第1964話 掘ってもそこに根元は無かった
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巨大な爪の先には、それを操るべき本体の姿が存在しなかった。
この事実に、ユキたちは大して驚いた様子は見せていないようだ。予想通りとばかりに、すぐに冷静になる。
「まー、斬撃の来る位置や方向がめちゃくちゃだったかんねぇ。納得といえば、なっとくか」
「うんうん! もしあの攻撃が全部成立するカタチの生き物だとしたら、腕の数がうんといっぱいの気持ち悪い体になっちゃうよ!」
攻撃の軌道からソフィーたちは、頭の中にうっすらとあるべき本体の形状をイメージし組み上げていたらしい。剣士としての戦闘勘の成せる技といえよう。
そんな彼女らのイメージでは、今までの全ての攻撃を単一の個体で成立させるには、腕の数が異常に多く柔軟に動く節が何段階も存在する、非常に気持ちの悪い生物でなければならないと結論付けられたようだった。
そして、そんな生物であるならば、もっとその無数の肢を使っての乱撃を放ってきてもおかしくない。
それがないということは、この攻撃は何らかの別の手段を用いて行われていると見るのが妥当、という訳だ。
「きっと本体は遠くにいて、腕だけを飛ばして来てるんだよ!」
「まー納得か。ワープ能力っちゅーわけじゃ。腕だけが来てるって事は、ゲートを通り抜けるタイプだね」
「本体は遠くにいて、ぶんぶん腕を振ってるんだね!」
「そう考えると、なんだか可愛く思えてくるのです!」
「アイリちゃん? 腕の大きさから、どう頑張っても可愛いで収まるサイズではなさそうよ……?」
空間同士を繋ぐ、『ワープゲート』のような方式という事だ。
ハルたちが魔法で行う<転移>や、このゲームでスミーが使う『冷凍テレポート』とは根本から原理が異なる。
こちらは離れた場所に物体を丸ごと出現させる事しか出来ず、もし腕だけを飛ばそうとしたらその時点で千切れてしまう。
近いとすれば、この場には居ないソウシの超能力の方が近いといえよう。
「お待ちください」
「おや、センさん」
「はい。センさんですよ。今のお話、少しセンさんには疑問が残るのです」
「センさん! 入って来ちゃったら危ないって!」
「いいえ。センさんには、こんな攻撃通じません。ばっちり、お見通しです」
境界を越え無防備に侵入して来るセンを狙い、不可視の斬撃が叩きつけられる。
しかしセンは浮遊するその身をほんの少しズラすだけで、いとも簡単にその巨大な剣撃を回避しきってしまうのだった。
「そうか! センさんには、この攻撃も見えてるんだ!」
「ええ。センさんばっちりです」
両目を完全に覆うセンの眼帯。その奥に隠された瞳が見るのは、通常の光による視界ではない。
ハルたちが『重力視』と呼ぶセンの能力は、例え透明な存在であろうとその場に居るならば容易に丸裸にしてみせる。
そして、彼女の<雷>の力を帯びたスキルの力は高速移動。
そんなセンにとっては、今の攻撃などは見えない事だけが強みのただの大振りの攻撃だ。
「しかもセンさん、この敵とは属性的に相性が良いのです。センさんの<雷>は、この方の<虚空>を吸収してしまうのでしたよね?」
「そだね! でも、相手も条件は同じだから、気を抜いちゃダメだよセンちゃん!」
「それは、大変ですね」
まるで大変そうに見えないおっとりとした調子で語りながら、センは【電磁-世界-誘導】の出力を上げていく。
自身の周囲に纏った彼女の世界が、基本の球形の枠を超えて自在に変形を果たしていったのだ。
それは敵と同様に巨大な刃のような形状と化し、自然体で佇むセンが腕を使わずに構える武器となった。
「そこですね」
「うわっ! ドンピシャ! やっぱ見えてると違うねぇ~」
その巨大な世界の剣は見た目にそぐわぬ超高速で振るわれて、敵の透明の刃と真正面から斬り結ぶ。
そのまま鍔迫り合いを続けていくと、徐々にセンの発する雷のオーラが剣を伝って敵の輪郭を浮かび上がらせた。
「見えた! あそこが根元か!」
「よーし! とつげきーっ!!」
腕が飛び出して来ているその根元。ユキたちの推測が正しければ、そこには本体に続くワープゲートが開いているはず。
その内部に逆に自分たちが飛び込めば、直接本体を叩けるとばかりにユキたちは進む。
ハルもその前に敵が逃げないように、【極魔・反転深海】による高圧の水の鞭でセンと共に敵の爪を押さえつけた。だが。
「にゃにっ!? どこにもゲート的な物がないぞハル君!」
「うんっ! むしろ、なんか跳ね返されてる気がする!」
飛び込んだ空中で、軽い反発力の力場に押し返されたように跳ね返るユキとソフィー。
センの指摘の通り、そこにはワープゲートは無く、どうやらこの爪の『本体』とは繋がっていないようなのであった。
*
「じゃあなんじゃこりゃ!」
「腕おばけだ! 腕モンスターだよきっと!」
