第1958話 あり得ない現実との対面
そして、ついにハルたちの世界は月乃の世界へと最接近する。
万全とは言い難いものの、数々の準備を整えたハルたちは意気揚々と航海を続け、巨大な自分たちの世界で小世界群を轢き飛ばしながら最高速度で進行していた。
「どんがらがっしゃーん♪ どかばきーっ♪」
「やあ、ご機嫌だねマリンちゃん」
「あっ♪ ハルさんだ! 我が船は、向かう所敵なしだぞ♪ でもでもぉ? もはや操舵の必要性もなくなって、そこはちょっと残念かな♪」
「悪いね。今は属性リングを回すより、もう世界の大きさに任せて突進した方が速いから……」
マリンブルーの繊細な操舵の技術による属性リング、十二属性のあしらわれた羅針盤の回転は最近では意味をなさなくなってきた。
属性吸収作用による引き寄せ、逆に属性消滅作用による反発力を使って進む推力は世界の大きさから見てあまり影響力を発揮しなくなってきたのだ。
それもあり、常に世界の外周ギリギリ、世界境界面の付近に接してた属性リングは、今は最外周ではなく多少の内側に位置していた。
そのせいもあり、リングを回す事が推力へと寄与する割合はほぼ存在しなくなったと言っていいだろう。
「リングを大きくするのも、大変だからね♪ 今は他の武器とか作る方に、リソース回すのは仕方ない仕方ない♪」
「理解してくれて助かるよ」
「しかし、マリンちゃんよ。意味はないと言いつつも、主はずっと楽しそーにぐるぐるしておるように見えるがの?」
艦橋、世界中心部にそびえ立つ神聖な塔内部の指令室には、マリンブルーの他にスミーの姿もあった。そのスミーが、今までのマリンブルーの様子を教えてくれる。
どうやら、ここまでずっとマリンブルーは変わらず舵輪を陽気に回転させ続けていたらしい。
「効果が薄いとはいっても、完全に無意味じゃないからね♪ それに、エネルギーの吸収だって、マリンちゃんの立派なお仕事だぁ! 特に、この先準備はいくら入念にしてもいいくらいだもんね♪」
「そうじゃのう。いくら用意しても、しすぎるという事はないじゃろ」
速力としては大差なくとも、周囲の世界から流れて来るエネルギーは変わらず貴重だ。それを余さず吸収しリソースとしてストックしておく事は、月乃との決戦に向け非常に重要。
なにせ、敵の規模も能力も、なにもかも不明。『備えすぎ』などという事は決してあるまい。
「して、ハルが来たという事はそろそろなんかの? 予想される接触ポイントは」
「既に、第二警戒ラインには入っているぞ!」
「なんと! こんなにのんびりしとっていいのか!?」
「いやまあ、世界の成長力から計算した、最悪のラインってだけだからね。この辺でぶつかる可能性はほぼ無いと思うよ」
「あくまで、理論上の最大値だぞ♪」
「……なんじゃ、驚かせおって。確かに、マップ上でもまだ見えとらんのぅ」
「ただ、相手は奥様だ。実際、もういつ接触してもおかしくないとは思っている」
「じゃから不安にさせるのはやめい!」
「いや、どうせもうじき何時かはぶつかるんだから……」
「覚悟を決めた方がいいぞ♪」
「ぐぬぬぬ……、分かってはおるのじゃが……」
柄にもなく緊張気味のスミーを笑いつつも、ハルもまた気合を入れなおす。
実際、人間でありプレイ時間も非常に限られている月乃が、そこまで理論値に近付く世界膨張を実現できるとは考えにくい。
しかし、それでも底知れないと思ってしまうのが彼女の不気味さだ。何か予想もつかない方法で、強大すぎる世界を構築している可能性だってあるのだ。
「ふ、ふんっ! 案外、ちょっと小突いただけであっけなく倒せてしまったりしてのう? 我々も、相当に強化されたではないか!」
「油断は禁物だぞ! ん~~っ、でもでもぉ? それはあるかも!」
「まあ、それなら楽でいいんだけどね。確かに僕らも、多くの世界を吸収して実に大きくなった」
「スミーちゃんでしょ♪ ベルくんにベラくん♪ センちゃんにレーヴァちゃんたち! イクセル君も加えてぇ~? 最強軍団の完成だぁ!」
「そうじゃ! 物量で押し潰すのじゃ!」
「ごぅごぅ♪」
「ごうごうじゃ!」
「完全に馴染んでるなあ……」
もはや『負けたから不本意で従っている』というよりも、完全にハルたちの一味になっているスミーであった。まあ、変に敵対されるよりはいいのだが。
「むっ? もしや、属性リングを広げきらんかったのも、外周の土地を活用するためかの?」
「おや。気付いたかいスミー、目ざといね。その通りだよ」
「まぁ、急成長にリソースが間に合わなかったのは、事実なんだけどね♪」
正直広がりすぎた土地は持て余しており、防衛配備も間に合いそうにない。
ならばと生産職組が導き出した結論は、その土地は最初から捨てて、敵を引き込んでの野戦を行う為のフィールドとして活用してしまおうという計画だった。
「まあ、レーヴァ坊がなにやら仕込みを行っていたからの。あれを見れば、馬鹿でも分かろうて」
