印象
風見春人は御劔智也がいなければクラスの中心だった。
そう断言できるような人物だ。
短髪でこんがり焼けた肌は野球部で鍛えている証拠。さらにシュッとしたイケメンで誰とでも分け隔てなく仲良くしていて、俺みたいな下位層の者にも普通に話しかけてくるいい奴だ。
しかも天塚桃花という大天使が彼女というチート野郎でもある。
ただ最近はどうも俺の噂を聞いて敵意を持ってしまったらしい。
誰とでも仲良くしている奴を敵に回すってホントに恐ろしいことだと思う。
それにちょっとショックでもある。俺はそんないい奴にまで嫌われるような人間なのかって。
「かざみー? どうしたの急に」
割り込んできて感じの悪い風見に凛は懐疑的な表情だ。
「川上って中学の時に部活で暴力事件起こしたんだろ? しかも全国大会出場の取り消し、ホントに悪い奴じゃないって思ってんのかよ?」
いつも軽い感じの風見だが今日は違った。
「う、うん」
「俺さ野球本気でやってるから分かるんだよ、全国に出れるって決まってたのに出れなくなった人達の気持ちがさ、それは凛もわかるだろ?」
「わかるよ、わかるけど──」
「俺だったら絶対に許せないけどな、どんな理由があろうと何年間もやってきた努力をなかったことにされたらさ。まあ都大会にも出れてない俺が言うことじゃないのかもしんないけどな」
風見は一度俺を見て視線を外した。
さっきからなんとか言い返そうとしていた凛だったが、風見の正論に喉をつまらせる。
そして彼女は自己嫌悪してしまう、自分の行いが俺達の大会を台無しにしてしまったと。
「そうよね、いくら大会が台無しになったとしても最後は個人の実力だもの、私ならその年が駄目でも別の機会で必ず結果を残そうとするかな。そこで諦めるようなら元から全国大会なんて勝てる見込みないだろうし」
助け船というかもう嫌われ役を徹底して引き受けるらしい渚は、以前までは絶対にしなかった男子を煽るという行為をちゅうちょなく果たした。
「渚……まあ渚はそれでいいかもな、でも皆が渚みたいに天才じゃないんだぜ?」
「ふうん、それじゃ私が努力しないで成績を残してるみたいな言い方になるわね?」
あれなんかバチバチしてるけど大丈夫? 喧嘩?
「へえ、違うんだ?」
両者笑顔の攻防、もはや話題の軸足る俺の入る隙間はなし。
あっても入らないけどな。
「ちょっと春人! 渚になにしてんの!?」
だがここに突入する猛者が即座に反応してきた。
風見と渚どちらとも親しい桃花は、現状とかそっちのけで渚の味方として風見の前に立つ。
桃花は彼氏を叱るためほっぺたを膨らませて、珍しく人を睨んでいた。
「げっ桃花」
「げってなにっ!?」
桃花の登場で眉を潜めた風見は1歩、2歩と詰め寄る桃花に合わせて後退りする。
案外尻に敷かれているのかもしれない。
その様子を見た渚は風見を見てこれでもかと、口の端を歪めてどや顔を送っている。
普段の渚を知っている俺は耐性があるけど風見はそうじゃない。
目を剥く風見は何が起きたのかわからないといった表情で、桃花のお叱りを聞き流している。
学校1の美少女にあれだけ敵意を向けられたらショックだよな、いくら大天使が彼女だとしても。
「1killしたわよ?」
「……報告はりょうくんにお願いします」
「あら、凛のために殺したのに?」
「さっきからなんでそんなに物騒なの!? まだ生きてるよ!」
「じゃあトドメ刺してくるわね」
「終わりが見えない!」
学校誇る美少女の戯れ、実に絵になるね。
2人の関係は前から変わらないな、やっぱり元から仲良しだっただけあって渚は凛の笑顔をあっという間に取り戻してしまった。
「1killしたわよ?」
「ああマジで俺にもくるのね」
「ほうれんそうも知らないの? 社会に出てから苦労するわよ?」
「なんだこのダルがらみ、さっきから本性いっさい隠せてねーぞ」
「もうそろいっかなって」
この頃よく耳にする噂。渚の性格がブリっ子からサバサバになったというものだけど、それでもまだまだ猫を被っていたと皆は知らない。
最近はその皮を脱ぎつつあったが、ついに放り捨てたらしい。
そして最初の犠牲者が風見になってしまったということだ、かわいそうに。
風見の言うことは最もなんだ。
大会を台無しにするようなやつ、信じられるわけがない。
部活に勤しむ風見の瞳を見た俺は彼に嫌われてしまうのは諦めるしかないと腹を括る。
俺は凛と違って憎悪をむける相手まで懐柔しようとは思えない。
めんどうだし、嫌う相手の前に立っているのは辛い。
「ははは、本性ばれたら男にまで嫌われるかもな」
「そんなわけないじゃない。この私よ? むしろ新しい黒原渚を知れたって感涙にむせび泣くこと間違いないわね」
