試合直前
ついにやってきた土曜日。月曜が振替休日になるかわりに今日が球技大会当日。これまで積み重ねた努力をついに発揮する場で、なにかとイベントに乗り気なクラスの住民達が本気になる日だ。
去年の俺は足を引っ張らない程度に存在を消すことに集中していて、あんまり覚えてない。あとはフォートファイトのことを考えていた。
だが今年は状況が大きく変わった。球技大会に求める報酬が0だった去年の俺には、想像すらできない膨大な数値に。
最近は杏梨のことばかりに気を取られていたが、元はといえば自分のためだ。
渚に球技大会は俺が皆にいい印象を残すチャンスだからなるべく活躍しろと言われている。
これは目立ち過ぎないくらいにやれば大丈夫だろう、負けないように立ち振舞えばいい。それだけの実力があると自負してる。
すなわち味方を増やして自信をつける視線恐怖症脱却運動の一環だな、だんだん長くなってきたなこれ。
あと個人的には俺が注力してバスケを教えた3人が練習の成果を発揮できるか。杏梨は心配してないんだけどな、他の2人が……心配だ。
それでも悲惨から残念くらいまでは上達したからな、まったく通用しないってことはない、皆が素人なんだし。
あとは勝利に固執するもの達の行く末がどうなるか、ただ指を咥えて見ているってわけには行かなくなってしまったってところか。
──だから。
「杏梨のやつ女子が球技大会で勝たなきゃ告白しないらしいぜ」
クズになってやろうじゃないか、たとえそれが盛大に水を差すことになったとしても。
「ふーん。で、それを私に伝えてどうしたいって言うのよ」
生徒会室、渚と俺は体育着で向かい合っていた。
毅然な態度の渚だが人差し指を曲げて顎に当てている。これは彼女が思考を巡らせているときの癖だ。
以前いった運動も一通りこなさなければならないという意味深な発言、"ワガママの代償"とも言っていたな。それは球技大会の勝利が必要なのかもしれない。
そこで障害になるのが杏梨だ。どうやら最近の渚は杏梨に対して引け目を感じているらしい。この前も杏梨のイメチェンに驚いて心配していたからな。
恐らくだが渚が引け目を感じている理由は、杏梨が思った以上に本気で恋をしていたからだ。髪の色を迷わず変えてしまうほどに。
一方で渚は付き合うつもりもないクセしてクラスの男子を手当たり次第に魅惑しているクズだ。しかもそれを自覚している上でやっている。"ワガママの代償"となにか関係あるじゃないかと俺は思っているが、予想に過ぎないしな。
とにかく渚は異常なほど口が悪いけど実際お人好しの毛がある。俺の視線恐怖症の克服に朝早くから付き合ってくれてるのが証拠だ、普通そんな面倒なこと頼まれたってしてくれないのに、渚は進んで引き受けてくれた。前からの仲間だっていう理由もあるけどな。
「杏梨が先に告白して矢神と付き合ったら渚の計画が破綻するだろ?だから一応教えたほうがいいかと思ってさ」
「それはないわね」
「なんで?」
「剛は私に好意を寄せているわ、いくら杏梨に言い寄られても靡かないわよ」
確信と自信を覗かせる瞳はそれが真実なのだと物語っている。渚のこれまでの経験が裏付けなのだろう。そして渚はまた曲げた人差し指を顎に持っていく。
──やっぱりな。今渚の頭の中では勝つか負けるのかどっちが得なのか高速で選択を迫っている。
「負けたほうがいいかもな、もしかしたらあるかもしれないぞ?」
「は?あるわけないじゃない。告白は先に譲ってあげるわよ、どうせその後に私が告白されるんだから。──勝つわよ」
ニヤリと笑った渚はまだ顎に指を当てている。勝利宣言と不敵な笑み俺はそれを見て確信する、渚の思考は俺の思うように傾いた。
「そっか渚らしいな」
渚の笑みを見て俺が笑うと一転、渚は側溝のどぶでも見るように顔をしかめた。
「なによ私らしいって。それにあなた杏梨の味方するんじゃなかったの?私にそんな話しして良かったのかしら」
「別に?」
「……はあ。気持ち悪いわね──もう体育館行かないと遅れるじゃない」
訝しげに俺を睨んだ渚は立ち上がって言った。さすがに怪しすぎるか、でも目的まではわからないだろうしな。
文句には反応しないでおこう。このギリギリのタイミングだからこそバレないのだ、渚ほど頭のキレるやつなら時間を与えたら俺の狙いに気づきそうだし。
「ああそうだな、わざわざ市民体育館でやること無いのにな」
「しょうがないでしょ?学校の体育館じゃコート足りないんだから」
今日学校に来た2年生は俺達だけだろう。ホントは朝から体育館に直接行けば良かったのだから。渚はにらめっこの為だけに朝早く学校にきたのだ。俺は胸中に広がる罪悪感を押し殺し、不満げに踊る黒髪の後を追った。
