第1963話 腕だけ怪獣の脅威!?
不可視の刃による攻撃を受け、たまらず境界のこちら側にまで飛びのいて来るユキとソフィー。
見えない剣の初撃を難なく防いで見せた彼女らを凄いと思うべきか、それともユキたち戦闘の天才を退かせた敵を凄いと思うべきか。ともかく、また厄介な強敵であるのは間違いなさそうだ。
「ユキ。敵はどんな感じ?」
「んー、わっかんね。透明モンスターかも知れぬし、トラップを踏んだだけのよーにも思う」
「うんうん! なんだか武器だけが、急に飛んできたような感じだったね!」
「侵入者を阻むトラップか。さもありなん、といったところだね」
「アリ、サモン!」
「蟻は召喚しないよ」
軽口を叩きつつ、ユキは再び境界面を乗り越え駆けてゆく。
するとすぐさま、そんなユキを、そしてソフィーを狙って再び同様の攻撃がまるで目に見えぬまま放たれた。
その際のごく僅かな気配だけを二人は察知して、手に持つ剣を軌道に割り込ませて防御する。
ソフィーはいつも通りの愛用の日本刀。ユキはといえば、異なる属性を帯びた魔道具の剣の二刀流だ。
次々と属性を切り替えながら、ユキは激しく繰り出される連撃を余裕の表情で捌いていった。
「おっ。こいつ虚空属性だぜハル君。<星>の剣と反発した。ならば食らえぃ! 必殺の超重力ブレードっ!」
「おおっ! すごいやユキちゃん! まけないぞ!」
「ならば、わたくしも魔法で加勢を!」
「すとっぴアイリちゃん! あんま近付かん方が良い! こいつ、見た目よか厄介そうだよ」
「そう言われても、見えないのだけれど……」
「ですねー?」
境界に近寄ろうとするアイリを、ユキは剣の片方で押し止めるように制止する。
余裕そうにしているが、達人二人のその動きを見ているとだいぶ本気の対処をしている事がハルには見て取れた。
「よっと……」
「お帰り」
「一時撤退もやむなしだよね!」
「そーそー。じっくりいこ!」
再び境界をまたぎ戻ってきたユキたちは、アイリたちを守るように前に立ちじりじりと後ろに下がる。
どうやら敵の追撃はそこまでは無いようで、これはあくまで侵入者に対する反撃措置なのだと何となく理解させられた。
「やっぱりトラップでしたかー?」
「いんや、似てるけど、ちーっと違う気もする……」
「うんうん! モンスターの攻撃、って感じがしてるよね!」
「モンスター、ですか! つまり、あそこに、見えない敵が居るのでしょうか!」
「それならば、境界の外から魔法を叩き込めば安全に倒せるのでなくて?」
「ですねー。狙いがつけられないので非効率ですが、それが確実ですよー」
「うーん。それも、効果がないとは言わんけど……」
「なんとなく、違う気がする!」
「どういう事なんだろうね」
ユキたちの証言に首をかしげるハルに続き、仲間たちもまた同様に頭を悩ませる。
これがもし、透明なモンスターが待ち構えていたというなら話は分かるが、いわゆる『本体』の気配はまるで無いようなのだ。
「なんだろ! ユキちゃんの言う通り、虚空属性の剣がいきなり飛んで来るんだけど、それは真空の『かまいたち』みたいな感じじゃなくてね!」
「そーそー。実体のある、モンスターの爪みたいな感じなんよ。ほら、前に戦った、スミーのアイスリーパーみたいなでかい爪」
「うん! そんな感じ!」
「でも、モンスターの体は見えないと。いえ、その爪も見えてはいないわね。ややこしいわ……?」
「聞けば聞くほど、設置型のトラップですねー。範囲内に入った敵に、自動で切り裂く攻撃を飛ばす設置魔法ですよー?」
「あるいはさっき言っていた、<隠密>さんが本当に居るのでしょうか!」
「いや、それはなさそうだよアイリ。このゲームの<隠密>スキルは、攻撃行動に入ったら位置がバレるようになっている。あそこまで暴れて隠密効果を維持していられるとは考えにくい」
「なるほど……!」
だからこそあるとしたら、そうした単純なスキルではない応用効果だ。
ハルたちがやっているような複数の魔道具の組み合わせによる、複雑な仕組みで動いているに違いない。
しかしそうなるとやはり、そんな物を構築できる月乃はいったいどうなっているのか、という疑問が濃くなってゆく。
「うっし! なんにせよ、うちらは考えてても仕方ない!」
「うんっ! 体を動かして、体当たり調査を続けなくっちゃ!」
「もちっと頑張ってみますかねぇ!」
三度突撃するユキとソフィーの動きは、これまでになく苛烈なものとなった。
今までは足を止め慎重に待ち受けるだけだった二人であったが、今は敵陣を勢いよく疾走し駆け回っている。
そのぶん防御はおろそかになるが、それでも確実に致命傷だけは避けてゆく。