「……その自信凛にも分けてやってくれよ」
「凛は元から自信あるんじゃない? 気が小さいだけよ。むしろ自信に関しては貴方のほうでしょ? 得意なことから自信に繋げる、忘れてないわよね?」
まあ確かに自分のこと美少女とか平気で言ってる奴だったかもしれん。
渚がエグ過ぎて印象になかったな。
「へい、忘れていやせん」
「分かればいいのよ三下」
人の心配してる場合じゃないと細目で睨まれた俺は、凛から苦笑いをいただいた。
凛としても渚の言葉には思うところがあるみたいだな。
謹慎明け一番からクラスメイトに揉まれた俺だったが、それは朝だけに限らず休み時間や昼休みにも持ち越された。
それだけ新鮮なネタだったし、陰キャでカーストの低い俺にはさぞ色々といいやすいだろう、さながら餌に群がる鳥の群れといった様相だ。
そして俺はなんとか放課後まで耐えきった。
毎日これだとキツイぞ……
今は群がっていた鳥達がいなくなり、教室には数人しか残っていない。
むしろそうなるまでつつき回されたんだけどな。
不登校になってやろうか……
俺が辟易と机に身を預けていると教室の扉が開いた。
そこには。
「あんたまだ学校きてるんだ、よくこれるね」
黒髪のショートカットに着崩した制服、鋭い目、謹慎の元凶で俺が机に突っ伏してる元凶、宮内美香が立っていた。
マジか……人が少ないの見越して来たろこれ。
やっぱ誰に頼まなくとも向こうから来たか。
数が減って興味より気まずさが勝ったクラスメイト達は足早に教室を後にする。だが彼らはドアから顔だけだして好奇の目を向けている。
……そうなりますよね。
1人を除いて。
「あ、あれ、みやちゃんやっほー謹慎明けたんだね」
「凛には関係ないでしょ? 引っ込んでてくんない?」
不機嫌なのは変わらないが前回と違って発狂はしてない。人目の減ったタイミングを狙ってきただけあるな。
ばんちゃんが人目を恐れて諦めるじゃないかって言ってたけど、早くもその目は対策してきたみたいだ。
つかまたこの場面に凛がいるのか……運が悪いのかいいのか分からないな。
そして早くも牽制されてビクついている。
「……そうだな凛は口を出さないでくれ」
「えっでも……」
「いいから」
「……うん、分かった」
そしてすごすごと引き下がる凛だがこの場には残るみたいで、少し離れて待機している。
ビクビクしてる女の子を見るのは俺も嫌だしこれでいい。
「で? あんた恥ずかしくないの? あれだけ色々やらかして」
「色々って……確かに部活を台無しにしたのは認めるけど、その他は身に覚えがないぞ?」
「ウソ言ってじゃないわよ! 私はしってんのよ? あんたが中学の時にクラスメイトの下着を盗んだこと、盗まれた娘に確認もとれるわよ?」
嘲笑の笑みを浮かべながら宮内は嘘をつく。
ここまで自身のある言い方をされると、観戦してるクラスメイト達が嘘を誠に捉えてしまう。
いくら発狂してたとは言え元はクラスカーストのトップの人間だ、3年近く存在感を消してた俺とは自力が違いすぎる。
まずいな。ちょっと強引だけど話をそらすか。もとから聞きたかったことだし。
「いや、やってないものはやってない。それよりも宮内さん視線が怖いんじゃないか? 何か困ってないか?」
「あ? あんたに何が分かるっつーんだよ! 人が苦しんでる時にヘラヘラしやがって! あんたのせいで私の人生は狂ったんだ!」
一応話はそらせたか。
分かっていたことだけど視線が怖いのだろう、どうにかしたいのにどうにもできない、そんな感情が彼女の語気から伝わってくる。
「分かるよ、俺もずっと視線が怖かったから。……だから相談にのれると思うし……アドバイスもできると思う。昔のことを忘れてくれとは言わないし、許してくれとも言わないよ、でももしよかったら相談にのらしてもらえないか?」
宮内さんは押し黙る。そして数秒してからヘラヘラと笑いだした。
「あはっ、あはは、あっはっはっはっは! もしかして私こんなド陰キャに同情されちゃってる? あっはっはっ! ふざけんなよ!? 視線が怖い? 意味分かんないこといってんじゃねーよ! いきなりいい人ぶってポイント稼ぎ? 底が浅いんだよカス! あんたが何を言おうと私達の仲が引き裂かれたのは変わらないから!」
ついに発狂しだした宮内さんは人目が少ないのをいいことに大暴れだ。
顔が怖い。
「お、落ち着いて。そのことは謝るよ。でもそれは切っ掛けになっただけで喧嘩になったのは2人の問題だろ?」
「は? 謝る気あんのかよ! 切っ掛け作ってる時点であんたのせいだろーが! そんなやつが呑気にヘラヘラしてんのがムカつくんだよ! クソが! あんたには教室の隅で縮こまってんのがお似合いなんだよ!」
