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悪役貴族のお父様  作者: 太郎冠者
第二章 長女とお買い物デート編

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勇者と聖女

どぷん。


呆気ない音を立て、アランの身体は世界樹の中に沈み込む。



――――真っ暗だ。

上も下も分からない。まるで水の中だ……。

息は出来る? 苦しくはないけど、変な感じだな。


それに身体の輪郭が薄い?


なんか幽霊にでもなった気分だ……。




明らかに世界樹の見た目よりも広い不可思議な空間が広がる。


アランは浮かんだ全ての疑問を無視して泳ぐようにその空間を進んで行く。



そこは物理法則とは違う法則が支配するもう一つの世界。


魂と魔力が構成する精神(アストラル)世界。



アランにはここがどこだか分からない。


しかし、そんな事にはまるで興味がなかった。


腕に巻きついた黒い鎖。

そこから確かに感じる自分を呼ぶ意志。


いち早くそこにたどり着きたい。

ただその想いだけが身体を突き動かす。



――ソフィア。どこだ、どこにいる!



「ソフィア――――!!」



あらん限りの思いを込めて彼女の名を呼ぶ。

声は暗闇の中に溶けて消えた。


しかし、アランの声に応えるように見知らぬ声が聞こえた。




『ははっ! 凄いな! ここまで魂を弄られても音を上げないのか!』



――――!

なんだ? 今の声……?

どこから聞こえた?



『おい、ネビロス。無駄な事に労力を割くな』

『お優しい事を言うじゃないか、ドク。

どうせ息子と歳が近いからって甘い事を考えているんだろう? この子は大事な計画の要だよ? 僕達の次に続くのが彼女なんだ』

『なら無駄に長引かせるな。この子はお前の実験動物じゃなく、協力者なんだ』

『協力者、ね。確かに僕だって彼女のイカれ具合は認めているよ。慈愛や優しさも突き詰めればここまでの狂気になる。ははっ、やはり人間族は恐ろしい!』



――――男の声だ。男と少年?

どこだ? どこにいる?



真っ暗な空間、それ自体から響く謎の声。

耳をすませると他に何人もの人々の声が聞こえる。



『おぉ! 聖女様!』

『我々をお救い下さい!』

『そんな事では困ります。貴女は聖女なのです』

『全ての人間を救うの者こそ聖女です』

『教皇に成り代わり貴女が教会を導くべきだ』

『上位貴族達は害悪』

『貴女が聖女として』

『聖女様』

『聖女様万歳!』



まるでひび割れたノイズの様に、異口同音に紡がれる彼女を求める救済の声。



――もう疑いようがないな。オレにだって分かる。これはソフィアの記憶か!



まるで呪詛の様に延々と響き渡る人々の声。


こんなモノを聞かされ続けたのかと、アランは身震いをする。




それが数分のことなのか、数時間のことなのかは分からない。


方向感覚も時間の感覚もない。


何もかもがあやふやな空間。



しかして、アランはついにそこにたどり着く。




『やめろ! その子、困ってるだろ!』



一際大きく、少年の声が響いた。


『んだよ! デケェ声だしてよ! 炊き出し貰えなくなるから必死か?』

『そいつ貴族だぞ? 俺達の事を内心馬鹿にしてんだ! 野良犬に餌をやってるつもりなんだよ』

『それとも女の前だからって格好つけてんのか?』


最初の少年と同じ歳くらいの子どもだろう。

馬鹿にするような子どもの声が響く。


……あれ? これ、何か覚えがある?

