休憩2時間5000円
あの後、凛を生徒会に連れていくことになった。
俺と凛の確執は解決したといっても、問題は山積みだ、まず凛は渚の代わりに、女子生徒からの悪意を一身に受けてしまっている。
俺との確執には直接関係なかったことだが、凛は友達と思っていた相手からの分別のない悪態や、無視で心を痛めている。
仮に渚のように男子と話す機会を減らし、女子生徒からのやっかみがなくなるとしよう。
でも凛は友達と思っていた彼女達からの悪意に晒されたのだ。
手のひら返すように仲良くされても、信じることはできないだろうな。
渚なんか平気でニコニコ話してるけど、内心は真っ黒だろ。友達と思ってすらないだろうし、それに毛ほども動じない奴だ。
けど凛はきっと割りきれないと思う、だからこんなに弱ってしまったんだし。
あと1つ問題はある、俺の噂だ。
噂というか真実だけど、これのせいで凛は更に追い討ちをかけられたのだ。自分のせいで俺が責められてるってな。
これは解決したといってもいいけど噂はきっと広まるし、俺はまた悪意に怯えないといけない。
それに耐えられるのか? 自分に問いかけると、返ってくる答えは大丈夫。
やたら暖かい手をみてそう確信する。
「えへへー」
前から好感度は高そうだったけど、メーター振りきっちゃったかもしれん。
太陽に向かって微笑み続けるヒマワリのように、凛は俺を見てる。
屋上から握って来た手は離してくれない。離そうとしたら潤んだ目で訴えかけてくるのだ、離さないでと。
これに関しては俺の勘違いじゃないはずだ。
──懐かれたな。
そして生徒会執行部の会議室へたどり着く。
渚の私室みたいなもんだけど。
そして。
「…………休憩2時間5000円からよ」
俺と凛の様子をみた一言目がそれだった。
「お嬢様がそんな冗談いえるのにビックリだよ!」
反射でツッコむと渚はクスリと笑う。
「さすが良介、ツッコミが早くて便利ね」
「人を道具扱いすんなや!」
なんつー奴だ。
「んで?その様子だと私の依頼はうまくいったのかしら?」
今度のツッコミは軽くスルーされる。……手のひらの上だよ、それでいいですよもう。
「いや、仲直りはできたんだけど、依頼はな」
「りょうくん! 依頼ってなんですか?」
近い。そして元気になったからうるさい。
「使えないわね」
わざとらしく渚はため息をついた。
「さっきと言ってること逆じゃん!」
「依頼って!?」
「もう手に終えない!」
凛は俺の近くでチョロチョロするし、渚はいつも通り。
この場をまとめられる奴はいないのかよ。
「……うっせーな! 人が気持ちよく寝てんのによ!」
ソファーから起き上がったのは杏梨だ。顔にかかっていた髪をどかしながら、しかめっ面の登場だ。
タイミングいいけどまとめるタイプなのかなこの人。でもギャルグループのリーダーだし、なんか行けるかも。
「やっと起きたわね、帰って来たわよ良介」
「あ? ……ホントだ。────ん?な、なんで手繋いでんだよお前ら!」
恋愛に疎い杏梨は手を繋いでいることに過剰に反応した。
この前は俺のことさんざんからかって来たクセに、人のを見るとダメなのかよ。
……まとまるわけないよな。
「説明するから1回落ち着きません?」
「お前なあ! あたしと渚はお前が凛と話して、何かしら進展があるだろうからって、こんな時間まで待ってたんだからな! それがなんだよ、お手て繋いで恋人気分か? ああ!?」
ダメだ、聞くきない。
「こ、恋人ですか?」
頬を赤らめる凛。
もしかして好感度メーターが振り切った今、俺にもチャンスが!