犬歯を剥き出しにして吠える宮内さん。渚や杏梨がましに見えてくるような理不尽だ。
けど俺は対抗しないといけない。自分の身を守るため、そしてできることなら宮内さんに協力するために。
「ちゃんと謝るよ、ゴメン。確かに俺が楽しくしてんのは宮内さんには目障りかもしれないな。……でも俺もあれから苦しんだんだよ、たくさんの人に蔑視されて、目が……視線が怖くなった。けど色んな人の協力で今は治ったんだ、だから宮内さんも──」
「……さい」
俺が話してる最中に宮内さんが何か呟いた。
よく聞こえない。
「ん?」
「うるさいっていってんのよ! あんたの話しなんかどうでもいいのよ! 今は私の話をしてんの! あんたなんかがどうなろうが知ったこっちゃないっての! 謝れよ! そんで学校やめろ! あんたのせいで停学になったんだから!」
「ッ!」
宮内さんはついにそこらに置いてある筆箱や、人の教科書を俺に投げつけてくる。
俺の説得は火に油だった。
「ちょっとみやちゃんやりすぎだよ!」
珍しく凛が怒気を含んだ声を人に向けている。
それに眉間にシワをよせて怒っている。
「ッだから凛はだまっててよ!」
「てか宮内やりすぎじゃね?」
「そーそーなんか怖いし、異常じゃん」
「な、何か川上が悪いのかと思ってたけど宮内の被害者なんじゃねーの?」
野次馬からの声、少ないながらもこの場の承認達だ。
宮内さんはやりすぎた、結局この流れになるのか……
「ちッ! おい川上! これで許されたとか思うなよ! またくるからな!」
そういって最後に宮内さんは誰かの筆箱を本気で投げてくる。
「いって……」
なんとか手で弾くことはできたが、筆箱が固いプラスチック製のもので、腕から血が垂れた。
プロゲーマーの腕を攻撃するなんて悪質すぎる。
まあ相手は俺のこと知らないんだけどな。
宮内さんは野次馬を殴るように押し退けて教室から出ていってしまう。
「りょうくん大丈夫!?」
凛が駆け寄って俺の手を取った。
ちょっと派手に血がでているけどそんなに大きなケガじゃないと思う。
「平気、平気。ちょっと血が出てるだけだから、水道で洗ってくるよ」
「まってアタシもいく!」
俺が教室から出ようとすると、クラスメイト達はバツが悪そうに帰路につく。
まあ俺のことも色々言っていた奴らなんだろうな。
俺は水道で傷を洗ってハンカチで押さえる。
「よし帰るか」
「え!?保健室は!?」
「大したことないし家でやるよ」
「ダメだよ!バイ菌入っちゃうよ!」
「でも保健室はあんまりな……」
あまりいい思い出がないんだよな、あそこって意外にヤンキーの出入り激しいし。
「じゃあこっち!」
そういって俺は教室へ腕を引かれ、半強制的に座るように促される。仕方ないから座る時に邪魔になるスマホを机に置いて凛の言う通りにした。
なんか今の凛は気迫があって断りずらい。
「腕みせて!」
「はい」
凛は眉を潜める。
「……やっぱり結構切れてるじゃん! 応急措置しないと」
それからバックを漁った凛は化粧ポーチのような物から消毒液やらバンソーコーを取り出す。
「いや、いつも身に付けてんの?」
「うん、部活ですり傷とかよくあるし一応ね」
「さすがキャプテンだな」
「まあね、皆の安全確保もキャプテンの仕事ですから!」
そういうだけあって凛はテキパキと処置をしてくれた。
しっかりガーゼで傷を覆って、保健室に行くのとかわらないような処置だ。
「ありがとな」
「うん。みやちゃんはやっぱりちょっと許せないな」
「でも皆と仲良くするんだろ?」
「そうだけど……そうするけど、ダメなことはダメだっていえる友達になります!」
「おお、校内のポスターとかに書いてありそうなセリフ」
「本気なのに……」
「ははは! ありがとなこれ。 俺はもう帰って寝る、今日はいろいろ疲れたわ」
「え、急だね、た、大変だったもんね、お大事にーって早!」
俺はさっさと教室を出る。
なぜかと言うとやたらと胸が高鳴っていたからだ。
しょうがないだろ、だって普段のバカっぽさが抜けてただただ美人で優しい凛が応急措置をしてくれた。
それもやたらと距離感が近くてベタベタ触ってくるから。
真剣に処置してくれた凛には失礼かもしれないけどさ、なんというか放課後の教室に2人っきりってのも相まって耐えられなかった。
もんもんとしながら帰っていて、宮内さんに絡まれたことを思い出したのは家まで半分の距離になったところだった。
絡まれたことより凛が可愛いかったことのほうが俺を動揺させていたらしい。
ため息をつきながら俺は少し落ち着いて時間を見ようとスマホに手を掛けようとして気づく。
「やべ、携帯忘れた」




