休日デート
視線に馴れる訓練、バスケの練習、学校のイベントにはことごとく無関係だった俺には過分なリア充イベントだ。
この数日が数ヶ月に感じるほどに濃い時間だった。結局、毎日バスケの練習してるしな、意識高いんだよ皆。
毎日メンツ増えるしさ、よく生き残ったよ俺。
ついに週末を迎えた俺は羽村駅前の、よくわからん動くオブジェを眺めながら、考えていた。
今日こそは生き残れないかもしれないと。
「待った?」
「い、いや待ってない」
「なに恥ずかしがってんの、キモいな」
女子との待ち合わせってだけで緊張してるのに、杏梨は全く気にしてないらしく、いい切れ味の舌を振るっている。
今日の服はパーカーにジーンズとキャップ、ラフな格好の中にもちゃんとギャル感が出ていて素晴らしい。
対する俺はジーパンに長袖、普通の奴が着てればまともに見える筈の服装だ。
「悪い、ところで今日は何すんだ?」
マジでなんも聞いてないんだよな、聞いても教えてくんないし。
渚をはめる悪巧みなら協力しないぞ。対抗手段なら一緒に考えるけどさ。
「いいからついて来なよ」
杏梨は徹底してこの調子だ、当日になっても教えてくれないのか。
だったらこっちにも考えがある。
恋ばなに弱いのは知ってるんだ。
「まさかデートか?」
「は?良介と?せめてもうちょい見た目整えてから物言えば?」
俺が矢神じゃないのがいけないのか!
ただ俺が心的苦痛を味わっただけじゃねーか。予定ではちょっと恥ずかしがると思っていたのに……。
さすがに思い上がりだったか。
帰り道とは反対方向の線路沿いを5分くらい歩いていくと、杏梨が立ち止まって指差した。
「あたしん家」
そこは【island】という美容院だった。
白っぽい外装に、植木鉢が点々と置かれていて花がたくさん咲いている、可愛らしいお店だ。
中を覗いてみると、数人の美容師が髪を切っている。
家と店が繋がっているらしく、杏梨は店の裏に回っていく。
「なんで家?」
「家デートはいや?」
恥ずかしそうに上目使いで質問を返してくる杏梨は、普段の厳つさが鳴りを潜め、奥ゆかしさすら漂っていて、ギャップがあって破壊力が凄まじかった。
「え、え?」
「ぷっ、あっはっは!冗談じゃん!なにマジになってんだよ、ちょっと渚の気持ちもわかったかも、チョロ過ぎる」
「お前な!」
「先にからかおうとしたの良介だし」
はっと鼻で嗤われる。バレてたか。
でも今のを普段からやってれば矢神もいけるんじゃないか?渚がやってんのもあんなもんだし。
「矢神の前でそれやれよ」
「え?さすがにあれはキモくて無理」
「かなり可愛かったし、いけると思うけど」
「うっさい、いいから入れよ」
家の扉を開けた杏梨は不機嫌そうに、顎で俺を誘導する。
ただ少し顔が赤くなっいたのを俺は見逃していない。
貴様もチョロいのだよ。
そして、家の奥から声が響く。
「あー、やっと帰ってきた!ちょっといつもより長くない?染まり過ぎちゃうよ!」
聞いたことのある声だ。
杏梨と違って全く攻撃性のない、優しげな声。
天塚桃花の声だろう、俺が聞き間違えるわけがない。
「え!桃花いるの?」
「……お前。桃花は彼氏いるからね」
ぐわっと上がったテンションが地の底まで落とされた。
人に現実を見せるのが正しいとは限らないよね。
「へいへい、知ってますよ……」
「うわあ、露骨に萎えてんじゃん」
ドン引いてるな。
いいじゃん桃花だぞ、男子ならだれでも憧れるだろ。
「──ちょっとー!聞いてるー?」
「はいはい、今いくから!──ほら、行くよ」
「おじゃまします」
よく考えたら女子の部屋とか上がるの初めてだな。
緊張してきた。
「やっときたって……良介?」
「おじゃまします?」
「なんでどっちも疑問系なんだよ」
染め粉を頭に塗りたくって座らされている桃花は、俺がくることを知らなかったようだ。
桃花の明るい綺麗な茶髪はここで染めてるらしい。
道具は椅子とかケープとか、その物だ。店の物を使っているのだろう。
「なんか、おかしいと思ったら良介を向かえに言ってたんだ。てか髪!そろそろ落とさないとじゃない?」
そう言われた杏梨は焦るでもなく、時計を見て頷いた。
「丁度いい感じだね、落とすか」
そう言って桃花を連れて別の椅子に座らせた。
完全に美容院だな、練習用に家にも設置されているんだろう。
しばらく俺は放置されることになった。
桃花の髪をイジル杏梨は真剣そのもので、話しかけるのもはばかれた。
「ふースッキリ!いい感じ、ありがとね杏梨!」
「まーね、あたしに任せとけば完璧だから」
「よ!未来の【island】店長」
