同じ症状
──衣替え。
この単語を耳にすると男ってもんはざわつくもんだ。
ブレザーという鎧を脱いだ女子に残った防具は、Yシャツという薄い装甲のみとなる。
そしてその先には未知のロマンが待っているのだ。
なにもせず、暑くなっただけでロマンに一歩近づいてしまう。
これが騒がずにいられようか。
俺は心の中1人、喝采を上げていた。
なんで1人でと思った君、よく考えてみなさい。
俺にその手の話しをする相手がいると思うのかい? いないよね、だって男子のお友達1人もいないからな。はっはっは!
……俺は誰に向かって話してんだよ。
でもこんな気分になるのもしょうがない。
そこかしこの男子グループが楽しそうに話してんだよ、「黒原さんの夏服ヤバくね?」とか「お、おい、今の見たかよ! 凛の背中透けてたぜ?」とか「あーまじかよ、風見死なねーかな」とか。
あーゆー話しするのって憧れてんだよな、何か男友達って感じがして。
特にうちのクラスは美男美女が揃ってるからな、衣替えがあると冬服になろうが、夏服になろうが皆活気づくんだよ。
……楽しそうだな。
今日も俺は心の内を誰かと共有することなく、机に肘をついていた。
1度はクラスでの立ち位置が好転した俺も、今ではちょっとした腫れ物扱いだ。
単純に噂がかなり広まったらしい。
特に女子から敬遠されていたのは分かっていたんだけど、最近はちょこちょこ話しかけて来ていた男子も、めっきり減った。
まあちょっかいかけてくるわけじゃないから楽でいい。
中学の頃じゃこうはいかなかったからな。
嫌味を言われるほどに距離が縮まったクラスメイトがいない、とも言えるかもしれないけど。
逆に助けてくれる奴は結構いるし、俺は大丈夫だ。
というかやっぱり凛が必要以上に責任を感じていて、せっかく女子からのやっかみがなくなってきたっていうのに、また俺を心配して精神をすり減らしている。
いい奴ってのも大変だ。
俺は自分用の生徒会で作ったPINEのアカウントを起動した。
──そこには。
『依頼でーす! 川上は生徒会をやめてくださーい!www』
『部活を台無しにした奴が生徒会で相談に乗るって頭おかしくない? キモ』
『調子のんなよ貞男』
などなど他にも誹謗中傷のメッセージが陳列していた。
普通の奴ならこれでヘコむんだろうけどな、俺はオンラインゲームでこの手のやり取りは慣れているのだ。
ヘコむどころか腹が立っている。
メッセージの上でなら直接いいにこいやカス!くらいは言えそうな精神状態だ。
絶対やんないけど。
とりあえず凛にはこれは見せられない、というのが生徒会メンバーの見解だ。
今でさえ無理して元気に振る舞ってる凛に、これ以上の懸念は毒でしかないからな。
これには珍しく渚が反省していた。
こんな単純なこと予想できなかった私が悪かったって謝られた。けどそれはこっちにも言えることだしな、まったく責めるつもりなんかない。
なんでも最初から上手くいくなんて甘くないしな、仕方ない。
それに俺以外のメンバーの所にもメッセージが届いているみたいだけど、3サイズを教えてくれとか、好きな男性のタイプはとか、関係ない話しばっかりらしい。
ちなみに杏梨にそのての質問も、生意気な質問も一切こなくて面白かった。
怖くてできなかったのだろう。
ネット弁慶の俺は、まだまだ甘いと鼻で笑ってしまった。
リアル弁慶の杏梨にお前に言えないだろって、頭をはたかれたけど。
──結論。
生徒会の走り出しはあんまし上手くいってない。
以上。
まあ今は衣替えを楽しもう。そう思い隣を見ると、茶色のカーディガンに包まれた工藤が、腕を伸ばして机に突っ伏していた。
「あれ? 衣替えは?」
「ん、良介くんが……Hな目で、見てくるから、延期」
あれ、この人も心が読めるタイプかな?
