卑怯者の女
や、やってやったぞこんちきしょー!
とりあえず巻き込んでしまったことちゃんの安全確保だけはできたかな。これで怒られるのはアタシだけになるはず!
職員室からどうやって放送室のカギを持ってきたのかは考えないでおこう。
さっきから目を爛々と輝かせて成り行きを見守ることちゃんにサムズアップすると、すぐさま同じジェスチャーが返ってくる。
あまり自分の身を心配とかしてなさそうですね……
なんて図太い神経なんだろうか、アタシも見習いところだ。
相手の顔が見えない状態で話すのってなんか怖いな。
でも電話だって顔が見えてるわけじゃないしだいじょーぶだいじょーぶ! 人数が数百人になっただけだし!
よし、大きく息をすってーはいてー。
緊張してる場合じゃないんだ、今までのは始まりに過ぎない本番はこれからなんだから。
頼りになる後輩の後押しを貰ってアタシは気合いを入れ直した。
「この度アタシが放送室をお借りしたのはとある人の潔白を晴らしたいからです。とある人……川上良介くんの悪い噂はほとんど間違っているんです、その理由を今から話したいと思います」
アタシは声がちゃんと届いているか不安になりことちゃんを見た。
無言でうなずいたことちゃんはOKサインを出してウィンクする。
よし、平気みたいだ。
*
『~~理由を今から話したいと思います』
俺の名前が出た瞬間、クラスの視線が俺に集中した。
視線恐怖症治ってなかったら死んでたぞ。
つかあいつらなにやってんだよ。
俺と宮内さんのことにはノータッチってことでまとまらなかったか?
「はあ、そうなるのね」
「あはは! まあ凛はそんなもでしょ!」
俺の視界には呆れた渚にイベントを楽しむ杏梨がバシバシと二の腕を叩いてる所がうつる。
お前らは他人事でいいよな。
俺なんか絶賛注目の的だってのに。
『りょうくんは中学生の時に部活の大事な試合で暴力事件を起こしたって言われてますよね? 確かにそれは間違ってないです』
凛が話しを続けることで視線が減っていく。
みんな興味津々だ。放送室ジャックまでやらかしてるからな、校内聴取率100%なんじゃないかこれ。
つまり俺の話題が全校生徒の前で披露されてるわけだ。
目立つのは動画配信だけでいいのに……
俺の心境なぞつゆしらず、放送は無慈悲にも流れていく。
『でもそれは悪い所だけを抜粋しただけで細かい所まで説明されてません』
凛ってこんな真面目な口調で話せるんだな、ずっと何時ものテンションなのかと思ってたよ。
それは皆が思ったことなのか周囲でも「え? これホントにリンリン?」などと疑惑が上がるほどだ。
『あの日りょうくんが暴力をふるったのは、他校の男子生徒に絡まれている1人の女の子を助ける為でした。それも相手から殴りかかって来た所を当て身でかわしただけです。けどそれが運悪く相手の頭に怪我をさせてしまったというだけで、りょうくんから殴りかかるなんて事実はありませんでした。』
凛の声だけが校内に響き、それ以外は時が止まったように静かだ。
クラスメイト達は俺を見たりスピーカーを見たりと動いているが誰も物音を立てない。
『じゃあなんでりょうくんはこんなにも非難されることになってしまったのか、その要因はたくさんありますが1つは相手の男子生徒が部活の対戦校の校長の息子だったからです。顧問の先生はりょうくんをカバってくれなかったらしいです』
周りがざわざわとしだす。
口々に俺を用語するような言葉を紡いでいる。
『……そして2つめは助けた女の子が恩を仇で返すような卑怯者だったからです』
ためらい、反省、憂い。さまざまな感情が入り乱れた間を空けた凛はそういった。
俺は許したし、今となってはどうでもいいことだ。
凛ももう気にしなくていいんだけど、以外と尾をひくタイプなんだよな。
『その女の子はりょうくんが窮地になっていることを知っていたのにも関わらず、我が身かわいさに見てみぬふりをしたんです』
今度はその女の子を非難する声がポツリポツリと上がりだす。
おいおい大丈夫か?
