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悪役貴族のお父様  作者: 太郎冠者
第二章 長女とお買い物デート編

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悪役次男と悪者教皇

コト、コト、コトと静まり返った部屋に駒が動く音だけが鳴る。


教皇とエドワードがチェスをしている音だ。


部屋にはシャルとヴァーリもいるが、二人とも何も喋らない。


静かな部屋にコマを規則正しく動かす音だけが響いていた。



「……で、何か話があるんだろ?」


エドワードは対面に座って彼の顔を興味深げに見る教皇を睨む。


この数時間でエドワードは教皇の性格を把握しつつあった。




――――この爺さんはワガママだ。

相手に合わせる事を一切しない。


話したいことだけを自分の好きな様に話す悪癖がある。


そして何より、相手を試して悦にはいる嫌味なジジイだ……!


チェスは先行有利のゲームだ。僕だってそれなりに打てるんだ。

この糞ジジイに一泡吹かせてやる!


内心の煮えたぎる怒りを駒に込めて、エドワードの手が進む。


カンっと音を立て、エドワードの白いナイトが教皇の陣地に侵入した。


それは五手先で投了の致命の一撃だ。




「……ふむ。話、と言えば話じゃが、そう複雑な話しでもない」


エドワードのナイトを無視して教皇は自軍の黒いポーンをどんどん前に押し出していく。



――――?


何だこの一手? 僕のタダ得じゃあないか。



不思議に思いながらもエドワードは前に出てきたポーンを白のルークで討ち取る。



「そう。普通はそうする」



そう言ってエドワードの陣地に空いた穴にビショップを放り込む教皇。


単なる無策にしか思えない、無謀な突進だ。


無言で哀れな黒いビショップを討ち取るエドワード。



「多少強い駒を送り込んでも討ち取られる。いや、どれだけ強かろうとナイフ一本ねじ込まれれば、生物である以上死ぬしかない。これも当たり前の話じゃ」


「――――何が言いたい」


「何って、当たり前の話じゃよ。オディマと言ったか? 奴等は勝てもしない相手に戦いを仕掛けて、負けるべくして負けている。そんな話じゃ」



カタンと軽い音を立ててエドワードのナイトが教皇の黒のルークに討ち取られる。



――――!

ナイトが……! くそっ。誘いに乗って駒を動かしたからルークの動線が開いてしまった……!



「あの死神と敵対するのは無理筋だとワシは結論を出した。あれは本当の化け物じゃ」


「お父様は確かに誰よりもお強い大英雄だが、そんな風に言うのは――――」


「違う。別に奴より強い者がいないわけではない。それは魔族にもおったし、この国にもいる。剣の腕では其方の母親やそこでワシを睨んでおる人斬りの方が上じゃし、魔法についても彼奴を超える大魔法使いは何人もいる」


「それは……そうかもしれないが……」


口では反論しようとはしたが、エドワードは納得してしまう。


教皇の言う事は事実だ。


剣士や魔法使い等の役割を当てはめるとするのであれば、ロベルトの戦い方は暗殺者だろう。


まともに正面からは戦わず、意表を突いて勝てるタイミングで相手を撃ち抜くのがロベルトの戦い方だ。


それは正面から戦われると負ける可能性があるからそうなったとも言えた。



「まぁワシには強い弱いは分からん。興味もない。ワシが彼奴を恐れているのはその化け物じみた精神性じゃよ」


「そんなことはない! お父様はお優しい方だ!」


激高し、思わず立ち上がるエドワード。


そんなエドワードを無視して無表情に駒を動かす教皇。


ポーンがまた無意味に突撃して来る。



「化け物という言葉が嫌なら、感覚が違うと言えば良いのかのう? 彼奴と話をしていると、まるで文化や法律が違う別の国……別の世界の来訪者と話をしている気になってしまう」


「何を言っている⁉」


教皇の意図が分からず、語彙を強めながら突出したポーンを倒すエドワード。


「例えば、奴は執着なく気軽に金をばらまく。それがワシにはまるで異世界の住人が、“この光る板切れが欲しいのか? なら沢山あるから持っていけ”なんて言っている様にしか見えん」


「……お父様はお前の様な銭ゲバとは違う!」


「そうじゃのう? しかし、金に限らず彼奴の考え方や物の感じ方は異常じゃ。貴族としてではなく、この世界に生きる人として、な。それはワシの様な凡愚には全く理解できない。――理解出来ぬモノに相対した時、凡俗がとれる対応はそう多くはない。敵対し排除するか、無視するかじゃろうな」


「……お父様の傘下に入る気はないと?」


「ある訳がない。最初に言ったじゃろう? 

