間接的なにか
真面目なようで不真面目で、不真面目なようで真面目な生徒会の会議は、俺の意見が採用されて終結した。
もちろん俺と凛が付き合うって話は無しで、凛には大学に好きな先輩がいるって、噂を流すことに収まった。
男子とうまく話せる渚や、ギャルに強い杏梨がいたから噂はすぐに広がっていった。
まあ恋愛話が大好きな桃花が杏梨に聞いて、凛に直撃取材をしてくれたのが一番効果的だったかな。
あれで一気に広がって、先日うちの妹までその話を俺に聞いてきたぐらいだしな。
琴葉にはホントのことを話しちゃったけど。
でもそのおかげで凛の部活での様子が聞けるし、それに最近は凛も元気が戻ってきている。
いい兆候だな。
「……リンリンこの前はごめんね」
「いいってことですよ! なっはっは!」
ご覧の通り、凛は明石さんと昼食を共にするほど関係が戻っているし、久しぶりに凛の変な笑いかたも出てきてる。
お調子者の凛の立て直しは実に早い、もはや本調子だな。
ただ俺の作戦があまりにハマり過ぎてて、自分の才能が怖い。
やはり俺は御劔や渚に並ぶ……いや、それ以上のコミュ力を持っているのかもしれない。
きっとそうだ! 今まではそれが表にでていなかっただけで、最近になってやっと開花した。
──時代がきたな。
「お前なにニタニタ笑ってんだよ、キモいんだけど」
人を平気でキモいとか言っちゃう知り合いは少ない。
そもそも知り合いも少ないけど。
メロンパンをかじりながら俺を睨んでいるのは、平気で人を陰キャとかキモいとか言えちゃうギャル、杏梨だ。
「いやさ、こんなにうまく行くとは思わなかったから、ちょっと嬉しくってな」
最近1人で飯を食べていると、時々だけど杏梨が俺の席にやってきて、メロンパンを食べるようになった。
俺は付属の桃花を期待しているんだけど、いつも杏梨だけだ。
今も別の席で風見と……風見とおおおおっ!!
──あ、あぶねえ。
風見に向かって琴葉の特製弁当を投げるところだった。帰ったら琴葉に土下座しよう。
ところで俺達2人はどう考えても歪な組み合わせだ。
片や陰キャを極めた男、片やギャルを極めた女、一緒に飯を食べるなんて不可思議すぎる。
最初のころはクラスメイトたちも不思議に見ていたけど、最近は慣れたらしい。
風景の一部だ。
「そりゃいいけどよ、良介の噂の方はいいのかよ、最近よく聞くようになったけど」
耳に痛い話しだ。
なんというか明らかに態度に出るような人間もいるんだよな。特に部活を頑張ってる奴からはかなり心証が悪い。
誰とでも仲良くしてる風見が俺に近寄らなくなったし、桃花と話していると嫌な顔をする。
まあこれが桃花がこの席にやってこない理由だろうな。
あと女子からの印象が相当よくないみたいで、ロン毛時代よりも毛嫌いされてる感がすごい。
その女子から嫌われている理由も渚や杏梨が教えてくれた。
いつも教えて貰ってばっかで悪いね。
なんでも隣のクラスで目立ってる女子のボスみたいな存在が、俺の噂を広めているらしい。
たぶん同中だった奴だろうけど、今更になってこの話を広めるってことは俺に相当怨みがあるってことだ。
1つ上の男子バスケ部の先輩ならわかるけど、同い年の女子生徒がなんでだよって、最初は思ったんだけどな。
なんでも彼女は中学のころ1つ上のバスケ部のセンパイと付き合っていたらしい。
けど例の事件で全国に出れなくなった先輩が荒れていて、彼女はそれを慰めようとしたみたいなんだが、上手くいかなかった。
また次があるよっていって、喧嘩になってしまったらしい。
そりゃそうだよな、あの年、あのメンバーで全国に行けたのはあの時だけなんだから、分かってねーよな。
台無しにした俺が言うことじゃないけど。
その後2人は、というか先輩に一方的にフラれた彼女は、俺を殺したいほど怨んでるってわけらしい。
飯の怨みは怖いって言うけど、女子の恋愛の怨みのほうがよっぽど怖いね。
