新米騎士団の戦い①
一条の流星となって戦場に飛び込むアランに向かってウゾウゾと気持ちの悪い音を立てて黒水が蠢く。
獲物を見つけ、捕食をするだけの単純生物の様な動きで黒水はその不気味な体表を広げた。
思わず空中で身構えるアラン。
ジュワっ!っと音を立ててアランに近付く黒水が蒸発した。
「お、おぉ……。すげぇ、ホントにレオの言う通りだ。あのウゾウゾが溶けた!」
呑気なセリフとともに地面に降り立つアラン。
アランの周囲3メートル程の範囲で白炎と黒水がせめぎ合い黒水の侵食を拒んでいる。
白炎が形作る炎熱結界の向こう側は、まるで悪夢のような光景だった。
辺り一面にドロドロと蠢く黒い不定形生物。
その向こうには数十メートルもの高さを誇る球形の魔力タンクの表面を大量の黒水が覆っているのが見える。
タンク内の魔力を飲み干さんとしているのだろう。定期的に脈打っていた。
「思っていたより拙いな……」
ここは既にこの不定形の粘液の腹の中。
自分が今も無事なのはこの黒水と相反する光と炎の複合属性である白炎と融合しているからだ。
『赤眼炎神』を維持出来なくなった瞬間、自分は捕食されるだろう。
「やっべ……。三十分とか見栄を張るんじゃなかったかも……」
正確に言うならば27分49秒。
しかも戦闘ではなく全力で維持してそれだ。
「まぁ、『赤眼炎神』 が切れるまでに何とかすりゃあいいんだよな! よぉし!」
レオナルドが予測した通りの言葉を吐いてアランはその足に力を込める。
ゴゥ!っと白い火の粉が周囲に舞う。
炎の軌跡を引いてアランが黒水の蠢く中を突き進む。
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ビュオオっと冷たい風がレオナルドの頬を撫でる。
眼下に広がる暗闇の中で時折、黒水が蠢いているのが良くわかる。
「凄いな……。吸血鬼は空まで飛べるのか……!」
眼を見開いて驚くレオナルド。
そんなレオナルドに後ろから抱き着き、ユーリアが嬉しそうに笑う。
「飛ぶと言うより滑空しているんですけどね。吸血鬼の種族固有魔法で血液を操って羽根を作り、風の属性魔法で補助しているんです」
「なるほど、ユーリア個人の属性が風属性だから出来る芸当なんだな。血液という事は属性魔法に当てはめるなら水と地属性か? つまりユーリアは三属性使いなのか! やはり魔族は凄いな……」
吸血鬼の魔法に触れて嬉しそうなレオナルド。
反面、ユーリアは微妙に複雑そうな顔をしている。
――――魔法を喜んで頂けて嬉しいんですけど、もう少し今の密着度にも反応して欲しいです、レオナルド様……。
空を飛ぶため、ユーリアはレオナルドに後ろから抱きつき、お互い頬擦りするような態勢なのだ。
やっぱりブラは外しておくべきだったかと真剣に後悔するユーリアを他所にレオナルドは無詠唱で風を操る。
「あ、あれ? 飛びやすい……?」
「俺もベースは風属性だからな。上昇気流と向かい風を少し操作した。もう少し向こうの方まで飛べるか?」
「は、はい!」
―――― なるほどな。こうして空から見るとよくわかる。
黒水は施設の正面玄関から魔力タンク、それから施設全体に広がろうとしている。
正面出入り口から侵入、魔力タンクまで黒水をまき散らしながら侵攻したのか。
まるでナメクジの這った後みたいだ……。
目的は明らかに魔力タンク。
魔力タンクの魔力を吸収して増殖。このまま王都を吞み込むつもりだろうな……。
あの黒水は以前ネビロスと戦った時と性能が変わっている。
今のあれは魔力を吸収する魔力喰らい。
下手な魔法は全て吸収されるか異空間に飛ばされるだろう……。
「ユーリア。もう少し情報が欲しいからあの黒水を突っつく。反撃を警戒してくれ」
「はい!」
レオナルドは右手を天に向けて力ある言葉を唱える。
「『月狂黒雷・万雷』!」
ガカァンっと耳をつんざくような音と共に、空から黒い雷が雨の様に降り注ぐ。
まるで光のカーテンの様に降り注ぐ黒い雷。
針の穴を通すような制御能力でレオナルドは全ての雷を操り、施設の表面に出ていた黒水だけを攻撃する。
黒雷に当たった箇所はその威力ではじけ飛び、雷の熱で消し飛んでいく。
――――何なの、この威力と制御能力……!?
一撃一撃が大魔法クラス!
それを何連発しているの? 百? 二百?
ううん。それ以上……。ありえない……!
レオナルドから攻撃されている事は黒水も分かっているのだろう。
時折、レオナルド達に向かってその触手を伸ばそうとするが、ユーリアが避ける間もなく黒い雷が正確に狙撃して行く。
ユーリアがレオナルドの戦闘を間近で見たのは春先の頃。
たった半年で手足の様に軽々と大魔法を操るまでになったレオナルドに驚愕する。
――――あの陰険で徹底した現実主義者の死神公爵が単に血縁だからで騎士団の隊長を任せるなんて有り得ないとは思っていたけど……。
流石です。レオナルド様……。
貴方は間違いなく実力であの公爵にお認めになられたのですね……!
「――――やはりな。性質自体は以前と同じ。魔法としての闇属性は無効。雷自身の電熱は有効のようだ。効果は薄いが衝撃も有効。
厄介な転移能力は黒水本体に触れなければ発動しないのか……。やはり対処法としては超高温で消し飛ばすことだろうが……。しかし、流石に俺の雷でまとめて吹き飛ばすというのは現実的ではないな……」
形の良い顎に手を当て、レオナルドは黒水を分析する。
レオナルドの得意とする黒雷魔法は速度と威力が強みだが、その反面、魔法の効果を維持する事は苦手である。
全てを一瞬で吹き飛ばせない以上、相性は悪いと判断せざるを得ない。
「ユーリア。悪いが力を貸してくれ。
俺達で――――!?」
施設全体に広がっていた黒水がぶるりと震えたかと思うと、三分の一程に縮小する。
「密度を上げた……!? まさか……!」
レオナルドは夏にネビロスと戦ったあの時を思い出す。
黒水は不定形の粘体生物。
ただし、その密度を上げる事で――――。
ぞるり……!
黒水から無数のヒトガタが生えてくる。
それは表情のない人形。
意志のない無数の瞳がレオナルドを見詰める。
その形はネビロスそのものであった。
「ハッ! 復活、と言うより残滓が形を得たか? 良いだろう。また焼き飛ばしてやる……!」
レオナルドが好戦的な笑みを浮かべた。




