屋上
学園生活で告白といったら屋上だ。そして喧嘩といっても屋上。昼食といっても屋上。サボリといっても屋上。もう大体が屋上だ。
学園生活と屋上はきってもきれない関係にある。
ただし、それはフィクションの物語の中での話しであって、大抵の学校の屋上は封鎖されてるのが常識だろう。
我が五ノ神高校も例に漏れない。
であるからして、杏梨の屋上呼び出しとかいう珍妙な言動は、カッコつけすぎたか、見栄を張ったかのどちらかだと思う。
しっかり施錠された屋上の扉を眺めながら、俺は途方に暮れていた。
杏梨が昼休みの鐘が鳴ると、直ぐに教室から出ていったので、ここにいると思ったんだけど。
聞き間違えたかな?校舎裏?
屋上の扉の前にいるだけで悪いことをしてる気分になるな。
落ち着かん。どうするか、PINEで聞くか。
そして俺がスマホを取り出した時だった。
階段から人が上がってくる音がする。
先生じゃないだろうな、とヤキモキしていると見覚えのある派手な頭髪が顔を出し始めた。
「──あ?お前、まだそこにいたの?」
ビニール袋をぶら下げた杏梨が、そこにあるはずのない奇妙な光景をみるように俺を見ていた。
「いや、集合場所ここだろ?」
「屋上って言ったよね?ここ廊下だし」
んなこたー百も承知じゃい!
屋上に出れないのも理解できないスカポンタンか!
「いや、屋上出れないよね?」
「は?」
「え?」
「……もしかして良介って、これ知らない?」
杏梨はそういうと、屋上への扉じゃなく、窓へ向かって行くと手をかけた。
「いや、そこも鍵閉まりっぱなしだろ」
「良介、お前ホントに陰キャだな」
俺をサラっと貶した杏梨は、鍵なんてかかってないかのように、窓を開け放った。
陰キャ関係ないじゃん。
「え?なんで?」
「反応うっす、そういうとこだよ。ここの鍵が壊れてんのは常識だから」
友達少ないからこんな情報も知らないんだろってことか。この女はマジで容赦ないな。
杏梨は窓に足をかけて、窓枠に乗っかった。
ギャルの手本のような杏梨はスカートが短い。白い足の付け根が露になってしまうのも自然だろう。
──純白というやつだな、意外だ。
その場で止まって、杏梨はこちらを振り返り一言。
「早くこいよ、あとパンツは助けてくれたお礼な」
「な!?」
窓枠に飛びのった時に見えたパンチラは意図的なものだったらしい。
……今も見えてる。
恥ずかしげもなくパンツを見せるとは最近の若者は……と思ったが、杏梨が屋上へ消えてく刹那見えた光景は、ほんのり赤く染まった耳だった。
……乗ってから気づいたんだろ。
俺も後に続こうとして、トラブルが起こる。
金具に長い髪が引っ掛かってしまったのだ。
「いてっ、いててて!」
「あははは!だっさ!人のパンツばっか見てっからだよ!つかそれ桃花もやってたし、二番煎じ!」
指をさして腹を抱えながら笑う杏梨の笑顔は、鋭い目付きが柔らかくなって、可愛いかった。
痛みと杏梨の笑顔でブーストがかかった俺は、渚とせっするように文句を口にする。
「わざとじゃねーよ!」
「知ってる、知ってる!あははは!」
杏梨は瞳に涙を溜めるほど笑いこけた。
いつもピリピリしてる奴だと思ってたけど、笑う時は笑うんだな。
人の不幸で笑いやがって。
杏梨は笑いが収まってくると、金網のフェンスへ歩いていって、それを背もたれに腰をおろした。
俺もそれについていく。
屋上って初めて来たな、それが普通なんだけど、杏梨はなれてる感じだ。
今日は晴れてて丁度いい気温だ、フェンス越しに見る学校の景色もなかなか悪くないな。
バレたらヤバイという恐怖心がなければもっといい。
「あー笑った!桃花とおんなじことするとか、アホでしょ良介」
「桃花がアホなのは当たり前なのかよ」
「当たり前じゃん、桃花がアホじゃなきゃ人類からアホがいなくなるし」
桃花が髪を引っ掻けて大騒ぎしてる光景は想像に難くない。その抜けてる所も悪くないんだよな、むしろ魅力だ。
「ひどい言い様だな、聞いたら泣くぞ」
「いつも言ってるし、へーきへーき、つか座れよ。それとこれ」
胡坐をかいている杏梨が隣の地面を叩く。それと片手にはビニール袋から取り出したメロンパンが乗っていた。購買で売ってる人気の商品で、なかなか買えないやつだ。
だから鐘と同時に教室を出ていったのか。
「え?もらっていいの?」
「お礼」
「え?」
「お礼!いいから座れって!」
桃花に手を引っ張られて、ついでにメロンパンも握らされた。
さっきからお礼、お礼って、なんだ?渚へのピッチャー返しを止めたことか?
