第1947話 嘴を縛られた籠の鳥
「またあなたは、そうやって衝動的に人を拾って来て……」
「あはは。ルナちー、ペットを拾ってきた子供を叱るお母さんみたいだ」
「叱りたくもなるわよ。どうするのよ彼女……」
「うにゃぁ~?」
「そうよメタちゃん。うちにはもう、あなたが居るものね? ペットはあなた一人で十分よね?」
「にゃうにゃう!」
相談もせずレーヴァを連れて来てしまった事で、ルナお母さんがお冠だ。いや、呆れられているといった方がいいか。
確かに状況としては、道に捨てられていた子猫をたまらず保護して帰ってきた子供のような状態である、ハルの現状は。
いや、対象が犬猫ではなく人間なので、もっと正確にいえば誘拐でしかないのだが。
「……おい。さっきから聞いていれば、人の事をペット扱いするんじゃない」
「お黙りなさい。自棄になって自分の命を軽率に他人に委ねる。そんなあなたの現状はペットと同類よ」
「ぐっ……」
「まあまあルナさんー。レーヴァさんの状況が詰んでいた事は、多分事実っぽいですしー。そう厳しくしなくてもー」
「あなたもよ? カナリー? ハルのサポートについていながら止めるどころか、逆にそそのかすなんて」
「おやー」
フォローに入ってくれたカナリーも、ついでに怒られてしまった。藪蛇である。
とはいえハルの判断も、レーヴァの諦観も見当違いのものではないと、その事をカナリーはルナへと解説してくれていた。
「という訳でー、敵の使ってる新技術はまた重力を利用してる事も分かりましたしー。魔力を使うリスクを冒しても、異世界から敵に情報が伝わる危険はないと判断できましたしー。ですよねー?」
「…………そうだな。連絡を取るのは、厳しいようだ」
「……そうね。それに、裏に居るのがお母さまだった場合、もはや手札を出し渋っている意味もないものね」
そう、月乃はハルたちの事情をほぼ正確に把握している。裏に居るのがそんな彼女だった場合、最初から情報は筒抜けだ。
その場合ただの『縛りプレイ』でしかなく、こちらの手札隠しはただ自らゲームを不利にしているだけだった。
「それに、そろそろ相手へも揺さぶりをかけたい。これだけ徹底して情報を隠蔽されてるんだ。これ以上僕らが足で探すよりも、相手側からアクションを起こさせる方が楽だと思うんだ」
「ですね……! わたくしも、ハルさんの考えを支持するのです! ただでさえ夢世界の方も大変なのですから……!」
「もう。アイリちゃんはハルに甘いんだから……」
「そだぞー。挑発した結果敵の群れが大量に押し寄せて来て、地獄の二正面作戦を捌ききる事になったあの事件を忘れたかハル君!」
「なんの事件よ……」
「確実にゲームですねー」
まあ、ゲームは現実の縮図である。同じ事態が現実で生じる事はなきにしもあらず。
しかし逆をいえば、あまりに守勢を取りすぎた結果何一つ成せずに振るわぬゲームエンドとなった、なんて未来もあり得るのだ。
「……まあいいわ? 今さら、元の場所に戻して来なさいという訳にもいかないし」
「だからワタシは猫かっ!」
「にゃんにゃん♪」
「おい。お前も絡んでくるのは止めろ! 同類じゃないぞ?」
そう、今更元の箱には戻せない。それに衝動的であったのは否定できないとはいえ、きちんとリスクの計算はした上で行った結果だ。
ルナもその事は、実はきちんと分かっていてくれている。分かった上で、嫌われ役を買って出てくれているのだ。いつも申し訳ないと思っている。
「……という事なら、状況はきちんと最大限に利用し尽くさないといけないわね? 知っている事は、洗いざらい吐いてもらわなくっちゃ。さあ、覚悟はいいかしらお嬢さん?」
「おっ、おいハル……! なにか怖いんだがこの女……! 止めてくれないか!?」
「すまん無理だ。頑張ってレーヴァ」
「ファイトですよー?」
「拾ったら責任を持って世話しろと教わっただろう!」
もはやペット扱いを肯定してまで助けを求める程、ルナの圧は凄かったようだ。
……これは嫌われ役を買って出てくれているのではなく、やはりルナの単なる趣味だったのだろうか?
