イメチェン
杏梨が俺の回りをうろちょろと動き回って、顔を隅々まで確めている。逆から捉えると、杏梨の顔立ちもはっきり見えているわけで、人相が悪くても綺麗な顔が近くにあると恥ずかしいのだ。
「あの、なんでしょうか」
「なんで敬語だよ、つかやっぱお前イケメンだな、あたしのカットが良かったってのもあるけど」
「そうか?ありがとな」
まあ超絶美少女の兄貴だし、相貌はある程度整ってるだろう。自分じゃよくわからないけど。まあこれで奇異の視線を向けられることは無くなるだろう。
代わりにノーガード戦法になってしまったわけだが。あとはクロスカウンターを打ち込むだけ。
「良介がカッコいい……」
「ホントに!?ありがと桃花!」
「うわっ、また急に食いついた!」
あの天塚桃花にカッコいいと言われるなんて、俺はもう天寿をまっとうした、ありがとう世界。
「おい良介!やっぱ明らかに桃花とあたしで扱い違うじゃねーか!」
「そりゃ杏梨だって俺と矢神の扱い違うだろ?それと一緒だろ」
そして俺は大抵のやつから居ない者として扱われるのだ。だが最近になって株をあげ始めた俺は、この2人からは人間扱いされてるわけで。
チラチラと俺の顔をうかがいながら、頬を染めた桃花は唇を開いた。
「そ、それって……ごめんね?私、春人がいるから」
「……え?俺もしかして告白もしてないのにフラれた?」
「そりゃ今の言い方だと告白みたいじゃん?あたしが剛を好きだから扱いが特別みたいに、良介が桃花をって……なにいわせんだよ!」
杏梨から肩に拳がとんでくる。恥ずかしがって自滅するなら1人でやってくれよ、俺まで巻き込みやがって。
女神にフラれたあげく吊目のギャルに殴られるって、俺なんかしましたっけ。
「ご、ごめん!チャンスあると思わせたら悪いかなって、早めに断っちゃった、自意識過剰だったかな……」
桃花は恥ずかしがるような、自責するような顔で一生懸命謝ってきている。
それを見て、彼女が顔を歪めれば歪めるほど、自分の胸が苦しいことに気づいた。
なぜか。それはこんなにも心情を斟酌してくれる友人に、悲しげな顔をさせてしまっているからだ。髪が長い俺にもずっと平等に接してくれていた彼女に。その事実に俺は自分への憤りを感じた。
だから肯定してしまおう。
「いや、好きだからあんな言い方したんだよ、あームカつくな風見のやつが!」
なるべく明るく、声を高く。俺にしては上手くできただろう。
そして桃花はまたしても俺の気持ちを斟酌して、明るく答えてくれる。
「うん、これからも友達でいてね?でも、春人の悪口は許さないよ!」
「わかった、ははは」
なんだろう、目から水が流れそう。雨でも降ってるのかな。
「じゃあ良介がフラれたところで次はあたしだな」
杏梨が俺の肩を叩く。軽いね、人がフラれたってのに。ああ、あなたもフラれるってことですかね。
「次?」
「あたしは髪染めるからさ」
「え?今より染めんの?」
今でも綺麗にというか、それ以上は明るくならないくらい染まってるけど。
あとは白髪になっちゃいますよ。
「ちげーよ、黒染め」
「黒?」
「え、杏梨黒染めしちゃうの!?」
ずっと金髪だったから、黒髪の杏梨って想像つかないんだけど。
桃花も驚いてるし。
「まあ、背に腹は代えられねーし」
納得してないけど、しょうがなくやるって態度だ。やりたくないのか?
