非現実
放課後は基本的に直帰する、早くフォートファイトがやりたいからな。でも、今日はそうもいかない、JILLこと黒原渚に待機命令を出されているからだ。
というわけで俺はさっきから教室で突っ伏している。
いつも早く帰ってたから知らなかったけど、皆はなんだかんだと残ってくっちゃべっている。
今日カラオケいこーぜーやら、やっと授業終わったーなどと、騒がしい。
……楽しそうだな。
俺もフォートファイトやるから楽しいんだけどね!
ばんちゃんとJILLと会話もして盛り上がるし、全然羨ましくない!
そういえばいつも俺が最初にONするんだよな……
ちくしょう。
それでも部活のやつとかは早く出ていくみたいだ、青春の汗を流しに行くんだろう、俺も前はあちら側だったんだな……
遠い前世の記憶みたいだ。
渚はさっきから代わる代わる色んな奴と話してる、ほとんど男子だな、こいつホントにコンプリート目指してるじゃないだろうな。
痴情のもつれって言葉を教えてやりたいね。
「良介くん、今日は、帰らないの?」
油断していると隣人から声がかかった。
この前話してからちょくちょく話しかけてくる、これはホントに友達ってことでいいのかもしれん。
「ああ、今日は予定があって、工藤は部活いいのか?バンド部じゃなかったっけ?」
うん、工藤とはちゃんと会話できる。
なんかこいつからは嫌な視線を感じないんだよな。
悪意とかないのか。
「ん~今日はサボりかな~」
「……そんなんでいいのか、バンド部は」
俺が部活をやってた頃はサボったことなんてなかったな……
フォートファイトもかなりストイックに練習してるし、これでも努力は裏切らないと考えてる一派だからな。
「いいわけないでしょ!」
工藤の前の席から叱責が飛んでくる。それと同時に、ゴテゴテした腕輪がついている細い腕が伸びて、工藤の襟首を掴んだ。
「あ~るいちゃん……苦しいよ」
「いいからいくよ!川上!これ連れてくから」
「あ、はい」
そういって阿久津は工藤を引きずっていく。
「実乃莉あんたまたサボるつもりだっわけ?今日は逃がさないからね」
「あーれー、じゃーねー」
すげー棒読みだな、引きずられながら手を振る工藤に、苦笑いしながら振り返しておいた。
ふと教室を見渡すとだいぶ人が減って来ていた、グダグダしていた連中も、のそのそと帰っていくなり遊びに行くなりしたらしい。
「ちゃんと待っててくれたんだね」
「ん?あ、ああ」
渚が上半身を傾けながらニッコリと微笑んでいる。非常に清楚で清らかな印象の笑顔だが、本性を知っているとなんとも薄気味悪い。
「じゃ、いこっか」
そういってスタスタ歩いていってしまう渚を慌てて追う。
「おい、どこいくんだよ」
「ひ・み・つ」
本来なら"黙ってついてこい"くらいは言ってる所だな。
薄気味悪いけど、これはこれでいいかもしれん、普通にめっちゃ可愛いし。
後でどやされるし黙ってついていこう。
渚は2年の教室がある3階から、隣接する部室棟への渡り廊下を進む。
こっちは部活で使われる教室や委員会で使われる教室が集まってる、俺は普段行くことない建物だ。
4階の1年や2階の3年の教室に行くような冒険感がある、それも無謀な冒険。
なぜか肩身が狭い気分になるんだよな、用のない場所に行くのは。
そこから部室棟の4階へ上がって、渚はとある部屋の前で止まった。
入ったことのない部屋だ。
見てみると、そこの扉には『生徒会執行部』と表記されていた。
これはこれは内申点や権力を手にしたがる、欲の強い奴が集まる巣窟じゃないか。
そういえばこいつ去年は副生徒会長だったな。
つか、なんかこの部屋だけ開き戸だ、他の教室は引き戸なのに……
しかも家に入るようなちゃんとしたドアだ。
なんか学校の風景に、無理やり合成したみたいな歪な感じがする。
そういえば部室棟の4階は初めてきたな、だから知らなかったのか、この部屋。
「……なんだこれ」
「なにって、生徒会室よ、見れば分かるじゃないバカなの?」
「そうですね」
人の気配が全くない、つまりそういうことだ。JILL解放。
「さ、入るわよ」
渚はポケットから鍵を取り出して、ドアを開ける。
「あ、靴脱ぎなさいよ」
「ん?了解……」
靴を脱げと言われた理由は直ぐに分かった。
玄関のようなスペース、そこから上がると赤茶色の絨毯が、床全面に引かれている。
普通に家の部屋だ、というかお洒落すぎて展示ルームみたいになってる。
