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歌う坊さん、踊る悪魔  作者: 里山 マサル
第一章『約束』
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1曲目『将来の夢』

 今日は土曜日、休みである。学校によっては土曜日でも授業があったりしようが、うちの親父が『わしが学生の頃は土曜でも休みではなかった』と、言おうが、俺にとっては休みである。

 

「いい天気だ」


 休みの日は、自宅の縁側で横になり、お気に入りの音楽を聴くのが今のマイブームだ。

 春の日差しに包まれ、うとうとしていると、どこか遠くの方で足音が聞こえてくる。

 普通、日本家屋の縁側というと、数メートル程度の物を連想するが、うちの家の縁側は十メートルも二十メートルもある。縁側ではなく廊下と呼んだ方が正確かもしれない。

 ドタドタと音をたてながらそれは近づいてきた。

 

「おい、宗一郎!」


 俺の名前を叫びながら、もの凄い形相で近づいてくるあいつは……いつも俺の行く手を阻み邪魔をする、いつかはこの手で息の根を止めなくてはならない頭がキラリと輝くおれの強敵、その名は、

 

「出たな、たこ坊主!」

「父親に向かってたこ坊主とはなんだ、たこ坊主とは!」


 ゴインッと、軽快な音をたててゲンコツを喰らった。


「痛っ、何の用だよ、親父?」


 頭をさすりながらプレーヤーのイヤホンを耳から外す。ちなみに、目は涙目にして下から覗き込むように上目遣いで親父の顔を見れば、親父の罪悪感を突っつく事が出来る。これ、基本ね。

 もう一発ゲンコツを喰らった……。

くそっ、この手が使えるのは中学生までだったか。


「ったく、休みの日だからってゴロゴロするな。そんな暇があったら経の一つでも覚えんか!」

「お経~? 俺はこの寺は継がないって言ってんだろ?」

 うちは寺だ。親父や死んだ祖父さん曰く、由緒正しい歴史ある寺らしい。

 だが、そんなのは関係ない。俺は寺を継ぐ気はさらさらないのだ。第一、住職になるには然るべき場所で特別な勉強をしなくてはならないと聞いた事がある。誰がそんな面倒なことをするか。

 それに、俺には俺の夢がある。


「寺を継がないと言うのならどうする気だ? お前ももう高校二年だろ、進路は決めているのか? まさかあれか、小学生の時に作文で書いた」


ニヤニヤと馬鹿にするような顔で俺を見下ろすのが気に食わない。


「ああ、そうだよ」と、言いながら立ち上がる。


小学生の頃、『将来の夢』という題材で作文を書いたことがある。周りの皆は、スポーツ選手やマンガ家、パイロットといった実に小学生らしい夢を書いていた。人間誰しも一度は考える夢のある職業ばかりだ。

 だが、その作文を書いた小学生もやがて大人になり大抵の人はそれを恥じる。押入れの奥から出てきた紙切れを手に赤面ものだろう。同窓会でその作文を目の前で声を出して読まれるのはたまったもんじゃないと言うのは親父の談である。

 俺の書いた夢もその恥ずかしいとされる夢の一つだろう。

 だけど、俺は一度もそれを恥じたことはない。今でも声を大にして言える。


「俺は、ミュージシャンになる!」


 もちろん、伊達や酔狂でそんなことは言ってない。夢に向かいバンド活動もしている。ちなみに俺は、ギターとボーカル担当だ。

親父の目をまっすぐ見据えてそれを宣言した。

 立ち上がれば、俺と親父の背はほぼ一緒だった。

 ついこの間まで、親父の顔を見るのには少し上を向かなければいけなかった。自分の成長の早さに驚く。

 いつの日か、この親父のツルピカハゲ頭のてっぺんを拝む日が来るのだろうか。ああ、そうそう、丁度そんな感じに……って、おい!


「何のんきに座って茶を啜ってんだよ!」

「まあ、お前も座れ。息子の進路話だ、ゆっくり話そう」


そう言い、お茶を勧めてくれた。ご丁寧にお茶菓子まである。どこから取り出したんだよ……。

 ゆっくりと縁側に腰をかけ、再び頭が親父と同じ高さになる。


「あたしも御呼ばれされていいかしら?」

「ああ、どうぞ」


 隣に座る女の子にお茶を差し出す。

 …………ん?


