兄貴ばんちゃん
他の皆が頑張って学校で勉強しているそんな日に、パチモンを飲みながらゲームをする、それは至福の一時だろう。
夜中に食べるカップラーメンのような背徳感、それに似ている。
悪い事をしているんじゃないかって小さなスリルが人を虜にするのだ。
ただし気の小さい人間は楽しめないことが多い、それはゲームどころか罪悪感に苛まれてしまうからだ。
皆が勉強してるのに……
夜食は体によくないのに……
こういったことを気に病む人間は、至福の時がむしろ心苦しい反省の場になってしまう。
俺はゲーミングチェアに背を預け頭にはヘッドセット、モニターにはゲームがついているものの、ホーム画面から動かしていない。
ここ数日ゲームをしても手につかなかった。
案の定謹慎になったからな、宮内も同じく謹慎になったらしいけど、お互いに3日だけ。
せめて宮内は1週間だろ、俺はほぼ被害者だぞ。
と気を強く持とうとしても、やっぱり色々と思い出して嫌な気分になってしまう。
俺も凛のことを言えない臆病者だってことだな、分かってたことだけど。
この調子じゃゲームにまで響いちゃうよ、本来なら殆ど毎日やってるのに、もう4日もやってない。
下手くそになったらどうしてくれんだ。
俺がでっかいため息をついていると、フォートファイトの待機画面に『Ban eastがパーティーに参加しました』と知らせが入る。
「ういーっす」
ほんの数日話してないだけで久しぶりに声を聞いた気がする。
「ういっすばんちゃん。昼間っからゲームとかいい身分だな」
「お前に言われたくないわ!」
いつでも高めのテンションは配信中だろうが普段通り、むしろ配信中じゃなくてもうるさい男だ。
「ははは、さすが反応がそこら辺の芸人よりいいな」
「それが売りでやってるからな。つか良介こそ今日は学校じゃねーのかよ、ついに不登校になったか?」
不登校になったかって? よくそんなデリケートな内容を髪切ったか? ぐらいのノリで聞けるよな、ホントになっちゃいそうな俺に向かって。
「実はもう3日も学校行けてなくてさ……」
ばんちゃんの息を飲む音がヘッドフォンから伝わってくる。
嘘はついてない。
無神経な質問してくっからちょっと驚かしてやろう。
「ま、マジで?」
冗談で聞いたのにホントだった、どうしようなんて声を掛ければいいかわからない。
どもって上ずった声、ばんちゃんの考えが手に取るようにわかる。
「どうしよう……」
「ちょっと待ってろよ、今からお前ん家行くから!」
「ストップ! ストップ! ウソウソ停学くらっただけだから!」
「はあ!?」
テンションが高くそして暑苦しい男それがばんちゃんだった、マジで家に乗り込んでくる勢いだ。
速攻でネタバレさせられたわ。
「無神経な質問してくるからだろ」
「お前なあ……はあ。ったく渚といい良介といいなんでこう生意気に育っちまったんだよ」
むしろ前に比べたら相当お利口さんになったと思うけどな、前は俺も渚も人の言うことを聞くような人間じゃなかったし。
荒みきってたからな。
「元からだと思うけど」
「そりゃそうだな! はっはっは! ……あ、つか停学ってマジ?」
「ん? そうそう喧嘩? みたいな感じなのかな停学くらった」
「いや詳しく話せよ……」
ずさん過ぎたか。
ばんちゃんから呆れかえった声が返ってきてしまった。
「元中の女同級生が俺が楽しくしてるのが気に食わなくて発狂した」
「んだそれめんどい奴だな。つかそれもそんなに詳しくないからな、まあ大筋は分かったけど」
やっぱ相談するならばんちゃんだよな、一番親身になってくれるし。
なんか兄貴って感じのアドバイスもしてくれるからな。
とりあえずちゃんと詳細も話そう。
「──で停学くらって今日が最終日」
「だからフォートファイトやってなかったのか、死んだのかと思った」
「3、4日ゲームしないだけで死人扱いすんな」
ついミュートしたくなるようなばんちゃんの笑い声がヘッドフォンから漏れでる。
俺もばんちゃんが何日かゲームしてなかったら同じこというけどさ。
「──んで、良介はその宮内って女の子を助けたいってことでいいのか?」
「助けたいっていうか……これ以上症状が悪化しないようになってもらいたいというか。」