パッと見た感じの雰囲気は大統領執務室だ。ただ本棚にあるのが漫画だったり、4kテレビの前にゲーム機があったり、透明な冷蔵庫にジュースが敷き詰められたりする。
全体的に赤と黒で統一されてるな。
今まで学校はどこにでもある普通の学校だと思っていた、けど今目の前に広がる非日常に、俺は考えを改めるしかないらしい。
渚は生徒会長が座るだろう立派な椅子に座ると、足を組んで机に乗せた。
半端なく偉そうだ。
「パンツ見えてるぞ」
「……見てんじゃ無いわよ」
ドヤ顔をしていた渚は意外にも、顔を赤らめて足を引っ込めた。
もっと罵られると思って身構えてたんだけど……
イメージ通りの黒でした、ありがたや。
「てかこの部屋なんなんだよ」
「私が作らせたのよ」
「いや、無理でしょ」
何いってんだこいつ、頭沸いてんのか?フォートファイトのやり過ぎだな。
「はあ、私が誰だか忘れたわけじゃないわよね?黒原不動産社長の長女、黒原渚よ」
「え?嘘だろ?さすがにだからって……え?ありえるのか……」
「お金ってね、何でもまかり通るのよ、便利よね」
「うわぁ……」
「何引いてんのよ、賄賂を使ったわけじゃないわよ?こっちで工費は出すってことで、ちゃんと話しはついてるんだから」
「でも普通にそれで話が通るのが怖い」
「──いいでしょ?快適なんだから」
「確かに、な……」
改めて部屋を見回す。
漫画、ゲーム機、ジュース、しかもゲーミングPCもあるし、家具も1つ1つがアンティークのようで、意匠が凝っている。
うん、金持ちってすげーや。
「いつまで突っ立ってるのよ」
「いや、このソファー高そうで怖い」
渚が指差した真っ黒のソファー、フカフカしてて気持ち良さそうだけど、見るからに高いし、新しい。
「何いってんのよ、良介でも買えるでしょ?稼いでるんだから」
「俺が人生で買った中で一番高い物はゲーミングPCだ」
「たいして変わらない値段よ、見た目が高級なだけでそこそこの物しかないから、ここ」
「ホントかよ……」
いいから座れと肩を押さえられ、俺はソファーに座る、やっぱり座り心地は最高だが、落ち着かない。
渚は透明な冷蔵庫からパチモンスターを2本持ってくる。
「それじゃ、改めてようこそ、生徒会執行部へ」
「ども」
渚は人生ゲームをやっても、あり余るくらいでかい机に、パチモンスターを置いて、対面に座った。
「それじゃ、始めましょうか」
「え?なにを?」
「にらめっこに決まってるでしょ?死にたいの?」
なんでそこまで言われるんだよ、殺したいの?この人。
サイコパスじゃん。
「ああ、そうだよな」
「それじゃ開始ね」
「さっきから見てるけどな」
「当たり前じゃない、人と話す時はしっかり目を見て話すって教わらなかったの?」
こいつは人をバカにしないと、気が済まない病気なのか?
「ヘイヘイ」
「ま、いいわ。それより良介、実乃莉と仲いいの?さっき喋ってたけど」
工藤と話してたの見てたのか、よくあんな沢山の人の相手しながらこっち見てる余裕があるな。
「いや、仲がいいというか、友達?になったのか?」
「……何で疑問なのよ」
「話しかけられて、気づいたら友達宣言されたというか……」
「そう、あの子らしいわね」
渚は頷いた。
それで納得するのか、やっぱ不思議な奴だ工藤。
「それに工藤なら少し目を見ても平気なんだよな」
「そうなの?」
「ああ、何ていうか悪意がないというか、緊張もしないし……」
「んーそれって、友達なら目を見れるってことかしらね?」
「そう言われるとそうなのかも……」
渚とばんちゃんは大事な友達で全然平気だし、工藤は一応友達で少しは平気だ。
仲良くなれば目を合わせられるってのは、あながち間違いじゃないな。
家族も大丈夫なわけだし。
「じゃあ、良介の視線恐怖症の矯正は意外と簡単かもしれないわね」
渚はニヤリと口角を持ち上げた。
悪そうな顔しなくてもいいじゃん。
「……そうか?」
「そうよ、ようはクラスで友達を増やせばいいってことでしょ?余裕ね」
「そんな簡単な話しか?たとえ友達が増えても、視線の恐怖がなくなるわけじゃないと思うんだけど」
「何いってんのよ、友達がいれば結構普通に話せるって、今日分かったんじゃない?」
確かに渚が近くにいるだけで、視線への恐怖が少し薄れていたように思える。カースト上位勢の鈴村と天塚さんと話して、昼を食べたのは今日だ。
つまり、渚のような味方が増えればそれだけ視線にも強くなれる!