やる気のない態度の工藤だが、俺の噂の前後で態度が変化してない1人だ。
「見てないって、人聞きの悪いこというなよ」
「そう? 瑠色ちゃんを……見ても、同じこと、いえる?」
工藤は阿久津を名指しした。
すると前の席にいる阿久津は当然反応するわけで、こっちに振り返った。
「……なに? またアンタらの玩具にされればいいの?」
最初から不機嫌なのは置いといて。
阿久津と言えば制服の着こなしがクラス1、過激な女子だ。
冬服ですら胸元が開いていて、色まで分かってしまう。そんな彼女が夏服になったらどうなるか、その答えが目の前にあった。
今まではブレザーで隠れていた胸が解放されて、ブラジャーが見えてるのは当たり前で、大きさまで予測することが可能なほど胸元が開いていた。
首から下げられたシルバーが乗っかっていて、余計に視線を留めてしまう。
シャツから伸びる病的に白い腕は細く、いかにもバンドをしていて不健康そうな肉付きって感じだ。
でもそれが阿久津のキャラクターを引き立たせて、より魅力的に見えてしまうのが不思議なところ。
「……工藤、言えない」
「でしょ? ……じゃあ延期、まだ寒いし」
工藤は袖の中に手をしまう。
結局それが答えか、ただの冷え性じゃん。
「んで? ウチは川上に視姦されただけ?」
「そうだよ?」
絶対零度の視線が俺に突き刺さるなか、工藤は事も無げに答えた。
いや、肯定しないでくださいよ。
「視姦って更にひどい単語になってんじゃねーかよ」
「単純にセクハラだけどね? まあウチが好きでしてる格好だし、気にしてないから好きに見てどーぞ、減るもんじゃないし。ただ触ったら殺すけど」
阿久津は最後に一睨みしていった。
こえぇ、見るのも恐ろしいわ。
でも見ていいっていっちゃうところがまたカッコいい。
ちょっと阿久津と工藤のバンドを見てみたくなる、彼女の生き様はステージ上でどのように映るのか、気になるな。
「こえーよ」
「うん……ホントに見たら、針で、刺されるよ?」
「刺さないから!」
とっさに、針よりも太い釘を刺した阿久津は、耳を押さえて今度こそ前を向いた。
工藤の声を聞くと反応しちゃうんだろうな。
……なんか苦労してんな。
最近思ったんだけど、工藤は案外イジリキャラなんだよな、雰囲気はイジラレ系なのに。
この前家で集まった時も人のこと──
──バンッッッ!!!
突然俺の机に肌色の何かが降ってきた。
それは机とぶつかり合って、教室中に響く大きな音を立てた。
物かと思ったそれは人の手で、その腕をたどっていくと、見慣れない女子生徒の顔が現れる。
杏梨ほどじゃないが目付きがするどく、整った顔立ちをしている。
そして黒髪のショートカットで制服を着崩していた。
その顔は赤く染まり、目付きは親の敵を見ているように険しい。
俺はこの女子生徒を知っている。
隣のクラスで一番発言力がある女子で、俺と中学が同じ。
──そして俺の噂を流している張本人だ。
「ッなんであんたが楽しそうに生きてんのよ!」
声が上擦って震えている。あまりの怒りに感情も肉体も制御できていない。
俺はここまでなるほど人を怒らせてしまったのだろうか?
もう3年近く前の話しだ。
反省もしたし、させられた。必要以上に罰だって受けてきたつもりだ。
今更教室にまで乗り込んできて、キレる原動はなんなんだよ。
俺が分かるのはこの女子の名前が宮内 美香という、俺の中学時代からの同級生ってことくらいだ。
……そうか。向かい合ってようやく思い出した。
この女子は中学の時もことあるごとに俺を罵ってきた奴だ。
……先輩にフラれた奴だったのか。
それは確かに申し訳ないことをしたと思う、それでももう一度あの瞬間に戻れるとしたら、俺はまた凛を必ず助ける。
「聞いてんのかよ川上ッ!!」
──バンッッッ!!
