お父様と悪魔っ子のプレゼン
宗教家と言えば清貧なイメージがあるが、ユグドラシル教会総本山に限って言うならそのイメージは誤りだ。
美しい白大理石をふんだんに使われた巨大な白亜の教会。
壁は金や銀を使った派手な彫刻が施され、床にはカラフルな大理石が嵌め込まれた廊下。
10mはあろう見上げた天井には、一面に精密な宗教画が描かれている。
そんな無駄に煌びやかな教会の最奥に贅の限りを尽した教皇の執務室はあった。
「成金趣味め……。」
ゆったりとした執務室のソファにふんぞり返り
私の口からボソリと辛辣な感想が出る。
まさに坊主憎けりゃ袈裟まで憎いだ。
「はっ! これの良さが分からんとは本当に貧相な価値観しか持っておらんのう! 人の上に立つ我らが金を使わずに何とする!? 金なんぞバラ撒いてなんぼじゃ!」
悔しいがまぁ正論だ。
これが日本の政治家が言えば炎上モノだが、私達はなんちゃってとは言え中世貴族。
政治家ではあるものの、またニュアンスが少し変わる。しかし……。
「ふん。ついにボケたか? 私が非難したのは
お前の下劣な品性だ。何でもかんでもギラギラ光らせやがって……。」
「かー! 嘆かわしい! これが我が国を代表する公爵とは! 陰気なのはツラと二つ名だけにしておけ!」
「人の顔をとやかく言える立場か? 狸爺め!」
しばし睨み合う私と教皇。
「……お二人共、そろそろ話を進めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
そんな私達に呆れた顔をしながら、シャル君がテキパキと持って来た書類を手渡してくる。
執務室に備えられた応接セットに私達は腰掛け、今回の事業内容を改めて聞く。
ちなみにプレゼンターはシャル君だ。
澱みなく要点を押さえた実にいいプレゼンだ。
昔取った杵柄と言っていたが、こういう事を
サラッと出来るのが彼女の侮れない所だ。
狸ジジイも何やら真剣な顔で資料を読み込んでいる。
今ひとつ身が入っていないのは私だけだ。
“英雄のお父様よりいつものお父様が好きです。”
頭の良いエドワードの事だ。
色々と状況を勘案して私の教皇殺しを止めて
この様に話を持って行った事だろう。
チラリと緊張した顔のエドワードを見る。
……息子に嫌われたかもしれん。
いや、嫌われてはないと思うが、あれだ。
15年も前のことをグチグチ引きずる心の狭い奴とか思われていないだろうか?
でも、言い訳をさせて欲しい。
別にあの時私は教皇を殺す気はなかった。
……いや、嘘だ。殺意はあった。
何故なら戦時中に洒落にならんレベルの嫌がらせを受けたからな。殺せるならならあのジジイを殺したい。
でも多分殺しきれないだろうとも思っていた。
そもそもこのクソジジイを殺そうとしたのは今に始まったことではない。
昔の尖っていた時代の私は、戦中戦後に適当な理由を付けて何度か殺ろうとしたのだ。
しかし、毎回転移の魔導具やら結界やら隠し通路に逃げ込まれたりと逃げられている。
何だかもうトムとジェリーみたいな関係だ。
なので仕方がないから、ジジイの領地だけ国の経済圏から切り離して干上がらせようとしたのだが、その結果がジジイのユグドラシル教会教皇への就任と台頭である。
宗教という法律の抜け道を付き、見事今の今まで甘い汁を吸い続けているのだ。
実に食えないジジイである。
悩む私を置いてプレゼンは進む。
「ほぉ。実に面白……いや、けしからん!
冠婚葬祭は人生に置いて誰もが通る大事な祭事。それを執り行う事は我々の聖務じゃが、それを商売にしようとは実に罰当たりな―――、
ええい、取り繕うのはもうやめじゃ!
お主ら実に良い目の付け所をしておる!」
ジジイめっちゃ食い付いてるんですけど?
「冠婚葬祭の儀式は、特に貴族であれば個人というより各家の催し。当然貴族であれば派手に予算をかけたものになりがちじゃ。
それに平民の台頭という話も先見性を感じるのう。平民が金を持ったのであれば、次に用意すべきは金の使い先。実に理にかなっておる!」
大絶賛じゃん……。
「是非共同で事業に参加させて欲しい!