……かもしれない。
「そうだな、てかお前よく見てるよな」
「まあね、男子のことなら私に聞きなさい、大体網羅してるわよ!」
「……自信満々に言われてもな、女子は?」
「……私、女子からは結構嫌われてるのよね」
衝撃だ。
え?聞き間違い?
「え?嘘でしょ?」
「しょうがないでしょ?モテる女は嫌われるのよね、私、男に媚び売るしね」
「いや、分かってんなら程々にしとけよ……」
「私は他人に嫌われるからって、やりたい事をやらないなんて馬鹿らしいと思ってるわ、ゲームだって人によってはバカにしてくるでしょ?でも、やりたいからやる、良介もそうでしょ?」
「まあな」
最初は家族にもゲームばっかりやってるなって、言われたな。
それでもプロになるまで、やりこんでやった。
「だからいいのよ、嫌われても分かってくれる人が少しでも、1人でもいれば。一応言っておくけど、学校に仲間がいて良かったと思ってるのは、あなただけじゃないわよ」
スンとそっぽを向いて言う渚は、少し頬を染めている。
なんだこいつ、可愛いな。
「お、おう」
「ま、しばらく私と行動してれば、自然と友達が増えるんじゃないかしら」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ、昼も凛と桃花と話せたでしょ?あれも続けてれば友達になれるはず」
危なく友達の定義を聞こうとしてしまった。
挨拶して普通に話してれば、友達でいいのだろう、友達なんて曖昧な表現、あってないようなもんだ。
「分かった。じゃあ頑張るよ、ばんちゃんとの顔出しの為にも……あれ?鈴村と仲いいじゃん、天塚さんとも普通だったし」
「凛は特別ね、人に嫌われたくない病気みたいなものよ、桃花はクラスに彼氏がいるからね、私も人の彼氏にまでちょっかいかけないし……別に女子全員に嫌われてるわけじゃないわよ?敵が多いだけ」
「渚に敵認定される恐ろしさを、分かってない奴がそんなにいるのか……」
それこそ金の力で捻り潰されそうだ。
「どんなイメージなのよ、私」
「ゲームやってる姿をクラスの全員に見せたいよ……」
「無理な相談ね、ウヒヒ」
目を細め歯を見せて笑う渚は清楚とは言えないが、こっちの方が渚らしいなと思った。
「そりゃそうか、イメージ真逆だしな……話し変わるけど、生徒会室は誰もこないのか?」
「ん?そうね、今は生徒会執行部自体が無い状態ね、球技大会が終われば生徒会長選挙が行われるから」
「出るの?」
「今年は私が生徒会長ね」
出る出ないの問答、無視じゃん。
すげー自信だなやっぱ俺も友達を増やして、自信を視線の恐怖にぶつけるべきなんだろうな。
「応援するよ」
「当たり前じゃない、あと私が当選したら面白いわよ」
悪い笑顔だ。
「なんだよ……いや、やっぱいいや聞きたくない」
「なによヘタレね、ウヒヒ」
ろくなこと考えてないな、俺は知らんぷりしよう。
「はぁ、とりあえず直近の問題は明日のバスケか……」
「なによ嬉しいでしょ?美少女3人のハーレムじゃない、上手い所を見せれば直ぐにでも仲良くなれるわよ」
「ふぅ、やるしかないんだな……」
「当たり前でしょ私が任されたんだから、生ぬるいやり方はしないわよ?まずは凛と桃花を友達にするとこね!」
宣言した渚は立ち上がって、パチモンスターを一気に飲み干した。
やだ。頼りになるわ、かっこいい。
一抹の不安と期待を胸に、今日のにらめっこは終了した。




