新米隊長と吸血鬼
「よっし! 行くか!」
元気いっぱいの声と共に、屋上の縁に足をかけて飛び降りようとする馬鹿。
「待て待て待て! ちょっと落ち着け真っ直ぐ馬鹿! どこに行く気だ!」
慌ててアルの襟首を掴んで止める。
「どこって、あの丸いデッカイやつの所だろ?
絶対あそこで何か起こってるし。」
キョトンとした顔で聞き返してくるアル。
「よぉし、大正解だ馬鹿野郎。何も考えずに突っ込んで何をするつもりか言ってみろ!」
「え、いや、何にも考えてないけど、行かなきゃ何が出来るかも分からないじゃないか。」
「その通りだが、もっと慎重になれ! 即死系の罠、例えばこの前みたいに生物兵器が撒かれている可能性だってあるんだぞ?」
「生物兵器……? あ、あの毒みたいなやつ?」
超長距離射程の狙撃術式。
生物兵器。
完全遮断の結界魔法。
魂を操る闇と水の死霊魔法。
等など……。
俺が聞いているだけでもオディマというテロ組織は毎回こちらの技術を超えた何かを持ち込んでいる。
そもそも敵の数がわからない。
戦域全体の索敵が出来れば良いが、魔導伝達所は広過ぎる。
端から端まで数キロは優にある。
三人で索敵なんか出来ない。
ちらりとアルとユーリアを見る。
――――俺はこの二人が傷付く所も死ぬ所も見たくはない。
どうすれば良い……?
例えば、とりあえず俺とアルで魔導伝達所を結界で封じてしまうのはどうだ?
今この場にいるのは俺達だけだが、当然王都にも防衛戦力はあるんだ。
そこと連携をしてあの黒水をこの場に押さえ込んでいれば、一時間もすれば公爵家騎士団がやって来る。
きっとお父様も来て下さるだろう。
そうだ。それなら二人とも傷付かず――――。
「今、逃げようとされておりますね?」
横に控えているユーリアの優しくも致命的な言葉にハッとする。
ユーリアの慈愛が籠った目線が俺を貫く。
「私は玉砕覚悟で突入しろと言うのであれば貴方の剣として全てを屠り、盾としてあらゆる悪意からレオナルド様をお守りします。
全てを捨てて逃げるのであれば、この世の全てを裏切り世界の果てだってお供します 。次善策で時間稼ぎをするのであれば喜んでお付き合いしましょう。
……ですが、責任逃れの作戦を決断した貴方を
いつもの貴方は嫌うでしょう」
そう言って俺の手をユーリアの細い手が覆う。
「――――私は死にませんよ。それはそこの泥棒猫も眠そうな顔をした水案山子も同じです。
私たちに気を遣わず、貴方の本当のお望みをお教えください。レオナルド様。
貴方が望むのであれば、死神公爵にすら私は挑んで見せましょう」
……水案山子?
あぁ、貌なしは分身体だからか……。
鈍感な俺も薄々感じていたことだが、ユーリアは心の底では俺以外の人を人として見ていない。多分、お父様ですらだ。
でも、今はっきりとその本心を隠さず話してくれている。
きっと、俺のために。
正直に思った事を、か……。
「ユーリアやアルが傷付いたり、ましてや死ぬなんて絶対に嫌だ」
「承知いたしました」
「でも、お父様から託された戦場だ。それに俺だって王都を、この国を守りたい。何とかしたいとも思っている」
「お任せ下さい。何が必要でしょうか?」
「……情報だな。今のままだと目隠しをされているような状況だ」
「私はされたい派です」
「……俺には少々レベルが高い話だな」
そうですかとクスクス笑うユーリア。
……これは、気を使われているのだろうか?
「えっと、話はまとまった?」
「ちっ。もう少し大人しくしておきなさい」
突入したくてそわそわしているアルに向かって冷たく言い放ったユーリアが、自然な動作で伸ばした爪で自分の首を掻き切る。
「――――ユ、ユーリア⁉」
「ご安心ください。私は数ある魔族士族の中でも最強の一角である吸血鬼」
ユーリアの細く白い首から勢いよく飛び散る血が煙となり、羽根のある何かの形を作り出す。
あれは蝙蝠……?
ユーリアの血が無数の蝙蝠に変化し、空を覆いつくほどの数になる。
メキメキと音を立て、ユーリアの犬歯が伸び、腰の辺りに血煙で出来た蝙蝠の羽根が生える。
薄桃色の瞳は鮮血の如く真っ赤に染まる。
「ユーリア・“ヴラド”・フォン・セーデルホルム。この血の一滴にいたるまで、全ては愛しき貴方へ捧げましょう」
無数の蝙蝠が魔導伝達所に飛んでいく。
これは、血を媒介とした吸血鬼種族の固有魔法か……!