「いーやソフィーちゃん。腕単品のモンスだったら、倒した時に核石が出てる」
「そっか!」
「……恐らくは、奥様の魔法、ないしは、奥様の世界の異常法則の産物だろう」
固着した虚空属性の刃を発生させ、それを振るう魔法。最初にカナリーが言ったような、設置タイプの魔法トラップというのがやはり実情に近いのか。
アイテムとして収納できないのも、これが発動中の魔法の一部であるというなら納得だ。
「後ろの方で奥様ちゃんがせっせと発動してるのでしょうかー? そう考えると、いじらしくて可愛いですねー?」
「言ってる場合かしらカナリー。こちらから手出しできないのよ? それだと絶対に」
「まあー、そうなんですがー。発動させ続ければ消耗はさせられますしー」
「射程は、スミーさんのように延ばしているのですね!」
「《ちと考えにくいのう? 射程の延長は、この私もずいぶんと苦労したのじゃ。絶対零度付近まで温度を下げるという条件をつけて、ようやく実現したのじゃぞ? 『自陣ならどこでも』なんて、無法がすぎるのじゃ!》」
「ですかー」
システムに定められた射程限界。それを突破するには、かなり重い制約をスキルに追加する必要があったというのがスミーの言だ。
月乃も同様の条件を課されたとなると、この攻撃が単純な魔法スキルであるとは考えにくくなる。
成立させるには、『実は案外近くに術者である月乃が居る』、という考えられない状態が必要となる。そこまでリスクを取る彼女ではない。
「となると、そういう法則の世界って事か……、いや、何らかのバグを見つけられて、無限射程を実現されてしまったという可能性もゼロではないが……」
「法の抜け穴とか見つけるの、得意ですものねお母さまは……」
そんな事を話している間にも、不可視の斬撃が次々と飛んで来る。
ハルとセンも参戦し、徐々に攻撃にも対応できるようになってきたハル陣営。しかし、何度防ごうと何本爪を叩き折ろうと、その攻撃が完全に止む事はなかった。
これで、もし奥に本体が居たとしたなら、やはり相当な腕の数を持つ怪物という事になるだろう。
「やばっ! 足元、邪魔になってきた! ちくしょう透明だから! きちんと憶えとかないと足を取られる!」
「躓いちゃいそうになるね!」
「……全くそうは見えないのだけれど?」
「そこは、ほら、ユキたちのバランス感覚は異常だし……」
「すごいですー!」
切り落とした爪もまた透明のままなので、数が増えてくると邪魔になってきた。
問題なく視認できるセンと、落とした位置を完全に記憶し視界にAR表示のようにその位置を重ねて投影しているハルは問題ないが、ユキたちにはその余裕はない。
代わりに彼女らは、躓くその瞬間に強引に体勢を立て直すという力技すぎる方法で対処を行っていた。
「どれ。ここは、センさんがお片づけをいたしましょう」
「おおっ! 頼んだぜセンさん!」
「心強いね!」
「うわー。切り落とした爪を、丸飲みしちゃってますねー」
「豪快なのです!」
吸収相性の<雷>であるセンの世界にとって、<虚>の爪は好物のおやつ扱いだ。
まるで全身で取り込むように、落とした爪をセンは丸ごと同化していく。
ついでに、踏み込んだ小世界その物もハルたちの存在により平定され、拠点の一部と化していく。
気付くと、大地は正常な物理法則の平原と化しており、ハルたちの拠点へと統合されていた。不可視の攻撃も、この状態では発生しない。
「……一歩、攻略は進んだ訳だが、この労力をかけて、このスピードでは見合っているとは言えないね」
「そうだね! 私もちょっと、神経使いすぎちゃったよ!」
「全く見えないってのは、思ったよか頭痛くなるねぇ」
「力押しでこのまま進むのは、得策ではないわね? そもそも、ユキたちくらいでなければ踏み込めないし……」
「わたくしには、真似できる気がしないのです!」
一歩踏み入れただけでこれだと、先が思いやれる。しかも、『本体』を叩いて根本を断つという方法も取れそうもない。
「……いや。僕らじゃ無理でも、本体に届く事はまだ諦めるのは早い」
「ですよー。こんな時は、あのチート能力にお任せですよー? ということで、イシスさんー、ぱぱっとやっちゃってくださいー」
「えっ!? 私ですか? えと、それってやっぱり、【龍眼】ですよね……?」
「はいー。無法には無法を、ですよー。ゲームバランスごとこんな世界、ぶっ壊してやってくださいー」
「いや、そんな便利な力じゃないというか、出来るかどうか分かりませんが、やるだけやってみます……」
そう、センの重力視の他にも、不可視の存在を暴き出す力を持つ者がいる。
それどころか彼女は、それを強制的に根元の力まで引きずり出す無法を可能にするのだ。
その【龍眼】の力をもって、レーヴァの時のように今回も世界ごとその手中に収める事を期待する視線が、おどおどする彼女へと集中し突き刺さったのだった。




