新米騎士団の戦い⑤
『好きだよ。アラン』
『 だから、私は貴方に殺されたい』
彼女は確かにそう言った。
ほおけたように天を衝く大樹を眺め、アランは立ち尽くす。
いつしかその身に纏う白い炎は立ち消えた。
瓦礫の庭で黒い大樹の足元。
はらはらと大樹から黒い落葉が舞う。
それはアランには理解の出来ない感情。
愛は知っている。
今まで生きる事は苦労する事と同義であった。
なんせ彼は孤児院育ちの戦災孤児。
今でこそ公爵家のお陰で人並みの生活を送れているが、それまでの生活は底辺だった。
孤児である事から悪意を向けられたことも当然あるし、貧困に喘いだことも多い。
豊かな王都ではあるが、下層の自分達にとってこの街は生き易いとは言い難い環境だ。
でも、そんな環境でも家族たちと共に助け合い、手を取り合って生きてきた。
大事な人達と精一杯今日を生きる。
それがきっと、愛なんだと思っていた。
――――殺す? オレが? なんで? 好きだから?
別にソフィアとは親しい訳ではない。
話をしたことも少なければ、彼女の事を深く知っている訳ではない。
それに彼女は明確に敵だ。
王都を襲ったテロリスト。
この国の民を殺し喰らうと言い放った最悪の敵。
しかし、彼女はアランの知る彼女のままだった。
『思った以上にレオナルド様は楽しい方なんですね。でも、それだけ大事に想って貰えるのは同じ女として羨ましいです』
『 また、お話して頂けますか? アラン様』
『 クスクス。私だって田舎貴族の次女です。
教会でも言葉使いは叱られてばかりだわ。
―――ね。アランって呼んじゃ不敬かしら?』
『何にも知らず、不用意に世界なんてモノに身を捧げた愚者。それが私』
『アラン、殺して』
「あ、」
アランの頭にソフィアとの短い思い出がフラッシュバックする。
自分がどうしたいのかが分からない。
彼女を助けたい。
でもどうやって?
国を、街を、皆を護りたい。
彼女を殺して?
好きと言ってくれた彼女を殺す?
「あ、あぁ、あぁああああ」
好き? 好きってなんだ。
オレは皆が好きだ。
孤児院の家族たち。レオを始めとした公爵家の人たち。学校の皆。
オレなんかには勿体ないくらいの大切な人達。
「あぁ、あぁああああぁあああああぁああ!」
じゃあ、ソフィアは?
男女の仲というのは知っている。
あんなに頭のいいレオがおかしくなるくらい悩んでいる姿を知っている。
血の一滴まで捧げると愛を囁いた吸血鬼を見ている。
でも、オレはあんな風に彼女を想えるのか?
分からない。分からない。
けど。
彼女はそれを望んでいる……。
はらはらはらはらと黒い落葉が舞う。
まるで黒い粉雪の様に。
「あぁあああああ!! 燃えろ!オレ!」
絞り出すような雄たけびと共に得意の炎魔法を詠唱する。
ボっと手に炎が灯る。
いつもの様に太陽の様に輝く白炎ではない。
まるで蝋燭の様な、今のアランの心を映し出した様な風に震えるか細い炎。
「――――あ?」
魔法は術者の精神の影響を強く受ける。
同じ術式構成、同じ詠唱を使おうとも、術者の精神が貧弱であればそれは酷く脆弱になる。
「も、燃えろ! 燃えろ! 燃えろぉ!」
どれだけ声を上げても炎は上がらない。
むしろ焦れば焦るだけ炎は小さくか細くなっていく。
「なんで! なんでだよ!? オレは、オレが!」
そんなアランを他所に、この天空全てを覆い尽くさんと枝を伸ばし続ける漆黒の世界樹。
はらりとその黒く染まった葉が地面に落ちる。
ガォン!
空気の振動と共に、葉が落ちた地面が球形に抉れる。
「――――!?」
ガォン。ガォン。ガン。ガォン。
葉が落ちた地面が次々と抉れて行く。
爆発も光もなく、ただそれが当たり前のように地面や瓦礫が球形に抉れ続ける。
「こ、これあの大樹のこ、攻撃……!?」
レオナルドならこれが空間魔法を応用した防御不可の空間破壊魔法だと一目で見抜くだろう。
いつものアランなら、葉が舞いだした時点で危険な匂いを嗅ぎとって警戒しただろう。
黒い落葉がアランの視界いっぱいに広がる。
ソレは魔力を貪欲に吸い取り、どこまでもその枝を伸ばし、足元に広がる一切合切を消し飛ばす最悪の大樹。
迫り来る悪意の群れを前にアランはただ立ち尽くすしか出来なかった。
「おいっ! 避けろ馬鹿‼」
突然腕を引かれ、後方に投げ飛ばされるアラン。
見上げた先には親友がいた。
「思った通りの展開じゃないか! この馬鹿野郎! 意外性はお前の持ち味だろうが!」
毒を吐きつつも油断なく後方へ飛ぶレオナルド。
その顔はいつもより血の気がなく青白い。
「れ、レオ? その顔色、どこか怪我を……?」
「勉強のし過ぎだよ。吸血で魂の経路が繋がるのは知識通りだし、それが双方向なのも予測通りだが、ここまで血を吸われるのは予想外だった」
アランに理解の出来ない事言いながらもレオナルドは少し照れくさそうな顔をする。
よく見るとその首筋には小さな穴が二つ空いていた。
「吸血鬼の種族固有魔法、血流魔法。その本質は血を媒介として魂と魂を繋ぐこと。
魔力の属性をコピーしたり、知識の受け渡しもなんのそのだ!」
レオナルドの言葉と共に、空が黒くなりゴロゴロと鳴動する。
