生徒会
球技大会や視線恐怖症、味方を増やすって目標も達成不可能に見えたが、なんだかんだ上手くいった。
最近の俺は浮かれてゲーム中に鼻歌を歌ってたらしい。渚に耳が汚されるから止めろって言われるまで気付かなかった。
それでも人生上手くいってると、思わぬ落とし穴にはまることがある。
何もかも順調だと思っていた俺は、どうやら凛の好感度を著しく下げてしまったようだ。
1日に1回は……最近は複数回、絡んで来てた凛だが、あの日の一件以来ほとんど絡んでこない。
じゃあ自分からいけよって? そこでいける人間なら視線恐怖症で落ちぶれたりしないね。
ただでさえ少ない友人が減ってしまうのではと、最近は凛のことばかり考えている。
たぶん昔の話をするとおかしくなると思うんだよな、前に会ってるのかもしれない。
実は昔引っ越した幼馴染みだったとか……ないな、幼馴染みいないし。
そんな俺を嘲笑うように、渚の人生は順調みたいだけどな。
あれほど険悪だった杏梨と仲良しになるし、生徒会長選挙で何事もなかったように当選してくるし、最近じゃクラスの女子から疎まれることもほとんどない。
やっぱ俺とはどこか違う奴だよ。
因みにだが、うちの妹が愚かにも生徒会長選挙に出馬して、渚に大差をつけられて負けたのは記憶に新しい。
でも1年の票は琴葉に集中していて、渚が琴葉が先輩だったら私が負けてたって言ってたし、善戦したんじゃなかろうか。
渚が無難な演説をするなか、琴葉はそれはもう生徒が喜びそうな政策を何個も掲げていた。なんというか応援演説の子も含めてぶっ飛びすぎてて、皆が内心じゃ無理だろって思う内容だった。
実際に呟いてる奴もいたし。
琴葉の奴なんていってたっけな……そうだ。
『私が生徒会長になった暁には部費を10倍にします!』とか、『学校にコンビニを作ります!』とか、『恋愛自由、兄弟でも可!』とか、まあ酷いもんだった。
けどもっと酷いのは琴葉の応援演説の子だ。
開口一番で、『もし琴葉を生徒会長にしてくれたら詩織が水着で登校しまーす!』と言ったのだ。
それはもう自信満々で、喜ぶだろお前らと顔に書いてあるようだった。
見た目は薄く染めた茶髪をハーフアップにしている綺麗な子で、顔はクセがなく万人受けしそうな感じだった。ただ水着になると言うだけあって、男に好かれそうな身体をしていたのは確かだ。
でもパッと見だとあんなおちゃらけた発言しなそうなんだけどな。
しかもこれで終わりじゃない、ざわついた体育館に彼女はさらに爆弾を投下したのだ。
『それと、投票してくれたら琴葉がキスしてくれるって!』
この一言で多くの男子生徒達が立ち上がって雄叫びを上げるなど、収集のつかないことに。桂の校長がなにやら先生達に指示を出すと、彼女は壇上から引きずり下ろされたのだ。
当たり前だ、俺の妹の春を勝手に売ろうとするんじゃない。
当の本人は腹を抱えて友達が引きずられていくのを見ていたんだが。
ロクでもないコンビだよまったく、妹の友人関係が非常に気になる事件だった。
詩織ちゃんというのは面識はないが琴葉の口からよく出てくる子で、クラスメイトらしい。フルネームは早乙女詩織、彼女の名前と顔を忘れることはないだろう。
応援演説が壇上から強制退場させられる、前代未聞の珍事を起こしたんだからな。
まあ彼女のことは置いておこう、琴葉の友達ならいずれ会うかもしれないし。
それに今は自分の事だ。
「これなんだよ」
「いいから名前を書きなさい、別に読まなくていいから」
俺は生徒会室で渚と対面していた。
A4サイズの紙があって、名前を書く欄以外が折られて隠されている。
いやいや何かあるっていってるようなもんじゃん。
渚に不満の視線を送ると、ボールペンをカチカチやってプレッシャーをかけてくる。
「選択肢は?」
「書け」
「……だと思った」
もう飛び込んじゃうしかなさそうだ。でもなあ……この紙、先に名前を書いてる人がいるのだ。
島崎杏梨、めっちゃ不安になる名前なんだよなあ。
カチカチカチカチうるせえ……だんだん早くなってくるし。
かきゃいいんだろかきゃ!
「──書きました」
「ご苦労様、それじゃ良介は今日から生徒会執行部の、副生徒会長だから。この用紙は私が提出するから心配はいらないわよ?どうしたのよ、そんな精気の抜けた顔して」
わかってたよ! なんかあるってわかってたけどさ!
そういや前に生徒会長になったら面白くなるぞって言ってたな。絶対これのことじゃん。
「つか選挙は? 役員選挙!」
甘いな!俺が選挙で勝ち残れるとでも思ってんのかこいつは!
