ベルトコンベア謹慎
文字通り台風が去ったあとのような教室に先生が呼ばれ、俺は関係者として職員室に連れていかれた。
特に世話になったわけでもない担任に昔のことを話すのは不本意だったが、それしか俺の身を守るすべがなかったから、ありのままを伝えた。
凛に元気を分けてもらった後だったからか、ちゃんと話せていたと思う。
主張すべき所は主張しなければ、また中学時代の生活に逆戻りだ。
それだけは避けたいし、何でもかんでも引いてばかりでは損しかしないって分かっているんだ。
違うこと、嫌なことは主張する。
意識しないとな。
救いだったのは宮内と同じ場所で取り調べされなかったことか。
あの精神状態の彼女と一緒だったら、まともに話しなんかできなかったと思う。
そして話し終わると「今日はもう帰れ」と担任にあしらわれ、実質俺は謹慎を言い渡されてしまった。
今日の職員会議で色々と話し合いが行われるらしい。
それで俺と宮内の沙汰が決定する。
ここまであまりにもサクサクと物事が進んでいくので、俺は流れに身を任せているだけでよかった。
まるでベルトコンベアに乗ってる気分だった。
俺はかれこれ2~3時間はベットでボケっとしてる。
宮内の顔怖かったなとか、宮内をもう少しうまく宥めることはできなかったのかとか、先生にもっと上手く伝えられなかったのかとか、後悔ばかりが頭を廻り続けていた。
経験上これは停学を頂戴するのだと思う。
中学のあの事件もその後数日の出席停止を言い渡されていて、こんな感じだった。
今回のに関しては俺が被害者って気もするけど。
まあ彼女の気持ちも考慮されるだろうし、これは仕方ないな。
……何かゲームするきにもなれないな。
風邪で休んだ時は喜んでその時間を享受できるんだけど、さすがに停学になるんじゃないかって考えると手がつかない。
あーあ、まったくこれからどうすりゃいいんだろうな。
──カチャ。
お、琴葉のやつ帰ってきたかな? もうそんな時間か。
今日は俺の愚痴にでも付き合ってもらうかな。
──トントントントン
あれ? 足音の数が多い……まさか父さんか母さんじゃないだろうな。
もう両親に連絡がいってる? いや職場に連絡はしないよな。
──バンッ
「ただいまー! 謹慎くらった不良はどこだー!」
そこにはウシシと笑顔の琴葉が立っていたのだが、その後ろから続々と人が入ってくる。
金髪のギャルに社長令嬢、そして気が弱いくせに勇敢なバスケ女子。
「なんで兄貴が謹慎くらって嬉しそうなんだよお前は。つか皆はどうしたんだよ、笑いにきたの?」
「ああ? お前がショボくれてんじゃないかって心配して来てやったんだよ」
杏梨は俺を睨ん……でないか、目付きがね。
彼女はバックを適当にほんなげて胡座をかいた。
……あなた俺の部屋にくるの始めてですよね? キョロキョロ見回してるけど自分の部屋みたいな態度じゃん。
「にしてもイカれてたわねあの女、動画とっとけば良かったわ。こうゆう時に冷静になれない自分が恥ずかしいわ」
「その場面を撮ってやろうって、曲がった根性を恥ずかしがれよ」
この女は何があっても変わらないな、平気で人のベッドに座り込んでるし。
ただ座り方とかバックの置き方なんかはやたら行儀がいい、ちぐはぐな奴だよ。
「りょうくん大丈夫?」
そして凛。
彼女はバックも下ろさず立ったまま柳眉を下げていた。
例のごとく責任を感じているらしい。
普段の態度からは想像できない責任感だ、もう許したっていったんだけどな。
それもこれも俺が根性なしの腰抜けだからだ、あの時直ぐに宮内へ反論できていれば、凛もここまで責任を感じないですんだはず。
嫌われている人に好かれようと努力している凛に、本来ならそんな余裕ないはずだ。
……情けない。
せめて少しでも彼女の重荷にならないよう努めたいものだ。
「それが全然余裕でさ今もこれからゲームやる所だったんだよ、せっかく早退できたんだからな」
