始まりの始まり
「始まりの始まりぃぃ!! テスト明けが御開帳っだああ!!」
「Yo、Yo、御開帳、今日も今日とてオンザビート! だけどリンリン油断はするな、赤点3つで夏休み没収の招待状。今週だけで8割は死んだ脳細胞、とっくの昔にオーバーヒート! ……うわ! ダメだテスト終わりに勉強のこと考えてるオレ! やっぱ強いわコイツ。 強い…… 勉強強い」
なぜか自滅したラップオタクの月島は教室の床を叩いて悔しがっている。あれはあれでテンションが振り切ってる。言葉の反面顔は笑ってるし。
コイツらの反応を見るとテストが終わったんだと実感する。さっきまでゾンビよろしくな顔色だったのに、今はスポーツドリンクのCMにでも出れそうな清々しい表情をしているからな。
俺もまあ赤点はない。 ……ないはず。
やっぱ皆と勉強した次の日の科目が怪しいんだよな、もうテスト中に誰かと勉強するのはやめよう。
テスト前なら教え合うのも有効なんだけどな。
「とゆうことで今日は叫びたい気分です!」
「いいねえリンリンいっちゃう!?」
「さすがつっきー分かってらっしゃる! さあ! カラオケ行く人この指とーまれ!」
クラスのテンション担当2名が仕事をしている。あのレベルのテンションについて行けるクラスメイトは限られているな。
「僕は部活だから今日は遠慮しておくよ、大会もあるしね」
ここで限られた1人の辞退。御劔は最近より一層部活に打ち込んでいる。本気で頑張ってる奴は応援したいね。
「カラオケなら俺はいかなくていいわ、じゃあな」
とあっさり矢神も帰宅。
となると残るは……
「はいはーい! 私と春人参加でー!」
我らが天使、桃花とその彼氏の風見だ。俺は彼に因縁をつけられてちょっと気まずい状態だ。それは向こうも同じでたまに視線を感じることがある。
「あ、あの私も!」
桃花の勢いに乗っかるように参加表明したのは明石円香、1度は月島を凛に取られたと敵対したが仲直りした吹奏楽部の女の子だ。
さっきからチラ見してる月島がいるから参加するのだろうな、あからさまだ。
「……私も、行こう、かな」
ここで名乗りをあげたのは意外にも工藤その人だった。バンドのボーカルを勤めてるし意外でもないか、いつものヌボーっとした感じからバンドやってると思えないんだよな。
「じゃあウチも行くわ」
工藤の保護者こと阿久津瑠色はもちろんセットで参加だ。テスト習慣で他の女子が化粧をする暇がないとごちる中でも、彼女は変わらずキマッていてカッコいい。
そういえばテストが終わったらBBQとか言ってたけど、あれは夏休みだったか。それも直ぐの話しだけどな。
「おい良介、ライゼ行こうぜライゼ」
親指で教室の出口を指しながら近寄ってきたのは島崎杏梨、今日も今日とてギャル姿の杏梨に1度は清楚系を目指した事実があるとは思えない。なにより所作が荒い。
仲のいい男友達がいたらこんな感じで誘ってくるんだろうなと思っていると、しかめっ面になった杏梨が俺の机にカバンを置いた。
「また余計なこと考えてんだろ? 考える前に返事しろよ」
「普通考えて返事するだろ」
「いや、お前は考えなくていいこと考えてる。顔でわかんだよ顔で、んで? いくだろ」
なんでわかるかね。でも杏梨の場合はただの考えなしの無鉄砲だからな、脊髄で会話してそう。
「はいはい、了解です」
こうやって強制的に誘ってくるところも男友達って感じだ。
おっと待たせると怒られる、さっさと準備するか。
「とおぉぉころがどっこおおいっ!!」
このテンションである。
ヤバイ奴に絡まれてしまった。
「うるさっ! お前少しは考えて声だせよバカ!」
杏梨は間近で叫ばれたのか片耳を押さえてキレている。
俺は近づいてきた瞬間、大きく息を吸い込んだのを見て両耳を押さえるファインプレーでしのぎきった。
とりあえず視線だけで抗議してみたが奴に効果はない。テストという枷から解き放たれ笑みが崩れない。無敵だ。
「なっはっは! すまんりーさん! ところで2人はライゼに行こうとしてるらしいね?」
切り替え早すぎでしょこの人。凛は杏梨に謝るとグリンと俺に顔を向けて聞いてきた。
「そうだけど……」
「そうはいかないよっ!!」
「ええ……」
もはやこのテンションについていける気がしない。
「2人は強制参加です! テストを乗り越えた仲間じゃないですか! それに渚は既にとらえてるからね!」
凛の肩越しに見える渚は月島にラップで口説かれている。そしてそれを横から射殺すような目付きで見据える明石さん。
……なにあの情報量、参加したくねぇ。
というか冷静に、である。
俺はカラオケなんぞ行ったことがない。ソロで活動することに慣れたソロ充ならヒトカラに興じてるかもしれないが、行動力の乏しいソロ充なのだ俺は。
