お父様と悪役次男と教皇
「ほぉ。私との面会より重要度の高い聖務とは何でしょうな? 教皇殿。」
不敵な発言と共に、魔導車から降りて来た男を見て教皇は目を見開く。
それは不吉な闇夜を切り取った様な男だ。
フィンスター家特有の真っ黒な髪。
未だ衰えぬ、むしろ円熟しているとも言えるその肉体を漆黒の貴族服で包んでいる。
教皇は昔、彼に同じような黒色ばかりではなく公爵なのだからもっと身分に合った服を着たらどうだと言ったことがあった。
返り血を気にせずに済むからという殺伐とした返答に肝を冷やした事を思い出す。
20歳そこそこの若造が身に纏う濃厚な死の気配に年甲斐もなく怯えてしまった苦い記憶だ。
そして何より目を引くのが、爛々と燃える死神の赤眼。
誰よりも多く死を振りまき続け、他種族の骸の山に築き上げた玉座にカーライルを座らせ、血で滴る王冠を被せた張本人。
死神公爵ロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオールだ。
―――この死神小僧め。今更私に何の用だ?
まさか本当に私を亡き者にして南部を切り取るつもりか!? カーライルと共謀して前王を亡き者にしたように……!
「き、教会の事は貴様に関係なかろう! 」
目に見えて狼狽する教皇。
しかし、その手は冷静に懐に隠していた転移魔導具に伸びる。
そんな教皇を見下してロベルトがその目を更に紅く輝かせる。
「そうだな。しかし、国の事は私の領分だ。」
ロベルトの言葉と同時にボボッと炎がロベルト達を囲み、炎の中から黒い隊服に身を包んだE隊とF隊が現れた。
「おーおー、狸が何か偉そうに吠えてるな。
脂がのっててよく燃えそうだ。」
「待て待て、爆炎の。拙者にやらせてくれ。
坊主と会う機会がなくてな。恥ずかしながら、まだこの国の坊主を斬った事がないんだ。」
「いや、何で会う=斬るなんだよ……。
坊主に会ったら坊主を斬らなきゃならんって
修羅過ぎねぇ?」
「拙者の母国には無一物と言う言葉がある。
仏に逢えば仏を殺し、祖に逢えば祖を殺す。
取り敢えず目に付いたモノを斬れば良い感じという意味のありがたい言葉だ。」
「相変わらずイカれてんなお前の国……。
ぜってぇ行きたくねぇわ。」
物騒な会話をしながらもヴァーリとトニーが
油断なく教皇を見据える。
殺気立つロベルト達に取り囲まれ、教皇を護衛する2人の騎士が怯えながらも教皇を背にして
武器を握る。
「さて。ゆっくりと話をしようか、教皇殿?」
「き、貴様と話す事などないっ!」
一触即発。
ロベルトと教皇の意見が対立し、ピリピリと場の雰囲気が剣呑なモノになって行く。
―――ま、まずいぞ……!
お父様は本気で武力でかたをつける気だ……!
ロベルトの隣でエドワードが冷や汗をかく。
―――お父様は見た目に反して温厚だ。
自分が失礼な態度を取られたり、出し抜かれたくらいでは怒らない。
むしろ、相手を褒める事すらある。
アランさんやシャルがいい例だ。
……でも、明確な逆鱗も存在する。
身内だ。
お父様は身内を傷付けられる事をひどく嫌う。
生来の家族を大事にするお優しい性格というのもあるだろうが、多分戦争で家族を亡くし過ぎたからだと思う……。
話を聞く限り、かつて教皇は前国王と共謀してカーライル王やお母様を標的に謀をした。
それは間違いなくお父様の逆鱗に触れる行いだ。前国王は戦死したと聞いているが、それが真実だとは限らない……。
どうすればいい……!?
僕はどうすれば良い!? 考えろ考えろ!
エドワードの優秀な頭脳が高速で回転する。
このまま事が推移すれば教皇は死ぬ。
武装した護衛が二人いるが物の数ではない。
間違いなく瞬きの間に三人は殺される。
その後は―――?
既に教会と魔族の繋がりは疑われている。
お父様との話し合いを拒否した時点で推定黒。
合法的にスフォルツエンド公爵家と教会には
強制調査が入るだろう。
魔族が逃げても問題はない。
国からテロリストを追い出せた時点で王国側は目的が達成される。
勿論、強引なお父様の手法を非難してくる奴はいるだろう……。
チラリとエドワードはロベルトを見る。
冷酷非情に輝く紅の瞳。
元々表情の起伏が少ないロベルトだが、今や完全に表情は抜け落ち、血なまぐさいまでの殺気を纏っている。
……このお父様に逆らう?
