お父様と教皇
王国南部。
イメージとしてはイタリア、スペイン、ギリシャ辺りが近い。
水源が豊富で年中を通して暖かい。
地中海性気候とそれを利用した農業が盛んで、乾燥に強い柑橘系の産地である。
ユグドラシル教会の本部は、そんな地域に建立されていた。
水分が多く、軟らかい石灰石を並べた石畳の道を魔導車がゴトゴトと進む。
馬車数台が行き交う事のできる広い道だが、前世と違って車用と歩行者用の道路が分かれていないので運転にはかなり気を使う。
流石の人通りの多さだ。
それなりに栄えているのか、行き交う馬車の他にも最近出たばかりの魔導車も走っている。
「人が多いわねぇ。」
物珍しげに窓から外を眺めるシャル君。
「そりゃあここは南部でも最大の都市、スフォルツエンドだからな。」
得意気にシャル君に説明するエドワード。
なんだかドヤ顔が可愛い我が息子。
南部一帯を管理する公爵家。
スフォルツエンド公爵家のお膝元、都市名も同じくスフォルツエンド。
そんな大都市に教会本部は存在する。
「ふぅん。地域が変われば服の流行りが違って面白いわ。こっちだと原色を使った派手な服装が人気なのね。北部だと割とシンプルな色味に刺繍を入れたりステッチのデザイン性が高い服が好まれるけど、こっちだと生地の色使いやデザイン自体の独自性の高さが見られるポイントなのね。前世のイタリアとかとは違うけど、これってゲームの設定なのかしら?」
魔導車の窓から身を乗り出して面白そうにキョロキョロと周りを見渡すシャル君。
君大人なんだし危ないからやめなさい……。
「しかし、お父様。E隊とF隊を街に入れなくて良かったのですか?」
王都からここまではウチの騎士団の連中、E隊とF隊を護衛にやって来たのだが、アイツらは街の外で待機させている。
それを不思議に思ったエドワードが尋ねてきた。
「あぁ、あのクソ爺……、いや、教皇は私の顔を見るとすぐに逃げ出すからな。騎士団を街中に入れるより街の外で待機させる方が良い。」
何故なら、その方が逃げ出そうとするあの爺を捕まえやすいからだ。
「あぁ……、そう言えばそうでしたね。」
微妙な顔をするエドワードと私を不思議そうに見るシャル君。
「お2人は教皇と面識があるの?」
「あぁ、シャルは知らなかったか。面識があると言うより、身内なんだ……。」
そう。ユグドラシル教会の現教皇は我が国の公爵家当主であるリチャード・エレンテル・フォン・スフォルツエンドその人である。
つまり、私の親戚だ。
「親戚なのに逃げられるって貴方何やらかしたのよ……?」
「私は何もしていない。どうもあの爺は私が南部も手に入れてこの国を支配しようと画策しているとか思っていてな。戦後からこっち、私と会おうとしないんだ。」
「あーね……。やらないの? 支配。」
「やる訳ないだろ。面倒臭い。どんな罰ゲームだ。」
はっきり言えばいい迷惑だ。
ただでさえ国の半分を必死に統治させられているんだぞ。もう残り半分なんか頼まれたってやるもんか。
私は領地を広げるよりも内政をチマチマやるのが好きなタイプなのだ。
「……それもあるけど、前国王とリチャード公爵は共謀して戦時中にお父様の足を引っ張ってたんだよ。だから会いたくないんだ。」
こっそりエドワードがシャル君に耳打ちしているのが聞こえる。
「エドワード。聞こえているぞ?」
「あ、あはは。すみません。お父様。」
まったく、困った奴だと呟いて溜息をひとつ。
……まぁエドワードの言うことは概ね正しい。
なんせ同じ公爵家の出とは言え、成人したての鼻たれ小僧が武勲をどんどん立てて行くのだ。
そこに現国王のカールや妻のベスを入れてもいいだろう。