お前となら話をしてもいいと。―――のう? エドワード」


言外に化け物とは言葉を交える気はないと言い放ち、片頬を持ち上げ、また教皇は駒を動かす。


さして意味のない位置に黒のナイトが移動する。


十手先まで勘案してもエドワードにはその動きの意味が分からなかった。



「ワシの見立てでは、お主は人じゃ。お主の父の様な化け物ではない。人より才覚はあってもその人間性には狡さや弱さも併せ持っておる。ワシから言わせるなら常識的な人間じゃよ」


「……僕が凡人だというのは認めてやる」


凡人らしく今の一手について考えることを早々に放棄し、ため息をついてエドワードは自分の駒を進める。


「褒めておるのじゃ。化け物には化け物しか寄り付かん。お前の母親や公爵騎士団がいい例じゃ。まともな感性をした奴が一人もおらん。……教皇らしい事を言うならば、人を救うのはいつだって人なのだとワシは思っておるよ」


じゃからワシは聖女が好かんのじゃと付け足しながら、教皇は気軽に手を進める。

まるで好々爺の様な顔をする教皇に再度ため息をつきながら、エドワードも手を進めていく。



またしばらくコトコトと駒を動かす音が部屋を支配する。

その沈黙を破ったのはエドワードだった。



「……で、結局お前は何が言いたいんだ?」


「ぬ? お主がワシの後釜になる話か? それなら成人してから何年か助祭か神父を務めて、いや、もういきなり司教スタートでも……」


「オディマが負けるべくして負けてるとかって話だよ!」



「――――チェックメイト」


「!?」



チェックメイト 。

それは完全に詰ませたと言う宣言。


確かによく見れば先ほどから無意味に配置されていたと思っていた教皇の駒たちが、美しいまでにエドワードのキングにその切っ先を向けている。



「ワシのような俗人の小さな掌では全てを掬う事は出来ん。だから目的のために切り捨てる。目的の為にあらゆる手駒を捨て駒にし、相手の目を眩ませる。何気ない言葉で動揺させて思考を狭める。――弱者には弱者の戦い方があるんじゃ」


「……つまり、オディマの目的もこの戦いも、全ては目くらましだって言いたいのか!?」


「そうじゃな。ワシならそうする。現に今やって見せたようにな。

勝てん戦いは捨てる。いや、負けても目的は達成する様に配置する」


そう言ってエドワードの白いキングを指で弾く教皇。



「断言しよう。今回の、いや、今までの襲撃は負けること見越して考えられた奴らの作戦の内じゃ。テロリスト共の目的は確実に他にある」


「――――!」


「……お主の父親は潔癖症の化け物じゃ。ワシ等の様な本当の弱者の、つまり、自分の利益の為なら仲間が潰れても構わないなどと言う人間らしい発想は出来ん」



まるで教皇の言葉に、その視線に射抜かれたようにエドワードは息を詰まらせる。


兄が落ちぶれた時、自分は手を差し伸べなかった。

妹が寂しさから放言を吐くようになった時、傍にいようとは思わなかった。

弟がその身に余る力を持て余した時、ただ見る事しかできなかった。



「僕は……僕は……! 本当に……家族が、皆が好きなんだ……なのに、僕は……!」


次第にエドワードの目には涙が溜まり、その手はフルフルと震える。


どうやっても覆せない醜い過去の自分が目の前に入る様な気さえした。



「まずは己を認める事じゃよ。エドワード。

――己の弱さと醜さを認めるんじゃ。

そしてそれを受け入れ―― 」



「はーい、その辺でストーップ」


教皇の言葉を遮る様に、パンパンと手を叩いてシャルが割り込んで来る。



「……シャル?」


「……人の説法に割り込むのは関心せんのう? お嬢ちゃん」


忌々し気な顔をしてシャルを睨む教皇。


「オイタはその辺にしましょうね? おじいちゃん。――あんた、真実と優しさでエドを操ろうとしたわね?」


そんな教皇にシャルは不敵な笑みを返す。



「――――!?」


目を見開いて驚くエドワード。



「何のことじゃ。ワシはエドワードの為に……!」


「そう。エドの為に行動してエドを取り込もうとした……そうよねぇ?」


唖然とするエドワードをしり目に睨み合うシャルと教皇。


「……それに気付いたという事は、お嬢ちゃんも中々の曲者と言うことになるのぅ?」


「ハン! いい男育てるのはいい女の義務でしょうが! 弱さを認めるまでは良いけど、そのまま受け入れて堕落させようなんて認めないわ!」


腰に手を当ててフンと鼻を鳴らすシャル。



そんなバチバチと火花を散らす二人を見ながらエドワードは心底辟易した顔で溜息をつく。



―――――ホント何なんだ、コイツら……。


自分を置き去りにして進む何だかゲスな会話に頭がクラクラする。



『部下の性格や考え方、在り方を把握し、どうやれば一番能力を発揮出来るかを真剣に考える。それが上に立つ者として必要な資質だ』


ふと先日、父が言っていた言葉を思い出す。

ロベルトも一癖も二癖もある濃い部下達に詰め寄られていた。



――――もしかしたらお父様もこんな気持ちだったんだろうか……?



そんな事を考えながら、チラリとロベルトの腹心の部下の一人であるヴァーリを見る。


ドアの付近に陣取るヴァーリは、そろそろ斬っていいのか? と無言で尋ねてきた。



再度ため息をついてフルフルと首を振る。



……はぁ、いいや。お父様の所に行こう。

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