*
今日は地域体育館を借りての球技大会で、生徒全員が自転車を使ったら駐輪場がパンクするということで徒歩での通学となっている。
福生から羽村の1駅の為に電車に乗るなんて贅沢だと思うのは考えが庶民的過ぎるだろうか。五ノ神高校から体育館までの間、渚からずっと胡乱な目に晒されていた弊害かどうでもいいことが頭を過る。
今はクラス別の練習時間で試合前の最終コンディションチェックといったところだ。試合は6チームの総当たりで5試合、もちろん勝った数の多いクラスの勝利となる簡単なルールだ。
俺達のクラスは1組でバスケ部が少ないながらも優勝候補らしい。理由は御劔や矢神みたいな身体能力が高いものが多いから。まさに規格外なクラスだ。
御劔が言うにはライバルは6組のバスケ部が一番多いクラスらしく、男子だけでなんと5人。1組は男女合わせて3人だというのに。因みに男子は1人だけで女子が凛とあと1人。なかなか不利な状況だ。
渚はそんな状況下で活躍したらカッコいいでしょって話してた。ある程度目立って味方を増やして、自身の居場所を確立するってことだけど、そんなに上手くいくもんかね。
それでも今日は絶対に勝たなければいけない別の理由ができてしまったからな。死に物狂いで頑張るつもりだ。
「よっし!やったりますよーー!打倒6組!」
「「「おーーー!!」」」
やたらとテンションが高いのはやはりこのクラスの特色か。そのなかでも先導きって盛り上げてるのはムードメーカーの凛だ。
バスケ部だけあって気合いの入りようが段違いである。女子はみんな半袖を捲ってノースリーブにしているらしい。袖がシュート打つときの邪魔になるんだよな、気持ちはわかるけど健全な男子足る視点から言わせてもらうと目の保養だ。
チラ見してる奴がそこかしこにいるしな。
「いいねあれ」
「うわ!?」
でやがったな忍者御劔。しかもまた人の心を読んで話しかけてきやがった。なに?そんなにわかりやすい顔してました俺。別に性的な目で見てたわけじゃないですよ、機能美を確認していたのです。
すると御劔は女子の軍団を親指でさし、苦笑いした。
「僕達もやろうか、あれならシュートが打ちやすそうだ」
どうやら俺の頭の中はしっかり見透かされているらしい。なんだよ男子らしくノースリーブ女子の良さを語りに来たのかと思ったよ。そんな話しするほど仲良くないか。
「そ、そうだな、いいかもな。バスケのユニホームはノースリーブだしな」
「そうか、じゃあ一応確認とっておこうか。おーい凛!」
御劔は女子の塊の中で皆を鼓舞する凛に手を振った。すると凛は満面の笑みを浮かべて手を振り返しながら走ってくる。
その姿はやっぱ犬っぽい。けどこのイケメンに呼ばれたら俺でも笑顔になってしまいそうだから怖い所だ。
「おやおや!なんですかなみつるん、アタシ達の色気にやられちゃいましたか!?」
とかいいながら両腕を頭の後ろで組んでポーズを決めた凛は、流し目で挑発している。どこをとっても目のやり場に困る女の子だと表現しておこう。
これには御劔も驚いたろうと見てみると、いつも通りの爽やかな笑顔を崩してなかった。スゲーやつだ。
「ははは。凛の色気にはいつもクラついているよ」
「なっはっはっーそうでしょ、そうでしょー!」
褒められて調子に乗った凛は"そうでしょ"に合わせて俺の背中を力強く2回も叩いてきた。
……なんで俺なんだよ。迷惑そうにジト目で睨んでも凛はどこ吹く風である。
「それで相談なんだけど、男子もその腕捲りを真似て気合いを入れようかと思うんだけどいいかい?」
「オフコース!我が1組のトレードマークとして採用しようじゃないかみつるん!君もいいと思うよね、りょうくん!」
相変わらず距離の近い凛は顔をぐいっと近寄らせてくる。これ否定できない聞き方じゃん。誰もこんなに楽しそうにしてる奴の意見を否定したくなんてないだろ。
「バスケ部の凛が言うならいいんじゃないか」
「うん、じゃあ決定だね!さありょうくん、いまこそアタシとペアルックだ!」
「……ペアどころじゃないけどな」
ニコニコの凛にツッコミを入れながら腕を捲ると、凛は何が満足なのかしらないが嬉しそうに頷いた。
「さて、じゃあ男子全員に伝えないとね」
忽然と現れた御劔は颯爽と去っていく。忙しい男だな、カースト上位を保つってのは生半可じゃなさそうだ。
御劔は素でやってるんだろうけどな。俺じゃ頑張ってもできそうもない。
「じゃあアタシ達は1on1でもやってアップをしようか」