いわゆる使い魔の使役魔法。無数の蝙蝠を飛ばして離れた場所の索敵をする魔法だ。
「水案山子。年長者として役に立たせてあげるわ。その非力な分身体でも魔力の映像情報解析くらいは出来るわよね?」
「当然。……今の貴方の方が私の好み。私には今後、今の感じで話して」
ふんと鼻を鳴らしたユーリアが貌なしの肩に蝙蝠の一匹を飛ばす。
「素直な術式。いい子ね。『水流伝達』」
肩に乗った蝙蝠の頭をつつき、貌なしは力ある言葉を唱える。
同時にヴォンと空気を震わせ、宙空に鏡の様な薄い水の板がいくつも現れた。
一つ一つがユーリアの使い魔が捉えた映像なのだろう。
蝙蝠の目を通して送られてくる無数の情報が投影されている。
流石は大魔法使い。他人の初見術式をここまで見事に取り込めるのか……!
「所内にはもうほとんど人がいない。空気中に毒素等の成分はないけど、空間魔法の魔力痕がある。多分、この黒い水に触れるとどこかへ飛ばされると見て間違いない。知らずに突っ込んでいたら一網打尽にされていた可能性がある」
なるほどな……。
あの黒水に触れられるとアウトという訳か。
「水系の魔法には水源があるだろう? 中心部はどこだ?」
「この六号タンク前。大きな剣が突き刺さっている。多分この辺が術式の起点」
……だよな。
アルの考え通り、というより誰がどう考えても原因はそこだ。
自分の出来る事、アルとユーリア、そして貌なしの出来る事。加えてそれぞれが苦手なことを洗い出し、作戦を組み立てていく。
「――――アル。例の新術式、何分持つ?」
「え? えーっと、ギリギリまで粘って三十分くらいかな? それ以上はちょっと自信ない。」
「ユーリア。使い魔の使役魔法の制御を貌なしへ移行できるか?」
「もちろんです!」
よし。粗が目立つどころじゃあないが、これ以上時間もかけれない。
――――これで行くしかない。
「貌なしはユーリアの蝙蝠を使役して司令塔を頼む。手に入れた情報は逐一お父様達にも共有しろ。恐らく王都守護隊もそう遅くないうちにここに来るからそっちにもな」
「了解」
「アル。お前はオフェンスだ。六号タンク前に突撃して起点を潰せ。あの新術式なら黒水への対策になる。」
「え、あれで? なんか、こう……、誘爆とか大丈夫?」
珍しくアルが頭を使った発言をした。
確かに魔力タンクには王都の各種インフラを維持するための大量の魔力が蓄えられている。そこにアルが気付くとは予想外だった。
「安心しろ。魔石自体はとてつもなく安定した物質だ。誘爆の危険性はない。
それにあそこの魔力抽出術式は安定性を重視した冷却抽出方式だ。加圧方式や加熱方式とは違う。抽出後の魔力も半物質化させた気体として扱われているから誘爆の危険性はない」
「……若様、魔力タンクの構造が頭に入っているの?」
「当たり前だ。あれを設計したのはお父様だからな」
貌なしは俺が無気力だったころを知っているから意外だったのだろう。
俺とて次期公爵家当主。このくらいは頭に入っている。
「御館様も提唱はしたけど設計はしていなかったと思うのだけど……」
なにやら貌なしがブツブツ言っているが今は時間がないので聞き流す。
「ただし、戦闘許可時間は二十五分までだ。
もしあの術式が切れた状態で黒水に触れると強制転移させられる可能性があるからな。
時間管理は貌なし。頼むぞ」
「……了解」
「OK! なら善は急げだ!」
言うが早いか、アルはその手にまるで小さな太陽の様な火球を生み出す。
そして、その莫大な熱源を握りつぶした。
「『炎よ! 圧縮しろ!』!」
ゴバゥ!と空気が一気に膨張し、アルの身体が白熱する。
赤眼状態で白炎を全身に取り込む……いや、融合させる荒業。
アルが初めて作った大魔法。
名付けて『赤眼炎神』だ。
それは俺の不完全な赤眼武神に勝るとも劣らない。
「んー。やっぱり納得いかないな」
「何がだ? 術式も安定していている様に見えるが?」
「いや、トニー隊長に言われた通り、魔力を込めて拳を握り込んでいるのに、九尾みたいな魔法にならないんだよな……」
……それは例えで言っているだけだと思う。
「ま、いいや。んじゃ、行ってくる!」
気軽な様子で屋上の縁に足を掛け、そのまま一条の流星の様に飛び出すアル。
「……驚愕。まさか炎馬鹿の話すら理解出来ていなかったの? 若様、アランは制限時間の事を覚えていると思う?」
「覚えているとは思うが守るわけがない。三十分以内に少なくとも黒水の術式をどうにかしないと戦線は瓦解する。上手くコントロールしてやってくれ」
そう。あのバカに制限時間なんて高尚な事を言っても守るわけがない。
何故ならアイツは、じゃあそれまでに何とかすればいいとか本気で言い出す馬鹿だからだ。
「ユーリアは俺と来てくれ。これ以上被害が外に出ないように戦域の隔離と黒水の術式を解除する」
「はい!」
――――さぁ、作戦開始だ!




