第1954話 いじらしいのは、果たして誰か?
「だから、君たちの中の誰かに、制限を破り僕らに情報を教えてほしいんだ。もちろん、それによりクリア報酬は失われる事になるんだろうが、その埋め合わせはきちんと行おう」
「……ふんっ。いいだろう! ならばワタシが、その役目を負ってやる。どのみち捨てた命のうえ、今はハルに命を握られた現状だ。『ゲームオーバー』になろうと、大した違いはあるまい」
「いや酷いな。確かに誘拐同然に連れ出しはしたけど、別に監禁してる訳でも命を脅かしてる訳でもないのに」
「そもそも誘拐の時点でなぁ! ……いや、いい。感謝はしている」
セレステの提案を聞いたあの後、ハルはそのまま夢世界で、レーヴァそしてベルとベラの双子を相手に交渉を行っていた。
恐らくは月乃と同条件でセフィからクリア報酬の提示を受けているだろう『刑務所組』。彼らと交渉するのが妥当とのハルの判断である。
あくまでセレステからの情報ということは隠し、自然な流れで彼ら自身から話を引き出すよう誘導していった。
そんな中、今はハルの保護下にあるレーヴァが、ある意味予想通りに快諾してくれる。
彼女は既にゲーム内に用はないに等しく、ここで目的を達成できずとも問題ない。そんな彼女ならば、ノーリスクでハルに情報を伝える事が出来るという訳だ。
だが、そのほぼ即決で内定と思われたレーヴァの提案に、意外にも異を唱える勢力が割って入った。まあ、他に勢力は一つしかないのだが。
「待て」「ああ。勝手に決めるな」
「あぁ? なんだ貴様ら。ワタシの提案、何の不満があるというのだ。論理的に、圧倒的正しさがあるだろう。なにせデメリットがない」
「だが代わりに、メリットも特にない」「オレたちにも、その機会を与えるべきだ」
「は? 分からん事を言う奴らだな!」
「まあまあ。けんかしないの……」
世界間戦争は終わったというのに尚も対立しがちな両者を仲裁しつつ、ハルはベルとベラの意見を聞いていく。
確かに、彼らにとっては単にチャンスを自ら捨て去るだけの行為に等しい。
一度敗北したとはいえ、まだまだ挽回の機会はゼロではないはずだ。
今後、月乃との衝突によってハルが敗北、ないし勢力を縮小するような事態になれば、そこから返り咲く事も不可能ではない。
……まあ、当のハルから見ればその可能性は非常に低いと考えてしまえるので、実は彼らの判断も特に間違いとはいえないのだが。
「正直、オレたちにもうクリアの目はないだろう」「ならばそれは捨て、別の活路を見出すが吉」
「だから情報の対価に、ハルに褒美をよこせと言うのだな? コイツがそれを飲む利点がない! 大人しく諦めることだな! はっはっはぁっ!」
「こーら。君はなんで同じ施設の仲間を追い込んでるの……」
まあ確かに、ハルのメリットデメリットだけを考えればレーヴァの言う通りなのだが。
レーヴァから情報を聞き出せば、ハルにとっては完全ノーリスク。新たに頼みごとを聞く必要もなく、まったく余計なコストもかからない。
しかし心情的には、なにかに理由を付けてベルとベラの事も助けてやりたいと思っているのも事実。こういうところが、月乃に付け入られる甘さになるのだろうか?
「まあ、聞くだけ聞いてみようよ。もしかしたら、僕にとって利益があるかも知れないし」
「はんっ。どうせワタシと同様に、あの施設を出たいといった所だろう」
「いや」「違うが」
「違うのかっ!?」
「お前と一緒にするな」「まあ、別に出たくない訳ではないが……」
「やっぱり出たいんじゃないかっ!」
「まあまあ……」
それは、あんな環境出られるならば出たいだろう。まあ、中にはあの環境に守られているといった存在もいるだろうから、必ずしもそう断言できるとは限らないのだが。
とはいえベルとベラはその類ではなく、言葉の通りそれを望んですらいる。
となると、彼らが報酬に望むのはきっと、自分たち以外の事なのだろう。
ただそこは、少し警戒も入ってしまうハルだ。彼らは以前も、仲間になる条件としてルール追加を挙げていた。
今回もなにか、そうした月乃の有利となるルールの追加が求められるならば、これは簡単には飲めないかも知れない。
「この付近のマップに、オレたちの仲間が居る」「少し道は逸れるが、そいつを仲間に加えてやってほしい」
「むっ? 君らの友達?」
「友? まあそんなものか」「同僚と言った方が良い」
「ああ、あいつか」
レーヴァもまた、当然のように認知しているようだ。施設での知り合いらしい。
まあ、この感覚が分からないハルでもない。かつての研究所において、ハルも他の管理ユニットにどういう認識をもっていたかといえば『同僚』だろう。
今はセフィの事は友人として見ているが、その他の者らは正直実感が湧かない。
「それが、オレたちの条件」「了承するならば、オレたちはここでリタイアしよう」
「いや一人でいいのではないか、貴様らのうちどちらかで……」
レーヴァの言う事も尤もなのだが、彼らは常に二人で一人。どちらか片方という感覚もないのだろう。別にそれは構わない、ハルとしては。
「まあ、僕はいいけどね。二人がそう言うなら」