「……よし良介、こうなった理由ちゃんと説明しろよ」
凛の様子を見た杏梨は渋い顔でそういった。
最初から聞いてくださいよ。
それから俺は2人に過去のことを、凛に補完してもらいながら話した。
「──ってことがあって、とりあえず最後に俺のこととか全部話した。大丈夫だよな渚?」
「大丈夫。その代わりに凛にはこの紙に署名してもらうわよ?」
快諾してくれたけどこれは渚の秘密でもあるからな、かってに話したことは今度謝ろう。
「署名?」
凛がたずねる。
「そう、他言しないって署名だから」
そういいながら渚が出した紙はどこか見覚えがあった。
名前を書く欄があってそれ以外は折ってあってみえない。
「おい、それって……」
「うん! それくらいならちゃちゃっと書いちゃうね!」
俺の静止も聞かず、なんも見ないでスラスラ名前を書いた凛は、渚に向かって笑いかけた。渚もニコリと頷く。
純粋だなあ。
「おめでとう凛。貴女もはれて生徒会執行部の一員ね」
「え?」
折れた紙を広げるとそれは生徒会執行部への、入会用紙だった。
渚は立派な詐欺だし、凛は詐欺に気をつけようね。
「あー俺もそれやられたから……もっと強制的だったけど」
「騙された!? でもアタシ部活で忙しいよ?」
「別に部活が休みの日だけでもいいし、凛の好きなときだけ来てくれればいいわよ。それに、来れば良介にも会えるしね?」
何で俺に会えることが好条件みたいな扱いなんだよ。
「入る!」
入るんだ。
「──てことはお前らずっと抱き合ってたのかよ!」
黙ってた杏梨が急に大声で叫んだ。
俺はその部分ぼかして話してたのに、凛が補完しちゃうから。杏梨には刺激が強いんだよ。
「貴女はいつの話ししてんのよ……」
「今に決まってんだろ!」
「……そうよね」
呆れて肯定してしまう渚。
渚は気にいった奴は全員入れるって言ってたけど、このメンバーですらすでに混沌なんですけど。
「りょうくんがアタシを慰めるために、ずっと抱きしめてくれてたんだよね!」
俺の手をブンブン振りながら凛が答える。
せめて俺じゃなくて杏梨のほう見て答えろよ。
「い、いやまあそうなんだけどな、凛の状態からそうするしかなかったんだよね、うん」
「じゃああたしもその状態だから! たった今なった!」
……コイツ寝起きで頭おかしくなってね?
杏梨がそんなこと言うわけないもんな、今これで抱きしめでもしたら後で殴られたりしません?
「ウヒャヒャ! ウヒャッ!」
こいつ他人ごとだと思いやがって……
「渚がすごい笑い方してる……りょうくんの話しホントなんだね」
「信じてなかったのかよ」
「ところどころ半信半疑です!」
まあ素直で結構なこと、ちょっと悲しいけど。
全部信じられてるのもそれはそれで怖いか。
「おいこら良介! 人の話し聞いてんのかよ!」
「冷静?」
「あ?」
「ですよね」
杏梨を抱きしめていいなら抱きしめたい。だって普通に綺麗だし可愛いからな、エリートギャルだよ杏梨は。
でも好きな人がいるのにそれは悪い。
「りーさん! それは許せないな!」
俺の前に立ち塞がるのは凛。やだ男前。
それでも手は離さないんですね。
「てめえ凛、ナメたことしやがって」
ヤクザの嫁みたいな眼光と声だ。これは凛には耐えられないな。
俺も無理。
「ふふん! りょうくんを手に入れたければアタシを越えて行くがいい!」
あれ? なんなら鈴村劇場始まるくらいに調子がいい。
「アヒャ! だ、だめ、これ以上、私を笑わせないで! ウヒッ」
マジで覚えとけよ……。
脅しても凛が耐えられることが不思議なのか、杏梨は眉を潜めた。けどそれも一瞬で、強制排除に乗り出した。
「は、な、せえええっ!」
「うわっ!や、やりますねりーさん!」
凄い力で俺と凛の手首をもって引き剥がす。
「はずれたあっ!」
「ま、まけた……」
何の戦いなのこれ。
なんか2人とも息きらしてるし。
「よし、じゃあ凛にやったみたいにやれ!」
両手を広げた杏梨は俺を見てる、やんなきゃダメなのか。
凛は下唇を噛んでこっちを見てるし、渚にいたっては腹を押さえてこっちを指さしている。頭を下げて身体がビクビク震えていて、ちょっと気持ち悪いな。
「後で殴らない?」
「いいから」
杏梨は真面目な顔でこっちを見ていて、目が離せない。
よく見るとつり目は美人のそれだし、メイクも普通より濃いかもしれないけど必要なだけだ。
いつもバッチリ決まってるのに、寝癖がちょっとついてるのが逆に可愛いし。
矢神、もったいなくね?