そうして、不可視の斬撃が走るユキの足元をかすめ空振ったその瞬間、そのチャンスを待っていたとばかりにユキは二刀の魔道具をその無防備な爪に対して叩きつけたのだ。
「よっしゃドンピシャ! 激重攻撃で押さえつけてやるってねぇ! 更に! ソフィーちゃん!」
「うんっ!! その固定されて差し出された首に、『世界斬撃』!」
「ギロチンかーいっ! 相手は爪じゃーんっ!」
「じゃあ爪きりだ!」
あくまで軽い調子で、凶悪すぎる連携技が放たれた。
ユキの<星>の魔道具は重力操作でその重さを何倍にも増し、敵の巨大な爪を足元の大地に縫いとめる。
そこに、ソフィーのオリジナル攻撃である『世界斬撃』が叩き込まれた。
この技は厳密にはスキルではなく、彼女独自の応用技。
響きからしていつもの<次元斬撃>を連想させるが、まったくの別物となっている。
世界を、空間を斬るいつもの能力ではなく、刀に纏った自らの世界、陣地を叩きつける攻撃法。つまり世界を斬っているのではなく『世界で斬っている』のだ。
「ぼっきーんっ! 折れたぁ!」
「……えぐい音がしたわね。巨大な鉄骨が、破断でもしたような」
「剣にどれだけの世界を纏わせてたんでしょうかー」
「ソフィーちゃんも、センさんの世界誘導を見てまたコツを掴んだようだからね」
刀に“陣地を纏わせる”ソフィーの得意技。その力は、センの【電磁-世界-誘導】を参考に更に強化されていた。
自らの身の回りに自陣、自分の世界を圧縮して連れ回すセンのスキル。それと同様の効果をソフィーの剣は持っている。
世界を叩きつけるのが有効な攻撃手段となるのは、ハルの小型分割世界『テラバッグ』で見た通り。その何倍も凶悪な攻撃だと、そう思って構わない。
「ぶっ倒したかな!?」
「いーやっ。『根元』が去っていく気配がする。まだ生きてるね」
「よーし! じゃあどんどん来ーい! どんどん斬り飛ばしてやるぞー!」
通常ならばこれで致命傷だろう大成果。しかし、謎のモンスターは未だ健在であり、その撃破には至っていないようなのだった。
*
「よっしゃ! これで、二本目ぇ!」
「核石は! ……落ちないね!」
「核石も透明とかないよなー? さすがにそれは怒るぜー」
既に完全に目が慣れたとばかりに、見えないはずの攻撃にも全くひるまず二度目の戦果を上げるユキとソフィー。
しかし敵はまだ倒れる様子を見せず、モンスター撃破の証である核石アイテムのドロップも確認できない。
しかし次の攻撃がまたすぐに来るかといえばその様子もなく、ユキたちの突入した戦場はひと時の静寂に包まれたようなのだった。
「おさまった! 腕が二本しかなかったのかな?」
「かもしれーぬ。けど、緩急をつけて来てるだけかも」
「うんうん! 油断大敵だねユキちゃん!」
「しかし、良い機会じゃ! ハル君、足元のこいつそっちに持ってっちゃって!」
「はいよ」
「気を付けてください、ハルさん!」
ハルもまた全身の感覚を鋭敏にし、【極魔・反転深海】を武器代わりにして構えると、気を張り詰めつつ境界面を越える。
そしてユキたちの切り取った謎の巨大な爪にその水の鞭を巻きつけると、ロープで牽引するように引きずって自陣へと運んで行く事にした。
「……ストレージに収納できないのか。まったく面倒な」
「!! ハル君、危ないっ!」
「攻撃が来てるよ!」
そんな作業中のハルへと向けて、新たに出現した不可視の剣が襲い掛かる。ハルは地に落ちた敵の部位を引きずるのに手一杯で、その身は完全に無防備。
あわや、今度はハルが真っ二つに『部位破壊』されてしまいそうになる。しかし。
「問題ない。対処可能だよ」
ハルは【反転深海】の鞭を更に伸長するとついでにその襲い掛かる斬撃すらも絡め取っていく。
深海の水圧を地上に具現したようなこの変異スキル。その強度や攻撃力は、ソフィーの『世界を纏った剣』とそれこそ似たような物。
「今度はへし折ってやろうか」
「いいや、そのまま押さえとけハル君!」
「うん! そうすれば、敵の体にまで辿れるよね!」
「……無茶しないでよー?」
ハルの身に届く直前で高圧のプレス機のような【反転深海】にがっちりと固定されてしまった巨大な爪。
ユキたちはそれを辿り、表面にガリガリと剣を走らせながら道しるべとし根元にあるだろう本体へと迫って行く。
しかし、その先で、彼女らは驚愕の事実に直面する事となったのだった。
「……ハル君! こいつ、体がない!」
「……うん! こいつ、ここで腕だけが途切れてるね! 腕だけ怪獣だ!」
「何だそれは……」
ネーミングはともかく、何やらこの敵は、本当にずいぶんと謎の多い相手のようだった。