なにも自分を陥れるような言い方しなくてもいいのに。
『そしてりょうくんは全ての罪を被せられ、部活を退部させられてしまいました。しかも残りの中学校生活はずっとイジメられていたそうです』
『高校に入ってからの川上良介くんを知っている人は、どれだけ彼がおどおどしている人だったか分かりますよね? 視線は合わせられない、話しかけてもどもって何を言ってるのか分からない。そんな人になってしまったんです、元は全国大会に出れるようなスポーツマンだったのに』
今度は憐憫の視線だ。
多くの人が凛の声に耳を傾けて心情を左右される。凛にはそれだけの影響力がある。
『それでも今はある人のおかげでりょうくんは元気になってくれました。目を見て話してくれるし冗談だって言い合えます』
『だから、だからもうりょうくんを苦しめるのは止めて貰えませんか? りょうくんと同じ中学だった人は勘違いしてます。りょうくんは自分も怖いのに絡まれてる女の子を助けてくれるようないい人なんです。下着泥棒だとか万引きなんて絶対やりません! お願いだからこれ以上りょうくんを傷つけるのはやめて下さい!』
凛は必死に訴えた。
これは宮内さん個人に対する放送だ。名前を出さなくても誰が俺を陥れていたかは皆わかっている。
つまり一連の俺に対する悪評が非のない悲劇だったということ、そしてそれを悪しざまに吹聴している者がいる、その2点を宮内の名前を出さずに非難している。
ほとんどが俺の味方を、凛の肩を持つだろう。
凛は自分の目標をねじ曲げてでも俺を助ける事を優先したらしい。
宮内さんを助けるってことで納得してくたんじゃなかったのかよ……
凛にはこれが俺を助けると同時に裏切る行為だってわかってるはずなのに。
俺は出来れば宮内さんを助けたい、そう言った。
その気持ちに変わりはない。
けど人に嫌われるのを恐れている凛が勇気を出して俺を助けようと宮内さんに対抗してる、そう思うと暖かい気持ちになるし応援したくなる。
そもそも俺に宮内さんを助ける策はない。
じわじわと宮内さんにダメージを蓄積させてしまうだけだった。
いっそのことここで凛に責められて宮内さんが大人しくなるならそれが一番いいのかもしれない。
*
緊張と興奮で声が震えてないか心配だ。
これは明確なみやちゃんへの攻撃。だってりょうくんの悪口を言いふらしてるのは誰か皆が知ってる。
アタシは遠回しに"嘘ついてんじゃねーぞ"っていってるのだ、りーさん風に言うと。
あのPINEのメッセージでアタシの許容量を越えてしまった。
許したくないって、痛い目にあわせてやるって思ってしまった。
アタシの大好きなりょうくんになにするんだ! って。
これ以上りょうくんが傷ついてしまうのを見るのが耐えられなかった。本人が耐えてるのにアタシが根をあげて邪魔をした。
りょうくんいつもごめんなさい。
この前は助けて貰っておいて見捨てたアタシを許してくれた。そして今回はりょうくんが決めたこと、それとアタシ自信が決めたこと、その両方に背を向ける行為をしてしまった。
ことちゃんにもお兄ちゃんを裏切らせてしまったし、アタシの目標に関しては皆に手伝ってもらってるのにも関わらず投げ出してしまった。
そしてアタシはまだこの状況を利用しようと思ってる。
なかなかしたたかで卑怯者だって自分で思う。けどこれがアタシなんだ、好きな人のためならこれぐらいしてしまう。
恋って凄いんだなあ。
元々バカなのに更にバカになっちゃうですもんね。
アタシは大きく息をすう。
『そして最後に卑怯者の女から言わせて下さい。りょうくん! ずっと憧れてました! そしてあの時。屋上で抱きしめてくれたあの時から、あなたが大好きです! 付き合って下さいっ!』
*
「は?」
間の抜けた俺の声は理解の及ばないことへの聞き直し。もう一度言ってくれないことは分かってるし、実際は内容を理解してる。ただの現実逃避だ。
そして俺の間の抜けた声から数瞬遅れて爆発したけたたましい悲鳴は、クラスメイト達が仰天した声だ。
勢いよく立ち上がったせいで椅子が倒れる者もいる。でもそんなのお構い無しに騒いでいるし、俺を見たり仲間内でやいのやいのと盛り上がっている。
「え!? えええっ!? リンリンって年上の大学生が好きなんじゃなかったの!? どうゆうこと!?」
「てか川上とそんな仲だったとか全然わかんなかった!」
「うあああ! 俺のアイドルがああっ!!」
凛が自分こそが卑怯者の女だと言っているのはスルー。そんなことよりも告白の行方はどうなるのかと興味は俺に向けられている。騒ぎながらも俺から視線を外すことはない。
「……行かないとまずいわよ?」
こんな時も渚からのアシスト。全校放送で告白したのだ、答えも全校放送で返さないと生徒は満足しない。
強制参加イベントだ。
俺は今から放送室まで走っていって答えを返さないとならない。
さすがにそれは俺でも分かってしまった。ここで男を見せなければクラスメイトからは非難轟々だろうし、もし行かなかったらこんな催しを敢行した凛が非難されてしまう。
興醒めだった、ただの調子乗りだと。
放送室を乗っ取って盛り上がりにかけたらダサいのだ。そこまでしてダメだったつまらない人間だと凛に烙印が押されてしまう。
けど逆に盛り上がればそれは正義になる。
凛が非難した宮内さんは悪になるだろうし、放送室のジャックだって生徒皆が凛をカバってくれるだろう。
つまりハイリスクハイリターンの捨て身タックル。
なんていうか凛らしい。
俺に凛を見捨てる選択肢はないしな。
まさかそこまで計算して? ……いやいや渚じゃあるまいし凛がそこまでやるわけないな。
……本気なのか?
俺はとにかく放送室に向かおうと走りだす。が、その瞬間制服を掴まれた。
「お、おい!」
焦る俺の視界には眉根を寄せて言いよどむ杏梨が瞳を彷徨わせていた。
「……から」
「は!? 聞こえないんだけど!」
焦って口調が強くなってしまうと、まごついていた杏梨の目が強くなった。
いつものというより気をはっている時の目だ。
「……ちゃんと答えねーと許さねーからっ!!」
「え? あ、おう」
なんだ? 意図が読めん。
反射的にこう答えるのがキレられないと思ったけど……まあいいか。
俺は今度こそクラスメイト達に囃し立てられながら、凛のいる放送室に向かって走っていく。
「貴女もバカよね敵に塩送っちゃって」
「うるせえっ!」
渚と杏梨が騒いでいたが俺にはよく聞こえなかった。