向こうはグツグツ煮えたぎったマグマみたいな怒りを俺に向けてきてる。助けたい……というより見たくない。
俺だってあれだけ敵意を向けられればムカつくし怖いんだ。
ただあそこまで弱ってる人間をほおっておきたくないだけだ。
「ん~そうか。好きじゃないけどボロボロの姿は見たくないってことか」
ばんちゃんはそう言うと吹き出してゲラゲラ笑いだした。
なんだコイツ人が真剣に話してるってのに。
「なんで笑うんだよ感じ悪いぞ」
「いや悪い悪い。生意気だけどお人好しだと思ってな」
「別にそんなんじゃねーよ」
「あーはいはい」
「コイツ……」
「俺が思うにだけど──」
人の話を聞くきないな、別に俺はお人好しじゃない。
もしこの気持ちを言葉にするなら偽善者だ。
「流しやがった」
「……俺が思うにだけど、良介からなんかするのは逆によくない。そこまで逆上してるってことは、良介がなにをしてもムカつくんだよ」
ダメだ俺にコイツは止められない、渚じゃないと。
でも無理に押し通してくるだけあってまともなこと言ってんだよな。
宮内さんとは1度、誠心誠意真っ正面から俺なりにぶつかってるし、ばんちゃんの言う事はもっともかもしれない。
「けどそれじゃ何も解決しなくないか?」
「良介が解決するってのはたぶん不可能だと思うぜ? むしろ何もしないのがその娘の助けになると俺は思う。相手にすんな」
ええ……なにもすんなって、もはやサンドバッグじゃないですか。
俺的には敵対も友好もしない中立みたいな立場になりたいとは思っていた。けどなにもしなきゃ敵対されたままじゃないか?
「なんも解決しなくね? それにこれ以上俺に当たってたらそれこそ周りから白い目でみられると思うんだけど」
「人間ってさ限界越えると勝手にセーブが掛かるようになってんだよ。宮内ちゃんはもう限界だろ? 良介に悪態つきにこれるのはもって数回だろうな。そしたら学習するよ、いくら気に食わなくても視線が怖いから文句言うのは止めようって」
かくいう俺も視線を向けられないための努力は本気でしていたからな。
最終的には視線を遮るために伸ばした髪で余計に視線を集めることになってしまったけど。
宮内が意地を張っていられるのも長くないかもな。
「そんなもん?」
「そんなもんだよ。そしたら良介に近づかなくなって、悪口も自然にいわなくなる。周りも白い目で見なくなるだろ? 元の人気者に返り咲くことができるって寸法だな」
元が人気者だったかどうかは置いといて、よどみなく話すばんちゃんの胸算用は間違ってなさそうだ。
──でも。
「理想はそうなって欲しい所だけどな」
あれだけ俺を憎んでいたんだ、近づかなくなったとして悪口を止めるのか? 無理だろ。
それで結局自滅することになるんだ。
「それが無理なら……後は女の子だからな惚れさせるのが手っ取り早い。いいか相手の好感度は最低だ、でも逆に捉えればこれ以上下がることはないだろ?」
「あーいい! いいから! ばんちゃんと違って女子に免疫ないんだよ俺は! とりあえずそれは却下!」
真面目に話してたと思ったらすぐこれだよ。
ばんちゃんは真面目に話してるんだろうけどな、俺には逆立ちしたってできない手法だよ。
「そうか? 良介ならいけると思うぜ! 今が最低なんだから何でも試しにやってみろよ! もしかしたら意外な方法で好感度が上がるかもしれないだろ?」
「最低なのはお前だよ。つかゲームじゃねーんだからな! 俺で遊ぼうとすんじゃねー!」
相手からの評価が最低だから何してもいいだろってヤバすぎだろ、これだから陽キャは。
「人生は一度きりだぜ? やっちゃえよ」
ひたすら軽い、発声すら軽い。
「人生一度きりだから慎重になんだよ」
ガンガンいこうぜより命を大事に派なんだよ俺は。
「嘆かわしいね花の高校生が冒険しないなんて、最近の若者はこれだから……」
「ばんちゃんも若者じゃねーか、そんなこと言ってるとまた渚にグチグチ言われんぞ」
「それは勘弁してください。……まあ俺の意見は変わらないな、なるべく干渉しないか、逆に惚れさせるぐらいにツッコんでいくかの二択だな!」
俺は低く唸った。
