練習
翌日の放課後、つまりバスケの練習なんだが、学校近くの体育館を借りて練習することになった。
みんな体操服に着替えて、和気あいあいとしている。
だが俺は目の前の光景に、途方にくれていた。
「……何でこうなるんだよ」
渚、鈴村、天塚さん、ここまでは俺も了承していた。
けど目の前にいる連中は知らん。
知らん奴、筆頭の御劔は今日も爽やかに笑顔を浮かべてる。
そしてそれを取り巻くようにしている数人のクラスメイト達。
まずその1人、月島 ライトは、バンダナを巻いた上にキャップを被るラッパースタイルだ。
しかも学校でも常にこの格好でいる。
もちろん校則違反のはずなんだが、なんと月島は校長先生に直談判、アンタが桂を脱ぐなら俺も脱ぐといって説得したらしい。
本人談によるとバイブスとバイブスのぶつかり合いだった、ということだ。意味分からん。
こいつも規格外クラスと言われる所以の1人、やたらと人気者だ。
2人目、矢神 剛、シンプルにヤンキーだ。体格が良くて角刈り、俺より身長がいくらか高い。
正直、高校生に見えないし破鐘のような力強い声は、威圧感を放っている。
もと柔道部で有名な選手だったらしいが今はヤンキーだ。
1年の時に学校のヤンキー、先輩も含めて締め上げた怖い奴だ。
もちろん規格外だな。
怖い。
そして3人目、島崎杏梨、ギャルグループのボス、天塚さんがバスケの練習をしたいのは島崎に怒られないためらしい。
こっちも怖い。
クラスのトップカーストを全員集めたようなラインナップだ。
胃もたれ通り越して胃潰瘍ですよ、もう。
それから別の場所で、天塚さんとパス練習を楽しそうにやってる気に食わない奴。
天塚さんの彼氏である、風見 春人もいる。
野球部でレギュラーの、短髪が良く似合う格好いい男。
御劔がいなければ、もっと目立ってるはずだ。
誰とでも分け隔てなく仲良くする風見は、俺にもたまに話しかけてくる、珍しい奴だ。
愛称は風見鶏くん、俺が心の中で呼んでるだけだけど。
「凛、こう?シュートが届かないんだけど」
「違うって!ズッパ、スパグパだよ!」
渚は一応ちゃんと練習しに来たんだな。
負けず嫌いな奴だからな、スポーツが苦手とか許せないんだろう。鈴村はシュートの仕方を教えてるらしい……
見ていてもどかしい、どっちもセンスがない。
鈴村は教える、渚は運動の。
致命的なミスマッチだ。鈴村は天才型ゆえに凡人が理解できないらしい。これじゃ渚は上手くならないだろう。
たまにはでしゃばるか。
「鈴村、それじゃ分からないよ。渚はそもそも筋力が足りてないから、ワンハンドシュートじゃなくて、ツーハンドで教えた方がいいだろ」
鈴村は片手でのシュートを教えているが、基本、女バスは両手打ちなはずだ。
俺は鈴村からボールを取って渚の前に出る。
「いいか、渚は力が足りてないから片手シュートは難しい、でも両手なら大丈夫だ、フォームは……こう。ボールは顎のラインで、膝のバネを意識して打つとよく飛ぶぞ、──こうっ」
俺の女バスシュートは、ネットの気持ちいい音を鳴らして、成功した。
「凄いわね良介、分かりやすかったわ」
渚は真剣にシュートフォームの確認を──しだしたのか?
ロボットダンスじゃないよな……
見なかったことにしよう。
「凄いよ!川上くん!片手にしてから長くて、前のシュートフォーム忘れてたよ!なっはっは!」
鈴村は威勢よく笑って、エアーで両手打ちのジェスチャーをしている。
「……鈴村はそもそも教えるのがヘタ過ぎる、ちゃんと言葉で伝えないと、わからないぞ?」
「ええっ!辛辣!」
「スパグパってなんだよ」
「こうだよ、こう!あ、ボール返して………」
俺はボールを投げる。
「こう!スパグパ!」
鈴村は急加速のドリブルを始めて、俺の前を通っていった。
上手いし早い、さすが琴葉が褒めるだけあるな。
ただ渚はシュートを教えて欲しがってたのに、ドリブルを教えてたのかこいつは……
脳筋だ。
「あ、川上!さっきやってたシュートもう1回やって!」
風見鶏とパス練習をしていた天塚さんからのリクエストだ。手を振る天塚さんの体操服が大きく揺れる。
いかん、視線をボールに……
…………ハッ!?ボール違いだ、わざとじゃない。
俺は天塚さんからのパスを受け、なるべくゆっくりしたモーションでシュートした。
外れた……シュートする時はゴールを見ましょう!
