杏梨の告白
あたしはナメられるのが大嫌いだ。
男だろうが、女だろうが、大人だろうがそれは変わらない。だからナメられようが、別にどうでもいいなんて割りきることはしたくない。
成長するにつれ、あたしはそんな考えをするようになった。
まず髪の色、そして服装、メイク、その辺りにいる奴らと同じ恰好はしたくない、同じモブに見られたくないから。
そしたら自然と金髪の白メッシュにギャル系メイク、そしてルーズソックスのスタイルに落ち着いて、あたしのアイデンティティーになっていった。
でもこの格好はヤンチャしてる男とか、キモイおっさんの関心を買ってしまう。別に男にモテたくてやってるわけじゃねーのに。
剛に助けられたあの日も、あたしの遊んでそうな恰好をみたバカどもがナンパしてきた。ライゼリアで白昼堂々、1発ヤらない?といわれた瞬間にメロンソーダを頭からぶっかけた。
正直いってあれは後悔してる。
……メロンソーダに罪はないのに。
ぶちギレた男どもは最初は口で、ビッチだとかブスだとか色々いってたけどあたしは絶対に引かない、あいつらはナメた口をきいてきたんだ、ナメられたくなかった。
睨みつけて目を離さない。
男だろうが絶対負けない。
男の1人が私の腕を掴んだ。たまにこういう手を出してくる輩がいるけど、奴らはタガが外れてしまっているのか、殴ろうとしてきた。
いくら抵抗できるといっても男には力で勝てない、だから殴られるのを覚悟したけど目は閉じない。
けどあたしは殴られなかった、そこに剛が来たから。
あたしが抵抗しても全くかなわなかった男達を、柔道の技でどんどん倒していく姿は、ゲームの戦国武将みたいで男らしく、カッコよかった。
奴らを全員倒したあと、助けて欲しいなんていってないって、あたしの強がりに、剛はあいつらがムカついただけといって去っていった。
カッコよかったし、なによりあたしを理解してくれてると思った。きっと同じだからだ、デカイ図体に角刈りで細い眉毛の剛もきっとナメられるのが嫌いなんだ。
似てると思うとどこが似てるのか比べようと、目で追ってしまう。一目惚れみたいなもんだったけど、あたしは剛に惚れた。
何でこんなこと考えているのかってーと、それはきっと良介に不信感を抱いてしまったせいだな、うん。
良介は最近できた友達で、いい奴だ。ホントの友達って呼べる奴かもしれない。
あたしの周りには取り巻きのような奴らはたくさんいるけど、ホントに仲がいいのは桃花だけで、友達は少ない。
少ないってか桃花だけか。
あたしがこんな性格だからだろうけど、でも桃花って親友ができたんだから別にいい。
良介のことだって最初はモブ……いやモブというか酷すぎて尖ってる奴だと思った。
あのロン毛であのドモリっぷりなんだから、あたしは悪くない。
最初の頃は少し反論されるだけでムカついたし。何より渚と仲がいいって所が鼻についた。
渚はコロコロ媚びる男を替えるビッチ、金持ちで明らかにあたしより可愛いし、頭も尋常じゃないほどいいらしい。
それだけでもいけすかないのに、最近ターゲットを剛にしたらしく恋のライバルで、あたしを焦らせる。
きっと今回も告白させて付き合わないに決まってる。
あたしは剛が取られてしまう焦燥よりも、簡単に横からかっさらわれてしまうのを恐れた。
あたしが出来ないことを、いともたやすくやられたらナメられる。
ゆっくりと剛に近づいていこうと思っていたあたしを突き動かした女、それが渚だ。
だから良介のこと信用できなかったんだけど、一緒にバスケしたり飯食ったり、髪切ったりしてる内に信用してもいい奴だと思い始めていた。
あたしは渚に馬鹿にされたくないという気持ちと、恋心で直ぐに剛が好きなタイプに恰好を変えることにした。
けどそれじゃ足りないからって清楚になる特訓をして、そしてそれをきっかけにやった喧嘩。
渚に負けるのが怖いから練習を本気でやってないって煽られて、図星だった。本気でやらなければ本気じゃなかったって言い訳ができる、それにすがっていたのかもしれない。
けどあの喧嘩で良介のことを本気で信用した。こいつのいう通りにやってみよう、そう思える熱意であいつは説得してくれた。
だからこそ今ものすごい罪悪感に見舞われている。
あたしが居るのは車の陰、打ち上げを抜け出した渚と良介の後をつけて、聞き耳を立てている。
仕方なかったんだよ、あたしは良介を信用してんのに、あいつがあたしの信用を損なうことをしたんだから。
男子の試合あたしは剛と良介のことをずっと見ていたんだ。だからわかった、良介の奴が剛を活躍させないようにしているって。
なにしてんだあいつ、あたしの応援してくれてるだよな?