「ふふん」
腕を組んで胸をはって、ご機嫌だな。
確かに桃花がいつもよりふんわりとしてる。というか髪が柔らかくなってるように見える。
お姉さん度が上がってるな。
髪で変わるもんなんだな、長さとかは殆ど変わってないのに。
「凄いな、将来は美容師なのか?」
「そう、上手いっしょ?」
いつも髪がバッチリ決まっていたのはそのおかげか。美容師は見た目的には似合ってるけど、接客の練習しないと無理だろ。
すぐ客にキレそうだ。
「そうだな」
「だから安心していいから」
やっぱりそうなるのか?いや、なんか店見た瞬間から嫌な予感はしてたんだけどさ。
「ははは──ちょっと心の準備が」
「桃花捕まえて」
「はーい、暴れないでよ、良介!」
背中を向けた瞬間、道具の準備をする杏梨から指令が下ってしまう。そして肩に両手を置かれた。
桃花の手を振りほどけと?無理ですよね。
なすがまま、されるがまま椅子に座らされ、流れるようにケープも被せられた。
桃花の髪をから、洗いたてのいい匂いが漂って俺の鼻腔をくすぐる。
「あらためて見るとやっぱ凄いよね、この髪。よくここまで伸ばしたね」
俺の毛先を摘まんで持ち上げて、自分の髪と長さを比べている。
純真無垢とはこの人のことだろう。
「はいはい、アシスタントはここまででいいから」
背中を押して桃花を排除しようとするが、その腕に寄りかかって頭を後ろに倒す。
「えー!私も切りたい!」
「桃花が切ったら最終的に坊主になるでしょ!」
それはちょっと聞き捨てならないな。
「坊主は防御力が低すぎるから勘弁してくれ」
「なに?防御力?意味わかんないんだけど」
「私が切ってもそんなことにならないから大丈夫だよー!」
こればっかりは信用できない、いつもどこか抜けてるとこを目撃してるからな、できれば杏梨にお願いしたい。
むしろ切ないで終わってくんないかな。
「ダメ!男の実験台は少ないんだから、あたしがやる。」
明確な拒否、それは実験台の取り合いのため。
そもそも桃花にいたっては面白そうだから切りたいくらいの、ノリでやろうとしてるだろ。
これでも俺の生命線なんだからなこれは。
「じ、実験台?……あれ、得意なんだよな?」
「得意だって!…………女は」
「いや、今"女は"って言ったじゃん、俺男なんだけど!」
「男が細かいこと気にすんじゃねーよ!」
抵抗むなしくシャンプー台に押したおされて、頭をガシッと固定されてしまう。
天井を見上げる俺は、頭上の視界の外から、ほくそ笑んだ杏梨が出てくるのを強制的に見せられる。
「桃花さん助けてください」
「ドンマイ!私も手伝うから大丈夫!」
桃花は両手を顔まで持ち上げてグッと握る。余計なことしかしなそうだから困る。
「……お願いだからせめて杏梨だけにして」
「ええっ!?ひどくない?なんで私はダメなの!?」
「良介も嫌だって言ってんだから、下がった、下がった」
押し退けられた桃花は、むくれ顔で椅子を持ってきて、俺の顔を覗いている。
なにこれ手術でもはじまんの?不安になってくるわ。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、杏梨は慣れた手つきでシャンプーを始める。
「なにこれ、男のクセにやたら髪質いいな、キモ」
杏梨の細い指が頭を揉んでいて、マッサージされてるみたいで気持ちいい。腕はよさそうだ。
「なんで髪質よくてキモがられるんだよ、ちゃんとケアしてんだよ、男の髪は命より大事だからな」
「なにいってんのこいつ」
「うーんわかんない、キモイね」
桃花は俺にとって具現化した聖女のような存在なのだが、散髪拒否されてご機嫌ななめになったらしい。
その口から紡がれた嫌悪の言葉は、頭をかちわった。そっから魂が抜けていってるんじゃないと思うほど俺は放心する。
「…………」
「桃花、急に静かになったんだけど、これ生きてるよね?」
「…………」
「桃花」
「私のせい!?」
その会話を最後に意識がとんだ。
──チョキ…チョキ……チョキチョキ。
リズミカルで耳触りのいい音が耳元で流れている。頭を優しく撫でられているような感覚は、子供の頃に母親に甘えていた時期を思い出す。
そしてまたチョキ…チョキと。
あれ?そういや髪を切るとか言ってたような……。
「ん……」
「あ、起きた」
「良介ごめん!まさかキモイって言ったくらいで、気絶するなんておもわなくて!」
手のひらを合わせて平謝りする桃花が、不穏な単語を口にしている。
誰が誰にキモイって?
「何の話し?」
「私が良介をキ──」
「桃花、こいつ覚えてない」
は?何の話しだ?キ?
