お父様と南部戦線の始まり
ヴァリエント王国。
それは大陸西部の中央位置する人間達の国だ。
周辺には複数の他人種の国が存在する。
北部の島には魔族達の国、デモンズランド共和国。
そして周辺の海には人魚の連邦国。
森林地帯にはエルフの集落が点在し、山岳地帯にはドワーフ達の国が存在する。
広い平原には遊牧する巨人族達の集団。
そしてその隙間を埋めるように商売に特化した小人族の集落や都市が存在する。
それはまるでこの国が他人種に取り囲まれた様な位置関係だ。
「実に攻め込まれやすく、守り難い国の位置関係だ。今更ながら、本当によくあの大戦を勝ち残れたな……」
教皇の執務室に張り出された地図を眺めて、私はついついため息をつく。
もう一度やれと言われても絶対無理だ。
確実に詰む自信がある。
「……たまに見せるお主のその自信のなさは何なんじゃ? 」
何やら呆れた顔でジジイがこっちを向いて葉巻の煙を吐く。 煙いからせめて向こう向け。
さっきまでの縛られて凹んでいた顔が嘘のような態度である。
「確かに数字の上や位置関係ならそう言えるんじゃろうがな……。軍略は専門外じゃが、ワシら政治家から言わせれば、あんなもん扇動しやすい愚者の集まりじゃろ?」
……こういう事をサラッと言えるからこのジジイは侮れん。
その認識は正解だ。
「他人種と一纏めに言うから勘違いする輩が出るんじゃ。あんなもんは寄せ集めの烏合の衆じゃ。適当に情報をばら撒いてやればそれぞれ勝手に明後日の方向に向かって走り出す。現にお前さんも戦時中はそんな手をよく使っておったじゃろうが?」
「……単純な人数の差はそれだけで脅威だ」
このジジイを認めるのも癪なので取り敢えず否定だけしておく。
しかし、このジジイの言うことは正しい。
数でも実力でも劣る我々人間が大戦の勝者となり得た理由は大きく言って二つあると思っている。
その一つが魔族を主体とした他種族連合軍の纏まりの悪さである。
なんせ魔族だけでも複数の氏族から成り立つ多人種国家なのだ。
悪魔族、妖魔族、吸血鬼族、小鬼族、骨人族、蛇人族等など。
奴等の感覚では、取り敢えず人型の魔物であれば基本的に魔族だ。
分かりやすい反面、どうしても生活様式や考え方が違い過ぎる者同士の寄せ集めになってしまう。
しかも、共和制なんて衆愚政治になりやすい政治形態を取ってるから尚更である。
大戦中期からは中途半端にエルフやドワーフ等の他種族で連合を組んでしまった為、完全に連携がなくなってしまった。
大戦初期の魔族達だけで攻め込んできたエルランザ砦の時やグィーン峠の時の方が強かったまである。
そしてその反面、我々人間族は、王国は挙国一致が出来ていた。
なんせ奴らの目的は人間族の滅亡だ。
真面目に戦わないと待っているのは族滅である。そりゃあ必死になるさ。
加えて、中世世界設定の癖に王家と三侯爵家を中心とした役割分担や指揮系統がしっかりしており、意思決定と伝達が魔族達と比べて優れていた点もある。
「――まぁ確かに、こう戦域が広いと当然人数が多い方が有利なんじゃろうな……。で? 専門家のお主としてはどう見る?」
「毎度のことながら敵は既に動いている。当然、状況を把握する必要があるのだが……」
教皇の執務室は既に簡易の司令室となっていた。
真っ白い大きな壁には周囲一帯の地図がいくつも貼り付けられ、教皇の子飼いの部下達が次々と情報を書き込んでいる。
既に戦況は動き出していた。
王国南部。
このジジイが当主を務めるスフォルツエンド公爵領を中心とした地だ。
そこに複数の方面から謎の一団が潜り込もうとしていた。
『緊急警報システムより武装した不明勢力の一団の情報を展開します』
『バーリントン子爵領北部で感知。数30です』
『ウェルッシュ男爵領中心部で感知。数16です』
『ザンダネル侯爵領西部で感知。数50以上です』
『ダータネル街道付近で感知。数48です』
『スフォルツエンド公爵領 北部と東部で感知。総数140以上です』
執務室に据え付けられた大きな水晶から機械的な音声が流れ南部の状況を次々と伝えてくる。
……なにこれ? 異世界AI? こんな素敵システム、私知らないんだけど?
