第1959話 包囲殲滅され陣
「開くドアにご注意ください♪」
「開いとるんじゃなくて強引にカチ割っとるだけじゃろおおおおっ!」
「それを言うなら『閉まるドア』じゃないかなマリンちゃん?」
「開く時だって注意だぁ! 乗客がなだれ込んで来るぞ♪」
「あれは乗客じゃなくて破片と言うのじゃぁーー!!」
スミーの軽快な絶叫が示しているように、衝突によって砕け散った世界の破片が、駆け込み乗車する乗客のごとく飛び込んでくる。
いや、むしろ開いたドアから一気に下車する、満員電車にすし詰めとなった乗客だろうか? どちらでもいいか。
「主の防御膜とやらはどうなったのじゃあ!」
「ああ、あんなもの、既に全階層まとめて吹っ飛んだよ」
「冷静に言っとる場合かぁっ!」
こうした衝突に備え、ハルが世界境界面の直下に構築していた無数の極小世界。その泡の緩衝材が大抵の衝撃は遮断するはずだが、既に全ての緩衝泡は衝突時にまとめて消滅してしまった。
ある意味、巨大隕石がなす術もなく地表に衝突するようなものだ。多少の『エアバッグ』で相殺しきれるエネルギー量ではない。
「よし。レーヴァ、ここで出番だ。第一の『紐』を引いてくれ」
「《早速か? 早いな。……だが、確かにこの揺れだ。ワタシも正直、命の危険すら感じるから、なぁっ!!》」
今の属性リング近辺、つまり外周から一回り内側のエリアに待機するレーヴァに通信を飛ばすハル。
彼女がその周囲にぐるりと敷き詰めた、彼女の世界をここで一斉に『起爆』する。
一気に解き放たれた地殻のエネルギーはハルたちの世界その物をも揺り動かす力として伝わってゆき、外周の地盤ごと持ち上げて右方向へと回転をさせ始めた。
まるで、世界それ自体が属性リングとなったかのように、外側部分だけが独立して円盤のように回転を開始。
その様子は離れて見れば、まるで土星にあるようなリングが本星の周囲を周回しているようだった。
「おお! 回転防御じゃの! 回転エネルギーで、衝突の衝撃を受け流すのじゃ!」
「いやそんなに都合よくはいかないけど。ただまあ、強制エリアチェンジがされるから、僕の防御膜も新鮮な物が改めて利用できる」
「使い捨てバリアーだ♪」
「苦労したんだけどなあ、あれ設置するの……」
まあ、仕様上使い捨てになってしまうのは仕方ない。ここは準備が無駄にならずに良かったと思うことにしよう。
それこそこの世でハルにしか出来ないレベルの世界分割作業を経て、これでもかと用意された極小世界エアバッグ、『テラバッグ』とでも呼ぼうか。それは正面だけではなく、ぐるりと外周全てに敷き詰められている。
本来なら進行方向のそれしか機能しなはずが、レーヴァの地殻回転と組み合わせる事で二度目、三度目の衝突緩和が可能となるのだ。
「《……よし。衝突の衝撃も、徐々に収まってきたな》」
「内部への被害も少ない。君のおかげだよレーヴァ」
「《はんっ! 安全圏から余裕そうに言いおって!現場は相当の揺れだったのだぞ! せめて事前にいっておけ!》」
「悪いねっ。でも、君ならその程度の揺れは余裕だろう?」
「《ふ、ふんっ。当然だっ! 大地を揺り動かす力を操るは、ワタシの世界こそ、といったところだからな……》」
「わっ♪ ちょろいぞ♪」
「しーっ、なのじゃ!」
「《聞こえているぞ! ワタシはチョロくなどないっ!》」
まんざらでもなく自慢気なレーヴァを適度におだて、ハルは改めて現状を注視する。
事実彼女の力は非常に優秀で、この世界の外周と本体の間に、まるでベアリングのようにレーヴァの世界を挟んでおいたからこそ被害は最小に抑えられた。
何度目かのテラバッグ防御を経て、ハルたちの世界は完全に静止、強襲揚陸を成功させた。
テラバッグなど無い敵世界は当然、衝突のダメージをもろに受け大破。
……とは、残念ながらいっていないのが現状だ。
「……敵の方も、小さな世界が多重連結して出来ているせいで、これが天然のテラバッグになって被害を免れている。……ということか」
「それでも、かなりの面積をぶっとばせたぞ!」
「心臓に悪いのじゃ……、両者ぶっ飛んで、共倒れをする気かと思ったのじゃあ……」
「マリンちゃんは、最初からこうなるって分かってたぞ♪」
「それを乗客にもきちんと説明せいぃぃ」
決して乗客を危険に曝すような運転はしないが、それを理解しているのはマリンブルー本人のみ。
乗客の方は彼女と同席すれば、幾度となく死の覚悟を強いられるのが常なのである。限界ギリギリを攻める事に、相変わらず躊躇がない。
「……ふむ。しかし敵も壊滅せなんだという事は、戦闘は避けられんという事じゃの! 見よお主ら! どうやら早速、敵戦力が攻めて来よったわ!」
スミーの言う通り、国境沿いには早くも迎撃用のモンスターが集結しており、こちらへ乗り込んで来ようとしている。