「サ、サンキュー?」
「なんで礼なんだよ……あーーもうっ!あれだよ!あたしのこと、かばってくれたんでしょ?良介があたしを怒らせたって嘘までついて。だから、ありがとう!」
そっちか、墓穴を掘りぎみでなんとも言えない結果になったけどな。
それがきっかけで阿久津と喧嘩になってたし。
杏梨は普段から礼なんていいなれてないらしく、頬を赤らめて、正面をみている。
そして今度はメロンジュースを押し付けられた、メロンばっかだ。
「……あの、顔にジュースがめり込んでるんですけど」
「──うるさい!それあたしのオススメだから!心して食えよ!」
俺の頭の中では、優しいギャル代表の桃花が、"杏梨は友達思いなんだからね!"と怒っていたのがリフレインしていた。
ホントにそうなのかもしれない。
あととにかく、メロンが好きらしい。覚えとくか。
「はいはい」
琴葉の弁当は家に帰ってから食べるようかな。
俺がメロンパンとジュースを食べ始めると、杏梨もメロンパンを食べだしたが、ソワソワして待ちきれない様子だった。
仕方ないので此方から話しかけることにするか。陰キャの俺から動かすとは、さすがギャルやるな。
「これ、旨いな」
「あ?当たり前だろ、メロンだし」
こいつにメロンの話はしないほうが良さそうだな、本題に入ろう。
「ところで、矢神にタイプ聞けたけど」
「え?あ、ああ、そうなん?」
急に落ち着きがなくなった、ルーズソックスの位置をイジリだしてるし。しかも聞けって命令してきたクセに、俺が自発的に聞いてきたみたいな反応かよ。
恋愛の話しになると消極的だ。
「矢神は清楚で長い黒髪の女がタイプだって」
このリサーチは杏梨にとって残酷なものになってしまったかもしれない。
なんせ矢神のタイプは、恋敵の渚そのものなんだからな。
「……ふーん」
杏梨は考え込むように、顔を伏せてしまう。オブラートに包んで伝えるべきだったか。
いや、ちゃんと正直に伝えるべきだな。
「すまん、渚がタイプそのものみたいだ」
「は?どこが?」
「え?」
「黒髪なだけで全然清楚じゃないじゃん、あのビッチ」
おっとギャルらしい単語が出てきたな。
というかそうか、杏梨は渚が猫かぶってるのに気づいてるのか。
「あはは、なんというか清楚じゃないのは認めるけどな」
「へえ、やっぱ良介はあいつの本性知ってんだ?」
「まあな、でも渚の悪口は言わないぞ」
「いや、言ったら軽蔑するし」
なんじゃそら。
普通は話し合わせて欲しいもんじゃないのか、こう言う時は。
「そうなのか?」
「当たり前じゃん、友達の陰口いうやつって信用できないし、あたしは渚と友達じゃないから言うけどね」
俺が友達の渚の陰口を言うことは許さないけど、杏梨からの愚痴は聞けということですね。
でもやっぱり友達は大事にするやつなんだな。
「酷い嫌われようだな」
「そりゃそうでしょ、適当に男に媚びへつらって、結局だれも相手にしないでさ、クラスの女子の半分は渚が嫌いだと思うけど?」
「そうなるよな……渚は好きな男がいるならアタックしろよチキン。ぐらいのスタンスだしな」
「あいつそんなこと言うわけ?」
杏梨の吊目が丸っこくなるくらい、目を見開いている。
確かに黒原モードの渚はそんなこと絶対に言わないだろうし、いくら猫かぶりに気づいてても、そこまでいうとは思わないか。
「俺が言えることは、恐らく渚はこの学校で一番口が悪いってことぐらいだな」
「……本性は最悪か」
ちょっと杏梨と似てるとは言えないな。
「じゃあ渚のその姿を剛に見せられれば……」
「いや、それはやらせないぞ。大体、あのスポーツウェアのやつも陰湿すぎだろ」
杏梨も敵にはやることがえげつないからな。いい面を見せられると、杏梨のそんな場面を見たくない。
「あ?お前どっちの味方なんだよ」
やべ、調子にのって言いすぎた。視線が怖い。
だけど渚のことだから、腹いせに矢神を集中的に落としにかかってると思うんだよな。
敵にまわすようなことは、しないほうがいい。
「──どっちともの?」
「は?」
「す、すいません」
「はあ、まあいいよ。最初からわかってたしな、良介が渚と仲がいいのは。──思ってたより仲いいみたいだけどな?」
じっと顔を見つめられる。
探りを入れられているのか、裏切らないように釘を刺されているのか。
目力が強いんだよ、慣れてきたけどちょっとキツいんだよな。
「ははは、意外だろ?」
「お前いつもそれぐらい普通に喋れないわけ?」
いきなり話しが変わったな。
杏梨はメロンパンを持った手で俺を指差してくる。
「え?」
「いや、なんか喋ると意外に普通のやつだからさ、クラスでも普通に喋れば友達できんじゃね?」
「そうなんだけどな……」
「あと、髪切れよ!それが一番の問題でしょ!」
「いやあ、それはちょっとな……」
いくら強烈な眼光を持った島崎杏梨の視線を克服しつつあるといっても、それは友人補正があるからだ。
髪は大事なんだよな。
俺が答えを濁していると、杏梨がメロンパンをメロンジュースで流し込んだ。
そして立ち上がる。
「──ゴク。よし、決めた!チキンって言われて黙ったまんまなんてあたしらしくない!」
「……なんだよ急に」
「良介、週末ひま?」
「え?」
「ひまだよな?」
「ひまです」
え?なにをやらされるの?ついてけてないんですけど!