「おい。ジジイ。この緊急警報システムってなんだ」
「何って南部各地に設置した魔力感知システムじゃよ。事前に登録した識別反応外の巨大な魔力を感知して警報を鳴らしておるんじゃ。情報処理は魔導人形の頭脳、それに独自開発した通信魔法を組み合わせておる。
この水晶を通してほぼリアルタイムにワシに異常を知らせるシステムじゃ」
あっけらかんとのたまう糞ジジイ。
「私は聞いたことがないぞ? って言うか、かなりオペレーションがしっかりしているな。いや、手慣れているまである。もしかしてこのシステム、大戦中からあったりしないか?」
「……まぁ我々南部貴族は弱いからな」
明後日の方向を向いてぼそりと呟くジジイ。
いや、理由になってねぇ。
「言えよ! そういうの! 国難真っ盛りな時に秘匿技術を身内に秘匿するな!
……おい、まさか南部貴族全員グルじゃあないだろうな?」
ついつい感情的になって口が悪くなる。
私にも仲の良い南部貴族はいる。
もし彼らがこのジジイとグルなんだとしたら見る目変わるんですけど?
「流石にそれはない。これはワシが考案して南部全土に適当な建前を使ってこっそりバラまいたシステムじゃからのう。知っているのはワシと息子達の一部だけじゃ」
こっそりってレベルじゃないんだよなぁ。
まぁ腐っても教皇であり南部一帯を取り仕切る公爵であるこのジジイなら出来るか……。
このシステムのセンサー部分がどんな大きさ・形をしているかは知らんが、街灯の一種とか宗教的なシンボルにして南部全域にバラ撒くくらいは可能だろう。
「力の弱いネズミは知恵を絞り感覚を研ぎ澄ませるしか生きる術はない。当然の帰結じゃろう?」
「……北部と首都が陥落しても絶対生き残ってやるって意志を感じるよ」
むしろこのジジイ、私達と魔族の共倒れを狙ってただろ……。
「まぁ済んだことじゃ。国のトップとして爺のお茶目を水に流すくらいの度量は見せて欲しいのぅ?」
「今回私がここに来たのをどうやって事前に察知出来たのか気になっていたが、これが答えか……。これがあれば戦時中、戦死者をどれだけ減らせたと思ってる」
つい怒気を込めてジジイを睨みつける。
「日和るな小僧。ワシらは確かに味方同士ではあるが政敵同士でもある。魔族どもよりマシじゃろうが所詮、王国も寄り合い所帯じゃ。貴様とてワシらに公開していない技術や戦時中使わなかった兵器の一つや二つはあるじゃろう?
それにワシ程度に思い付く技術じゃ。お主が思い付かん方が悪いわい。」
しっかり言い返された。
そして何より言い返しが出来ん。
……秘匿した技術は当然ある。人道的にヤバい術式や兵器は戦時中でも隠匿したし、私の『黒の弾丸』や『赤眼武神』、この水晶通信より高効率の長距離通信魔法なども秘匿している。
この手の警報システムも色々考えてはいたが、あの時はこれを導入出来るほど地位も金もなかったしな……。
くそ。ぐうの音も出ないな。
「……ちっ。後でこの技術の設計図と運用マニュアルを寄越せ。何なら北部と王都に導入する手伝いをしろ。それで水に流してやる」
「了解じゃ。――――さて、疑問も氷解した所で、公爵閣下。これからどうするんじゃ?」
まるでこちらを試すように見てくる教皇。
いや、実際その通りなんだろう。
本当にこのジジイは苦手だ。
というより、私は得意分野が明確な人間に相対されると弱い。
私は別に謀が得意なわけではない。この国で一番強い訳でも軍略が誰より優れている訳でもない。大陸随一の金持ちではあるが、私より商売が得意な奴は大勢いる。
言ってしまえば、私は器用貧乏。
よく言えば万能選手だ。
だからこそ、このジジイの様に一点特化した人間と同じ土俵で相対すると後塵を拝す可能性が高いのだ。
だから――――。
「当然、この問題を解決するさ。――エドワード、シャル君。その間向こうで教皇様の相手をしてげあげなさい」
「なっ⁉」
私は仲間を作る。
尖った味方は実に頼りになるからな。まぁエドワードは息子だが。
「お、お前、それはズルじゃろう!」
