第十話「変数」
第十話「変数」
四日目の朝。
シェリルはいつもより早く、
アレンの宿の前にいた。
「早いな」
「確認したいことがある」
手帳は持っていなかった。
アレンは少し驚いた顔をしたが、
黙ってついてきた。
王都の外れ。
人気のない広場。
石造りの噴水だけがある、
静かな場所。
「ここでいい」
「何するんだ」
「実験」
「嫌な予感しかしない」
「五分で終わる」
その時。
「あ! いた!!」
背後から声。
振り向くと、
ミリナが小走りで駆けてくる。
後ろにセリナ。
さらに後ろにリリア。
「なんで全員いるんだ」
「追いかけてきました」
「なんで」
「二人きりが心配だからです」
ミリナが当然の顔で言った。
シェリルが冷たい目を向ける。
「邪魔しないで」
「します」
「実験中よ」
「知ってます」
「……」
シェリルは小さくため息をついた。
全員を一瞥してから、
アレンに向き直る。
「まぁいい。むしろ好都合」
「好都合?」
「全員いた方がデータが取りやすい」
セリナが眉をひそめた。
「なんか気に食わない言われ方だな」
「気のせいよ」
「絶対違う」
シェリルは無視して、
手帳を開いた。
「結論から言う」
全員が黙った。
珍しく真剣な空気になる。
「三日間の観測で、
パターンが見えた」
「……おう」
「アレンの中で起きている現象は、
周囲の感情と連動している」
「感情?」
「好意、と言った方が正確ね」
沈黙。
ミリナが手を挙げた。
「つまり?」
「好かれるほど強くなる」
また沈黙。
今度は長かった。
セリナが口を開く。
「……それだけ?」
「それだけ」
「なんか、もっとすごい理由かと思ってた」
「すごくない?」
「いや、すごいけど」
セリナが頭を掻く。
「なんかこう……もっとこう」
「もっとこう?」
「呪いとか、特殊な血筋とか」
「それはまだわからない」
「じゃあ今わかったのはそれだけか」
「そう」
セリナは腕を組んだ。
「……じゃあアレンは、
モテれば強くなるってこと?」
「端的に言えばそう」
全員がアレンを見た。
アレンは顔を覆った。
「やめてくれ」
「事実よ」
「事実でもやめてくれ」
ミリナが真っ赤になりながら手を挙げる。
「あの、一個聞いていいですか」
「どうぞ」
「私も……その、カウントされてますか」
「データ上は最頻度よ」
「さ、最頻度!?」
「反応回数が一番多い」
「そ、そんな大声で言わなくて!!」
「記録上の事実だから」
ミリナが顔を両手で覆った。
セリナが肩を震わせている。
「待って笑えてきた」
「笑うな!!」
リリアが小さく手を挙げた。
「あの……私は」
「貴女は強度が一番高い」
「……え」
「反応の大きさで言えば断トツ」
リリアの顔が、
みるみる赤くなった。
「そ、そんな……」
「事実よ」
「で、でも私そんなつもりじゃ……」
「つもりは関係ない。データがそう示している」
アレンが遠い目をした。
「お前ほんとに容赦ないな……」
「研究者だから」
「人の心がない」
「あるわよ」
「どこに」
「……」
シェリルは少し黙った。
「今は関係ない」
「関係ありそうだけど」
「関係ない」
セリナがニヤニヤしながら口を挟む。
「なぁシェリル」
「なに」
「お前は?」
「何が」
「カウントされてんのか、お前自身は」
広場に、
静寂が落ちた。
シェリルは手帳に視線を落とした。
それから。
「……データ収集中」
「それ答えになってないぞ」
「収集中よ」
「だから――」
「収集中って言ってるでしょ!!」
シェリルが珍しく声を荒げた。
全員が固まる。
ドクン。
「っ!?」
アレンが胸を押さえた。
全員の視線が集まる。
シェリルだけが、
手帳を閉じて背を向けた。
「……今日の観測は以上よ」
「お、おい」
「解散」
「待て待て待て」
アレンが慌てて追いかける。
セリナが爆笑した。
「あーっはっは!!やっぱりそういうことか!!」
「笑うなと言っている!!」
「無理だわそれは!!」
ミリナが半泣きで叫ぶ。
「ずるいです!!研究者の立場使って近づいといて!!」
「研究よ!!純粋な研究!!」
「顔が赤いですよ!!」
「寒いのよ!!」
「夏よ今!!」
リリアが困り顔で、
それでも少し笑いながら、
アレンの隣に並んだ。
「アレンさん……大変ですね」
「毎日こんな感じだ」
「慣れますか?」
「慣れない」
ドクン。
「っ……!」
「大丈夫ですか?」
「慣れない」
リリアがまた小さく笑う。
ドクン。
「だからなんなんだよこれは!!」
噴水広場に、
アレンの叫びが響いた。