確か五年くらい前に教会主催で炊き出しをやってて……。



『困った人見かけたら手を差し伸べろって神父様が言ってた!』


身に覚えのあるセリフが響く。

それと同時にその情景が浮かび上がった。



王都の貧民街。

そこでは定期的に教会による炊き出しが行われていた。



――ああ、そうだ。孤児院に住むオレ達も炊き出しを手伝ってたんだ。


その後のお礼として、炊き出しの残り物を貰えるのが楽しみだった。


その日は大々的にやるって事で、地方からもお手伝いに色んな信者の人達がやって来てた。


あの子も、そんな中の一人だった。



金色の髪と瞳を持つスラリとした女の子。

まるで人形の様な少女だ。


目立つ容姿をしているのに、引っ込み思案なのかよく隅っこに立っていたのを覚えている。


だからなのだろう。


貧民街の悪ガキ達に絡まれていた。



『大丈夫?』

『……! ……えっと、うん。あ、ありがとう』

『いいさ。気を悪くしないでくれよ? この街も嫌な奴ばっかりって訳じゃないんだ』



魔力持ちだった自分は幼いながらに力が強かったから、絡んでいた悪ガキ達を一喝して追い払ったんだ。


その後にこんな会話をしたかもしれない。



『な、なんで――』

『なんで? なんで助けたかって? んー、君が困ってそうだったから、かな? ごめん。頭悪いからよく分かんない。でも、何か身体が動いたんだ』



――あぁ、そうだ。

そんな事もあったな。よほど驚いたのか、目をまん丸に開けた彼女が印象的だった。


その後、名前も聞かずに別れたきりだと思っていたけど、もしかしてあの子は――――。



「これが私の一番大事な思い出。多分、私の原風景だよ。アラン」



声のする方に目をやると、暗闇に浮かぶ成長したあの子が、ソフィアが立っていた。


アランと同じように白く透けた身体。

しかし、彼女の体表には黒い血管のようなナニカが蠢いていた。



「ソフィア!」


思わず叫ぶアランを見て、ソフィアは困った顔で笑う。


「こんな所まで来ちゃったんだね。アラン。

君には見られたくなかったな……」


そう言いながら黒いナニカに侵される姿を恥じるように身をよじる。


「今助ける!」


「無理だよ。この黒水は私の魂と完全に結合してる。ネビロスやドクとしての意思はないけどその力や戦闘本能は本物なんだ」


「ソフィア!」


思わずソフィアに近付こうとするアラン。

そんな彼を警戒するように蠢く黒水がその鎌首をもたげた。


黒水を警戒し、アランは思い止まる。



「あの時、アランが助けてくれて本当に嬉しかったんだ。だから私もそんな風になれたらって思って、聖女になって色々頑張ったつもりなんだけど……。やっぱり私は駄目だなぁ……」


