陰キャとギャル
怖いから極力、視界に入れないようにしていた。
だから島崎杏梨というギャルのことを、俺はよく知らない。
知ってることと言えば、気が強くて、陰キャに厳しいことと、矢神が好きなことくらいだ。
俺の中で島崎は、クラス内ヒエラルキーのトップで、気に食わない者がいればイビるような、独裁者気質のリーダーだと思い込んでいた。
実際、矢神と島崎は一目置かれているし、恐れられてもいる。
──だから矢神が好きなのか聞いた時、赤面して怒ったのが意外で、可愛かった。
──だからシュートフォームを褒めたくらいで喜ぶなんて知らなかった。
──だから渚と矢神が仲良くしてるのをみて、あんなに弱った目を見せるとは思わなかった。
──そして気がついてしまった。
男のような口調で話すギャルは、普通の女の子なんだと。
その瞬間。つい魔が差した俺は、島崎の手助けをしてしまった。
「──あ?お前に何がわかるんだよ」
「渚が島崎を蹴落とそうとしてるって事はわかる」
島崎を押さえている、疑うことをしらない天塚さんが、俺を睨んで批難する。
「なっ!川上!渚はそんなことしないよ!?」
「桃花、ちょっと黙ってて」
ハッキリとした拒絶の声。
それを聞いた天塚さんは、まだいい足りないぞと、一歩踏み出そうとしていたのを止めて、押し黙る。
「でもお前も渚の味方なんだろ?陰キャが名前で呼んじゃってさ、ワンチャンあると思ってるんでしょ。渚が貞男と?100%ないからな」
よほど矢神が渚を名前で呼んだことがショックらしい。その腹立たしさを全て俺にぶつけてくる。
よくこんなにスラスラと悪口というか、嫌味が出てくるよ。
勘弁してほしい、名前で呼んでるだけで島崎に敵認定されるなんて割に合わない。
「んな!ちょ杏梨、いくら事実でもそれは酷すぎるよ!」
それで嗜めてるつもりなんですか?傷口に塩塗り込んでますけど?天塚さん。
でも、間違っていると思えば仲のいい友人に、黙れって言われた直後でも怒るんだな。
こんな俺の為にも。
ガチのいい人だし、タイミングも良かった。
「……俺も天塚さんと一緒だから。渚の味方でも、間違ってると思ったら注意するし、渚が迷惑かけた相手のフォローもする。それに島崎の敵になった覚えもない」
天塚さんだって渚とも友達だし、島崎とも友達なんだ。
それが許されてるなら俺だって、そうなってもおかしくない筈だ。
「あっそ」
興奮状態は俺に怒りをぶつけて、治まってきているらしい。
それでも島崎の表情は険しいし、目が弱っている。
そして興味を失ったように踵を返す。
「え、え?どこいくの杏梨!」
「帰る」
「ええ!まっ……ああもう!私も帰る!」
そういって天塚さんは更衣室へ、島崎を追って走っていってしまった。
緊迫していた空間が弛緩する。
渚グループの方は普通にバスケしてたみたいだけど。
他のギャル2人は、モロに島崎の憤怒に宛てられていた。
「え、杏梨マジギレじゃなかった?なんなのあれ」
「ウチはしらん、とりあえずキレ過ぎ、空気よんで欲しいわ」
「それな、ちょっと顔がいいからって調子のり過ぎなんだよ、自己中すぎ」
島崎がいなくなった途端にでるわ、でるわ。
友達は大事にするとか天塚さんが言ってたけど……友達からは随分と慕われているようですよ?