「いや、しないけど」
「ええ~いけずー!」
試合前だってのに余裕だな、隙あらば1on1を申し込んでくるよこの人。よほど負けたのが悔しかったのか。
「また今度な」
「あ、そうだ!じゃあ今度はことちゃんも一緒に3人でバスケしようよ!」
「え?ああ、まあべつにいいけど」
「いいって言いましたね、聞いたからね絶対だよ!いやーいい練習になりそうだ!」
琴葉の練習に付き合うついでに相手すればいいだけの話しだしな、これだけ喜んでもらえるなら付き合うのも悪くない。ただ一言いっておこう、俺にもプライドはあるのだ。
「俺には勝てないと思うけどな」
そっけない言葉だが凛は好敵手に見せるような笑みを浮かべて、俺を指差した。
「なにをー!首を洗って待っておけ!」
バッチリ決めた凛がくるりと翻して2~3歩進んだとこで、普通に声をかける。
「あ、ところでさ」
「ええ!?今カッコよく決めて去るところだったのに呼び止めるの!?」
俺は話の途中だったつもりだけど、悪いことしたかな。……まあ凛だしいいか。
「桃花と渚呼んでくれる?」
「スルー!?そしてなんかチャラい!」
「ノースリーブでポーズ決める奴よりはチャラくないと思うけど」
「なな、なにをー!!呼んできますよ、呼んでくればいいんでしょ!」
ああゆうのって冷静になると恥ずかしくなったりするんだよな。
顔を赤くさせて捲っていた袖を戻しながら俺を睨むが、怖くない視線だ。いつもふざけている凛の恥ずかしがる顔は年相応の女の子だ。
待っていると2人は直ぐにやってきた。渚はちゃんと仮面をつけた状態でニコニコしていてちょっと不気味だ。
さっきはあんなに睨みつけてきていたのに。それにくらべて桃花はいつもニコニコしていて会うだけで心が洗われるようだね。
「やっほー、呼ばれてきたけど!」
「なにかようかしら?」
「いや、調子どうかなって思ってさ。2人は特に一緒に練習したから気になってさ」
なんか桃花はいつもよりテンション高めだな、苦手な事を人前でするって躊躇するんだけどな普通。ハートが強いのか、むしろ練習で自信がついたのか。
「んー足引っ張らない程度に頑張るよ!せっかく良介が親身に教えてくれたしね!楽しみだなー試合」
「ふふ、桃花らしいわね。でも私は本気でやるわよ、体育の成績に関わるからね」
どちらもハートが強いようで良かったよ、てっきり緊張でもしてるかもと思ったけど、そんなことなかったな。
「2人とも調子はよさそうだな、なら練習通りやれば大丈夫だから頑張ってくれ」
「ありがとね!でも良介こそ平気なの?試合中って人目凄いよ」
あははー人の心配してたら逆に心配されてしまった。視線のことは桃花に話してるからな。
……試合中の人目ねぇ。
「ま、まあ最近はだいぶ良くはなってきてるし、だ、大丈夫だと思う」
「うわあダメそう」
試合中のことを考えたらどもりまくってしまった。頼りない話し方に桃花からの信頼は0だな、頑張ろ。
「見れる試合は良介の応援しに行くから頑張ってね。期待してるわよ?」
渚にいたっては俺にプレッシャーかけに来てるし、前の俺だったら舞い上がるような綺麗な笑顔も、今じゃニヤついた下品な笑顔を隠すための仮面にしかみえない。
「渚がそんなこと言ったら余計に緊張しちゃうんじゃ……」
学校1の美少女の期待は重い。桃花はそう考えたようだが俺は違う、これは渚なりの激励みたいなもんだ、俺達トリオはプレッシャーにはすこぶる強いからな、逆にいい。
「いやありがたいよ、サンキュー渚」
「ふふ、私が応援するんだから勝ちなさいよ?」
「はいはい」
「……確かにこの2人って仲いいのかも」
なんか桃花に勘ぐられてるし、そろそろ俺もやらないとな。JILLとして応援してくれる渚には本気で悪いと思うが仕方ない。
「2人は調子よさそうだけど杏梨はちょっと力が入りすぎかもな」
そういいながら2人の視線を杏梨に誘導する。丁度シュート練習をしているところみたいだ。ただ表情は強張っていてフォームも硬い、アップの筈が汗も大量に流している。
「杏梨……」
「…………」
心配そうにしている桃花、そして渚は眉根を寄せて手を顎に持っていっている。
杏梨に対する罪悪感が渚の自問自答を誘発しているのだ。勝ってしまって救いのない告白をさせてもいいものなのかと。
勝つのは難しい、運動が苦手なのは渚本人がわかってる、でも勝つために努力した。
短い期間だったとしても渚が努力していたのは俺も見ている。
でも負けるのは簡単だ、わざとミスをすればいいだけ。これまでの努力を棒に振って、"代償"を捨てるだけだから。