剛に嫌がらせしてなんの意味があるのか、後でしっかりツメねーと。そうは思っていたけど、その機会が訪れる前にこの状況になってしまった。
……なにやってんだあたしは。
男つけるとか彼女きどりかよ、キモ。
やっぱり引き返そう、あたしが踵を返した時だった。
「だってそうでしょ。私が杏梨へ罪悪感を募らせていたのに気づいて利用したんでしょ? 杏梨が試合に勝ったらどうなるか私にわざわざ知らせてね」
このセリフを聞いた瞬間、あたしは理解した。良介の奴が裏切りやがったと。
直ぐにでもとびだして殴ってやりたかったけど、まだ話しは続いてる。このさい全部聞いてやる。
もう罪悪感なんてものはこれっぽちも残ってない。
「そりゃ渚の善意に賭けて言ってみたんだよ」
おどけている良介はやっぱりムカつく、絶対殴る。
「それは嘘ね。視線に敏感な良介なら私が杏梨を見ていたことを知っているはずだもの、それも憐憫のね。賭けた?確信を持って私を揺さぶっていたんでしょ」
罪悪感? 憐憫? ふざけやがって! あたしはライバルだってさんざん意識してたのに、渚はそもそも敵ですらないって思ってたってことかよ!
クソ! クソ! クソ!
「確かに賭けたってのは語弊があったかもな、そうなるように努力はしたけどな」
「それも努力じゃなくて仕向けたでしょ?」
「なんでさっきから人聞き悪い言い方に直すんだよ!?」
「だってホントのことじゃない」
ガキが揚げ足取りをしてはしゃいでるような会話だ。あたしにはイチャついてるようにしか見えないし、ただただむかっ腹が立つだけ。渚に良介の友達は自分だと見せつけられてるようなもんだ。
「確かに今回に関しては俺としては不服だけど仕向けたってことにしとくよ。でもしょうがないだろ?渚のわけのわからない男子全攻略なんて馬鹿らしいもんの為に杏梨が損するなんてそれこそ馬鹿らしいじゃねーかよ」
ホントに馬鹿らしい。そんな目標にこんだけ踊らされてんだからな。
「そうね」
「だからって……え?認めんの?」
「そうね、それやめるわ」
「え、は?」
「私のために他の女子が不幸になるのは私の意向に沿わないからやめにするわ、男子全員から告白させるって目標」
渚は手を引く? あたしがかわいそうだから? そうすればあたしは晴れて剛と距離を縮めて恋人になれるって?
──ふざけんなっ!! あたしは渚と競っていたんだ、勝手に1人で降りるなんて許されるはずがない! この2人はあたしをナメている!
その瞬間、あたしの中で何かが弾けた。
──思い通りに行くと思うなよ。
その後も話しが続き、逆に渚に同情してしまうような場面もあった。
けど落とし前はつけないと行けない。それが島崎杏梨なんだから。
そして剛が来た。
ちょうどいい所に来た、もう神様が行けっていってるもんだな。
けど剛は良介に一言嫌味をいって帰っていく。
せっかく来たのに告白しないで帰るチキンだ、あたしだったらあの状況でも告白する。
いくら無理だって分かってても、0%じゃないなら挑む価値はあるのに、剛は引いてしまった。恋愛と喧嘩は違うかもしれない、でも臆病風に吹かれる剛は見たくなかった。
恋? 恋愛? 慕っている? そんなもの今はどうでもいい!