恐らく球技大会で目立っていたのがよほど腹に据えかねたんだろう、最近は生徒会にも入ったしな。
俺が成果を出したり、認められるのが嫌なんだ。
もう血眼になって俺を失脚させようとしてるのが、想像に難くない。
渚に対抗した杏梨や、凛に対抗した明石さん。最近になって女子の怖い一面を嫌ってほど見せつけられてきたからな。
恋愛関係の女子は情緒が激しい。
きっと彼女もそうなんだろう。
……憂鬱だなあ。
「それはどうにもなんねーかな、凛のと違って」
凛のことばかり気にしていたら、俺が窮地に立たされていた。だからって凛のせいにするつもりじゃないけどな。
「なんだよ、またいい作戦考えればいいじゃん」
「そんな簡単に思い付くならもう実行してるし、これは根が深いんだよ。だいたい相手には一切の非がないからな、文句も言えないし」
「お前もとから文句なんて言えねーだろ」
「……うるせえやい」
へいへい言えませんよ、小心者ですみませんでした。
どうにもなんねーな。俺が諦めてため息をつくと杏梨が俺の手をつついた。
顔をあげると目の前に食いかけのメロンパンが映っている。
「……メロンパンを買ってこいって?」
「ちげーよ! 1口やるよ、メロンパン食えば嫌なこと忘れられっから……」
杏梨は赤く染まった頬っぺをカリカリ指先でかいている。
不意打ちで可愛いから恐ろしいんだよな、杏梨は。
……俗にいう"あーん"ってやつじゃないかこれ。
え? いいの? しかも食いかけの面だし、間接キスになっちゃうんだけど。
でもこれを逃したら一生こんな機会はないかもしれない……
──いただこう。
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
俺が食らいつこうとしたその時だった。
杏梨は顔をさらに赤くして、まだ口をつけてない場所にメロンパンの位置を変えた。
すごい速さだった、途中で気づいたのか。
けど俺はそのまま一口いただく。
そしてそれが"あーん"が成立した瞬間だった。
メロンパン自体は普通に好きだけど、口の中の小麦粉をまとめて焼いた物体が果たしてメロンパンだったかどうか、俺の味覚は正常に働いていない。
たぶん俺も杏梨に負けず劣らず顔が赤くなってると思う。
ゆっくり咀嚼していると杏梨がジッと俺を見ていた。
な、なんかいわないと。
「う、旨かった、ありがと」
「お、おう、そっか」
「「…………」」
お互いに気まずくなって視線を落とす。
あれ? なんか心拍数がヤバい、杏梨がキラキラして見えるのってなんだ? エフェクト?
なんだろ、あのやたらといつも決まってる金髪メッシュを触りたい。
そう思った時には少し手が浮いていた。
もはや意識とは関係なしに動く手は、杏梨の頭へと伸びていき……
「ちょっと、教室で盛らないでくれる?」
渚の一言で正気に戻された。
「はい!? 盛る?」
杏梨は普段じゃ絶対上げないような声を出していて、しかも動きがブリキの人形みたいにぎこちない。
「……あなたたち2人とも顔が真っ赤よ? 鏡でも見てきたら」
渚が言い終わるか終わらないか、そんなタイミングで杏梨は顔を凄い勢いで机におろした。
──ガタンッ!!
……顔面潰れんぞ。
恋愛に疎いクセに妙なことすっから。
「メロンの味がしてきた……」
「良介はなにをいいだしてんのよ……」
俺が呆然としていると、風見とご飯を食べてる桃花が視界に入った。
そしてその桃花は珍しく憤っているらしく、眉根を寄せている。しかもその視線は渚を捉えていた。
え? どうしたんだ?
渚もその視線に気づいたらしく、目を見張ったと思うと苦笑いして、桃花に向かって口パクで『ゴメン』と呟いた。
ただそれでも桃花は不満だったのか口を尖らせていた。
なんだ? なにがあった?
だめだ、うまく考えられない……くそ、まだ杏梨の髪が頭から離れないぞ。
俺って髪フェチだったのか?