彼女は再度机を叩いた。
手が真っ赤だ、力の加減をする余裕もないらしい。
まだ俺に手を出してないのが奇跡だな。
教室は俺達の行方を静かに見守っている。
さっきまで話していた阿久津は目を大きく開いて驚いてるし、工藤は立ち上がって阿久津を盾に避難した。
とりあえず謝ろう。今更とは思ってしまっているけど、それでもこの宮内さんが割を食ってしまったのは事実なんだから。
「す、すまん。昔のことは悪いと思ってるよ、でもあれは仕方なか──」
「そんなこと聞いてないッ!!」
女子相手に情けないかもしれないけど、怖い。
人に面と向かって悪意をぶつけられる事ほど怖いものはない。
俺は固唾を飲み込んだ。
「なんであんたが楽しそうにしてんのに、私がこんな目にあってんのよッ! 全部あんたのせいじゃないッ!!」
「ま、まって話が、はな」
くそ、震えて上手く喋れない。
何で俺はいつも肝心な時に動けないんだ。
凛を助けた後もそうだった、あの時ちゃんと先生に訴え掛けていられたら、また別の道が開けていたはずだった。
このままじゃ俺はまた犯した以上の罪を着せられてしまう。
動けよ! 動け!
クソッ! 頼むよ、動いてくれよ……
俺が諦めかけたその時だった。
「ちょ、ちょっとみやちゃん大丈夫? なんかいつもと雰囲気違うなーなんて、なはは」
凛が俺と宮内さんの間に顔を割入れてきた。
見ると凛は震えていた、それでも無理に笑顔を作り出しているんだ。
自分も怖いくせに何してんだよ。
……そうだよな、俺のために視線を切ってくれたんだ。
「どいてッ!!」
「──キャアッ!」
──ガタンッ! ガラガラッ!
凛が宮内さんに突き飛ばされて、机と椅子をいくつか巻き込みながら倒れ込んだ。
クラスの女子達は悲鳴を上げるし、男子は罵声を飛ばしている。
教室は騒乱の渦中のようだ。
「おい大丈夫かッ!」
俺はとっさに凛に駆け寄った。
倒れている凛の腕を持って、優しく上半身を起こす。
「……いてて」
凛は腰を触ったり、身体をあちこち触れながら座り込む。
どうやら大きなケガは無さそうだ、良かった。
にしても派手に突き飛ばされ……あれ?
動けてる。
さっきまでの震えもない。
なんで? 凛が来てくれたおかげか?
……きっとそうだ凛はいつも元気を分けてくれていた、今も凛が来た途端に動けるようになったんだ。
「……ありがとな」
「ん?」
凛は頭を傾げている。
伝わってないか……そりゃそうだよな、これが俺の悪い所なんだ。
今度ちゃんと説明して感謝を示そう。
ただ今は凛にもらった勇気で宮内さんと話し合わないと。
「──宮内さん、少し落ち着いて話さないか?」
俺の人生で一番落ち着いた喋り方をしたと思う。
意識したのは御劔のような爽やかさ。
でも宮内は俺の方を見ていなかった。
「……なによ、なによなによッ! その目でみるの止めなさいよッ! 私が悪いっていうんでしょ!」
彼女が見ていたのは周囲、それに吊られて俺も周りを見渡した。
そこにはクラスメイト達の不満な表情、とくに凛の周りに集まった者達は明確に宮内を睨んでいた。
そりゃそうなるよ。
急に騒いで人気者の凛を突飛ばしたんだからな。そもそも凛が人気者だってことは不動なんだよ、ちょっと敵が増えただけだ。
そのちょっとすら溢したくないって落ち込んでいただけなんだから。
にしてもこの人様子がおかしいな……まるで視線を怖がっているような……
まずは止めないと。
「ま、まってくれよ宮内さん!」
「うっさいわね! これも全部全部全部全部全部ッ!! あんたが楽しそうにしているせいじゃない!」
必死の形相で俺を睨む宮内さんは、涙を溜めて堪えている。
止めようにも暴れ過ぎて手がつけられない。
楽しそうにしてるから? さっきからずっと言ってるけど、どうゆうことだ。
俺が生徒会や球技大会を楽しんでいたってことだよな。
「お、俺が悪かったよ、ちょっと話をしよう!」
「ああああッ!! 見るな見るな見るなあああッ!!」
狂ってる。
そんな一言が頭を過るほどの裂帛の絶叫を上げた宮内さんは髪をかき乱し机や椅子、人にぶつかるのもお構い無しに教室を飛び出していってしまった。
その間俺はただ唖然と彼女の背中を見送ることしかできなかった。
何も言えなかったのは思わず見入ってしまったから、俺は彼女の症状に見覚えがあった。
視線を極端に怖がって避けようとする、症状が怒りに向くか悲嘆に向くかの違いはあれど、きっとそう。
よく知っている。
──あれは視線恐怖症の症状だ。




