第1951話 彼と彼女の、切って離せぬ存在意義
投稿遅くなり申し訳ありません。めんどくさい彼女の内面、きちんと表すことが出来たでしょうか?
ハルが無意識に、本能的に『敵』を求めている。この指摘は一見、正鵠を射ているようにも思える。
確かにハルはゲーマーであり、ゲームは多くが、敵となる存在が居なければ成立しない。
困難を乗り越えてこそ達成感が生まれ、それを適切に配置できたゲームほど『神ゲー』として評価されやすい事にはハルも異論はなかった。
だが、いかにハルがゲーマーだからといって、現実にもそれを求めているという指摘は、いかんせん受け入れがたいものである。
「……そんなさ、『ゲームと現実の区別がつかない人』じゃないんだし」
「どうかな? いやもちろん私も、ハルがそんな精神異常者とは言わないさ。だがさっきも言ったように、君にとってはこの世界は簡単すぎる。どこかで『やり応え』を、求めてしまっているんじゃないかい?」
「それは……」
ない、と果たして言い切れるだろうか? 確かにハルと相対した相手から見れば、ハルの態度は傲慢そのもの。
まるで、ゲームのモンスターとして処理されているかのように、無慈悲に無感情に、淡々と処理されている気分になるかも知れない。
「今回だってそうじゃあないか。もっとやり応えが欲しかったから、レーヴァを拐い敵を焚きつけたのだろう?」
「いや、それはあくまで裏に潜んで動かない敵を動かす為に……」
「ああ、つまり、退屈な現状を打開すべく、『イベント』を発生させたという訳だね!」
「物は言いようだなおい!」
普段何でもゲームに例えて話している、ツケでも回ってきたというのだろうか。
確かに大抵の事はゲームに例えて話が出来るハルたちだが、だからといって普段から本当にそう考えて行動しているなどという事はない。
ハルなりに、ではあるが、対峙している人物の感情も、可能な限り考慮して行動しているつもりだ。モンスター扱いなどはしていない。
「ははっ。すまないねハル! だが現に、私はこうして、“君の為に”敵を用意している。できてしまっている。その事実は、心に留めておいてくれたまえよ」
「余計なお節介を……」
「でも嫌いだろう? 退屈なゲームは。特に君の人生は長い、適度な刺激が、必要じゃあないか!」
「いや、僕としては、早めに僕を取り巻く色々な事態を片付けて、ゆっくり隠居したいと思ってるよ」
「つまらなくないかな、そんな生活は。刺激が欲しくはならないかい?」
「侮るなよセレステ。退屈には耐性ができているんだ、僕は。実績が証明している」
「誇らしげに語る事ではないねぇ……」
「本当にね……」
まったくである。百年以上もただ『待機』コマンドを選び続けただけの人生など、胸を張って語る事ではない。
しかし、今は逆に騒がしすぎる。もう少し状況に落ち着いて欲しいと思っているのも、間違いなくハルの本心のはずなのだ。
支配の力に抜け道があるのは確かなようだが、それがハルの真の望みだなどと認めるのもまた早計だろう。
「だから、僕の気持ちを汲んでくれた事は嬉しいけど、今後はなるべく大人しく……」
「ならさ、ハルいい方法があるよ。もう周囲に、煩わされなくてすむ冴えた手段だ」
ハルがあくまで敵を求めていない事を主張しようとすると、その言葉を遮るように、セレステの態度が変わる。
おどけた調子でからかうように、テンション高く語っていた態度は鳴りを潜め、その青い瞳は冷たく据わっていくようだった。
ハルもその瞳に吸い込まれるように、知らず彼女を見つめ言葉を失う。それほどまでに圧倒される雰囲気だ。ここからが本題という事だろうか。
「いい方法がある。ああ、凄くいい方法だ」
「それって、どんな?」
「君を煩わせる者、その全てを今すぐ潰してしまおう。完膚なきまでに。生意気な三家は今すぐリアルで壊滅させ、モノリスは叩き壊そう。母君から自由を奪い、異世界にでも幽閉してしまおう。騒がしい神どもを統一し、その全てを支配してしまおう」
「……セレステ?」
「そうすればエリクシルもセフィも、君の相手になりはしない! そして、君の言う事を聞かない生意気な君の剣は、二度と勝手が出来ぬよう永久に黙らせてしまえばいい!」
「何を言っているんだ、セレステ……!」
ハルはまくし立てる彼女の肩を掴み、強引にその語りを止める。
だがそんなセレステの眼差しは真剣そのもので、まるで冗談を言っている気配はなかった。
「……言ったよね、ハル。私の主。君と私が、出会った当初の話さ」
「……人殺しを忌避する僕を、甘いと語った時のことかい?」
「ああ。そうだともハル。君の事情は知っているけどね、その気持ち、その考えは、私は今だって変わってやしないんだよ?」
セレステは肩に置かれたハルの手をそっと外し、そのまま優しく自分の手で包み込む。
そうしてあくまで優しく語り聞かせるように、ハルへと言葉を続けたのだった。