敵もまたやる気十分。最初からハルを待ち構え、この方面へと戦力を配置していたようなのだった。
◇
「……よし! 戦闘開始だ!」
「おーっ♪」
「行くのか、ハルよ?」
「いや、まずは相手を引き込んで様子を見る。僕が出るのは、それが一通り落ち着いてからだ」
「うむ、そうじゃの。このゲーム、自陣に引き込んで戦闘した方がなにかと有利じゃ。それが基本中の基本じゃの!」
「……まあ、僕らは自陣に特殊法則もなにもないから、君らほど有利にはならないんだけどね」
「基本世界の辛いとこだぞ♪」
このスミーも言葉の通り、自らの氷の世界で敵を待ち受け、その極寒の大気その物を武器としてハルたちを苦しめた。
とはいえ、その守勢の戦いも良い所ばかりではない。自陣に侵入されるという事は、敵に領土をじわじわと切り取られる事にもなる。
だからこそハルたちは不利を承知で、果敢に攻勢に出ていたのだから。
「だが今は、仲間も増えた。それにあの外周は正直、失っても良いようにとあえて更地にしているバトルフィールドだ。削られても痛くはない」
「じゃからといって、衝突でふっ飛ばすのはどうかと思うがのう……」
「ごめーんね♪」
「《ついでに、ワタシがコイツをまた回転させて、突っ込んで来た馬鹿どもを孤立させてやるという訳だな!》」
「ああ。タイミングは任せるよレーヴァ。期待している」
「《はっはぁ! 腕が鳴るというものだ!》」
すっかり味方として気を許してくれたのか、それとも敵である月乃への恨みが大きいだけか。やる気に満ち溢れているレーヴァであった。
ハルたちが以前やられたように、世界を強引に回転させてしまうことで、テーブルの上の料理のように強制的に敵軍を遠ざける。それがレーヴァの役目。
当然、ハルたちの世界に引き込む敵の総量は増えてしまうが、一方で使える兵器の総量もまた増える。
今のままでは正面に設置した魔道具しか使えず、側面、背面へと設置したせっかくの兵器は『死んで』しまうのだ。それは勿体ない。
「なのでいうなれば、僕たちは『セルフ包囲殲滅陣』を敷くという事だね。無論、殲滅されるのは向こうだけど」
「頭おかしいのう……、作った兵器を全部使いたいから、自ら全周を包囲されに行くとかぁ……」
「これも効率化ってやつだぞ♪」
とはいえ、敵が正面に戦力を集中させての一転突破を狙っている場合、それを阻む意味では有効。
正面側の兵器は重点的に固めてあるハルたちではあるが、それだけで全ての敵を相手しきれるとは思っていない。
「《その為にもハル! 『補充』を頼むぞ! 先ほど消費した『紐』を、追加補充しておいてくれ!》」
「そうだね。出来れば現状の面積で頑張ってほしいとこなんだけど、まあこっちの都合で使わせちゃったし仕方ないか……」
「《ケチケチするな! これだけ余っているんだろうが!》」
レーヴァは前方に広がるバトルフィールドを指して言うが、既にそこも色々と用途が決まっている土地だ。
用途外の土地使用は、事前に行政に計画書を提出してほしいものである。
「《さぁ、さっさとしろ! さっそく一度目、回すぞ!》」
「やれやれ。のっけから忙しくなりそうだね……」
「ふれー、ふれーっ♪ ハールさんっ♪」
「管理職はたいへんじゃのう」
他人事のような二人の応援を受け、ハルはこの世界の所有者として土地の設定を慌ただしく操作していく。
仲間となったレーヴァたち同盟者に対し、空き地を譲渡する事で次々にエリアを割り振る作業を高速で、しかし的確に行う。
同時に、レーヴァが回転させ生まれた新たな境界接触面に対し、『テラバッグ』の発動も並行して行っていくハルだ。
基本的に防御の為のものだが、敵モンスターが攻め込んで来ている今、その境界に新たな小世界が誕生すると、回転エネルギーと合わせて簡易的な攻撃手段にもなるのだ。
ドラゴン、長い蛇のような東洋龍モンスターの一匹が、急に出現したテラバッグにすり潰されるように無残にも吹き飛んで行った。
「……よし。敵陣の土地も、追加で削りおろせているね。回転エネルギー恐るべし」
「おっかないのう……」
「次はどうするの、ハルさん♪」
「ああ、引き込んだフィールドを、攻撃用に転用する。はは、このために、ベルとベラはログインさせずに残しておいた! 二人に勝手に土地を割り振って、本人不在のまま『世界融合弾』を勝手に出現させる!」
「やってることヤバいのう……」
「使える物はなんでも使うぞ♪」
ハルは『オフライン』表示の同盟者に向けて、同意なしで勝手に土地を割り振る。
そうして生まれた<火>と<風>の土地はすぐさま、互いに互いを巻き込んで吹き荒れる火炎の竜巻を発生させ始めたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