桃花は焦って、手を上下にバタバタすると、口角をひきつらせながら笑っている。
「なんかあったのか──って髪切ってるし!?」
「まだ始めたばっかだけどな、いいから黙ってろよ」
「そ、そうそう!杏梨にまかせちゃえば完璧だからね!」
何か隠そうとしてる?てか寝てたのか、その間にイタズラでもされたかな。まあいいや。
「あんまり切り過ぎないでくれよ」
「あん?男は短髪でしょ、つか角刈りな」
「短髪は勘弁って、角刈りはおかしいだろ!杏梨の趣味じゃん!」
どんだけ矢神が好きなんだよ、お前が角刈りにしろよ。
「うっさいな、テンション高くない?良介ってこんなだっけ?」
髪切るとかいう蛮行がなければもっと大人しくしてるわ!
桃花は小首を傾げる。
「うーんたまに謎テンションだよね」
このままじゃマジで短髪にされかねないぞ、俺の前髪は最終防衛ラインだっていってんじゃん!
口に出してないけどさ!
もう視線恐怖症なんだと告白しようとした時だ。
「あっ」
杏梨の気の抜けた声と、金属の合わさる"ジョキ"という音が重なった。
そして俺の最終防衛ラインはあっけなく突破された。
「……終わりだ、もう学校いけない」
「いや、全然取り返しつくから」
この世の終わりを見た俺とは違って、なんてことないように告げる杏梨。
今更ながら遅いけど俺は視線が怖いということを告げることにした。
これ以上の事故をを逃れるために。
「実は──」
簡潔に丁寧に告げられたと思う。なんでそうなったかの理由までは話してないけど。
まだ渚とばんちゃんにも話してないからな、隠すことでもないけど、話したくない。
そして桃花が鼻をすする。
「うっ、うっ、がわいぞうに~りょ、ずげ~」
「うわ!きったな!」
桃花は、顔の穴という穴から汁をたらしてる。そこまで哀れまれるような話し方してないんだけど。
つか俺はずっと髪切る格好のまま座ってんだよな、シュールすぎだろ。
「あ、ありがとな桃花、ちょ、か、顔ちかい」
というか液が近い。顔だけならゼロ距離でもいいのに。
「ほら、顔ふけアホ」
杏梨は湯気が上がっている顔ふきタオルを持ってきた。
汚いといいつつも、やはり優しいとこがある。
「ズッ、ズッ、チーン!ゲホッ」
「あーあー、化粧まで落ちてんじゃん」
杏梨は使用済みのタオルを見て顔をしかめると、端っこを摘まんでタオルを下げていった。
桃花は顔を拭いてスッキリしたのか、俺の手を取って目を合わせる。
この2人の視線はもう大丈夫だということも話した。
「ごめんね、そんなに辛いなんて知らないで髪切っちゃって、私は味方だから安心してね!杏梨もだよ!」
「ありがとな。これでも最近はだいぶ良くなってきてるから」
「そうそう、男がいつまでもナヨナヨしてんなよ」
桃花からの長年の苦節を癒す励ましを受けていると、いつのまにか戻って来ていた杏梨が俺の髪を掴んだ。
チョキ…チョキ。
「あ」
「あー!」
「お前らうるさ」
桃花が有無も言わさずに、ザクザク髪を切りだした。
人の話を聞いてないのか、血も涙もないやつだな。桃花の爪を煎じて飲ませてやりたいよ。
「俺の学校生活が」
「あん?これ以上悪くなんないっしょ、大丈夫、大丈夫。むしろ自分からは切らないんだから視線克服するチャンスじゃん、よかったね」
「「…………」」
唖然とはこのことだろう。恐らく彼女は本気の善意でやってくれている。将来パワハラ系の上司になるなこいつ。
そして俺達がフリーズしてる間も杏梨はどんどん髪を切っていく。
もはや止めるすべはない。あとは角刈りにならないことを願うだけだ。
「あれ?良介……」
「はい?」
「いや、なんでもない……」
杏梨が口を半開きにして驚いた顔をしていた。珍しい、あんまり油断のないやつだから、こんな顔は貴重だ。
つかなんだ、まさかミスったのか。今より目立つ髪型は止めてくれよ。ガードが無いんだからな。
だんだん髪型が整ってくる。おい、めっちゃ短いじゃねーかよ。
部活やってたころより短いぞこれ。
「……一番似合いそうな髪型にしてみたけど」
「なんで前髪上げるやつなんだよ、もう防御とかじゃなくて攻めてるじゃん」
「アップバングな、桃花これヤバくない?」
そういって俺を指差した。なんだ上手く言ったのか?それとも失敗したのか。
「う、うん、ヤバイね……誰?」
「いや、俺ですけど」
桃花の反応的に、誰が誰だかわからないほど酷いのか。
俺の学校生活……。




