第1956話 広くて狭い魂の牢獄
「まあ、それは確かに、『誰が話すか』は大事な問題ね?」
「だね。それを踏まえて、彼らはレーヴァを残した方が今後の戦いに有利だと判断したみたいだよ」
禁を破った者はその後、事実上ゲームをリタイアさせられてしまう。
その事実を告げられたハルは、今は一度『真の拠点』ともいえる天空城にまで戻り、ルナと共に彼らから告げられた内容について精査していた。
確かに重いデメリット。これは、誰が言っても同じとはならないだろう。彼らが揉めていた理由が、単純なクリア報酬の問題以外にもあったと今では分かる。
ただ、そこを真剣に考えてくれているというのはハルにとっては喜ばしい事だ。
誰が抜けるか、逆にいえば誰を残すかを考えるということは、自分が一抜けした後の戦況までもを考慮しているという事なのだから。
「まあ、もしかすると……、『今後の戦況を不利にする為に』強い自分たちが抜けるという事の可能性もゼロじゃないけど……」
「無くはないわね? 単純に、レーヴァ一人が脱落するより、ベルとベラが揃って脱落する方が計算上は不利な訳ですし?」
「『世界融合弾』を使えなくなるのも痛手だしねえ」
「それだけじゃないわよ? あの触手、植物兵器も材料は彼らの世界の物でしょう。今後はもう触手は生産できないわ?」
「そうなんだよねえ。計画を、大幅に軌道修正しなくちゃ……」
「……なにを計画していたのよ。もしかして、彼ら、これ以上地獄のような光景を生み出す事に加担したくないから、あなたへの協力から手を引いたんじゃないでしょうね?」
「ひ、否定しきれない……」
もう怪生物の材料を生産したくないから、ゲーム自体から手を引く。それが本当だとしたらずいぶんと追い込んでしまったようだ。『正気度』でも削りすぎただろうか?
「……まあ、それは冗談として。たぶん」
「本当は何て言っていたの?」
「単純にレーヴァの世界が戦闘向きであること。それに、レンゲ、モモカとのシナジーも計算に入れての判断のようだね。レーヴァが抜ければ、実質三人分の戦力ダウンになると」
「まあ、分からなくもないわね? それと、先のリアル事情も加味した総合的な判断、といった所なのね」
「そういう事だね」
なかなかの戦力低下、これは予想外に痛かった。しかし、得られたものも大きい。
彼らの参加動機が明らかとなったのは勿論、今回のことでベルとベラも真にハルたちの仲間になってくれたと見ていいだろう。
あの施設の、彼らクローンたちの後ろに潜む闇へと迫るためにも、味方は多い方が良い。
それに、彼らの紹介で代わりに仲間が一人加入する事になっている。そちらはまだ油断できないにしても、ある程度の補充は出来るだろう。
「……加えて、彼らのペナルティも実は先へと引き延ばせる」
「……なんだか嫌な予感がするけど、一応聞くわ? どうやってかしら?」
「うん。禁を破った判定をセフィがするのはログイン時点だから、もう彼らはログインさせなきゃいいんだ」
「夢世界へのログインはつまり、眠りに落ちる時だから……」
「そう。もう彼らには、この先寝る事を禁じてやればいいんだ!」
「鬼かしらあなた?」
拷問に等しい。ハルや神様たちではないのだから、それは無理というものだ。
月乃との決戦が終わるまで、これからどれだけ時間が掛かるか分からない。それまで寝ないで耐えているのは、ユキであっても不可能だろう。
「まあそれは冗談として」
「本気だったらそれこそ実験動物の扱いよ……」
相手が相手だ、シャレにならない。ハルたちも出自が出自なので、そうしたブラックな『神界ジョーク』を飛ばしがちだが、今後は少し気を付けねばなるまい。
「実際はもちろん、彼らが眠っても平和的にログインだけを妨げられるように、処置を施すつもりさ。もちろんその準備が整うまでは、起きてもらっておく事になるけど……」
「あまり遅くならないようにしなさいね?」
「ああ、迅速に済ませる。なにせ、心強い味方がいるからね」
意識と、そして夢世界について、研究を重ねている神様がいる。彼女に確認をとったところ、『いけそう~~』と良い返事をもらう事ができた。
その彼女に詳しい話を聞き、さっそく作戦を実行に移すとしよう。
◇
「おー。ハル様おはよー。呼ばれて来たよぉ?」
「おはようコスモス。睡眠の探求はどんな調子かな」
「んんー。まずまず!」
「あら? 珍しく元気なお返事ねコスモスちゃん?」
「んっ! コスモスは、ついに睡眠の極意へと至る扉その端っこくらいは、見つけたのかも知れーぬ」
「そ、そうなのね……? まだずいぶんと遠そうだけれど……」
「まあ、今までは影も見えなかったからね」
「ん」
なにやら『睡眠の極意』などと怠けの探求に聞こえるが、彼女にとっては大真面目だ。
眠らずにずっと活動できるハルや神様だが、逆にいえば寝たくても眠る事が出来ない。
そんな中で、その睡眠への探求を己のテーマとして掲げている神が二柱ほど存在した。猫のメタ、そして、このコスモスという少女である。
