第1952話 君の為自分の為、毒の餌を撒く
ハルはしばらく、そのままセレステとくっついて過ごしていた。
なんだか手を離したら、そのまま彼女がどこかへ消えてしまいそうで不安で仕方がなかったのだ。
そんな事を言ったら、セレステは笑うだろうか?
彼女の弱音を聞くはずが、いつの間にかハルの方が次々と弱音をこぼしてしまっていた。
「よーしよし。遠慮はいらないよハル。この場は完全にふたりきりだ。たっぷりお姉さんに甘えるといいとも」
「……うるさい。お姉さんぶるなセレステ。製造日は僕より後のくせに」
「はっはっは。だが活動実績は、私の方がハルより上だね。だからそのぶん、私がお姉ちゃんなのだよ!」
「……まあ、それだけ長く動いていれば、こじらせもするか」
「うむっ。だから私が面倒くさいのも、仕方のない事なんだ」
「それは、君自身の性質じゃないの……?」
「ははっ。ならばそれは、私の在り方を設計した開発者が悪い!」
「なんでもそれのせいにするなよ!」
「はっはっはっはっは!」
ようやく湿っぽい空気が和らぎ、ハルもセレステから距離を取る。
しかし今度は逆に、セレステの方からハルの腕を取ってきた。腕に絡まるように、くっついてくる。
今は好きに甘えさせてやろう。結局彼女の抱える問題は、まだなにも解決していないのだから。
「……なあ。いつから考えて、いつから動いていたんだ? 今回の事は」
「うむっ。最初からだね。最初から私は、君の反感を買うような言動を繰り返していたろう?」
「そりゃまた迂遠なことで……」
確かに彼女は、真っ先にハルにケンカを売りそして敗北した神だ。当時から戦略に長けており、自分を放置しておけば卑怯な手も使うだろうとハルを脅したこともあった。
それを受け放置できぬと感じたハルはカナリーの協力を受け彼女の機能をロック。
しかしそのカナリーが人となり、神としての機能を消失したことで再びセレステは復活。またしてもハルに挑むことになる。
「じゃああの二度の目戦いで、自分を支配しろと迫って来たのも?」
「そうとも。戦略のうちさ。ただ……」
「ただ?」
「もしかしたら、それで何とかなるんじゃないかという淡い希望もあったのだよ。君の剣となり、全ての判断を君に委ねる事で、この煩わしい自分から解放されるのではないかとね」
「でも、だめだった」
「うむっ。君という主を得ても、今度はその君の為に、私は謀略を張り巡らせはじめた。そこに支配も制約も関係ない。半ば、自動的にね」
「難儀なものだね……」
「うむっ」
ハルも、セレステ程ではないにせよ過去に与えられた『役割』に縛られている。その気持ちは理解できる方だろう。
管理ユニットとしての活動に必要な、ハルに組み込まれた性質。それは切っても切り離せぬハルの個性のようなものとなり、心の深い部分に根付いて一体化していた。
それに全く悩むことがなかったかといえば、当然、そんなこともあるまい。
「でもだったら、ここまで思い詰める前に相談してくれればよかったじゃないか……」
「いやいやハル。そんな、しおらしく悩みを打ち明けて相談するなど、私のキャラじゃあるまい? いやだよ私は、そんな素直な自分は気持ち悪くって」
「だからその『自分のキャラ』を打開したいって話だろ! そこに拘ってどうするっ!」
「ははっ! やはり良いツッコミじゃあないかハル! きっと君の本質は、そのツッコミ担当となる事にあったのだろうね!」
「勝手に妙な機能組み込まないでくれる!?」
何が悲しくてツッコミプログラムを搭載した己の本性と向き合わねばならぬというのか。組み込んだ奴はどう考えても正気を失っている。きっと徹夜続きの研究者だったに違いない。
……そもそも、これは神様がボケ担当ばかりという環境要素が主原因だ。決してハルのせいではないのである。
「……しかしね。それでいうなら今回も、私は君にこのように気持ちを吐露する気などなかったのだよ?」
「まあ、確かに。ここでこうしてネタばらししちゃったら、今後の戦略にも大きく影響が出そうだもんね」
「うむっ。感情が昂ぶり衝動的に全てをぶちまけてしまっていた。まったくらしくない。そもそも、君にバレたと気付いた時に、とっさに逃げ出してしまった時点でおかしかったんだ」
「まあ、普段の君なら、その場で堂々と言い繕っていたのかもね」
「うむっ」
変な言い方かも知れないが、まるでイタズラがバレた子供のような対応だった。何でも計算ずくな、セレステらしい対応ではない。
ならばそれもまた、彼女の本心。ハルに気持ちをついぶつけてしまったのも、本当は聞いてほしいと心のどこかで思っていた。そう思いたい、ハルなのだった。
「……もしかしたら私は、君に叱って欲しかったのかも知れないね?」