ははっ。出来るわけがない。
武力も権力も財力も兼ね備えた救国の大英雄。
内心舌を出すことは出来ても、それ以上出来るはずがない。
―――でも。
エドワードの脳裏にここ数日、ロベルトと過ごした記憶がフラッシュバックする。
自分の部屋にひょっこり忍び込んで来たロベルトと一緒に食べた焼き菓子の味。
好き放題やらかす部下達に呆れながら、でもどこか楽しそうに会議をする背中。
魔導車を運転しながら、自慢げに新しい技術について語る優しい声。
ふと、エドワードは自分の手を握る暖かな小さい手に気付く。
手の主であるシャルを見る。
シャルは思う様に好きにしろと視線で応え、
小さく頷いた。
ギュッと目を瞑り、エドワードは勇気を振り絞って声を出す。
「―――僕は英雄のお父様より、いつものお父様が好きです。」
「……エドワード?」
驚いた声を出すロベルトを背にして、エドワードは教皇の前に出る。
胸の前で両手を合わせ、頭の高さに上げながらゆっくりと頭を垂れる。
ユグドラシル教会の祈りの作法だ。
「お久しぶりです。猊下。
ロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオールが次男、エドワードでございます。」
教会式の作法に則った美しいまでの礼を見せられ、教皇は思わず鼻白む。
「……覚えておる。確か数年前に王都の建国祭で見掛けた事があったな。」
それは三年ほど前。
教皇は立場上どうしても断り切れず、ロベルトとなるべく関わらない様にと祈りながら建国祭に出席した事があった。
しかし、流石に挨拶をしない訳にもいかず、礼を失さない程度に顔見せを済ませた際、ロベルトの横にいたのがエドワードだった。
「私の様な若輩者を覚えていて下さり、望外の喜びです。 今回猊下にお目通り願ったのは私の我儘でして……。実は浅学非才の身ではありますが私はフィンスター=ヘレオール家にて新たな事業を起こそうとしております。」
新たな事業というエドワードの告げた単語にピクリと反応する教皇。
フィンスター=ヘレオール家の事業と言えば非常に有名だ。
銀行業務、運送業務、魔導具の作成と販売、そして最近は服飾業も順調だと聞く。
「なかなか強欲じゃな? これ以上まだ財をなそうと言うのか?」
皮肉たっぷりに教皇はロベルトを睨む。
「いえいえ、父は関係ございません。
今回は私の浅慮な思いつき。―――ですから、是非経験豊かな猊下のお力をお借り出来ればと思い罷り越した次第でございます。」
―――このガキ……!
教皇は内心歯ぎしりをする。
何せエドワードがへりくだった態度をとる度に、ロベルトを含めた化け物達の圧力が跳ね上がるのだ。
殺気だけで殺されそうな程である。
当然、エドワードもそれを分かってやっているのだろう。
―――実に面の皮が厚いガキだ。
交渉相手の首筋に剣を突き立ててから下手に出て話をする。
しかも悔しい事にその内容は実に興味深い。
フィンスター=ヘレオール家の新しい事業への共同参加。喉から手が出るほど気になる。
そしてその反面、断れば待っているのは速やかなる死。
いや、参加を希望してもボロ雑巾になるまでこき使われて棄てられる未来しかみえん……。
何をやっても待っているのは破滅。
まさに悪魔の甘言じゃ……。
「……死神の息子はとんだ悪魔じゃな。」
「おや? これでも我が家では良い子で通っていると自負しているのですが……。」
ワザとらしくおどけて笑うエドワード。
「……そうか。」
エドワードの後ろで、誰が悪魔だと言わんばかりに睨みつけてくるロベルトから目を背ける教皇。
「はぁ……仕方ない。エドワードと言ったな?お前となら話をしよう。
どこまでお前の計画かは知らんが、父親をけしかけて話を有利に進めようとする悪辣さは、割りと好感が持てる。どこぞの潔癖症な死神より話し相手としてはまだマシじゃ。」
諦めた様に溜息をつき、悪徳を愛する教皇は先程まで握りこんでいた転移魔導具を懐にしまい込んでその空の両手を上げた。
「恐悦至極」
エドワードはニヤリと不敵に笑い、芝居がかった動きで大袈裟に頭を下げる。
……しかし、その下を向くエドワードの顔には冷や汗が滝のように流れていた。
―――計画も何も、ノリと勢いですけど!?
何で僕が主犯みたいなこと言うんだよ!
一応、話は出来るらしいけど、これ完全に僕の我儘でお父様の邪魔したんじゃないか?
って言うか何だよ、英雄じゃなくていつものお父様が好きって。お父様はいつでも英雄だ!
グルグルと混乱する頭で後悔するエドワード。
そんなエドワードをシャルが優しく見守っていた。