こいつらの鼻っ面にあたしって頑固者を突きつけてやる!
絶対に思い通りにならない女だってな!
「剛!待って」
「あ?なんだ島崎か、なんだよ?」
剛のことが好きなはずのに、今は顔を見るだけで腹が立つ。あのタイミングで告白しないなんてカッコ悪すぎる。
たとえ無理ってわかってても行かなきゃいけない時があるはずなんだ! それがさっきだった!
悔しさや怒りの感情が入り交じって、体が上手く動かない。震えてるかもしれない。でもあたしがやんなきゃ行けないのは今なんだ、きっとそれが好きな人の、剛の敵討ちにもなる。
「──あたし。剛にファミレスで助けてもらった時から剛の事が好きでした……付き合ってください!」
……言った、言ってやった。ざまあみろ! おまえらの思い通りになんかならないんだよ!
「……悪い、俺は好き奴がいるから」
剛は一瞬だけど渚を見てからそう言った。
あたしのスカッとした気持ちは一転して、視界が暗闇に染まった。
いくら情けないとこを見たっていっても好きな男だったことに変わりない。
勢いでしたけど、ちゃんと想いを告げられていたかな。もうなんて言ったか忘れちまったよ。
な、何か返さないと……。
「そう……」
「すまん」
笑いそうになった。なにが"そう"だよ、もっと憎まれ口でも叩いてやればよかったんだ。
あたしをフッた男だぞ? みる目なさすぎ、これでもしょっちゅうナンパされててスゲーモテんのに。
バカな男だよ、きっとこれ以上の物件なんて見つからねーから、残念だったな、一生童貞守ってろゴリラ。
──あれ?
頬が熱い。
濡れてる?
……ハハ涙じゃんこれ、マジかよダッサ。
しかも良介と渚に見られてんし。
つかこいつらマジで許さねー。
こんなダサい場面見られて、もう涙なんて関係ねー。
あたしが渚にガンを飛ばすと、渚は驚いて気まずそうな顔になる。こんな顔もできるんだなコイツ。
「お前のお情けなんて受ける気ないから」
そして良介にむかう。
一緒に練習してここまで努力してきたのに、あたしは良介に信用してもらえなかった。だからあたしとの約束を裏切って渚を利用してたんだ。
そう思うと怒りの他に涙も溢れてくる。
「それから良介も余計なことすんなや!あたしは勝って告白したかったのに!」
良介は青ざめて呟く。
「もしかして……」
「全部聞いてたんだよ、そこの車の影でな!」
そっから頭ん中ぐちゃぐちゃで、もう何をしたのかあまり覚えてないけど、良介にずっと羽交い締めにされて、それでも暴れて叫び散らした。
そっから息切れするまで暴れたら少し落ち着いて。
ちょっと冷静になってスッキリしたあたしは、渚と口喧嘩した。
その渚はいつもの猫を被った偽の渚じゃなくて、真っ黒い腹黒な素の部分を持った嫌味な女。
──悪くない。
ストレートに気持ちが伝わってきて性格は真反対だけど、桃花と話してるみたいだった。
そんで渚がいなくなったあと。
なんか今更になって恥ずかしくなってきたな。泣き顔みられて暴れて叫んで……。
ちょっと暴れ過ぎたかもしれない。
すると良介も行こうとするから呼び止めたんだけど、恥ずかしくて声が上手く出なかった。
裏切られるのは大っ嫌いだ、ナメられてんのと一緒だから。けど良介は全部あたしのためにやってくれていた。
だから良介の裏切りはさっきの一発でチャラだ。ホントならもっとヤキを入れるとこだけど特別だ。
こんなあたしに最後まで付き合ってくれた奴なんて、桃花以外じゃ初めてだし。
それに……。
そういやこの前は良介に聞かせたんだよな。それがそもそもあたしらしくなかった。
逃げてたんだ。
だから今回はあたしらしく。
「あたしの黒髪と前の金髪ウェーブどっちが良かった?」
それに次は渚に負けないって決めたんだ。