今だって店員さんと話す時は腹に力を入れて話してるんだ、カラオケに言ったことなくてもしょうがないのだ。むしろあの頃にいってたら直ぐに陰口叩かれるわ! お化けきたとかいって。
つか不味いぞこれは、歌だってここ数年歌ってないのにカラオケなんかいったら下手くそ過ぎて笑えないかもしれない。
背中に1筋の汗が流れた。
「あ、あたしやっぱ今日家の手伝いしないといけないんだったわ」
だが焦っていたのは俺だけじゃないらしい。
「なにいってんの! さっきまで楽しそうにライゼの話しせてたの聞いてますよ! ももちゃん!」
喚ばれた桃花はヒョコっと現れると片手をさっと上げた。
「はーい! 杏梨んちの美容院【island】は、今日定休日でーす!」
「っテメ桃花!」
「きゃーー怒ったー!」
犬歯を剥き出しにして睨む杏梨だったが、すでに桃花は走っていて風見の方へ向かっていった。盾にするつもりらしい。
風見は杏梨に睨まれて苦笑いしている。聞こえないけど『なんで俺が……』と言ってるのが口の動きでなんとなくわかった。
気持ちはわかる。でも桃花の盾になれるのになんでそんな不服そうなの? 実に腹立たしい。
「あたしはいかないからな!」
捨て台詞を吐いて教室を出ようとする杏梨だったが、それを見た凛は勝ち誇った顔をした。
「まさかりーさんってカラオケ下手なの?」
杏梨に届いたかわからないような囁き声。
だがドアに手をかけていた杏梨はピタリと立ち止まった。
「はあ? んなわけないじゃん」
あ、釣れた。
スレてない魚だなあ。
「じゃあ行くよねカラオケ」
「いかねーし、なんでだよ」
「でもいかないってことは下手くそなのを聴かれたくないからだと思うんだけどなあ」
「別に下手じゃないけど、今日は予定があるんだっての!」
「みんなーりーさんはカラオケ下手くそだから行きたくないっていってるよー」
「ちがっ……ちげーから! 別にそんなんじゃなくて暇じゃないだけだっつの!」
なんだこの水掛け論は、一向に話が進まない。
でもナイスだ杏梨。俺はこのスキに脱出させてもらう。
なるべく顔を上げないように扉に向かっていくと、出入口に仁王立ちしている女子がいた。
邪魔だな…… でも避けていけば。
お互いに避ける方向が同じでつまってしまう。
そしてまた。
また。
…………なんだこの人。俺が避けてんのにわざと進路妨害してるような。
たまらず顔を上げると。
「帰れると思ったの?」
そこには腹黒い笑みを浮かべた渚が腕を組んで立っていた。
さっきまで月島に口説かれてたよな……
なんか月島が這いつくばってんだけど。渚のやつ何したんだ。
「……ちょっとお手洗いに」
「嘘つくんじゃないわよ」
「ト、トイレ!」
「…………」
ダメだこの女、俺が失敗するところを眺めて心底バカにしたいって顔してやがる。俺がカラオケにいったことないなんてお見通しってか。
「実は予定があるんだよね」
「なんの?」
「杏梨と遊ぶんだよこれから、だから残念」
「ん」
渚は微笑みを繕い指をさす。
「ああ!? じゃあ点数勝負だかんな! 負けたらドリンクバー奢りな!」
「ええ! ええ! 受けて立とうじゃないですかりーさん! 後で謝っても遅いからね!」
「上等!」
俺が視線を戻すと、渚は先ほどよりもいい笑顔でうなずいた。
「良かったわね? 憂いが晴れて」
「よくねー」
なんつー性格のよさだコイツ。
この瞬間、俺と杏梨の参加も決定した。
でも杏梨ってカラオケ嫌がるんだな、むしろノリノリで参加しそうな感じするんだけど、ギャルだし。
凛にすっかり乗せられちゃって大丈夫なのか? ちなみに俺は大丈夫じゃない、杏梨さん今からでもカラオケ辞めてくんないかな。
「酷いのは酷いで面白いわよ?」
「もう酷いの前提かよ」
「カラオケ嫌がる奴は大体下手くそよ。それからカラオケいってもなかなかマイクを持たない奴は大体上手い奴ね」
「なにそれカラオケの法則?」
「私が考えたわ。前者は恥をさらしたくないって単純な理由で、後者はもったいぶって注目を集めようとする。つまり苦手なことは絶対やらないのに得意なことになると急に調子に乗るって意味ね。カラオケの法則使っていいわよ?」
「世にない法則振りかざして誰にウケるんだよ……」
「私」
「そうでしたね」
俺が萎えていると渚はニヤリとした。
「今日はやっぱりカラオケやめてフォトファやりましょっか」
「お! まじで? いいねー最近かなり練習してるからボックスファイトでも負けないぜ?」
「はい、カラオケの法則ー」
「…………」
「カラオケの法則ー」
「聞こえてるよっ!」
渚は耳障りなウヒャ声で笑った。




