第1955話 禁忌の話と代償の話
「何処だ?」「ここは?」
「やあ、おはよう二人とも。悪いが起きる前に、君たちの体を移動させてもらった。機密保持のためだ」
「……そうか」「……了解した」
さすがに面喰ったようだが、それでも双子は落ち着いている。こちらも流石の冷静さだ。
ハルはレーヴァ同様、ベルとベラ双子らもまた異世界の開拓地方へと<転移>させた。しかも彼らがログアウトする前に。
これは、彼らの使う『重力通信』がいかなる仕様にて動作しているかが未だ正確に理解できていないためだ。
もし目覚めた瞬間に情報が全て同期され共有されてしまうのであれば、止める術がなく手遅れになる。
それを避けるためには、彼らが夢世界にログインしているうちに事を済ませてしまう必要があったという訳だ。
「という訳でまあ、落ち着いたら話を聞かせてほしい。ああ、焦らなくていいよ? 周囲の安全を確認してからでも、そうだ、レーヴァのように、このあたりを案内しようか」
「いや、不要だ。すぐに仕事を果たそう」「ああ、何処だろうとオレたちのする事は変わらない」
「そうかい?」
あの施設を出られたというのに、レーヴァとは違い特に感慨はないようだ。
常に冷静というか、あまり情動が動かないタイプであるらしい。彼らの中にも、色々なタイプがいるということか。
「それじゃあ、頼んだよ」
ハルは彼らに身支度だけ済ませてもらうと、さっそく情報提供に移ってもらう。
すぐに準備は終わり、ハルと彼らは室内にあった近くの椅子に腰かけると、淡々と会話をスタートした。
「まず、勝利報酬の部分からだ」「ああ、そこから話そう」
「よろしく頼む。一応、僕の方でもある程度の予測はついているのだけど。答え合わせがしたくてね」
「ほう。お前はどう思っているんだ?」「先にそれを聞かせてくれないか?」
「いいよ。とはいえ単純な話さ。あの世界の異常法則の一つを、現実に持ち出せるんじゃないかと、僕らはそう考えていてね」
「ああ。概ね、正しいといえるだろう」「それを餌に、オレたちは集められた」
「やっぱりか」
まあ、状況から逆算すればそれが最有力だ。セフィだって、何でもかんでも実現し彼らに報酬として与えられる訳ではない。
セフィの研究の副産物として生まれた『スラグ』が物理法則を捻じ曲げる力を持っていた事からも、その可能性は高いのではないかと推測していたハルたちだ。
「だがひとつ、注釈がつく。そこまで単純な話ではない」「なにも、世界全体の法則をそっくり塗り替えるという話では、ないということだ」
「……ふむ? まあ、そうかもね。あくまで局所的な変異。そうでなければ、最悪の場合宇宙が滅ぶ」
「オレたちにとっても、そちらの方が都合がいい」「どんな影響が出るか、読み切れるほど知識はないからな」
いや、仮に世界最高の頭脳を持っていたとしても、全てを読み切れるとは思わない方が良いだろう。
宇宙の物理法則が全て書き換わるとすれば、些細な変化でも何処にどのような予期せぬ影響が出るか分かったものではない。
ほんの些細なズレでも宇宙規模で積み重なり、そして一気に連鎖、銀河全体が崩壊しないとも限らなかった。
「となると、影響範囲は……、クリア者の周囲の空間とか、そんな感じ……?」
「いやそれは、どうなんだ……?」「オレたちも正直、ちょっと嫌だ……」
「そ、そうだね……」
自分が歩くと、それに合わせて異常空間が付いて来る。それは少々、鬱陶しいと言わざるを得ない。
自然と自分だけは常に異常法則の中で過ごさねばならぬ事となり、もう二度と通常の世界には戻れない。
それでは報酬というよりも、ある種の罰ゲームであった。
「それに、ユニット基準だとスラグと差別化がされてない、か」
「何の話だ?」「差別化とは」
「こっちの話さ。後で説明するよ」
「機密であるなら」「説明の必要はない」
いや、ベルとベラには話しておこう。既に敵の管理下から離れた彼らからは、もう情報漏洩の心配はない。
……まあ、背後に居るのが月乃だった場合、既にスラグの事も知っているので問題はないのだが。
「……となると、それはどういった基準で出現を? ゲーム中と同じように、球状に包まれたフィールドが実体化するとかかな?」
「それとは少し違う。ただ、イメージは近そうだ」「特定のエリアをフィールドが包み、その内部のみを異界化する」
「異界化か、言い得て妙だ。しかしなるほど。それなら確かに、色々と扱いやすそうではある」
何より、結局人間が暮らすには今まで通りの通常世界が一番いいだろう。
フィールド内に踏み入らなければ、異常を感じる事はないというのは平和で良い事だ。