「ゲ、ゲーム? あんな目にあったのに余裕だね……」
若干の驚きと呆れ、というより疑っているのか言葉尻が弱い。
「……リンリン先輩これお兄ちゃん嘘ついてますよ、お兄ちゃんは嘘つくとき虚勢を張りますから。それにわたし達より何時間も早く帰っていたはずなのに、今からゲームをするなんておかしいとは思いませんか? 普段なら真っ先にパソコンの電源をつける兄がまだつけていないなんて」
琴葉はしたり顔でPCに近づいて筐体に触れる。
なんだ? 普通に喋ってたのにだんだん探偵みたいになって来たぞ。
「……ふむ、冷たい。これでハッキリしましたな、ずっとゲームをしていたとしたら暖かいはず、なのに冷たい。ということはゲームをやっていたわけでもない。そしてベッドは暖かい…………これを踏まえるとずっとベッドに横になっていたに違いありません。ですが兄は寝癖がついてるわけでもないし、寝起きでもない雰囲気です。つまり兄は何をするわけでもなく、何度も何度も天井のシミを数えながら今日の事件を思い返していたに違いありません! ふふ……ふっふっふ。このわたしに解けない謎はないッ!」
ドヤ顔の高笑い寸前で俺を指差した琴葉は、片膝を立てながら座った。
意識しながらやっているのか片方の口角を上げてドヤ顔してる。座りかたもなんかそれっぽいし。
なんかのドラマの影響だなこりゃ。
てかなんで俺達は琴葉の独演会に付き合わされてんだ。
見てたんじゃないかってくらい合ってるのが怖いけど。
「……琴葉がこんななのに、なんで良介はそんななんだよ」
珍しく杏梨が呆れた表情をしている。
まあ言いたいことはわかるぞ、なんで琴葉はアホなのに俺はバカなんだってことだろ?
……どっちも誉めてないな。
ん? てか琴葉と杏梨って知り合いじゃないよな。
なんで呼び捨てなんだ。
「逆に釣り合いが取れてるだろ。つか2人って知り合いだったの?」
「ん? 今日始めて合ったけど」
杏梨には当たり前のこと過ぎて不思議だって顔をしてるけど、俺にとってはその日にちょっと話しただけで呼び捨てにするって、死ぬほどハードルが高いんだよ。
例え後輩でもな。
「杏梨先輩って怖いって1年で有名なのに、優しいし親しみやすいしでビックリしました!」
ウシシと歯を見せた琴葉は杏梨に抱きついた。
……まあ君がそうゆう奴だって俺は知ってたけどさ、やっぱすげーわ。
「……そんなふうに言うのは貴女達兄妹くらいじゃないかしら」
「アタシもそれは同意かな」
渚と凛は苦笑いだ。まあ杏梨は味方なら何言っても殴るくらいで許してくれるしな、扱いやすいほうだろ。
愚痴愚痴影で何か言われてるほうがよっぽど精神的にきつい。
俺は琴葉と同意見だ。
「怒ったらメロンパンあげればなんとかなるしな」
ここまで自分の話題を広げられるとは思わなかったのか、不服そうにため息をついた杏梨だったが、ちょっと嬉し恥ずかしそうにしてる辺り彼女らしい。
「好き放題いいやがって……」
加えて琴葉に抱きつかれてもまったく抵抗しないってことは、やはり既に世界の妹に攻略され済みみたいだ。
「てかりょうくんはやっぱり余裕じゃなかったってことだよね?」
あれ、なんか誤魔化せそうな流れだったのにダメか。
まったくうちの妹は毎度ながら余計なことしか言わないな。
「あの血走った目で睨まれて暴れられたらさすがに怖いよ。ジャンルでいったらホラーだったな」
あの時動けなかったのは俺の悪意耐性が低すぎたってとこだ。
けど今思い出すと顔も相当怖かったな。
「なはは! ジャンルでいったらホラーってなにそれ」
お、凛が普通に笑ってる。言い得て妙、心配させないためには笑いも必要だ。
「確かにホラーゲーに出て来そうな顔してたわね、今度ホラー実況してみようかしら」
ふむ、と顎に手を持っていく渚、考えるまでもない。
JILLのホラー実況とか面白くないだろ、怖がったりしないからなコイツ。