「今年から生徒会長の独断で役員を決められるように、去年しておいたのよ。ウヒヒ」
「横暴だろ!」
「横暴? これは校則に基づく正式なルールよ、この紙に名前を書いてもらったことで了承を得ているしね、川上副会長。生徒手帳にも書いてあるわよ?」
紙を目の前でヒラヒラと揺らされる。渚の口は弓なりに裂けて愉悦に歪んでいた。
「最悪だ……つか副会長って何をやらされるんだよ」
「大丈夫よ私の補佐をするだけだから、表だって話をしたりするわけじゃないし、雑用だと思ってればいいのよ」
「その程度なら、まあ別にいいけど」
頷いた渚は書面を机に戻してにらめっこする。
「杏梨に会計はダメそうだし、書記でいいわよね……書記っと。で、良介が副会長……よし」
ついに俺の役職が確定されてしまったらしい。雑用だけですむのか? 渚だぞ?
ダメだ、今の気持ちをどんな形でもいいから口に出したい。
歌います。
「あーもう戻れないあの頃に、懐かしく輝かしいあの過去に、どこを見ても思い出す、いつも歩いてたこの道も、綺麗な緑がくすんで見える、あーもう戻れないあの頃に」
「売れない失恋ソングみたいの歌ってんじゃないわよ、ウヒャヒャ! 意味わかんない!」
楽しそうな渚を見ると思うんだ、きっとろくな生徒会じゃないって。
だいたい渚はいいとして、俺と杏梨に生徒会が勤まるわけがない。ギャルと陰キャだぞ、無理じゃん。
「他のメンバーは?」
「んーまだ決めてないのよね、部活みたいなもんだし、気に入った奴は全員入れるわよ」
渚に目をつけられる誰か、御愁傷様です。
てか生徒会ってそんなに大雑把でいいのか。まあ確かに去年は生徒会がなにやってるとか、知らなかったしな。こんなもんなのか?
「会計ってことは部費とか文化祭の経費とか、そんなのも関わんの?」
「そうね、面白そうだし漫画とかみたいに生徒会がやたら権力を持った学校にしてやろうと思って、去年張り切っちゃって」
「もうこの生徒会室で充分だろ!」
「この部屋もその一環よね」
張り切ったら漫画の世界みたいにできるってどんな能力だよ、また渚の恐ろしさが垣間見えたな。
「そうですか」
「そうね。あ、面白そうだし琴葉ちゃんも誘いましょうか、あの応援演説してた子もいいわね」
あのコンビが生徒会? 壇上に上がるたんびに引きずり下ろされる未来が見えるんだけど。妹のそんな姿みたくないって俺。
「悪いことは言わないからやめとけ、成り立つもんも成り立たなくなるぞ」
「……それもそうね」
わかってくれたか、興味本意で開いちゃいけないパンドラの箱だよ。
と、ここで部屋の外でチャリチャリと金属がして扉が開く。あれおかしいな、無駄にオートロックだから鍵は閉まってたはずだ、つまり鍵を持っている人物だろうけど。
「渚ーきたけど、あん? 良介もいんじゃん」
いつものように、肩にバックを引っ掻けてやってきたのは杏梨、いつのまに合鍵を渡されたんだ。それほど仲良くなったことにも驚きだけど、まあ色々話した相手なら一緒に居やすいしな。
取り扱い注意だけど。
「来たわね、まあ座って」
「ういーす、相変わらず座りずらい椅子だな」
そわなこといいながらも、杏梨はまったく躊躇せずに俺の横に座った。意匠の凝っている高そうな椅子はどうにも座りずらい。
「すぐなれるわよ、それと杏梨は書記に決まったから」
「えーー副会長じゃねーのかよー」
椅子に全体重をかけて仰向けに天を仰ぐ。椅子のことなんかこれっぽっちも気にしてないじゃんこの人。
「副会長は良介よ」
「は? 良介お前あたしより偉いってのかよ」
椅子から弾みをつけて起き上がった杏梨は、片眉を上げていちゃもんをつけてきた。もう輩だよ輩。
「まあそんなに字が下手で見せるのが恥ずかしいって言うなら、代わってやってもいいけど?」
でも杏梨の扱いはかなりなれてるんだよ、どれだけ殴られたか。
「は? あたしより綺麗な字書くやついねーから、小学生の時習字で銀賞とってっから、みとけよあたしの書記っぷり」
「呆れた、あなた扱いずらそうにみえてチョロい?」
俺的には代わって欲しいぐらいなんだけどな、杏梨がチョロくて面白いせいだ。
「チョロい? は、はあ? 別に良介のことなんか好きじゃねーし!」
焦るように否定する杏梨。何の勘違いをしてるんだよ、そこまで必死に否定しなくてもいいじゃん……。
「そんなこといってないわよ……」
「あ、そうだ桃花からパウンドケーキ貰って来たんだ」