特殊な処理が必要な物だけを、その異界内部に送り、加工が終われば取り出して通常空間で通常処理する。そんな夢世界でするような工程も取りやすい。
やり方によっては今まで作れなかった特殊な物質の製造やエネルギー効率の強化なども可能となり、社会に大きな変革をもたらしそうだ。
「っと、いかんいかん。つい活用する方向で考えが進んでしまった……」
「しっかりしてくれ」「止める側の人間ではなかったのか?」
「つい性分で……」
管理者としての性だろうか。それともゲーマーとしての気質だろうか。つい応用方法を無意識に考えてしまうハルなのだった。
「ただそれも、エリアがどの程度の範囲になるのか次第だね。日本全土とかはもちろん論外だし、一地域でもまだ広すぎる。無条件で広範囲に出て来て、しかも消せもしなかったら混乱は必至だぞ……?」
「安心しろ。範囲指定は出来る」「ただその範囲が、小さく収まるかは別の話だが……」
「どういうことかな?」
「……その、だな。範囲は、ある特定条件が合致した区域に、沿う形で形成され」「……そのエリアは自由に決められる。だがその決定権は、報酬の獲得プレイヤーにも無いというか」
「おや? どうした君たち?」
淡々と、しかしはっきりと正確に物事を語っていた彼らの言葉が、ここにきて急に曖昧になりはじめる。
情報を出し渋っている、という訳ではないだろう。この話を始めた時点で、既にそのハードルは越えている。
ならば、残る答えは一つだ。セフィの定めた制限の他に、何か彼らの発言を妨げているものがあるのだ。
「なるほど。施設に関わる情報の発言ロックか。その『特定の条件』とやらが、君ら自身の状況と密接に関わりがあるせいで、発言できない」
「…………」「…………」
イエスともノーとも、彼らは宣言できない。この態度自体が、もう答えのようなものだ。
「となると、意外と答えは絞りやすいか……」
ハルも彼らの全てを知っている訳ではないが、それでも最近は多くの謎が明らかとなってきた。
その中でも、彼ら収容された人物に関するものは除外される。効果対象は『人』ではないからだ。
となれば対象範囲は施設。まず考えられるのは、あの収容施設が異界化するという事か。
いや、それも少し考えにくい。今聞いた話によれば、異常法則が世界を変異させるエリアは、柔軟に設定可能であるという印象を受けたハルだ。
となると、対象が収容施設のエリア内というのも少々変だ。広くエリアを取りたいと考えた場合、いちいち『刑務所の増築工事をする』のだろうか? 少々、間抜けである。
「ならば、対象となるのは例の重力通信。その影響範囲、ということか……?」
「…………」「…………」
「つまりあの、新型断熱材が敷設されているエリア。要するに新開発しているあの都市全域。あの都市ひとつが、まるごと異界化する……?」
これは少々、大事になってきた。新都市一つが、そのまま異常法則に支配された異界となる。
画期的な都市計画すぎるだろう。もう『特区』とか『実験都市』なんてレベルでは片付かない。
いや、実験都市ではあるか。ただし住民を実験台にした『人体実験都市』だが。
「……いかん。馬鹿な事を考えている場合ではない。さすがにこれは、放置できんか」
もちろん、双子の口から肯定の言葉が出ない以上確定ではない。
ただし、情報を照らし合わせると、この考えが正しい確率はそこそこ高いのではないか。そして正しかった場合、そこそこ厄介な結末が予測される。そう危惧するハルなのだった。
◇
「……なるほど。よく分かった。君らのもう一つの制限を解いての最終確認は必須だけど、かなり有益な情報を聞けたよ」
「いや、待てハル」「話は終わっていない」
「おっと。すまない。勝手に盛り上がってしまった」
「もう一つ、重要な情報がある」「とはいえこれは、『クリア報酬』とは関係ないが」
「話してくれ」
そう、確かにもう一つ彼らには聞き出さねばならない事があった。それは、この禁を破るのが彼らかレーヴァかで、今後の展開に影響が出るという示唆。その内容の確認だ。
ハルは重大情報に逸る気を抑え、再びきちんと席に座り直す。
「この情報を話した事で」「オレたちにはペナルティがある」
「それは、ゲーム内でだね」
「ああ、次にログインした時に」「発動することだろう」
「クリア報酬を得られなくなる以外に、って事だね。それって、どんな?」
「オレたちの資産が、全て消滅する」「育てた世界を含めた、全てだ」
「それはまた……」
「だからこそ、レーヴァは残しておきたい」「あいつの力は、強大だった。きっとお前の、力となるだろう」