「……まあルナも落ち着いて。僕も行動に出たからには情報は喋ってもらおうとは思ったんだが、どうにも思い通りにはいかないようでね」
「ですよー。事前アンケートは、もう取っておきましたー」
「答えてもらえなかったのでしょうか?」
「だめじゃんハル君、カナちゃんも。アンケにはお礼としてマネー付けるか、せめてゲーム内特典付属させんとマトモに解答なんかされんと学んだっしょ」
「……ゲームのアンケートじゃないわよユキ。でもそうね? 既に特典は最大限前払いしているはずよね? まさか『もう貰ったから答えない』なんて、その辺のナメたユーザーみたいな事を言いだす気かしら?」
「ひぃぅっ!」
もちろん、そうではない。いやレーヴァがやらないとは言い切れないハルだが。
ただ今回はそういう事ではなくて、喋りたくても喋れない事情が彼女にはあった。
「……口には出せんのだ。ワタシの力や、あの施設で行っていた事などについてはな。これはワタシの意志とは無関係だ。頼む、信じてほしい」
「なるほど、そういうことね……? 確か織結の家には、そうした情報漏洩を封じる能力持ちが居たのよね……?」
「ですよー? 衰退したと思っていたら、まだ居たんですねー?」
「もちろんそいつの事も、喋れん感じか」
「すまん……」
「またずいぶんな空振りねぇ……」
せっかくハルがリスクをとったというのに、あまりにも振るわぬ成果だ。そうルナは落胆を隠せない。
しかし、ハルとしてはこのくらいは想定していた。現実世界で秘密結社じみた真似をする以上、このくらいの力は必要であるからだ。
人の口に戸は立てられない。必ず情報はどこかで洩れる。
だから完全な情報統制を行うには、その立てられぬはずの戸を作り出す事が求められてくるのである。人の精神に影響を及ぼす織結の超能力は、それを可能としていた。
「とはいえ、話せる部分は全て話してもらうわ? そこに異論はないわね?」
「待て! もちろん話す、話すが……! その前に、まずは納得させろ……! 貴様らはワタシを助け出したという事を完全に前提として語っているがな……」
「はい! レーヴァさんは、もう安心なのです! 誰にも手出しは、させないのです!」
「だからその納得がいかん! そもそもここは、何処なんだ!」
*
レーヴァを連れ出し、再び部屋の外へと出る。自然と共生しつつ人々が賑やかに暮らすその『街』は、寒い冬が過ぎ去りようやく到来した春の陽気に活気づいていた。
そう、この場は北の開拓地。そこに作られた、ハルたちの支配する国である。
樹木と一体化したようなファンタジー感あふれる家々が立ち並ぶこの国なら、レーヴァを匿うにもうってつけだ。
周囲の人々は実はNPCであり、日本とは一切関わりがない。管理するのもアレキたち神々だ。
「本当は梔子の国の方がいいんだろうけど、あっちは日本からログインしてるプレイヤーが居るからね。そこの融通がつくまで、今は待ってもらうしか」
「ログイン? プレイヤー? やはりここは、ゲームの中ではないのか……?」
「ゲームのようなー、ゲームじゃないようなー。まあー、レーヴァさんは、フルダイブゲーム出来ない体でしょー? なので証明完了ですー」
「現代は異世界転移を納得させるのも難しいわね?」
「だが例の夢の世界もあるじゃないか」
「確かに! レーヴァさんを一瞬で寝かしつければ、いけるかもです!」
「アイリも怖いこと言うね……」
「んー。そこは納得してもらうっきゃないかなぁ。ほれ、体の感覚とか、よく意識してみりゃ全然違うっしょ? すぐ分かるわな」
「それはユキだけだと思うわよ……?」
フルダイブゲームが発達した現代だからこその悩みという奴だろうか。
かく言うハルも、最初はゲームとしてログインしていたこの異世界が本物の存在であるのか、当初はずいぶんと悩んだものだ。
しかしそこは、時間に解決してもらうしかない。
今重要なのは異世界の存在を納得してもらう事ではなく、彼女があの収容施設での生活に戻る必要はないという現状そのものなのだから。
「田があるな。やはり日本ではないのかここは?」
「あなたの知る日本には、こんな奇妙な家があるのかしら……?」
「ぐっ……」
「まあ、ここ作ったの僕らだからねえ」
そこからはしばらく、レーヴァが納得するまでハルたちの作った街を見て回った。
途中からは彼女も、純粋に観光を楽しむ気分へと完全に切り替わっていたようだ。自由に動き回れる外の世界に、年相応にはしゃぐ姿が微笑ましい。
仕様上実在の物質である食べ物を口いっぱいに頬張って、ようやく徐々に実感が湧いてきたらしい。
「もう、落ち着きなさいな。誰も取らないわよ……」
「す、すまない……」
「やっぱお母さんじゃんルナちー」
「それは、保護猫には優しく接するわよ?」
「にゃうにゃう!」
「ねこさんも、先輩猫として張り切っているのです!」
「だからペット扱いはやめろ!」
口の周りにご飯粒を付けながら凄んでも、残念ながら迫力はなかった。メタもごはんを頬張りながら満面の笑みだ。
いや分からないが、たぶん笑っているのだろう。
「……ま、まあ、まだ完全とはいえないが、一応は理解した。ここはあの部屋とは、まるで別物なのだとな」
「うんうん。やっぱ、美味しい物食べるのが一番ビビっと来て納得しやすいよねぇ」
「ユキ……、あなたその身体で言っても説得力なくなるだけよ……?」
「まー、私は普通の人の感じと真逆なんで、しゃーなし」
「……?」
この中でユキだけは、あえてゲームのキャラクターボディである事は再びレーヴァが不信感を抱かぬように伏せておこう。
そうして、徐々に現状を受け入れてきたレーヴァの口から出てきた言葉は、ハルへの謝罪と気遣いだった。またずいぶんと、根は真面目な娘である。
「しかし、すまなかった。本当に。ワタシの軽率な発言で、お前には迷惑をかける事になってしまって」
「いいさ。だって、そりゃ想像も出来ないだろうし」
「そうよ。それを良い事に、ハルは強引に条件を達成して喜んで。もぅ」
「ですよー? 言質を取ったと、大喜びでしたよー?」
「そりゃ君だろカナリーちゃん……」
完全な濡れ衣だった。とはいえ、そんな事はどうでもよくなるくらい、やってよかったと思える光景だ。
さて後は、彼女に掛けられた能力による制限を取り払い、隠された情報を暴き出す事。そして本人の協力も得て、夢世界の更なる攻略に乗り出す事だ。
隠されているとはいえ、情報は情報。隠す事それ自体が重要なヒントだ。
リスクに見合った大きな一歩を、踏み出した実感を得るハルなのだった。




