ。だからシュートだけは得意だし凛より背が高いからボールをもらった瞬間にジャンプシュートすればいい。
「ほいっと」
「んな! んああああっ!」
勝敗がついた瞬間、凛が顔を挟んで叫びだした。
どんだけショック受けてんだ、ムンクの叫びかよ。
「あぶねーこれで仲直りだな!」
これで心置きなく凛に話しかけられるな。
勝者は仁王立ち、敗者はうなだれて何事か呟いた。
「あーあ。もうちょっとで彼氏できたのに……」
「ん? なに?」
「なんでもない!」
「そう? なんか彼氏がどうのとか」
「逆になんで全部聞こえてないんですかっ!?」
「うわっ、急につめてくるなよ」
「むー」
ジーっと見つめてくる凛を見ているとやっと戻ったなと実感する。そして嬉しさが込み上げきた。
「やっぱ凛といると楽しいな」
「なはは! そうでしょうとも!」
誉められて恥ずかしい凛は照れくさいのを笑って吹き飛ばしたように見える。
「凛ありがとな」
「ん? 何がですか?」
「助けてくれたことだよ。ちゃんとお礼言えてなかったと思ってさ。正直つらかったんだ責められるの。だから嬉しかった」
凛はパアッと顔を綻ばせた。
「うん! そういってもらえるために頑張った! アタシも止められてたのにゴメンね」
「いや、いいよ俺の我が儘だし、それに俺じゃなにも出来なかったし、ズルズル引きずるよりかえって宮内さんにはあれで良かったのかもしれない」
「……うん、じゃあお互い様だね」
「そうだなお互い様だな」
「ねえ」
「ん?」
「また何かあっても、アタシが絶対に助けてあげるからね」
俺は恥ずかしくて笑ってしまう。嬉しいのもあるけど情けなくて。
この娘はまだ俺を助けてくれるらしい。
「ありがとう。俺も凛に何かあったら絶対に助ける」
「うん!」
健康的な少女のはじける笑みは、まるで太陽みたいに眩しかった。