取り分はそうじゃの。―――売上を折半する形でどうじゃ?」
出たよ。強欲ジジイめ……。
「教皇様? 教会側は場所と司祭の確保なのでそれでもいいかもしれませんが、こちらは衣装や装飾、料理など原価がかかる物ばかり。
売上を折半しては商売になりませんわ?」
困った顔をしたシャル君が苦言を呈する。
当然シャル君もこのジジイが無茶を言っているのは分かっているようだ。
ザックリ言えば、今回の提案は新しい事業をしたいから、教会の名前と場所と人を貸して欲しいと言うお願いなのだ。
つまり、それ以外の冠婚葬祭に使う衣装の作成費やら料理や会場の装飾なんかの経費は全てがウチ持ちである。
そんな事をすれば手残りはほぼない所か、下手すれば赤字である。
「おぉ、これは気付かなかった。すまんのう。お嬢ちゃん。では分けるのは経費を除いた利益を落とし所としようかの?」
好々爺のような顔をしてサラッと自らの非を認め、話を進める狸ジジイ。
……やっぱりこのジジイ、公爵や教皇より詐欺師の方が向いているな。
何やら一瞬ジジイがこちらに譲歩した様に聞こえるが、そもそも取り分が折半と言う話にこちらは同意していない。
つまり、話題をすり替えたのだ。
営業話法で言うところの、最初に大きな要求をして断られた後で、本命の小さな要求をするドアインザフェイスとすり替え話法の組み合わせである。
折半自体は普通に聞こえるが、得られる利益に対して持ち出す労力はウチの方がでかい。
つまり、割を食うのは我々だ。
そして何より、小さい人間だと思われるかもしれんが、このジジイに得をさせるのが私としてはとてもとても気に入らん。
ここは私の方から一言いって―――。
その瞬間、チラリとシャル君がエドワードを見た気がした。
……これは、アイコンタクト?
「―――シャル。お暇しよう。」
そう言いながらエドワードが席を立つ。
「エドワードサマ?」
何やら若干棒読みでシャル君が驚く。
……おい。やるならちゃんとやれ。
「な、何か気に入らん事があったのか?
割合なら別に4割5分でもウチは―――。」
慌てて値切りをし出す狸ジジイ。
「話になりませんね。シャルが、ウチのシャーロットが提供する全く新しい冠婚葬祭の儀式。
それは確実に人を呼ぶものです。
つまり、教会は常に新たな信者を獲得出来る機会を得れる。そして何より……。」
思わせぶりに間をたっぷりとるエドワード。
その姿はまるで稀代の商人や凄腕の役者。
いや、口さがなく言えば、恐ろしい契約を持ちかける悪魔のようにも見えた。
「フィンスター=ヘレオール家の後ろ盾がつくのですよ?」
むぐっと口を紡ぐ狸ジジイ。
教会の信者はザックリこの国の4割。
文句なしの国内最大宗教ではあるのだが、
その実、信者はほぼ平民である。
実は貴族―――、特に高位貴族の信徒はかなり少ない。
何故か?
簡単だ。私とベス、そしてカーライル王がこのジジイを嫌っているからだ。
何せ貴族社会は忖度祭りの村社会だからな。
今教会に所属している貴族達は戦前からの信者であり、新たに入信する奴はよっぽど田舎の下位貴族くらいしかありえない。
確か聖女も田舎の男爵家の出だったはずだ。
エドワードは今までの諸々の事は許してやるからタダ働きをしろと言っているのだ。
……まぁ、ウチの名前くらいなら使わせてやる事も吝かでは、うん。まぁ検討くらいはする。
「よん、いや、さ、3割……5分!」
「―――今回はご縁がなかったと言う事で。」
「わ、分かった! 3割、ええい! 2割!
どうじゃ!? これなら文句あるまい!」
「……シャルは4年後に控えるお兄様の結婚式のプロデュースも任されています。
そして、あぁ―――、あの気難しい義姉が気に入る教会がなければ新たにつくる必要もあるでしょうねぇ。」
悪魔的な笑みを浮かべて嗤うエドワード。
あー、そう言えばそんな話もあったな。
まぁレオナルドの結婚式なんだし、それくらいは出しても良いけどさ。
……これ、どこまでシャル君の仕込みなんだろう?
「ぐぅ……。わ、分かった。取り分はいくらでも構わん……。全てそちらが―――」
「……おねだりの仕方すら分からぬ無能にこれ以上時間を割くのは無駄ですね。」
「くっ……。悪魔めっ! ぬぅ……!
……こ、これまでの事はワシが悪かった。
利益は好きにしてくれて構わない。是非ワシら教会を使って頂けないだろうか。」
口いっぱいの苦虫を噛み潰したような顔で頭を下げる狸ジジイ。
おいおい、マジか。
あの狸ジジイを謝らせたよ……。
「ジジイ受けの悪魔っ子ショタ攻め……。
これは需要があるの……? 何と言うか信仰心が試されるわね……!」
チラリと横を見ると真面目な顔で悩むシャル君が視界に入る。
……捨てちまえそんな信仰心。




