第十一話「依頼と手記」
第十一話「依頼と手記」
結局、
全員で宿に戻った。
シェリルはまだ顔が赤かった。
ミリナはまだ半泣きだった。
セリナはまだ笑っていた。
リリアだけが、
静かにお茶を飲んでいた。
「落ち着いたか」
アレンが全員を見渡す。
「落ち着いてません」
ミリナ。
「落ち着いてる」
セリナ。
「……問題ない」
シェリル。
「落ち着いています」
リリア。
「三対一だな」
「シェリルさんはノーカウントです」
「なぜ」
「顔がまだ赤いからです」
「寒いと言っている」
「夏です」
「うるさい」
アレンはため息をついた。
その時。
宿の扉が開いた。
入ってきたのは、
見知らぬ男だった。
中年。
商人風の服装。
だが目が鋭い。
「冒険者のアレンさんはこちらに?」
「俺だけど」
「依頼をお願いしたく」
男は懐から封筒を取り出した。
「護衛の依頼です」
「護衛?」
「はい。王都北の街道を通って、
隣町まで荷物を運びたい」
アレンは封筒を受け取った。
中身を確認する。
報酬はそこそこある。
「なんで俺に?」
「評判を聞きました」
「どんな評判だ」
「女性への対応が丁寧で、
トラブルに強いと」
セリナが噴き出した。
「あーっはっは!!対応が丁寧!!」
「笑うな」
「トラブルに強いって、
トラブルを起こしてる側だろ!!」
「笑うなって言ってる」
男は困惑した顔で、
全員を見渡した。
「あの……お仲間の方々ですか?」
「そうだ」
「全員で来ていただけると
助かるのですが」
アレンは全員を見た。
ミリナが即答する。
「行きます」
「私も」
セリナ。
「……同行する」
シェリル。
「私も、よければ」
リリアが遠慮がちに手を挙げた。
アレンはため息をついた。
「断る理由もないな」
「ありがとうございます」
男は深々と頭を下げた。
「出発は明日の朝でよろしいですか」
「わかった」
男が出ていく。
扉が閉まった。
静寂。
シェリルが手帳を開く。
「護衛依頼か」
「観測の続きができるな、とか言うなよ」
「言おうとしてた」
「言うな」
「でも事実よ」
「事実でも言うな」
ミリナが手を挙げた。
「あの、一個いいですか」
「なに」
「宿、どうします? 隣町まで一泊かかりますよね」
全員が黙った。
アレンが天を仰ぐ。
「……部屋割りか」
「そうです」
「男一人、女四人」
「そうです」
「俺一人で一部屋か」
「そうなりますね」
セリナがニヤニヤする。
「寂しいな」
「寂しくない」
「本当に?」
「本当に」
「顔が赤いぞ」
「暑いんだ」
「夏だもんな」
シェリルがぼそっと言った。
「夏なのに寒かったり暑かったり忙しいわね」
「お前が言うな!!」
ミリナが叫んだ。
リリアがくすくす笑う。
ドクン。
「っ……!」
アレンが胸を押さえた。
「明日から護衛か……」
セリナが伸びをしながら立ち上がる。
「まぁ道中なんもなければいいけどな」
「なんかありそうだけどな」
「だよな」
全員が同時に頷いた。
嫌な予感というのは、
大抵当たる。
アレンは封筒を見ながら、
静かにそう思った。
その夜。
リリアは部屋で、
小さな手帳を開いた。
ペンを持つ。
しばらく迷った。
それから、
静かに書き始めた。
リリアの手記
六日前のことを、
今でも覚えている。
馬車が暴走した。
転んだ私に、
真っ直ぐ向かってくる。
目を閉じた。
でも衝撃は来なかった。
代わりに、
誰かの腕が私を抱えていた。
石畳を転がって、
気づいたら空を見上げていた。
「大丈夫?」
その声が、
やけに穏やかだった。
顔が熱くなったのを覚えている。
その後。
追手が来た。
黒装束の男たちが、
私を見て言った。
「対象確認」
やっぱり来た、
と思った。
逃げなければ。
でも足が動かなかった。
その時。
アレンさんが前に出た。
止める間もなかった。
勝てるわけがない。
それはわかっていた。
でも彼は、
退かなかった。
その後のことは、
うまく言葉にできない。
ただ。
助かった。
騒ぎが収まった後。
アレンさんが私に聞いた。
「なんで追われてたんだ」
答えられなかった。
答えたかった。
でも。
言ったら、
巻き込むことになる。
言ったら、
きっと離れていく。
だから首を振った。
「……ごめんなさい」
それだけ言った。
アレンさんは、
少し間を置いた。
それから。
「わかった」
「言えない理由があるんだろ」
答えを求めていなかった。
「なら今は聞かない」
彼は前を向いて、
歩き出した。
私は咄嗟に声をかけていた。
「あの」
アレンさんが振り返る。
「……ついていっていいですか」
我ながら、
図々しいと思った。
事情も話さない。
理由も言えない。
それでもついていきたいと言っている。
アレンさんは少し困った顔をした。
頭を掻いて、
視線を逸らして。
「……俺、今宿もないんだけど」
「それでも」
また少し間があった。
「……しょうがないな」
それだけだった。
かっこいい言葉じゃなかった。
でも。
その不格好な一言が、
妙に胸に刺さった。
私はまだ、
何も話していない。
それでも彼は、
普通に接してくれる。
それが。
怖いような、
嬉しいような。
よくわからない気持ちだった。
いつか話せる日が来るだろうか。
来ないかもしれない。
でも。
もう少しだけ、
このままでいたいと思った。
それが正直なところだった。
翌朝。
リリアは手帳を閉じ、
荷物の中にそっとしまった。
窓の外は、
まだ暗かった。
でも東の空が、
少しだけ白み始めていた。