「アタシのスパグパを無視したね!」
「あ、ああ、すまん」
コートの反対まで走って戻ってきたらしい。
体力有り余ってるな、と思ったらまたドリブルでコートを走り出した。
その辺の小学生より元気だな。
「よ、川上、珍しいな」
少々日に焼けた短髪の好青年、風見鶏くんだ。
天塚さんが来たから、いるのは当然という顔だな。
……妬ましや。
それでも相手はクラスのリア充だ、俺が対抗できるわけもなく。
「お、おう、教えて欲しいって……」
「そうか、お前バスケ上手いもんな、俺にもおしえてくれよ!」
「いいぞ、べつに……」
さすが彼女もち、俺を褒めた後にお願いとは、距離をつめてくるのが上手い。
こうやって人をたらして行くんだな、風見鶏め。
「あー!春人ズルい!私が先に教えてって頼んだんだよ!」
天塚さんが風見の腕に抱きついた。
……うそだろ?
風見の奴、驚きも鼻のしたを伸ばしもしない……
なれていやがる、あの重量に。
「なんだよ、じゃあ一緒に教えてもらえばいいだろ?」
「そっか、それもそうだね、あはは!」
目の前でカップルがイチャつき出して、俺は目の前がチカチカしだした。悔しくてじゃないぞ、決して!
この2人を同時に教えるのは勘弁してくれ、そのうち目玉が弾ける。
「なにカップルでイチャついてんだよ、そいつに教えてもらうの?」
男のような口調で絡んできたのは、島崎杏梨だ。
運動するからか、白っぽい金髪のメッシュを結んで、体操服を肩まで捲っている。
近くにきただけで空気が、張りつめるような、そんな力をもっている女だ。
恐ろしい吊目で俺を睨んでいる……
いや、普通に見てるだけかも。
「杏梨!上手いんだよ、川上!」
「ふうん、どう見てもヘタそうだけど。それに桃花から見たら全員上手く見えそうだし」
島崎の訝しげな視線は、俺を値踏みしているようだ。
怖すぎる。
「それが上手いんだよ、俺もビックリでさ」
風見はズイッと前に出てきた。
彼女がバカにされないように、俺を養護してくれたらしい。
風見は野球部でレギュラーだ、運動神経はなかなかいい、説得力はあるな。
「もう、ひどいよ杏梨!私も本気でやってるんだから!」
「あたしはどうせやるなら勝ちたいの、アンタちゃんと教えられんの?」
「た、たぶん……」
急に話を振ってくるからどもってしまう。
自信無さげな俺を見て、島崎は眉根を寄せる。
「……ホントに大丈夫なわけ?」
埒があかないと見たか、島崎はカップルに向きなおした上で、聞き直した。
ちょっとどもっただけじゃん!
諦めたらそこで試合しゅーりょーですよ!
「リンリンに教わるよりは……」
「ハハハ、皆でやってれば少しは上手くなるだろ」
「ま、いいけど、あたしはあたしでやってるから、桃花はちゃんと練習しなよ」
島崎はそういうとシュートを打ちだした、素人にしてはちゃんとしたフォームだ。
張りつめた空気が一気に弛緩した気がする。
グループのリーダーみたいなやつは、出現するだけでその場の空気を変化させるな。
御劔もいるだけで皆がヨイショしだす、御劔ゾーンを生み出すやつだしな。
「おお、怖」
ぼそりと風見が呟いた。
ああ、やっぱ俺だけじゃないよな。
「だから~杏梨はあれが普通なの!別に怒ってないんだから」
「でもな……な?川上」
「……ま、まあ」
普通に怖い。もしかして俺は天塚さんを上手くしないと、島崎からヘイトを買うんじゃ……
天塚さんすみません、スパルタでいかせてもらいます……
しかたないんです、目の前でイチャイチャするし、島崎怖いし。
「えー!川上も!?ひどいよ!杏梨は友達思いなんだからね!」
プンスカという擬音が似合いそうだ、ギャルでもなんでこんなに違いがあるのか不思議だ。
全然怖くないからな。
「ハハハ、とりあえず練習しようぜ?その島崎に怒られるぞ?」
「む、確かに……」
なんだかんだいっても、天塚さんも島崎に怒られるのは嫌らしい。
2人ともボールを持ち出したので、天塚さんにはシュートを見せてもらった。元から両手打ちだが、下から放り投げるようにしている。
さっき見せたよな、俺……
仕方なたいので、そこからしっかりとフォームを改善させることにした。
見てコピーするのが下手なのか、理解してもらえないので、手取り足取り、触って教えると、なんとか形になった。
一応だが、俺は余計な場所はいっさい触っていないと宣言しておこう。
後は実践だ、シュートを打たせてみたら、なんと一発で入った。
渚を思えば全然いいぞ、ロボットダンスしてたからな、さっき。
そう思って、転がってきたボールを天塚さんにパスすると。
「きゃあああ!」
──避けやがった。
軽く投げた、1バウンドパスだ。
これはこれで重症かもしれん、俺の視線回避より早かったぞ今の。
「……な、なあ風見、天塚さんとパス練習してくれ」
風見はちょっとフォームを教えたら、直ぐにコツを掴んで練習していた。こいつは結構センスある。
だから彼女の面倒を見るべきだ。
「あ、やっぱそうなる?」
分かってたのかよ、シュート以前の問題だよ。
「ボールを怖がってるみたいだから……パス練習で慣れさせてくれ、シュートはできるようになったから」
「おお、シュートできるようになっただけでもスゲーよ!後は任せてくれ!」
心底驚いた顔をした風見はボールを持って走っていった。
「ももかー!」
「はぁ怖かっ───なにー?ってきゃあああ!」
風見は俺のように、天塚さんに1バウンドパスをした。
そして逃げ惑う天塚さんを見て、風見は爆笑している。
おのれ風見、天塚さんになにをしやがる、みんなの優しいギャルだぞ!