「いいや、良くない! やはりワタシがやる! ……これは、駄々をこねている訳ではないぞ? ワタシがやるべき理由がある! 貴様ら二人よりも! 分かるだろう!?」
「分かる、が、それは違う」「それを踏まえて、オレたちがすべきだ」
「何のこと?」
「…………」
「…………」「…………」
ハルの質問に、黙して語ることのない三者。きっと、ここから先は禁止事項に抵触するのだろう。
何か、クリア報酬を失う以外のデメリットがある。それを口にする事自体が、既にアウトなのだ。
「……もし、何か君たちの身にゲーム外で不都合が起こるなら、今回の話はなかったことに、」
「いや。それは心配ない」「だから聞き入れろ、ハル」
「そうだな。それはワタシも保証しよう。あくまで影響範囲は、ゲームの中だけだ」
「そうか……」
……嘘は、言っていない。自分の観察眼を信じるならば、ハルにはそう判断できる。
一応、この夢世界内の事を外に持ち出すのは非常に難しいので、いかにセフィといえどその可能性は低いと思うが、油断はできない。
なにしろ精神に直接影響を及ぼすものだ。ハル自身が例の『恐怖』ステータスでそれを証明してしまっている。
「……分かった。条件を飲もう。それで、すぐに教えてくれるのかな?」
「いや」「それは待て」
「恐らく判定は、ログイン中に限り行われる。ワタシも、ログアウト後まで待つべきだと判断する」
「なるほど」
「その前に」「出来る事はやっておこう」
双子は善は急げとばかりに、足早にこの場を去って何処かへ行ってしまった。
きっと、禁を破った後では出来なくなってしまう何かがあるのだろう。その事を暗示するだけでも、ギリギリになりそうだ。
ハルは残されたレーヴァと二人、しばし続けて話をしていく事にしたのであった。
*
「……奴らはああ言ったが、追加で報酬を支払ってやってくれないか? ……どうかあいつら二人も、ワタシと同様に救出してやってほしい」
「おや。ツンケンしてたと思えば、二人が居なくなったと思ったら唐突に。なんだかんだ言って、やっぱり仲間の事も大切なんじゃあないか」
「うるさい! 当然だろうが! ワタシにとって、同じ『人』と思えるのはあの施設の者だけだ!」
ならば、自分だけが安全圏に出たような嫌味な態度など取らねばいいのに、とハルは思ってしまうのだが、ここで茶化すのは止めておく。
きっと彼女らには、彼女ら自身にしか分からぬ葛藤もあるのだろう。
「それで、どうなんだ……? 貴様のメリットが不足しているというのなら、ワタシが追加で……、いや、既に全てを差し出した後で、おこがましいのは承知しているが……!」
「もしや君、自分が禁を踏む事になった場合でも、対価として二人の救出を依頼してたんでしょ? いじらしいなあ、もう」
「うるさいと言っているっ!!」
なにが『デメリット無し』だろうか。デメリットは自分が全て引き受けて、仲間にはメリットだけを享受させてやろうとしていた。
これをいじらしいと言わずして、なんと言おうか。冷徹そうな見た目とは真逆で、仲間思いの、可愛い女の子なのだった。
「まあ、メリットで言うなら、やっぱあまり無いよね」
「そ、そうか……、当然だな……」
「でも、まあやるんだけどね? メリットがあるからではなく、デメリットを払拭する為に」
「……むっ、むっ? どういう事だ?」
「単純な話さ。今回の依頼、彼らから奥様に洩れるとマズい。絶対に確実に、通信が繋がらない位置に彼らを隔離しないと、僕が安心できないんだよ」
「確かに。あの施設に置いたままでは、という事か……」
そう、ハルにも介入する事の出来ない、『重力通信』が施設内の機械端末に常時接続されている。
いくらベルとベラが協力的とはいっても、月乃や、まだ見ぬ誰かに今回の情報を共有しないとも限らないのだ。彼らの忠誠心がどの程度なのか、ハルも計りかねているというのが正直な所。
なので、物理的に情報が絶対伝えられない位置に、即ち異世界に、ベルとベラも拉致しなくてはならないのだ。
「という訳だから、結局どう転んでもどのみち、彼ら双子も異世界送りにしていたんじゃないかな。だからまあ、そんなに心配するよレーヴァちゃん」
「『ちゃん』って言うな。だが、そう考えると、少々おかしいのではないか……?」
「どこもおかしくないけど……、なにが……?」
「だってそうだろうが。貴様、情報漏洩を心配して処置をするのだろう?」
「そうだね。じゃないと安心できないよ」
「だったらっ! 最初からワタシ一人に話を通せばよかったではないかっ! 奴らを巻き込まずにっ」
「げっ……」
レーヴァの事をからかい倒すつもりが、少々風向きが変わってきた。これは何か、良くない空気だ。
ハルはさりげなく後ずさり、この場からの離脱を試みはじめる。
「逃げるなっ! 貴様っ! さては自分に言い訳できる状況をあえて作り、奴らを救う理由をあえてでっち上げたなっ! なーにが『いじらしいね』だ! 貴様の方ではないか、このいじらしい甘ちゃんのハルちゃんがぁっ!」
「『ちゃん』って言うな! これは不可抗力であり、断じてそんな計画ではない!」
「無意識ならなおタチが悪いわっ!」
そうして、見た目は冷静そうな二人の子供のような煽り合いは、その後もしばらくは続いたのであった。