「叱って? ……いや、まあ、そういう事もあるか。まあそっちもさ、同時に君の本質でもあるんだよ。きっと」
「単純化できないとは、面倒なものだね」
「面倒な君らしくていいじゃないか」
「うむっ。だからねつまりは、これまでの事は全て、君に甘えたいがための壮大な仕込みだった。ということでどうかな?」
「さすがにはた迷惑が過ぎるなあ……」
ただ、まあ、そう言われてみると、なんだかそれも悪くないと、全て許せてしまう気がして来るハルだ。
こうして彼女の抱えていたものを引き出せたのだ、きっとこの長い遠回りにも、価値があったのだろう。
……甘やかしすぎだろうか? ハルがまたルナに叱られてしまいそうだ。
まあ、それも『求めている』ということで、今は全てを後回しにしよう。責任はハルが持つ。
「じゃあ、つまりあれだ君は」
「なんだいハル。なんだか今は、何を言われようと受け入れてしまいそうだ。だから多少からかわれようとも、私に効果は期待できないと思いたまえよ」
「そうかい? なら君は、つまりアメジストと同類なんだね。僕におしおきされるために、余計ないたずらをして気を引こうとする。そういうことなんだ」
「その評価だけは止めてくれないかいハル!!?」
いかなセレステとて、アメジスト扱いは承服しかねるようだった。まあ気持ちは分かる。今度からはこれで攻めよう。
そんなセレステに当然の罰として軽くおしおきを加えつつ、ハルたちは笑い合いながらも騒がしく、拠点へと帰還するのであった。
*
「という訳で、全ては私の仕込みだったという訳だよ! どうか驚いてくれたまえよ? はっはっはっは!」
「……ハル。こいつ、どうしてくれようかしら?」
「な、なんと! すごいですー……?」
「まー、確かに凄いわな、アイリちゃん。逆に感心するか」
「してる場合ですかー。この子はもー。ほんとうにもー」
首から『全て私がやりました』と書かれた木の板を下げ、手足を拘束されたセレステだが、その表情は実に晴れ晴れとしている。
そんな彼女の様子とその事情を照らし合わせると、仲間たちもさすがにあまり強くは出られないようだ。
少し、そこにはハルも安心する。いや、本来はハルが最も厳しくあたらなければいけないのだが。
「しかしセレちん。実際どーなん? 結局それって、現状をただハードモードにしただけなん? それともなんか、うちらの得になる事も含んどるん?」
「うむっ! よくぞ聞いてくれたねユキ。もちろん、私がただハルの不利益になるだけの事などするはずがない。ハードモードは当然、挑戦するだけの見返りがあるというものだろう?」
「おお! いいねいいね! よっしゃ燃えて来た! ぶっちゃけ物によっちゃ、慣れりゃハードモードの方が簡単だしね!」
「要素が増えれば、それだけプレイングの幅も増えるのです!」
「ゲームじゃないのよあなたたち。いえ……、ゲームだったわね……」
「ややこしいトコですねー?」
セレステが今回こうした企みを実行できたのは、『ハルの為』という大義名分があったためだ。
でなければハルに支配されている彼女は、ただ利敵行為など出来はしない。
その、ハルの為になる部分をきちんと聞き出してやれば、今回の月乃の参戦という一大事も、むしろ事を有利に運ぶためのピースとなり得るのかも知れないのだった。
「最近、君自身も言っていたそうだねユキ。敵からもたらされた敵の弱点は、それすなわち全てが罠であると」
「言った言ったー、んな感じのこと。鉄壁の防御布陣敷いてさ、敵が手も足も出なくなったトコで、『実はここが弱点』ってさりげなくリークしてやんの」
「悪辣ねぇ。まあ私も嫌いじゃないけれど」
「頭脳派なのです!」
「するとさ、面白いように釣れんだよね。本当はこっちの最大戦力が待ち構えている『弱点』に」
「膠着状況をどうにか打開したい、っていう焦りの意識は脆いからね。熟練のプレイヤーでも意外とひっかかる」
「そーそー」
ハルとユキは、何度も強敵をそんな手段で撃破した実績がある。
ここでその話が出るということは、つまりセレステの行動もまた、そうした『釣り』の効果があるという事か。
「うむっ。まさにそれだね。今回の私の行動もまた、そうした毒餌を撒いていた部分もあるという事だとも。ハルの母上も、今回で大きく動いた。ここは裏に隠した物をも含めて、一網打尽にする、そのチャンスだと思わないかな?」
もちろん、そう一筋縄ではいかないのが月乃だ。しかし確かに、今回明らかとなった彼女の情報は非常に多いのも事実。
ここはセレステの行動をチャンスに変え、ここで一気に全てを白日の下にさらしてしまえれば。そう思うハルなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