ばんちゃんの言うことは間違ってないのだろう。彼との付き合いも長い、大体ばんちゃんの言うことは正しいのだ。
キャラ的にバカそうでもばんちゃんは視野が広い、そんな人間だ。
「でもなあ」
黙ってても周りが黙るとは限らないし。
この前は宮内さんと敵対しないって皆が納得してくれたけど、俺が何もしないで黙っていたらどう思うだろうか。
やっぱり助けないとダメだって思うだろう。
特に杏梨は仲間思いな奴だし、渚は友達を害する者を許さないだろう。凛は戦力にならないにしても優し過ぎるし、琴葉は何するかわからん奴だ。
ただ黙っているのは得策とは限らない。
じゃあ落とすのかと言われたらノンタイムでNOと答えるけど。
「……わからん」
「煮え切らねーな!」
「しょうがないじゃんわかんないだから、ばんちゃんの意見は参考にさせてもらうけど、どうすっかなー」
俺の方針としては宮内を助ける、それでいいと思う。
そこは中途半端に迷っていたらグダグダになってしまいそうだから決めた。
でもやり方が思いつかない。
「そうだなーやっぱ仲良くなるしかねーだろ、それも迅速に」
「だよな。なるべく人目のつく場所で遭遇するのは避けないと……」
そんなことを呟いているとばんちゃんから単純な答えが返ってくる。
「誰かその子と付き合いのある奴に頼んで呼び出してもらえば?」
逆にこっちからアプローチするってことか。
……ありかもな。
ちょうど宮内を知っている知り合いが2人も身近にいるからな。
ある意味どっちも頼みずらいけど。
「そこでもう一度話をちゃんと聞いてもらうってことか」
「まあ話を聞いてる限りじゃその宮内ちゃんが良介の言い分を聞き入れる可能性は低いけどな」
「まあな、けどなんもしないよりはマシだと思う」
「人前じゃなきゃその娘も視線に怯えないですむだろうしな」
「俺を気兼ねなく罵れるってことじゃねーかよ」
「わかんねーぜ? 人前じゃないと気が強くないタイプの人間かもしんないし。いるんだよな、大勢の人間の前に出ると大口叩くようや奴って。実はメンタル強くなさそうだしな」
気が強くてクラスの女子を牛耳ってるのにメンタル弱いってどうよ、攻撃特化してんの?
つか1対1で話し合いしたからって大人しくなるタマじゃないだろ。むしろ周囲の目を気にしなくていいから思う存分怒りを解放してくるのがオチだ。
……敵に手を差しのべようとするんだから、それくらいのダメージは考慮するしかないけどさ。
「メンタルはどうかしらないけど、俺と2人になったら間違いなく罵ってくるぞ」
「マジか……でもお前ちょっとマゾっけあるし大丈夫だろ?」
ばんちゃんは笑いをこらえるように俺を煽ってきた。
「俺のどこにマゾっけがあるんだよ!?」
「渚に教育されたし、ヤンキーギャルとも仲良くなった。しかもこれから嫌われてる女の子に罵られようとしてるんだろ? マゾじゃね?」
あれ? そう言われると俺ってまさか。
「マゾなのか? ………………ってんなわけあるか! 好きで罵られようとしてんじゃねーから!」
喉の奥から押し出されるようなクックという笑い声が俺の耳に届いた。
どうやら遊ばれてるらしい。
「まあまあ冗談だろ。とにかく良介がどんな選択をとろうが俺は相談に乗るからな、安心しろよ」
「それは嫌だっていわれても聞いてもらうけどな、安心はできないけど」
まともに聞いてくれてると思ったらふざけた返答が返ってくるしな。
でもそれが気楽に相談できる理由なのかもしれないけどさ、ずっと真面目に話してるのも息がつまるし。
「じゃあ今は明日のこと忘れてゲームしようぜ? 良介がいないと張り合いがないしな!」
「渚がいんじゃねーかよ」
「張り合う前に口で封殺されんだよ渚だけだと」
「……さいですか」
想像が容易だ、目を閉じればその光景が目蓋の裏に浮かんでくる。
「おっしやんぞ! ずっと悩んでてもなんも解決しないだろ、少しは息抜きしないとな!」
乗り気じゃなかったけどこうも誘われると考えが傾くな。
ばんちゃんと話して気持ちが楽になったのかも。
「ばんちゃんがやりたいだけだろ? まあナマったら困るしやったるか」
「お! さすが良介!」
ここはばんちゃんの気配りに乗らせてもらおう。
明日は嫌でも何か起こるんだろうしな。