しかも、ゴルン平野撤退戦の混乱で当時の王太子や私の父や兄も戦死した。
その結果、私やベス、そしてカールが王位継承候補のトップ勢に躍り出てしまったのだ。
既存権力者達からすると面白くないを通り越して恐怖だろう。
つまりは前国王と教皇だ
奴等は私達が救国の英雄として強い発言力や高い地位を得ることに恐怖したのだ。
まぁそこに至るまで色々と確執があったし、奴等が全て悪い訳でもないのだが……。
敵に回ったあの狸ジジイ共は強かだった。
自分で言うのもなんだが、私の高い人気にケチを付けるために民間人ごと魔族を焼き滅ぼせと強要して来たり、他種族がいる私の騎士団にイチャモンをつけたり、私とカールとベスの離間を狙ったりと、よくこんな事を思い付くなと言う下衆な策を披露して来たのだ。
何が悪辣かと言うと、アイツらは私達がいないと王国は魔族と戦えないのを知っていた。
だから直接戦力を下げるのではなく、私達の名誉を汚したり離間させて私達を操ろうとして来たのだ。
最終的にはブチ切れたカールが王の首をはねてしまったけど……。
私が王位を簒奪しない理由の一つだな。
根っこの甘い凡人な私には身内を斬ってまで国を正さんとする覚悟はない。
まぁ、国王殺しは私が墓まで持って行く秘密のひとつだ。
あの狸ジジイはそれに勘づいていて私を避けている節はあるがな……。
「……まぁ、色々あってあの狸ジジイは私を避けているのは事実だ。だからわざわざ南部くんだりまでやって来たんだ。」
私の立場的には教皇を王都に呼び出しても問題ないんだが、絶対あの爺は適当な理由をつけて逃げ出すからな……。
そんな話をしながら長い目抜き通りをトロトロと進んで行くと、突如一台の馬車が猛スピードでこっちに向かって走って来るのが見えた。
4頭立ての白塗りの馬車だ。
「ちょ……! 危ない!」
「あの馬車突っ込んで来る……!」
「ちっ!」
咄嗟に赤眼になり障壁を展開する。
向こうも咄嗟に障壁を張ったのだろう。
ガギィン!っと金属同士がぶつかり合う様な音が目抜き通りに響く。
私の障壁より脆かったのだろう。
相手の障壁は脆くも崩れさり、馬達が驚いて前足を上げて急制動をかける。
幸い、障壁が衝突の勢いを殺してくれたお陰で大事には至らずお互いが正面から急ブレーキをかけたような状態で静止できた。
しかし、危なかった……。
道路の区分整備は急務だな。今度の国会の議題に出すか……。
「き、貴様っ!どこを見て運転している!
この馬車が教会の馬車と知っての狼藉か!!」
馬車の御者台に乗っていたチェーンメイルの男達が二人、叫んでいる。
―――教会の馬車ねぇ?
確かに馬車の側面には正十字に丸を合わせた教会のシンボルが描かれている。
確か丸がこの世界、十字架が世界樹を表していたんだったかな?
白塗りでギラギラとした金の装飾。
実に成金趣味な馬車だ……。
この馬車に乗っているのはもしかして……。
「ふおっふおっふおっ。そう脅してはいかん。
今は急ぎの聖務の最中じゃ。適当に賠償金を頂いて手打ちにしてやったら良い。」
私の疑問への答えは早々に開示されたようだ。
馬車の中から絵に描いた様な狸ジジイがのっそりと出て来た。
でっぷりと出た腹、この世全てのモノは金に変えれると言わんばかりの賎しいギョロりとした目付き。
サラッとこちらが悪いと言い切れる傲慢さと
ナチュラルに金をせびる強欲さ。
このジジイを見れば100人中100人がユグドラシル教会は腐敗していると断言出来るThe破戒僧。
我が不肖の親戚。
リチャード・エレンテル・フォン・スフォルツエンド公爵である。