不憫だなあ。
この2人は島崎を追っていくつもりは、無いらしい。
島崎は失敗した。でも決定的な失敗じゃない。俺と違ってまだ取り戻せる。
だから俺は渚めがけたピッチャー返しを止めたんだ。
ここまで強力しといて、後は知らんぷりなんて気持ちが悪い。後少しだけ肩入れしてもいいだろう。
「川村と須崎、俺が島崎怒らせちゃったみたいで……謝ってくるから、すまん!」
「はあ?貞男のせいかよ、怒らせると面倒だよ杏梨」
「ホントに!こっちも被害被るんだからね!」
「す、すまん!謝ってくるから!」
俺は2人に頭を下げて、渚グループの方へ走る。
「きゃっ!もう少し優しく投げてよ!」
「いや、これ以上は無理だろ」
「ははは!ごっちんも強肩だからな!」
3バウンドくらいさせてパスする矢神だが、渚はそれに文句をつけている。相変わらずのブリっ子だ。
島崎の件などなかったように練習する3人は、仲むつまじい。
俺の気も知らずにムカつく奴らだ。
「えっと、すまん!島崎怒らせちゃったから、謝ってくる!後の練習は任せた」
楽しそうにしてる3人に割ってはいるのが気まずかったが、気合いで声をかけた。
それを聞いた瞬間、渚が俺に不満そうな視線を向けてくるので、俺も睨み返しす。お前はやりすぎ。
唇を尖らせた渚は小さく息を漏らして、喉まででかかっていた怨み節を飲み込んで、笑顔を見せた。
「良介が杏梨を怒らせたんだ?ダメだぞ、女の子を怒らせたら」
人差し指を立てた渚は、指の腹を見せるようにして、叱ってくる。
"てめえが怒らせたんだろうが!"といいたい所だが、俺も何とか飲み込んだ。今、渚と問答してる暇はない。
「あ?お前のせいかよ貞男!あいつ不機嫌だとクソめんどーだからよ、さっさと土下座してこいよ!」
呆れたような顔の矢神。この前のもお前かと言いたそうだ。
もうこのさい、そう思われてもいい。
すべての汚名を被ってやろうじゃないか、これ以上下がるもんは持ち合わせてない。
「貞男が買った杏梨の不興、キレて切られてみんな負傷、不幸は散々、不況はいらない!……クラスメイトはドッグスだべ?仲直りしてこいよ貞男」
月島はよくわかんないけど、背中を押してくれてるみたいだ。
こうゆう奴を仲間想いっていうんじゃないか。俺は仲間と想われてないだろうけど。
「す、すまん!いってくる」
頭を下げて踵を返す瞬間、渚と目が会う。
大きくため息をついていた。
すまんな、お前の謀略を台無しにして。
急いで荷物を持ってコートから出ると、2人はすでに体育館から出た所だった。
荷物を取ってきただけで、着替えたわけじゃなかったのか。
危なかったな。
「ちょ、ちょっと待った!」
喉が掠れて少し痛い、久しぶりに大声を出した気がする。島崎と天塚さんは隣り合わせで帰路を歩いていた。
2人は同時に振り返った。
天塚さんは驚いた顔で、島崎は不機嫌そうな顔で。
「……なに?まだなんかあんの?」
「さ、さっき言ったろ、フォローするって」
俺は本気の奴を見放すことが、できないのかもしれない。たとえ見下されていても。
だってそうだよな、ゲーム感覚で男を落としてる渚と、本気で好きな人と仲良くなりたがってる島崎。
どう考えたって島崎に報われて貰いたいだろ。
「は?なに勘違いしてんだよ、キモ。何もかも見当違いすぎ、近寄んな」
正直いって泣きそうだ。
かなりきつい、二の句が継げないほどに。
俺なんでこの人の味方しようとしてんだ?
「こ、こら!杏梨!せっかく川上がおせっかいしてくれてるのに!」
天塚さん……あなたはホントにちょっと残念です。
特に彼氏持ちのところ。
「別にフォローしろなんて頼んでないし……」
天塚さんに叱られてだいぶ軟化した。最初からそれくらいでいいだろ。俺の精神力考えろよ。
「あ、すまん、おせっかいだったよな……」
「か、川上!お、落ち込まないで、ありがとね!杏梨も素直じゃないだけで、ホントは喜んでるんだから!ね、ね?杏梨?」
「え?あ……うん……」
天塚さんが一生懸命、俺を慰めてくれて、しかも島崎との間を取り持ってくれている。あれ?俺ってなんなら島崎を慰めにきたんじゃなかったっけ?