ふふん。やっぱりさっきへこまされたからか、あの二人に苦手意識が芽生えたらしいな。
「教皇様。争いはお父様にお任せして向こうで少しお話しましょう。先ほど貌なしが持ってきた資料を読んでいて教会の資金ルートに疑問が出てきまして」
「そうそう。何だかんだ色んな上級貴族とも仲良くやってらっしゃるのよね? 御館様に怯えてユグドラシル教会の信者にはなれなくとも、南部貴族として公爵である貴方に協力するのは問題ない……。二つの顔を使い分けるなんて流石だわ!」
貌なしが手に入れてきた教会の実態をまとめた資料を片手に、悪魔的な笑みを浮かべるエドワードとシャル君。
「いや、それは別に悪い事では……」
「貌なしは優秀な調査員です。各領地の信者が占める割合をしっかりと調べております。貴方と仲が良く見える上級貴族達に住む平民。そのほとんどが教会の熱心な信徒なのですね……。これ、どっちが先なんでしょうねぇ?」
エドワードの被せ気味に放たれた発言に思わず押し黙るジジイ。
仲の良い上級貴族の領民を信徒に抱き込むのか、仲良くしたい上級貴族の領民を信徒にしてからその領主を抱き込むのか……。
卵が先か鶏が先かという話だが、エドワードの口ぶりからすると、後者。
領民を取り込んで上級貴族の領地を実効支配して勢力を拡大していた訳だ。
叩けばどんどん埃が出てくる狸ジジイである。
「お父様。お邪魔にならぬよう別室で教皇様とお話しして参ります。あぁ、万一の護衛にヴァーリをお借りしても?」
何だか褒めて欲しそうな顔をしたエドワードがこちらを見てくる。
うん。そこで迷いなく坊さん斬りたい欲を拗らせた人斬りヴァーリを指名するとかパパはちょっと将来が心配だよ。息子よ。
だが、答えは当然イエスである。
「戦闘が本格化するまでだ。ヴァ―リ、頼むぞ」
「御意」
もう斬りたくて仕方がないのだろう。
無表情を保ちながらも、ウズウズした顔を隠せないサイコパス侍。
実に困ったやつである。
「な、なぁ、色々と謝るから本当にに勘弁して貰えんか? コヤツら本当に容赦がない気がして怖いんじゃが⁉」
だろうな。
このジジイは私の人としての根っこの甘さを見抜いている。
だから致命的なラインを超えるか超えないかのギリギリの所で悪さをするのだ。
「安心しろ。この程度の戦闘、すぐ終わる。精々必死に頭を地面にこすりつけるんだな」
そう言って私はE隊の隊員に両脇をがっちり掴まれ連行される狸ジジイを笑顔で見送った。
「すごい自信。どうやってこの状況をすぐにひっくり返すの?」
ニヤニヤと笑うチェシャ猫の様に、本体の姿に戻った貌なしが笑う。
まぁガッツリ入り込まれた数百人規模の魔族をすぐに何とかするのは普通では無理だろう。
……これは私が何をするか分かっている顔だ。
「切る気のなかった切り札を切るんだよ。
――B隊本部に連絡しろ。あの寝坊助を動かす」
「ガルダとヴァーハナ達を動かすのは実に15年ぶりだね。懐かしい」
「あいつ等は目立つからな。だが仕方ない」
我々人間族が大戦に勝利した要因は大きく二つある。
一つは相手が連携すらまともに出来ない寄せ集めの烏合の衆だった事。
そして二つ目。
我々が戦争で最も重要な要素である『機動力』で大幅に勝っていた事だ。
鳥人部隊、B隊
その隊長であるガルダと直属部隊であるヴァーハナ。
この世界最速の空戦部隊である。
「確認。ガルダ達の本拠地はフィンスター=ヘレオール領の奥地。向こうに連絡をするには流石に魔力が足りない。レオナルド達に付けている分身体を回収するけど、大丈夫?」
ニヤニヤ笑いを止めて真摯な瞳で私を見る貌なし。この女のこういう嗅覚は侮れない。
いや、私が分かりやすいだけか?
「……私は王都をレオナルドに任せた。二言はない。」
嘘だ。
本当はめちゃくちゃ気になる。
何なら南部なんか切り捨てて今すぐ王都に向かいたい。
しかし、私はこの国の公爵であり、そして何よりレオナルドの父親だ。
私があの子を信じなくてどうするのだ。
「今すぐにガルダを呼び出せ。
いい加減このゴタゴタにも嫌気が差しているんだ。最速で終わらせるぞ。」