ちょっと俺も笑いそうになったけど許してください。
さて、それより渚はどうなったかな、あんまりほっといて小言を言われるのも嫌だしな。
まさかあいつはボールを怖がったりしないだろうな……
いや、ないな渚に限ってそれは。
「きゃあっ」
天塚に比べれば雀が鳴いたような声。
発生源のほうを見れば渚が頭を押さえてボールを避けている所だった。
oh……
「おい、大丈夫かよ黒原」
「YO、YO、杏梨の球はごっちんでもきつい豪速球!、頭に当たれば脳卒中!渚はただいま逃走中!」
破鐘の低い声は心配をしているが、声が厳つすぎて怖い。矢神剛だ。 そしていきなりフリースタイルをしてるやつは、月島ライト、頭の回転が早すぎるだろ。
「おいおい、心配しろよライト」
苦笑いの御劔は月島に呆れている。
「チッ……カマトト女」
ヒエッ!渚にパスをしたであろう金髪のギャルは、島崎だ。
なんか呪詛のような物を小声で吐いている。
言葉通りカマトトだから擁護のしようがない。
マジで嫌われてるじゃん渚さん……
トップカーストの島崎だぞ、大丈夫なのかよ。
渚もトップカーストか……だからっていいもんじゃないけど。
俺が直立不動で島崎を直視していたら、目が合ってしまった。
ヒエッ、何で俺だけ聞こえる位置にいるんだよ、別に聞きたくなかったのに!
「チッ」
島崎はまた舌打ちして、月島の方に歩いていった。
「ちょっとライト、なにさりげにあたしdisってんだよ!」
「あー!怪力で頭を潰されるー!」
よくあの眼力を前に煽っていられるな、さすが校長と渡り合った男、
恐怖心というものが欠落している。
それでも月島は見ていて面白いし、こんな俺でもリスペクトしている。
人気者なだけあるよ。
2人が戯れている間に、矢神が渚のほうに移動していく。
つかまだ頭抱えてるよ。あのJILLがか?
ありえん、ボールを顔面に受けても怯まなそうなやつだ。
間違いなくカマトトってやがる。
「おい、立てるか?」
「あ、剛ありがとう」
伸ばされた手を取る渚は、かよわい深窓の令嬢といった雰囲気だ。
矢神のたくましい手に、握りつぶされてしまわないか心配になる。
ただ騙されてはならない、演技だ、間違いない。
「きゃっ」
「気をつけろ」
よろめく渚は矢神に背中を抱かれて、転ばないですんだ。
2人は社交ダンスみたいに顔と顔が近くなり、渚は直ぐに恥ずかしがって顔を反らす。
それに釣られるように矢神も顔を反らした。耳が赤い。
……おい。俺は何を見せられているんだ?
───ゾワリ。
ふと背筋が凍るような視線を感じた。
恐る恐る視線の発生源を見ると、般若のような形相で渚を睨んでいる島崎がいた。
──ヤバい、渚。
それ以上はやめてくれ、主に俺の精神衛生上に。
なんで?傍から見てるだけなのに、まるで渦中にいるかのような恐ろしさ。
……そんなにキレる?
まあ俺もいつもの渚を見てるから、ちょっとキモいとは思ったけど、怒るようなことじゃなくない?
……え?もしかしてそゆこと?
──島崎が矢神をってこと?
いやーどうだ?あの巨漢、もはやゴリラといっても過言じゃないぞ。
しかもキレッキレのヤンキーだし。
それはお互い様なのか、てことは案外お似合い?
「……わからん」
「僕もわからないよ」
「うわっ!?」
いきなり真横から発生した声に、俺は飛び退いた。
そこには俺を苦笑いで見ている御劔が、立っていた。
頼むから足音を立てて歩けよ、ビビったわ!変なこと呟かなくて良かったわ。