……なんで慰められてるんだ。
島崎は俺に憐憫の目を向けている。
……ギャルの攻めっ毛が抜けるほど、落ち込んでる?俺。
「あ!そうだ!運動したらお腹減っちゃった!ライゼリア行こうよ、3人で!」
「……え?こいつも?」
「……帰ります」
「は、はい!決定です!拒否権は誰にもありません!さあ、いくぞー!おー!」
そりゃそうだよな、キモいロン毛と一緒に、大手ファミレスのライゼリアなんて行きたくないよな。
俺だってリア充で充満してる空間、苦手なんだ。なんなら五ノ神高校の生徒が、よくたむろしてるからな。
まず行かない。
それでもなぜか天塚さんの勢いに押されて、俺達は3人でライゼリアに向かった。
「いらっしゃいま!?せー」
途中の"!?"はなんだよ……
俺と2人を交互にみやがって、ただちゃんと持ち直したのは凄い。
俺ならそのまま硬直してたね。
「ねえ、桃花?」
「い、いや、でもせっかく杏梨を想って来てくれたんだし……」
さっそく2人に連れてきた事を後悔させているらしい。
もうちょい見えないとこでやってください。こんなんでも一応ダメージありますから。
椅子とソファーのテーブル4人席に案内された俺達は、ソファーに2人、椅子に俺が座って、余った席は荷物置きになった。
琴葉にソファーは女性に譲れと言われていたから、譲った。妹の教育の賜物である。
「とりあえずドリンクバー3つで!」
天塚さんが直ぐに注文を済ませる。全員分だ。
学校帰りにファミレスとか……もしかして、俺はリア充なのか?
……たぶんそうだ。
3人もと直ぐにドリンクを取りいく。確かに運動して喉渇いてるし、腹もへった。
お、パチモンスターあるじゃん。
わかってらっしゃる。
たが、現実とは非情である。
飲み物を持って全員が座った後に訪れるのは……。
「「「………………」」」
時に異分子は静寂を生む。だから人は排他するのだろう。by.hawk
なんだ、この気まずさは……なんか喋ったほうがいいよな。
「や、やっぱり島崎って矢神が好きなんだよな?」
この3人で俺が話題にできることと言えば、これしかなかった。
だがそれを聞いた天塚さんは、口パクで俺を批難する。
……たぶん"何でそれ言うの!"だと思う。
──もしかして、誰もネタにしてない?
「……だったら悪い?渚にいいようにされててダサい?」
体育館での強烈な憤りは感じない。甘いもの飲んで落ち着いたか。
琴葉も甘いもの貢いどけば機嫌よくなるからな、共通で良かった。
「いや、可哀想だと思って……」
「──あたしが?」
「お、おう」
「はあ、貞男に同情されるとか、どんだけダサいんだよ……」
島崎は顔を覆って大きなため息をついた。
めっちゃ失礼こといいながら。
「さすがに失礼では?」
「あ?」
「な、なんでもありません」
一言で相手を黙らせる能力において、ヤンキーとギャルに対抗できる存在は恐らくいない。
怖さでいえば渚より怖い。
「あー杏梨?ごっちんのことは……」
「──好きだけど?」
別にそれが?とでもいいたげな態度だ。今まであれで隠してたのか……
天塚さんも大変だな。
「あ、うん、そうだったんだねー知らなかったー」
棒読みすごっ!
嘘つけないのもここまで来ると見事だよ。
島崎はジュースをグラスから一気に飲み干した。
「ふう、で?貞男、アンタ協力するって言ってたけど、具体的にどうするわけ?」
いや、フォローって言ったつもりなんですけども……
そうですよね、協力もフォローも大差ないですよね。
「え?」
「あ?」
なんか目力もどってきてない?ジュース飲んで立ち直ったの?
……あ、メロンソーダ味のバチモンスター飲んでる。
さすが魔剤、恋煩いすらたちどころに癒すとは。
「じゃ、じゃあ、渚に頼んで手を引いて貰うとか……」
緊張感で渇いた喉を潤すため、グラスに手を伸ばす。
──ガシッ。
その刹那、伸びてきた手に腕を捕まれる。
「そんなんいらねーよ、あたしで勝つ!……貞男、裏切ったらどうなるか分かってんだろーな」
怖い怖い怖い怖い。
目が怖いのに、目が離せない。
「わ、わかったから手、離せよ」
「──チッ、2度と渚に頼むなんて言うなよ」
やっと逃れられた……。
これはギャルやヤンキー特有のプライドの問題だろう。島崎が渚に頼むことを許さない。
頼んだとこで聞いてくれないと思うけど。
恫喝するから適当に提案しただけなのに……。
「まあまあ、杏梨、落ち着いて。なんなら川上くんに、ごっちんの好きな女性のタイプを聞いて貰うとか!」
「え?それ天塚さんでも聞けるんじゃ……」
「いやーでも、ごっちんの顔、怖いし……」
島崎も怖いじゃん。いける、いける、ユーでやっちゃないなよ。
……マジか、俺が聞くの?俺だって怖いんだよ?
