硝子籠の中の茶番劇
この世界での最初の夜は、ひどく長く感じられた。
周囲の人間どもは、異物でも見るかのような奇妙な視線を俺に向けてくる。なぜなら俺が、絶望的なまでにただの一言も泣き声を上げなかったからだ。その一方で、俺と同時に転生してきた弟のユータは、耳障りな声を上げてギャーギャーと泣き喚いていた。クソ、鬱陶しい。
俺はそんな雑音を無視し、赤ん坊の未発達な瞳でただ窓の外を見つめ、夜空のすべてをその視界に収めていた。小さな、あまりにも小さな手をかすかに動かし、試しに『スクラップス』をほんの少しだけ駆動させてみる。
結果は、予想以上に驚くべきものだった。この脆そうな小さな器は、崩壊の兆候すら見せることなく、信じられないほど膨大なエネルギーの負荷に耐えきってみせたのだ。
「この世界……思っていたよりも、愉しめそうだな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
五年後。
五年の歳月は、瞬きの一瞬の如く過ぎ去った。
ユータはカゲサキ家において、ますます「光」としての存在感を強めていた。その際立った力を崇められ、期待を一身に背負っている。では、俺は? 俺はただ、自分だけの偉大なる闇の力に、深く、深く没頭し続けていた。
この世界では、あらゆる魔力、魔法、あるいはエネルギーの総称を『カイバー』と呼ぶ。
通常の魔力だと? 俺に言わせれば、そんなものはただのゴミ屑に過ぎない。
今日、カゲサキの夫妻は俺たち兄弟を、ある「力」の検定場所へと連れてきた。
実質、それはオスカーナ王国の皇族どもによる、都合のいい「品定め」の場だった。
「ユータ、お前の番だ。行ってきなさい」
父親が声をかける。
「はい、父上」
ユータが結界の領域へと足を踏み入れる。そこでの任務は、ある実験体と交戦し、外部のシステムによって戦闘数値と危険度を測定されるというものだった。俺は外側に立ち、気配を消しながら『スクラップス』を伸ばして奴を品定めする。
――この小僧、強いな。それも、異常なまでに。
赤ん坊の頃に視認した『スティールライト』のシステムが、恐ろしいほど滑らかに駆動している。オスカーナの権力者どもは、喉から手が出るほどあの力を欲し、狂わんばかりの視線を注いでいる。そしてカゲサキの夫妻は、我が子が最高権力者どもの毒牙に目を付けられたことの重大さにさえ気づかぬほど、絶望的に愚かだった。
(ユータ、お前はその『器』のままで……せいぜい眩しく輝き続けてくれ、我が弟よ。お前のその背中を、あのゴミ屑どもを遮るための盾として使わせてもらう。俺が、さらに強くなるための時間を稼ぐためにな)
やがて、『カゲサキ・ユート』の名が厳かに呼び上げられた。
結界の内部へと歩を進めながら、俺は『スクラップス』の気配を極限まで圧縮し、周囲の隠された「耳目」を網羅するように索敵を開始する。
今、俺の目の前に立ちはだかっているのは、一匹の異形の怪物だった。それはカイバーの数値を測定するためだけの実験体に過ぎないが、その瞳の奥には……明らかに違和感があった。野生の獣のそれではない。まるで、自分自身の肉体という檻の中に、無理やり監禁されているかのような絶望の眼光。
なるほど、理解した。
特殊なカイバーの保持者、身寄りのない浮浪者、残虐な非人道実験……。テンプレ通りの、実に反吐が出るようなクソまみれのシナリオだ。
だが――好都合だ。俺が今求めているのは、まさにそういった「世界に見捨てられ、利用された駒」なのだからな。
さて、まずはこいつを収穫し、我が『ダーク・ハイヴァー(Dark Hiver)』の始まりの第一歩としようか。
外では、十分な時間が経過したことで、あの矮小な人間どもがざわつき始めていた。彼らの浅薄な本能が、何かしらの不穏な気配を察知したのだろう。
頃合いだ。
俺は手の中で制御していた『スクラップス』の残滓を容赦なく握り潰した。
そして次の瞬間、大気を切り裂くような悲痛な絶叫を響かせる。――自分自身でさえ失笑を禁じ得ないほど、酷く大根役者な、嘘塗れの悲鳴を。
「さあ……、始めようか」
極上の茶番劇は、今まさに幕を開けた。
精々楽しんでくれよ、哀れな愚者ども。ハハハハハハ!