「見られてしまったか。まあ、あれだけ大規模にやってればね」
「今度はこっちの世界を、コマみたいに大回転だぁ!」
「……頼むから内側は回さんで欲しいのう」
地殻変動のパワーを使い、世界をぐるりと回転させ戦場を彼方へ移動させてしまうレーヴァの応用技。
今度は味方としてそれを実現すべく、彼女にはまた『紐』を世界に巻いてもらっている。
敵が侵入してきたらそれを『引く』事で、地盤ごと戦場を強制的に移動させてしまえるという訳だ。当然、ハルたちの有利な位置に。
「……それだけじゃないよ? 仲間の力を使った隠し玉は、まだまだある。楽しみにしておいてよスミー」
「見てのお楽しみだぞ……!」
「なんじゃ。もったいぶるのう……」
「当ててみよう♪」
「んー、なんじゃろな。もしや、今は離脱中の双子連中の世界を勝手に使って、また大爆発でも起こす気かえ?」
「おっと……、鋭いじゃないか……」
「まあ実際に見て驚けお嬢ちゃん、だぞ……♪」
「目が怖いんじゃがお主ら……」
邪悪な笑みで悪だくみを重ねるハルたちの様子に、スミーもドン引きだ。
ただそのくらい、こちらも色々と準備を重ねて来た。リタイアが決まっているベルとベラを、あえてログインさせずに残しているのも、その計画の一部である。
そんな、渾身の作戦準備の数々が、実るその時は近い。
そしてついに、マップ上の世界表示に、その姿が映るその時が来たのであった。
◇
「レーダーに艦あり! だぞ!」
「艦ではないじゃろ! しかし、どうやら決戦の瞬間のようじゃな!」
「ああ。気を引き締めよう。しかし……」
「どーしたハルよ! 敵世界はデカいぞ! 呆けている暇はないわ!」
「確かにそうだ。そうなんだが。何だ……、この形……?」
マップの表示範囲に入った敵世界は、実に奇妙な形状をしていた。
通常、世界の外周は単純な円形となるのが基本である。いや、基本というよりは、多少の例外はあれどその形からは逃げられない。
それは、世界の泡はその『泡』の呼び名の通り、球形に丸まろうとする性質を持つ。その影響が非常に強く働くためだ。
多少の変形は可能ではあるが、基本的なその強制力に抗う事になるので、余分にエネルギーを使う事は間違いない。なのであまり、やる意味はなかった。
しかし月乃の世界と思われるその表示の外形は、何やら複雑な、一言でいえば『トゲトゲした』謎の形状をしていた。
「……マンデルブロ集合か? これ。そんな感じの不気味さというか」
「確かにの。似てるっちゃあ似とるの。じゃがそんなに気にする事か? 主の母の趣味かも知れんじゃろ」
「いや、奥様がそんな非効率な事をするとは思えないけど……」
あくまで徹底的な合理主義、ゲーマー的に言えば『効率厨』を地でいっている、現実で実践しているともいえる月乃だ。そんな、見栄えだけの無駄を許容するとは思えない。
「分かったぞ、ハルさん! あれは一個の世界じゃなくて、細かな無数の世界の集合だぁ!」
「それこそ馬鹿な! 確かに、僕のルール変更によって複数世界の所持が可能になったが、あの規模で、あんな数え切れない世界の管理をするのなんて、それこそ僕ぐらいしか不可能だろ!」
「言っとったのう、そう自慢気に」
「うーん、自慢というより、これは事実だと思うぞ? マリンちゃんも、ハルさんのお母さん舐めてた訳じゃあないけれどぉ……」
どれだけ月乃が優秀であっても、明らかに人間の限界を超えている。そういうレベルなのだ。
それに、仮にもし、月乃がそうしたハルに迫る計算力を隠していたというならば、今までの機関で既にハルは完全に彼女に手玉に取られていたに違いない。
そういう意味でも、今回突然その力を解き放つというのも理屈に合わなかった。
「しかしじゃ。事実、こーなっとるんじゃから仕方ないじゃろ」
「その通りだ……、思考を切り替えよう……」
「きっと何かの、ギミックだぞ! 自動化してるのかな♪」
「かも知れない。これを全て手動で構築するなんて、僕だってやりたくないし……」
しかもよくよく見ると、その複雑な外形は今この瞬間も成長し続けている。
周囲の世界を食らって、そのエネルギーで自らの身を膨張させる自動ギミック。そのシステムを月乃が完成させた成果だという事、だろうか?
「属性はなんなのじゃ!」
「<星>と、<虚空>だ。消滅相性じゃないか! ますます分からん!」
「ふふーん♪ ちょうどいいぞハルさん! 残った二つの属性だぁ! あれも頂いて、ハルさんのスキルも完成だね♪」
「まあ……、確かにそうやってポジティブに考えるか……」
「して……、そんな敵世界が確認できたのじゃがぁ……、減速は、するのかのぅ……?」
「当然っ♪」
「しない」
「このまま突撃だぁ♪♪」
「やっぱりなのじゃああああああ!!」
響き渡るスミーの悲鳴と共に、ハルたちの船は一切勢いを殺す事なく、月乃の世界と正面衝突を決めたのだった。