遥か上空には黒い雷を迸らせるユーリアが浮かんでいた。
「血は黒雷を纏う。血は増殖し、血の監獄は愚かなる者を閉じ込めん。猛る雷は全てを焼き尽くし、闇はただ無慈悲に揺蕩う。愛しき者よ。貴方に捧げるは寂滅の愛歌。愚者の絶望を花束に。燃え盛る蜘蛛の巣。ただ私は愛を歌う。
――――『狂雷揺蕩う黒血監獄』!!」
ユーリアの詠唱と共にバチバチと黒雷を纏った血の河が天を走る。
縦横無尽に走り回る黒い血は世界樹に取り付き、触れる物全てを黒雷が焼き尽くす。
空間を破壊する落葉が尽く燃やされていく。
それは黒い血で描く極大の蜘蛛の巣。
捉えたものを焼き尽くす鮮血の檻。
「これが、これが吸血……! 分かる、今私とレオナルド様が繋がっている……! 私がレオナルド様でレオナルド様が私……。二人が溶けて混ざって……! ふふ。ふふふふふふふふふふふ。
あーっはっはっはっはっ!」
鮮血の瞳を煌々と輝かせ、ユーリアが笑う。
「うわ……。ノリノリだ……。血を吸ったとか言ってるけどレオ、だ、大丈夫なの……?」
ドン引きした顔でアランが上空を見上げる。
「ああ。血を吸われて一時的に俺とユーリアの魂が繋がっているだけだからな。本来は血を吸い付くし、魂を支配してからグールや同種の吸血鬼にする術式を打ち込むらしい。」
魂が繋がることで時間や空間を飛び越えてお互いの感情や知識、経験が共有される。
レオナルドの中にユーリアの持つ吸血鬼の知識が根付いていた。
「ふふ……。凄いなこれは。ユーリアの持つ吸血鬼としての種族の知識や魔法体系が流れ込んでくる。魔族とはよく言ったものだ。俺達人間が必死にため込んだ魔導の知識が生まれながら感覚として備わっている。分かる、分かるぞ! これが魔法! 魂の構造か!」
言っていることはよくわからないが、どうやら親友もかなりハイになっているらしい。
そこでふとアランは疑問を覚える。
「……知識や経験を共有? それってユーリアさんの着替えやお風呂とか――――」
「……やめろ。意識を逸らすとその情報がどんどん入って来るんだ。その情報は俺には荷が重い。いや、待て。って言うかよく考えたら俺のユーリアへの気持ちとか感情とか色んなものが全て筒抜けに……!」
「ま、まぁ今更な気もするけどね。二人がそれで良いなら良かったんじゃない?」
思わぬところでダメージを受けている親友をアランは適当な言葉で慰める。
こっそりとこの状況でよく惚気られるものだと呆れる感情は仕舞い込んだ。
「そ、そうだな。これが俺達の選択だ。うん。
いや、俺たちの事はいい。
――――それで、お前はどうするんだ?」
「……え?」
「助けたいなら今しかない」
「――――!」
レオナルドの短い言葉がアランの心臓を貫く。
「助けれるかは分からない。もし助けられても人の形をしているかも分からない。
仮に全て上手くいっても完全にソフィア嬢は犯罪者だ。当然投獄されるし、死刑もあり得る。恨まれる可能性だってあるだろう……」
そこで言葉を切ってレオナルドは一呼吸置く。
レオナルドの揺るぎない瞳がアランを捉えた。
「でも、走るなら今だ」
「で、でもオレは……」
知り合ってたいして時間も経っていない。
彼女の事をよく知らない。
普通に考えて告白した相手に殺されたいとかおかしいと思う。
グルグルと渦巻く疑問。
そこにレオナルドの言葉が火をつける。
「馬鹿が悩むな。走りたいなら走れ。理屈は、道は俺が何とかしてやる」
「――――走る!」
ゴバゥ!
アランの身体を再び白い炎が包み込む。
彼の覚悟を表すように炎は太陽すら呑み込むほどに白く輝く。
「上等!」
ニッと口を歪め、レオナルドが朗々と力ある言葉を唱えだす。
「『蒼天に坐す、我が太陽に願わん。汝の血潮は我が血潮。我が祈りは汝が祈り。溶け合う二つの魂に祝福を。盲目なる民草に安寧を!』」
レオナルドの詠唱と共に、ユーリアの操る血の檻が形を変える。
「『寄る辺なき黒き大樹。憐れな嬰児に白炎の祈りを。汝こそが至高なる輝き。矮小なりし我に施しを。比翼連理のこの願い。この想いを届けたまえ!』 『黒血魂鎖』!!」
大樹にまとわりついた黒い血が真っ直ぐにアランの方へ伸びる。黒い血がアランに取り付き、まるで黒い鎖の様に大樹とアランを繋ぐ。
「……今の詠唱、オレがこの間焼き飛ばした詩じゃない? 君は俺の太陽とか言ってたやつ」
「…………良いから行け! 術式はそう長く持たんぞ! 」
「いや、行けってどうするのさ?」
「とりあえず走って大樹にぶち当たって来い!
これは魂の連結術式だ。大樹の底に沈みこんだソフィア嬢を連れて帰って来い!」
アランは頭が悪い。
この黒い鎖がアランとソフィアの魂を繋いでいることも、ソフィアの魂に魔族の魂の残滓が埋め込まれていることも、その術式にレオナルドが割り込んだ事も分からない。
大雑把な彼にとって細かい事はどうでもいい。
助けたいと思った。
このまま終わりにしたくないと思った。
黒い大樹に沈みこんだ彼女に手を伸ばす。
ただそれだけ。
「おうっ!!」
ただそれだけの思いで胸に灯した炎に導かれ、
アランは大地を蹴った。