露骨な話題変更だな、まあツッコまないでおいてやろう。
杏梨は鞄をガサゴソあさりだす。俺の頭にその鞄を叩きつけた時にそのパウンドケーキがあればな。
「じゃあ紅茶をいれるわね」
渚は食器棚からティーカップを持ってきて、電気ケトルでお湯を入れた。部屋が落ち着いた香りで満たされていく。
「桃花のパウンドケーキ……」
しげしげとケーキを手に持って眺める。出来立てなのかまだ温かく柔らかい、食欲のそそる甘いバターの香りは、桃花の匂いとおんなじだ。
「……始まったわね」
紅茶とケーキの匂いを楽しんでいた渚は、呆れたように呟く。
「相変わらずだなお前、桃花は彼氏がいるから諦めろって」
「だから違うって、そんな恋愛とかちゃちなもんじゃなくて、これは信仰なんだよ」
「……なおさらヤベーよ」
女の貴様らには分かるまい。陰キャに優しいギャルの尊さを。
「いいから温かいうちに食べましょ。そうね、新生徒会執行部の発足を祝って」
渚がティーカップを持ち上げるので、俺もそれにならう。好奇心の笑みを浮かべた杏梨がでそろい。
「「「カンパイ」」」
──上品なカンパイが行われたのであった。
さっそく手作りパウンドケーキを頬張る。相変わらず桃花の作るお菓子は最高に旨い。杏梨との朝練はやってないからこの菓子とも久しぶりのご対面だ。
「うまい──」
「はいストップ!どうせ桃花が作ったからとか、桃花の味がするとか気持ち悪いこというんだろ?いい加減こっちも学習してんからな」
「よくわかったな、まさか同じ宗派か?つまり優しいギャルを尊ぶ教の信者」
「止めても無駄だったわね」
「……ああ」
澄ました顔でケーキを食べる渚と額を押さえて頭をふる杏梨。諦めた奴と諦めてないやつの差だな。
「話しは替わるんだけど」
「ああ是非とも替えてくれ、いや替えろ」
杏梨の命令口調が癇に触るのか、一瞥を杏梨に送った渚は続けた。
「生徒会執行部なんて大層な名前を掲げているんだから、それなりのことはしたいと思っているのよね」
なんだよ名ばかりで菓子食ってゲームする部だと思ってたのに、活動すんのか。
「ゴミ拾いとか?」
「はあ?なんでそんなつまんなそうなこと私がやらないといけないのよ」
俺がポイされそうな目で睨まれる。つまんなそうって言うけど現実的じゃん、簡単に実績になるし。
「……ですよね」
「よく考えなさいよ、生徒会よ生徒会」
まあこんな大統領が居そうな部屋を作っちゃう、ハチャメチャっぷりだし、やたら権力のある生徒会みたいだし、求めているのはそれ寄りの答えなんだろ、どうせ。
「じゃあバーリトゥード生徒会にしようぜ、生徒会の椅子をかけたデスマッチ、生き残った者が権力をもつってやつ」
目を爛々と輝かせながら語っている杏梨が、格闘技を好きなのはよくわかった。
いかにも剛が勝ち抜きそうなルールを提案するあたり、まだ未練があるらしい。まあ2回でも3回でも手伝うけどな、2回告白しちゃいけないなんてルールはないんだし。
「却下」
「えーー!」
本気でいってそうだから怖いんだよな。
ここは俺も意見を出しておくか。
「生徒会っていったら素行の悪い生徒を取り締まったりとか?」
「だいぶ近づいて来たわね」
「それに部費を上げて欲しい部活の生徒が直談判しに来たりか?」
「いいじゃない、それでこそ生徒会のあるべき姿よ」
非現実的なことを言うと肯定されるんだけど。まあその下地はすでに渚が作り上げた後だし、出来そうだからな……。
「面白そうじゃん、悪い奴とっちめるんならあたしに任せとけよ」
任せるけどさ、杏梨さんはとっちめられる側の人だよね、本来。
あと生徒会を私物化してる生徒会長とかな。
「でも、そんな簡単に事件が起きることなんてないと思うのよ」
「そりゃな」
「そうだな」
俺と杏梨が同時に頷く。
「そこで私は考えたわ、生徒会への質問、要望、相談を募集する方法を」
「──アンケートか」
箱を用意して俺達はそこに投書された内容に対応する。もの凄く生徒会っぽいぞそれ。
「ウヒヒ、甘いわね、私が考えたのはPINEを使った受け付けよ。あれなら投書より簡単で、もちろん匿名にできるし、こっちから返信もできて相談の予約だってできるしね」
「さすが渚じゃん」
杏梨に誉められた渚はご満悦だ。さては最初から考えがまとまっていやがったな。
──でも。
「めっちゃ面白そうだなそれ」
「でしょ?ウヒャヒャ!」
むりやり副会長にされたのは横暴だけど、正直活動が楽しみだ。