完全にアランを敵と認識したのか、黒い水がソフィアの身体から溢れ出てくる。



「勇者様に憧れて、勇気を出して行動して、でも周りに迷惑をかけるしか出来ない馬鹿な女」



もうソフィアの中では答えが出ていた。

己は死ぬしかないのだと。


まるでずっと隠していた己の罪を告白するように、むしろ晴れ晴れした顔でソフィアは笑う。



「――ふふ。聖女になってアランと一緒に困った人を助けたいなんて、ずっと考えてたんだ。そんな事をいきなり言われても気持ち悪いだけなのにね」


レオナルド君にも色々言われちゃったしねと付け加え、苦笑する。


「だからさ。私の物語はこれでお終い……。

本当にごめん。ごめんなさい……。」



グチョグチョと不愉快な音を立てて黒い水がソフィアの身体を這い上がる。


ネビロスの意思を埋め込まれた魔力である黒水がまるで鎧の様にソフィアの身体を覆う。



「――駄目……。もう自分の意思が……」


ソフィアの顔を黒い兜が隠す。


それは漆黒の全身鎧に身を包んだ戦士。

その手には身の丈を超える大きな剣が握られていた。


「――!――――!――――!!」


声にならない雄叫びを上げ、黒い戦士が剣を腰だめに構え砲弾のようにアランに突っ込む。



「そっか……そうだな。君の物語は終わりだ」



アランは半歩だけ身体をズラし、大剣の切っ先を避ける。


剣を抱えて突っ込んだソフィアはその勢いのまま体当たりをするが、アランは動じない。


流れる様な動きで大剣を持つ手を左手で掴み、

右手でソフィアの腰を抱く。



「ここからはオレ達の物語だ」



アランの言葉でソフィアが止まる。



「嫌な目にあって、辛い思いをして、それでも食いしばって立ち向かって……。そんな君がこんな終わり方をするなんてオレは嫌だ。」


震えるソフィアの手から魔力で出来た大剣は滑り落ち霧散する。


「……だ、駄目だよ……。わ、私……許されない事をした……」


兜の下から震えるくぐもった声が響く。


「だったら尚更だ。君は許されないかもしれない。それでも、だからこそ逃げちゃダメだ。

――――オレも一緒に謝るから。」


アランの身体が炎のように揺らめく。

お互いを繋ぐ魔力の鎖が輝き出す。


「私、私……」


「オレのこの気持ちが、君と同じなのかは分からない。オレにはまだ好きとかそういうのよく分からないんだ。……でも、ソフィア。もし君が苦しんでいるのなら」



ゴバウっ!


白い炎が二人を包む。

それは全ての穢れを浄化する寂滅の炎。



「どこにだって駆けつける。あの時も(過去)今も(現在)これからも(未来)。いつだってどこにだって!」



燃え盛る白炎が世界を呑み込む。

ソフィアの絶望も悲しみも、澱んだ全てを洗い流すように。



「誓うよ。もう君を絶対、一人にはさせない」



究極的に言えば、この世界の詠唱に意味はない。己の想いを世界に叩きつける行為こそが詠唱となり得る。


そして同時に、術式に物理法則を操る以上の効果を持たせるのであれば、十節以上の詠唱が必須となる。



パキン! と音を立て、ソフィアが纏う黒い鎧が弾け飛ぶ。


中から黒水から開放されたソフィアが現れる。


「アラン――! 私、私――――!」



十節以上に及ぶアランの万感の想いを叩きつけられた黒い世界樹が燃える。


寂滅の白炎はアストラル世界を飛び越え、現実世界にそびえる世界樹の本体すら包み込む。



「今まで一人にしてごめん。これからは絶対守るから――――」



燃え盛る炎の中、二人は涙を流しながら抱き合った。




――――――――

――――

――



「あいつ……。めちゃくちゃやりやがる」


燃え盛る世界樹を眺めてレオナルドが呟く。

アランが中に入って数分。

突如として黒い世界樹が白炎に包まれたのだ。


それは黒水だけを燃やす不可思議な炎。


それは夏にジュリアが見せた不完全な神聖属性の炎と同種の穢れだけを燃やす光の炎。



――――あれは間違いなく概念拡張した術式。

俺が出来たんだ。お前が出来ないはずがないよな。アル。



ユーリアの黒雷を纏った血の檻とアランの寂滅の白炎により施設を覆っていた黒水は粗方燃え尽きた。


施設は壊滅的だが、人的被害は最小限に抑えられたと言える。


「まぁ事態は一旦これで解決――あぁ、いや。ここの施設の職員がどこに転移させられたかの問題があったな。その辺を含めてソフィア嬢を拘束して尋問か……」


頭の痛い問題を残している事に気付いて憂鬱な顔をするレオナルド。



「――まぁ良いんじゃないですか? この場はこれでハッピーエンドって事で」


燃え落ちる世界樹を眺めて苦笑するユーリア。



「……だな。貌なし! お父様に繋げろ!

状況終了。これより敵残存兵力の索敵に入る

――――ん? 貌なし? どこに行った?」


周りを見渡しても貌なしはおろか、彼女か操っていたはずの無数の蝙蝠(使い魔)もいない。


「あの水案山子消えましたね。使い魔達の接続も切れて――レオナルド様!」


ユーリアの指差す方向に目をやると、紙を足で掴んだ蝙蝠が飛んで来た。


「……これは、手紙? 」



そこには慌てて書いたのだろう。

掠れるような文字でこう記されていた。



南部にて緊急の動きあり。

こちらに専念する。



「――――お父様!」


燃え落ちる世界樹を背に、レオナルドの声が木霊した。

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