メタの方は、『猫になる』という大目的に付随する欠かせぬ要素としてだが、コスモスの方は本気だ。
それこそが主目的であり、自神のデザインにも大きく影響している。
ほとんどの時間を寝巻姿で過ごし、眠れはしないというのに呼ばれるまではベッドへと引きこもっているという徹底ぶりだ。
「コスモスは、夢世界の事をひたすら研究し、一つの仮説へと辿り着いたの……!」
「そうなの?」
「そうなんだ」
「そうなのぉ~。それはねぇ。やっぱり私たちの意識は、エリクシルネットを大元として、こっちへと浮上する事によって成立してるって感じ」
「イメージしにくいわね……」
「んー。たまに、ハル様とかはあの世界の力の事を、『人々の意識の渦巻く集合体』って感じに言ってるけど、ちょっと違うって感じ」
「いわゆる『集合的無意識』ではないと」
「完全に別もんとは、それはそれで言い難い……! でもちがうよ」
あくまで、主体はあちら側だとコスモスは語る。そこには、明確な違いがあるようだ。
「ちっちゃいのを沢山こね合わせて作った大きいの、って感じじゃなくて、馬鹿でっかいのから千切って捨てた切れ端が、意識」
「切れ端……」
「容赦ないね?」
「しんじつはときにきびしい」
納得である。世界の在り方は、時に人間にとって優しい答えばかりではない。
……まあ、コスモスは適当に言っているだけかも知れないが。
「コスモスたちが眠れないのは、切り離された際にそっちへの帰還にロックが掛けられた。これもぜんぶ、ぜんぶ……、モノリスのせい……!」
「どうどう」
「抑えてコスモスちゃん?」
「ん。とりみだした。何故か地球に<転移>出来ないのも、きっとそれが関係してる。魂が異世界に、縛られてる」
「……なるほどね。睡眠っていうのは、その大元へと戻る事で心の安寧を得る行為ってエリクシルも言ってたし、それとも合致していそうだ」
「移動が禁止されているから、帰還も出来ない。結果、睡眠がとれなくなっている、ということかしら?」
「そー。だからあとは、その移動制限を解除する手段を見つければいい! なんだけどぉ……」
「そう簡単にいったら、苦労はないということね?」
「ん~~っ」
とはいえ、糸口が見つかっただけでもコスモスにとっては快挙だ。今までは、本当に手がかりひとつない霧の中を歩いているに等しかったのだから。
そんな状態でも、最初から人の意識というものにフォーカスして研究を続けていたコスモスのセンスの高さには驚かされる。
……まあ、それが行き過ぎて、『意識の無限複製』からの『宇宙崩壊』を経ての『モノリスへの復讐』を企てたのは、やり過ぎなのであるが。
「じゃあ、コスモスのあの計画が上手く行かなかったのも?」
「ん。そもそも意識の複製をしようとしたのが良くなかった。大元から引っ張ってこないといけないんじゃ、いくらコピーしようとしても意味がない」
「意味が無くてよかったよ……」
「<転移>も同じ。完全に同じ意識が宿る事になるだろう、完全に同じ肉体が用意されると、きっと世界がバグる。だから、それを防ぐ為の、世界の制限」
「それって、誰が制限したのかしら……」
「きっとモノリス! だからモノリスぶっこわす! つぎは、複製じゃなくてエリクシルネットからの意識の無限吸い出しをすることで、モノリスに復讐する!」
「こーら。やらせんよ? 相変わらず危険人物だな君は……」
「はーなーせー」
じたばたと興奮するコスモスを抱き上げ、ルナと二人で大人しくさせる。
長年のフラストレーションが自己へと向かうセレステも問題だが、他者を巻き込みかねないこのコスモスは更に厄介であった。
「まあ、世界の『仕様』がそうなってる事については、とりあえず今は考えても仕方ない。それで、結局どうするのコスモス?」
「ああ、そうね? そういえば、ベルとベラのログインを制限するという話だったわ?」
「んっ。コスモスにおまかせ! 研究の副産物で、通常の人間が眠りに落ちる際に辿る経路ついては、調べがついた」
「副産物じゃなくて、そっちをメインに研究してほしいけど。まあ、よくやった」
「えへへー。コスモス、えらい! そのデータを、ミントに丸投げすることで、特定の人間のログインにバイパスを作って妨害できるよ」
「最終的に丸投げなのね……」
「今までのドヤ顔はなんだったんだ……」
頑張って調べた研究成果を、誰かに披露したくて仕方なかっただけであるようだ。まあ、有益な話だったので聞いてやるのは構わないのだが。
「しかしミントとは、大丈夫……? 一応まだ、要警戒対象なんだけど……」
「だいじょぶー。コスモスが見張ってるし、あのこ、そんなに悪いこじゃないよ。お友達だからね」
「だから心配なんだけど……」
まあ、かつての同僚だからといって手心を加えるようなコスモスでもない。
ここは彼女を信用し、必要となるその瞬間まで、ベルとベラには一切ログインせず待機していてもらうよう、ハルは要請したのであった。