「君はエーテルネットの管理者として、ネットワークの計算力を担保する人間という資源を、その手で減らすという手段がとれない」
「……だから、別に無理じゃないさ。必要があればそうする。大切な仲間に被害が及ぶというならば、迷わずその手段を取ると」
「いいや、ハル。君はそうしていない。そう出来ていない。だってそうだろう? 人体実験を行い、裏から世界を牛耳ろうという『悪い奴ら』を、仕方のないことと脳内補完し放置している。どう考えても、野放しにしていい存在じゃない」
「耳が痛いね……」
確かにセレステの言う通り、暗躍する三家の人間を残らず暗殺でもしてしまえば苦労もなかっただろう。
それを見て見ぬふりをし、無意識に問題なしと思い込み許容し続けてきた部分は確かにある。
しかしハルにも言い分はある。彼らの存在は社会にとって大きく、有用である事もまた否定できぬ事実なのだ。暗躍グセはともかく、その理念は邪悪ではない。
だからハルが楽をするためにも、二つの世界の今後は彼らに任せるのが最も適当であるのも間違いはないのだ。
「今後力を増した彼らは、きっと君や、君の大事な物を害するだろう。そうなる前に、さあ手を打とうじゃないかハル!」
「だから極論に走るなと! ……それを主張したくて、わざわざこんな事を?」
「そうとも。“君の為に”ね? 言っておくが私は、何度だってそうするよ? “主君を諌める為”と嘯いて。そんな言う事を聞かぬ剣もまた、君に相応しくないだろう。さあだから、まずは私で試そうじゃあないか。もう余計な事をしないように、君の剣を黙らせよう」
「セレステ……」
「言ったよね? 私を君の剣にして欲しいと。剣はさ、自ら考えないんだよハル?」
これが、回りくどい手段をとってセレステがハルに伝えたかった本当の気持ち、真なる望みだとでもいうのだろうか。
面倒な自由意志を捨て去り、ただハルの命令のままに動く忠実な一振りの剣となる。武器は自ら考えない。自ら敵を選ぶことをしないのだ。
だがきっと、神は自死を選べない。だからこそハルに手を下させる事を望んだ。企んだ。それはなんていじらしく、面倒で、セレステらしいんだろうか。
「……君は、君自身でいる事に疲れたんだね?」
「ああ。ハル。私は『セレステ』に疲れたよ。だから、君の手で終わらせてくれないか?」
◇
「だめ。ダメだセレステ。生意気を言うな。僕だって大変な中で頑張ってるんだ。君ももっと頑張れ」
「おおっと……?」
だがそれを許せる訳がない。許せるハルではない。
これはハルが殺人を忌避するからという事情とは関係ない。仲間が、自ら死を選ぶなどという選択を許せないハル自身のエゴだ。
「しかしだねハル。放置しておけばきっと、私は何度でもまた勝手をするよ?」
「『君の為に』?」
「そう。君の為に。そうなる前に、手を打とうじゃないか」
「だから勝手を言うなと……」
「だから、勝手をしないよう、私から意志を奪いたまえよハル。私はさ、君という王に振るわれる、ただの強力な兵器でいいんだ」
「誰が王だ、誰が……、勝手に王にするな……」
「いいや。私という騎士の主君なのだ。ハルは王様に決まっているとも!」
力強い主張だった。セレステといい月乃といい、ついでにエリクシルといい、どうして誰も彼もがハルを支配者に据えたがるのであろうか?
「……私はさ、自分では止められないんだ。こうして裏で余計な戦略を巡らすのを。生まれ持った性ってやつだよ」
「君の、元々の『機能』かい?」
「ああ、神としての。補助AIとしてのね。切っても切れぬ本質ってやつさ。まったく忌々しいね。君と同じだよ」
「だったら僕にだけ変われって押し付けるなよなあ……」
「ははっ! すまないねハル。だが君には、王としての責務がある!」
「あるかんなもん! 勝手に押し付けて退場しようとすんな!」
実に身勝手な話である。なんだかだんだん腹が立ってきたハルだ。
……だが、そんな彼女の悩みを、ここまでこじらすまで気にかけてやれなかったハルのミスでもあるのだろう。
その事は、きっと深く反省した方が良いのだろう。
「……なあ、頼むよセレステ。そんな悲しい事を願わないでくれ。僕を残して、居なくならないでくれないか」
「おっと?」
ハルは繋いだ手はそのままに、セレステの身に甘えるようにもたれかかる。もはや理屈もなにもない、これではただの駄々っ子だ。
ただそれでいい、もう理屈ではないのだ。彼女に居なくならないでほしい。これは単なるハルのワガママだった。例え、彼女の気持ちを無視してでも。
「仕方のない、寂しがり屋の我が主だねぇ。こんなに甘えん坊だとは知らなかったよ、お姉さんは」
「ああ。そうだ。だから僕を寂しがらせるな。これからも甘やかせ。命令だセレステ」
「やれやれ。困ったね、どうにも」
互いに、永い時に摩耗しすぎたのだろうか。弱音を吐きたくなる時もある。
そうしてセレステもハルも、互いに珍しく泣き言をこぼしながら、しばらくそうして時を過ごしたのであった。