「え?カッコよくない?」
「「え?」」
人の尺度は色々だ。確かに顔事態は整ってるしな。
ただ怖いが前面に来すぎなんだよね。
「……いいよ別に、じゃあ貞男が聞いてくれんの?」
いいよとかいいながら、納得してないのが明確である。
「わ、わかったよ……」
「直ぐに聞けよ?」
ジロッと睨まれる。
「わかったよ、明日聞くから睨むのやめろ!」
開き直って、好きなこと明け透けになってるし。
もはや力業でも俺に協力させるな、これ。
「まあいいけど、お前さ渚と仲いいよね?」
「まあな」
「もしかして剛が邪魔だからあたしに宛がおうとしてる?」
そんな考え方もあるのか、盲点だったな。
だけど考えすぎだ。
「え!?」
天塚さんが俺を見て驚愕する。策士ここに現るといった表情だ。
面白い。
「仲はいいし、好きだけど、男女の好きじゃない」
「……そう、じゃあお前は信用してもいいの?」
お前はってことは、信用できない奴がかなり入るってことか?
たしかに川村と須崎は、言いたい放題言ってたな。
おちゃらけてる月島のほうが何倍も信用できそうだった。
「俺も裏切られるのは大嫌いだし、人が嫌がることをするのは苦手だな」
「は?言い方が遠回しすぎてキモい、ハッキリ言えよ」
「信用しても大丈夫です!」
いいじゃんカッコつけたい年頃なんだよ俺は!
言葉のキャッチボールを楽しめよ!
「ふん、じゃあ信用してもいいけど」
髪の毛をイジリながら島崎が呟くと、天塚さんが嬉しそうに笑顔を見せる。
「よ、良かったね、川上!杏梨が友達になってくれるって!」
え?友達!?
どこに友達要素あったんですか……。
めっちゃ上から目線だし、いいとこ奴隷契約だぞこれ。
「……友達?」
「あ?あたしじゃ不満?」
「い、いや、嬉しくって、ははは」
イヤだー怖いよー!天塚さんが余計なこと言わなきゃ友達になんかならなかったのに!
「杏梨の友達なら私とも、友達だね!川上!」
「え?ホントに?天塚さんと!?」
なるなる!専属契約結びます!
「うわっ!?急にグイグイ来た!」
天塚さんは驚いたのか、なぜかグラスを持って退けぞった。
どこかが強調されていたが、あえては言わないでおこう。
天塚さんの奴隷ならしかたないな。
「おい良介、あたしと桃花で対応違わない?」
「違わないって……良介?」
「友達に貞男はないっしょ、これからは名前で呼ぶから」
「はいはーい!私も私もー!良介って呼ぶね!」
なぜかわからないが、ギャル2人から俺は信頼を得られたらしい。
信用できますよって言っただけで?
ギャルの考えはわからん。
「お、おう」
「良介も名前でいいから」
「私もね!」
やっぱ、そうなるのか。難易度は高いけど、近ごろ友達が増えてるから、なれてきたな。
「じゃ、じゃあ、杏梨と桃花、これからよろしく」
「いちいちどもんなよ良介、キモいから」
「杏梨いいかたヒドすぎ!よろしくね、良介」
キモいって手軽に人の心を抉れる最悪の言葉だよね。
なれてきたとか、調子に乗った罰でしょうか。
杏梨と桃花、まさか俺から一番遠い人種と友達になって、しかも名前で呼び合うとか、誰が想像しただろう。
杏梨は文句をたれながらも、今日初めての笑顔を見せた。
とゆうより普段からあんまり笑ってないから新鮮で、綺麗だった。
口は物凄く悪いけど、見た目はいいんだよな、やっぱり。