「あ」
俺が抱きしめる瞬間、杏梨は小さな吐息をもらした。
いつものオラついた声じゃなくて、可愛らしい少女の声だ。
杏梨ってギャルなのに香水とかじゃなくて石鹸のいい匂いがするんだよな。
背中に回した手に当たる髪はサラサラしてて、ずっと触っていたくなる感触だ。こんなに染めてるのに全く傷んでない。美容師目指してるだけあってちゃんとケアしてるらしい。
向こうからも抱きついてるから、ホントに密着してる。
心臓の音、聞こえてないよな、大丈夫だよな。
「杏梨って抱きしめるとちょうど収まるんだな、凛はでかくてさ」
「死ね」
「ウゴッ!?」
杏梨は数センチの隙間で、ボクサーみたいなパンチを俺の腹に叩きこんだ。数センチ爆弾と名付けよう。
「……そ、それはさすがにりょうくんでも、ないかな~」
キツイ言葉を使わないようにしてるけど、文句はいいたい。そんな声音の凛は、けっこう引いてるみたいだ。
何が悪かったんだよ、めっちゃ痛いんだけど。
「ウヒャ、だ、だから童貞なのよ!ウヒャヒャ」
渚は見るまでもない。
「殴らないって言ったじゃん……」
「今回はこれで許してやるけど、また比較したら今度は許さないから」
「はい……」
顔は赤いけど本気で怒ってるな、そりゃ比較されれば怒るか。
マジで気をつけよう、杏梨に嫌われるのは嫌だし。
「わかればいいんだよ」
「すまん、凛もゴメン」
「アタシだって女の子ですからね、デカイは酷いよ!」
「そうだよな、すまん」
もう嫌ってほど学習しました。
でも帰ったら琴葉にアドバイスしてもらおう。俺に女心がわかるわけないんだから、ちょっと前まで友達0だったんだぞこっちは。
「今ので良介に彼女を作る甲斐性がないってわかったし、まあいいか」
「全然よくねーよ」
「そうだね、りょうくんはデリカシーないね!ズババイと身に付けよう!」
グッと力こぶを作る凛から、体育会系特有の努力しろオーラを感じる。できないならできるまでやれ! とかいいそう。
一朝一夕で身に付くもんでもなさそうだけどな。
「あー笑った。それはこの生徒会に居ればそのうち学習するでしょ、嫌でもね」
目から溢れた涙をハンカチで拭きながら、渚は生徒会長用の椅子に座った。渚のデスクは部屋を一望できるように壁際に配置されていて、ソファーとかに座っていると見下ろされてる感じになる。
黙って座ってれば女社長感あってカッコいいのに。
「そう願うよ」
杏梨に殺されそうだし。
「あ? 何見てんだよ」
「寝癖も生活感あって悪くないと思って」
「はあ!?」
バタバタとカバンから鏡を出した杏梨は、櫛で髪を直している。
鏡のせいで後ろ向いてても、顔が赤くなってんのわかるんだよな。
杏梨をからかっていると、渚が机をノックした。
「──そろそろ本題に入りましょうか」
渚の本腰を入れた声が、緩んでいた空気を絞めた。
机の上で指を組んでる渚は生徒会長といって差し支えない、品格のある姿だった。
とりあえず席につくか、そうすべきと身体がかってに動く。
四角いガラス張りのテーブルがあって、それを挟むようにソファーが2つ。その1つに腰をおろした。
凛はどうすればいいか迷っていたので、隣に座るよう手招きする。
髪をイジっていた杏梨すら座り直した。
やっぱりこのメンバーを纏められるのは渚か。
「よろしい。それでは、第1回、生徒会執行部の会議を行います」
渚は厳然とした態度で口火をきった。