「はあ。ちょっと怒らしたらマズイ娘の機嫌を損ねちゃったわね」
渚が悔悟するなんて珍しいこともあるんだな、まあ桃花を怒らせたら誰でも後悔するか。
「ちょっと2人に言いたいことがあって来たんだけど、放課後にするわ。今日も生徒会室に集合よ」
そういい残した渚は桃花がいるところへ、苦笑いを浮かべながら歩いていった。
……俺の目の前には顔を伏せて腕で顔全体を覆っている杏梨。
この状況にしといて放置すんなや。
「なあ杏梨、メロンパンもう食わないの?」
「……食べるに決まってんじゃん」
普段の動きからは想像できない遅さで起き上がった杏梨は、メロンパンをほんのちょっと口に含み、俺を睨んだ。
その目は潤んでいて、顔がまだ若干赤い。
「……そっち俺が食ったほうじゃん」
間接キス、俺はできなかったけど杏梨からは別に気にしないのか。
でも見てる側としてはけっこう恥ずかしいもんなんだな。
「…………」
また顔が赤く染まった杏梨は、黙って次々にメロンパンに食らいつき、あっという間に平らげていく。
そして最後にメロンジュースでメロンパンを流しこむ。
「あーー旨かった! 良介も元気出ただろ?」
どうやら何もなかったことにしたいらしい。
まあ俺としても教室で盛っていたなんて不名誉なこと、忘れてしまいたい。
……いや盛ってはなかっただろ。
「お、おう、さすが杏梨だな、元気になったよ」
実際に憂鬱な気分はすっかり晴れて、ヤキモキしたむず痒い感情が残った。それがどんな感情なのかよく分からないけど、悪い感情じゃないってことだけは、なんとなく理解できていた。
「なあ良介」
杏梨は髪を指で弄びながら話しかけてきた。
そういや杏梨がこれをやってる姿ってけっこう見るな、しかも大体恥ずかしがってる時にやってる気がする。
恥ずかし時に無意識でやるクセ?
「ん?」
「お前また髪伸びてきたろ」
「あーそういえば、あれからもう1ヶ月以上経つのか」
人の顔をチラチラと覗き見る杏梨はいじらしく、なんというか嗜虐心を誘っている。
……なんでこんなヤンキー系の女子に意地悪したいとか思ったんだ俺は、ついに頭おかしくなったか。
「また切ってやるからさ、今度また家に来いよ」
「え、いいのか? でも今度はちゃんと金は払うよ」
前回なんかワックスまで貰ってるし、ちゃんと料金支払わないとな。
「いや、いいよ。あたしのはただの練習で、お金貰えるようなもんじゃないからさ、それに良介は特別だからあたしが美容師になってもタダで切ってやるよ」
俺が特別? ……色々手伝ったからか?
なんだこの殊勝で愛くるしい生物は、やっぱりなんかイタズラしたい。
「特別ってどうゆう意味だ?」
「え?……そ、それは、桃花と同じで、し、親友って意味!」
なんと、恥ずかしがりながらも俺を親友だと言ってくれた。
──ヤバいな、顔ニヤけてるんだろうな。
でも今はもっと攻めておきたい。
「お、おう、じゃあ親友なら手ぐらいつなぐよな?」
「え? まあそうだな」
俺はそういって杏梨の手を取った。
自分でやっときながら思う、俺は今確実に暴走してる。
「親友なら頭撫でるくらいするよな?」
「え、え? まあ桃花にたまにされたりするけど……」
俺はずっと触りたいと思っていた髪に触れる。
それは思っていた以上にサラサラで、しっとりしていて、近くに寄ったからか、石鹸のいい匂いが鼻を通った。
ま、まだ行ける。
「親友ならハグぐらいすると思うんだよな」
杏梨の答えを聞く前に俺は立ち上がり、座っていた杏梨に近づいた。
杏梨は髪を弄ったり、目を泳がせたりして忙しい。
よし、いける。
俺はそのまま動かない杏梨に抱きつこうと寄っていく。
──そして杏梨に触れるか触れないか、その時。
杏梨が目を見開いた。
「そうだな、それぐらい親友なら……って男とするかっ!!」
瞬時に怒気を纏った杏梨の判断は早かった。振り抜いた拳は迷いなく俺の腹を撃ち抜いた。
……お、惜しかった。
「テメー良介、親友っていえばなんでもできると思って利用しやがったな、あたしは仲間に裏切られるのが大嫌いなんだよ、ナメられてるからな。覚悟しろよ?」
ば、バレたか、ヤバイ。
この後俺は昼休み一杯ボコボコに殴られた。
そして杏梨が男子生徒をタイマンでぶっ飛ばしたって噂が、学校中に広がってしまい。
この話しが出るたびに殴られそうになってしまうようになったのどが、悔いはない。
ただボコされてる間に杏梨が言っていた「弱味に漬け込みやがって」と顔を赤くしていたのは謎だった。