ばんちゃんなら面白そうというか見てみたいな、顔芸が凄そうだ。
「ええ!わたしも見たかったなあ」
「見たら見なきゃ良かったってなるぞそれ」
あの瞬間だけみるとマジでヤバい人だったしな、けど中学の時とかあそこまで酷くなかったけど急にどうしたんだろうか、視線も怖がってるみたいだし。
でも琴葉だったらあれを見ても指差して笑ってるかもな……
「つかあいつクラスでも様子がおかしくて、最近浮いてるらしいぜ?」
「マジで?」
杏梨から思わぬ情報が転がりこんできた。
ギャルコミュニティ侮れぬ。
「ああ、元からいけ好かない女だったけどな、最近誰かさんの悪口ばっかり言ってるから嫌われてたみたいだな。ちょっとどが過ぎてたらしい」
嫌われて……
そうかだからか。元からカーストが高い人間がいきなり底辺の扱いを受けたら、発狂するかもしれない。
しかも俺の悪口が原因か。
……本気で恨まれてんな。
「どんなふうにですか?」
俺の代わりに琴葉が聞いてくれた。
いつもニコニコしてる奴だけど今は真顔で真剣だ。いつも笑ってる奴の真顔って妙な迫力がある。
この顔も俺の為、可愛い妹だ。
「そうだな、喧嘩して大会を台無しにした話はもちろん、女子の下着を盗んだとか、万引き常習犯とかクスリやってるとか、他にもあることないこと毎日のように喋ってたらしいな。最初は宮内の友達も普通に聞いてたらしいんだけど、さすがに異常だって思ったらしよ」
待てこら大会以外は全部ウソじゃねーか!
そら疑われるし、毎日聞かされてたらうんざりするわな。
あと俺がやたらと女子に嫌われてる理由もそれか! 余計な噂流しやがって。
おかげで桃花と昼飯が食えてないんだからな、ゆるせん。
「……何て名前の人でしたっけ」
「お、琴葉は良介と違って話がわかりそうだな、宮内美香って奴だよ」
スっと目を細める琴葉と血の気が多い笑みを浮かべる杏梨。
うちの妹をそんな道に引きずり込まないでください。
「──許せないっ!」
激情を隠せなかった人間がもう1人いた。
こっちもこっちでいつもニコニコしてるから怒った顔は怖い。
こっちは杏梨とのバトルを見せられて身に染みてるからな。
「リンリン先輩、その人なに組の人ですか?」
なに組ってあんた、怖い人出てきそうだよ。
「2組!」
「よし、明日詰めにいきましょう!」
「分かった!」
同じバスケ部どうし気が合うんだろうな、阿吽の呼吸で立ち上がった。
琴葉はともかく凛は間違いなく返り討ちだろ……
つか皆杏梨が伝染してね?
「ダメに決まってるでしょ、バカばっかねホントに」
渚は大きなため息をついて、目頭を揉んでいる。
目眩でも起こしたみたいなアクションだな。
「なんでよ渚! さすがにやり過ぎだよ! 一言文句言わないと!」
「まったくなんで凛まで触発されてるのよ。貴女は全員と仲良くなりたいんでしょ? ちゃんと貫きなさいよ」
渚は冷徹な声音を凛に浴びせる。
確かに俺達は凛が全員と仲良くしたいって言うから、策を弄してるわけで、実際に動いていたのはほとんど渚や杏梨だったからな。
渚としては自分の苦労を無下にされるのは許さないだろうな。
「う……ご、ごめんなさい。間違ってました」
即落ち2コマかよ。
素直に謝らされた凛は渚の圧に飲まれている。
そしてその横では口をあんぐりと開けた琴葉が凛を凝視していた。
部活じゃ頼れる先輩なんだろうな……ドンマイ。
「ええ!?リンリン先輩よわっ!」
「うう……」
「この前いったろ? 直ぐに謝るなよ、だから舐められるんだぞお前」
杏梨にしては珍しく諭すように注意した。
すると凛はさらに縮こまって小さく呟く。
「はい、すみません……」
「リンリン先輩……」
あーあ琴葉にまで同情されちゃってら。
杏梨は呆れてため息ついてるし、凛らしいっちゃらしいけど、少しは耐性つけたほうがいいな。
杏梨とバトッてた時はあんなに強かったのに。
どうしたらあの状態の凛になるんだろうか。