ん?そういや矢神のタイプは黒髪のロングで清楚な女性だったはずだ……まさか。
「黒髪にしても清楚にはなれないけど」
「お前、ちょくちょく一言多いよな?」
ノンタイムで胸ぐらを掴んでくる、初動すら見えなかったぞ。清楚には程遠いな。
「悪いって!つか清楚は!?」
「まだ髪染めてねーじゃん」
「桃花さん、早く染めたげて!」
「あの、私だけ話しについてけてないんだけど!」
そうか、矢神のタイプは俺と杏梨しかしらないのか。つまり2人だけの秘密。悪くない、言わないでおこう。
「…………」
「…………」
「え!?2人で無視!?」
杏梨は自分から言うのが恥ずかしいのだろう、俺を睨んでいる。そんなに睨んだって俺から暴露することは無いぞ、お前の視線は克服済みなんだからな!はっはっは。
「──チッ、剛が黒髪の清楚な女が好きならしい!」
「杏梨!そうなんだ!頑張ろうね!」
あー2人だけの秘密が……そろそろ手離してくれませんかね。
桃花は杏梨が秘密を話してくれたことに感動して、両手を合わせている。
「てかなんで杏梨はそんなに矢神が好きなんだ?」
「あ?」
手に力がこもり、首がしまる。
「……苦しい、ただの興味だって!」
「はあ、まあいいか」
嫌味じゃねーだろーなという視線を向けられて、その後パッと手を離された。
むせないように深呼吸。
暴力系女子は今時流行らないんだからな、ったく。
「うんうん、それでそれで?」
桃花が一番興味津々じゃんか、それでも俺だけが胸ぐら捕まれるんだから平等じゃないよな。桃花と比べるなんておこがましいけど。
「1年の3学期の時にさ」
「うんうん!」
3学期といえば最近だな、まだ2年になったばっかりだし。
興味深そうに頷く桃花に合わせて、俺も適当にうなずいておいた。
「ちょっとライゼリアで他校の男にナンパされてさ」
「ええっ!」
ライゼリア好きだな、そういやデザートにメロンパフェとかあったな、きっとそれだ。
「奢るから一緒にお茶しようって言われて、断ったんだけどしつこくってさ、あたしムカついてメロンソーダかけちゃって」
メロンソーダのほうだったか。おしい。
「杏梨~気が短いよ……」
「しょうがないでしょ?ムカついたんだからさ、それで腕掴まれて殴られそうになった時に剛が来てさ、その男引きずって外に連れ出してぶん投げたんだよね」
ぶん投げたんだよね。でなんで顔赤くすんだよ意味わかんねーよ。
だいたいムカついたからってジュースかけるのはヤバイだろ。
「暴漢に襲われそうになったのを助けられたか……なんちゅうテンプレだよ」
「あ?なんかいった?」
「いえ、いい美談だなと思いまして!」
ホントちょっとしたことでキレるからな、最近声の高さ1つで不機嫌かどうか分かるようになってしまった。
「助けてくれたんだ!剛カッコいいね!」
なんだと!?桃花にカッコいいって言われるなら俺も暴漢の1人や2人なんとでもしてやるぞ!
「うん、それでさお礼言うの恥ずかしくて、あたし別に助けてなんて言ってないって言ったらさ」
「うんうん!」
「"ムカつく奴投げただけだから"って恩着せようともしなくって」
「きゃー!」
もしかして女子会に巻き込まれたのか俺は。めっちゃキャピキャピしてんだけど、とくに桃花。
「それで……好きになった」
好きという言葉を恥ずかしながらも紡いだ杏梨は、居心地悪そうに頭をかいた。
ちゃんとした理由があるんだな、渚とちがって。うん、やっぱり今回に限っては杏梨の背中を押してやりたい。
本気で恋してるんだ、遊びのやつに負けるのはあんまりだ。
「きゃー!きゃー!わかるよ、わかるよ杏梨!突然だよね好きになるのは!よし決めたよ!杏梨の恋、私も全面的に協力するからね!まずは黒染めだ!」
テンション爆上げの桃花に背中を押され杏梨は椅子に座らせられる。
「ちょ!テンション高すぎ!いいから普通に染めてよね!」
「わかってるよ!清楚っぽくだよね!」
「黒に清楚っぽくもクソもねー!」
「あ!クソなんて淑女が使う言葉じゃないよ!」
「いいからあたしの言う手順でやれよ桃花!」
「はいはい!」
「はあ、ホントにわかってんの?」
何が嬉しいのかニコニコした桃花は、綺麗に染まった茶髪を踊らせながら、杏梨の言葉を無視して準備を進めていく。
よく無視できるよ、つか俺が無視したら絶対手がでるよ。
「桃花と杏梨ってずっと仲いいのか?」
ドロドロした液体を杏梨の髪に塗りたくってる時に俺は口を開いた。
杏梨は鏡越しに俺をみて、桃花は振り返って答えてくれる。
「うん、中学の時からだよ」
「ああ、中学が一緒なのか、通りで」
「家が近いから、腐れ縁みたいなもんだし」
桃花の肯定に被せるように杏梨が言った。たぶんだけど照れ隠しだな。
「ええ!ずっと仲良しじゃん!」
「はいはい……あ、ここ塗れてない。ちょっと桃花、話すのもいいけどちゃんとやってよ」
「えーわかったよ」
杏梨は結局肯定しなかったけど、どっから見ても仲良しだよな。
この楽しそうに髪を染めてるとこを見ると。
──しばらくして、杏梨の黒染めが終わる。
「誰?」
「お前に言われたくないんだけど」
「杏梨の黒髪とか何年ぶりだろ」
俺の目の前にはギャルの手本もとい、泣く子も黙る黒髪の淑女がいらっしゃった。雰囲気はそれらしくなってるけど、漏れだすギャルのオーラは隠しきれてない。目つきが清楚からかけはなれてんだよな。
「でもそれっぽくはなったかもな」
「男子のお墨付きももらったし、次は言葉使いだね!」
「無理」
杏梨は言葉を唾棄するように吐き捨てた。
「諦めたらそこで試合終了だよ!」
「終了だぞ!」
来ましたね、安静先生の名言!もちろん知ってますとも!
「お前バスケネタだからってここぞとばかりに乗っかんなよ、みっともない」
「あまりにも辛辣すぎません?」
「あたしはこれが普通なの」
「あはは、ごめんねー杏梨の代わりに私が謝るから!」
「いえいえそんな。桃花に謝ってもらうなんて!」
こんなやんちゃギャルの為に頭を下げさせられないですよ!むしろ俺が下げる。
「やっぱり私は特別扱い!?」
「信者かよ、気持ち悪い」
「……待ってくれ、キモイより気持ち悪いのほうがダメージ大きいことに気づいた」
世界の心理に一歩近づいた。グサリと刺さるよね、キモイという短縮した手軽な言葉より、わざわざ相手に不快感を与えるために気持ち悪いと長く言葉を紡ぐ意志、それが伝わった。
「あ?良かったな、これでまた少し賢くなれたじゃん、気持ち悪い」
「杏梨もしっかり学習してる!?」
黒髪ギャルの気持ち悪い攻撃が胸に響く。女子からの拒絶攻撃は心臓に悪いな。桃花も面食らっている。
「つか待てよ、言葉使いの話しから上手く誘導されてんじゃん」
末恐ろしい。
これがクラスのギャル達を傘下に納めしギャルの女王の実力か。
「あ、ホントだー!」
「だ・か・ら言葉使いは無理!」
やるべき本人がここまで言うのだから無理なのかもしれない。やる前から無理っていうのも諦めが早いけど、根深そうだしな。
でも後は何すればいいんだろうな……。
「──じゃあ後は態度で示すってのは?」
「態度?」
「いいかもそれ!」
桃花は納得してくれたらしい。
桃花は風見鶏にボディタッチとかしてたしな、うらやまけしからん上にムカつく光景だった。
「腕を掴んで上目遣いだな」
「うわっえげつないね!それ良介がしてもらいたいことなんじゃないの~?」
渚の手口だな、あれは破壊力がある。
桃花にされたら衝撃で地球の自転の向きが逆になる。
「そうだな、桃花に」
「好意を隠そうともしない!?」
「お前らあたしで遊ぼうとしてないよね?」
ちょい悪ふざけが過ぎたようだ、杏梨様がお怒りである。でもいたって真面目に意見してるんだけどね。
「してないけどさ、杏梨はとりあえず喧嘩腰を治そう」
「あ?」
「言ってるそばからじゃん……」
俺の視線恐怖症なみの症状だな。この前の矢神に食って掛かったのはよくなかった。キレてるキレてないの問答のやつだ。
「杏梨にそれはむずかしいんじゃ……」
桃花がおずおずと進言するも、杏梨は肩眉を上げて応対する。
「あ?」
「なんでもキレるな!」
あっちでキレてこっちでキレて大変だな!
これはマジで矯正しないとマズイ。
──よし。
「練習だ、キレない練習!」
奇しくも渚と同じような練習方法を思いついてしまった。
元はばんちゃんか。