「いつからそこにいた、双葉?」

「え? 『いい天気だ』ってところからだけど?」


 始めからかよ。


「おお、双葉ちゃんか」

「あ、おじさんこんにちは。今日も頭頂部に後光が射して神々しいですね」

「いや~、双葉ちゃんは口がうまいねぇ」


 微妙に褒められていない気もするが……。

 こいつは、楠木双葉。昔っからの腐れ縁で、俗に言う幼馴染とか言うやつだ。

俺はよく分からないが、幼馴染という物を羨ましがる奴がいる。

 双葉の特徴をいくつか挙げてみよう。暴力女・意地悪・暴力女、そして暴力女。こんなののどこ良いのだろうか。

『そこがまた良いんじゃないか』と、言われたことがある。本当によく分からない。

そして顔だが、まあ及第点くらいはあげてもいいかなと思う。てゆーか、そうでないと困る。こいつは、俺と共にステージに立ち、大勢の人に顔をさらさなければいけない、俺の誇るべきバンドメンバーの一人だ。

 担当はベース、腕前は俺も一目置いている。こいつが……双葉がいるおかげで俺も安心して唄える。俺にとって、なくてはならない存在だ。

 さらにもう一つ、付け加えることがある。それはその、なんだ……、胸が女性として非常に残念だということだ。これについてもまた、変な反応をする奴がいるのだが、もう何も言うまい。


「で? 何の話ししてたの?」

「ああ、双葉の胸は残念だなって……」


 ……はっ、しまった! いきなり話を振られてつい、今考えていたことを口にしてしまった。

 ギ・ギ・ギと、音をたてながらゆっくりと双葉に首を回す。

 双葉はゆらりと立ち上がり、ニコリと笑みを向ける。

 俺の脳内にある『楠木双葉の取扱説明書』を総動員で検索にかける。

 あった。一番初めのページに、三角形の中に『!』のマークが入った記号の横にある『絶対にしてはならないこと・言ってはならないこと』の欄にそれは書いてあった。

 しかも普通、注意事項であっても『~しないで下さい』『~してはいけません』と、敬語で書いてあるが、それには『胸の話しはするな!』と、命令口調で書いてあった。それほど危険なことなのだ。

 双葉はまだ笑っている。それに曖昧な笑みを返そうとした瞬間、光速の四分の一の速度(目測)で落下する、硬く握られた拳が、俺の頭を貫いた。

 後はもう全力で土下座だ。頭を床にガンガンぶつけたり、額をグリグリと擦りつけたりと、全身全霊で謝罪する。双葉の怒りを鎮めるにはこうするしかない。このままだと、俺の命が危ないのだ。

 双葉が二発目のかまえをとる。よし、次はおだて作戦だ。


「双葉は小柄でとても可愛いな~。それにおしとやかで、良家の生まれだろ?」

「あら、そう? 宗一郎ってば口が達者なのね~」


頬に手を当て笑っている。ああ、見える、見えますよ、双葉の後ろに般若様の姿と手招きしている死神さんが……。


「皮肉にしか聞こえな・い・よ? (ハート)」


 その日、マグニチュード7の地震が観測された。震源地はもちろん我が家だ。





「なるほどね。宗一郎の進路の話をしてたの」


 双葉と親父が縁側に腰をかけ先ほどの話をしている。俺は地べたに正座で相槌を打つ。


「俺は寺なんか継がないぜ?」

 

 親父を睨み付ける。


「何を言うか! この歴史ある陽導寺はどうする気だ?」

「知るか! こんな檀家の一人もいない寺なんて潰してしまえ!」

 

 そう、この寺には檀家がいないのだ。どうやって我が家の生計が成立っているのか分からない。


「昔から言っているだろう。この寺には大事な役目があると」

「誰があんな与太話を信じるか!」


 俺と親父は立ち上がり、頭の悪そうな不良がする、ガンたれ合戦を繰り広げている。


「まあまあ二人とも、そう熱くならない」


 いつのまにか人数分の座布団と淹れ直したお茶を手にした双葉が間に割ってはいる。

 このお茶と座布団はどこで調達したのだろうと疑問に思ったが、「勝手知ったる他人の家よ」と、双葉がほざいていた。

 右から、親父・俺・双葉の順で縁側に座りお茶を啜る。


「お前はミュージシャンになると言うが、プロになれると思うのか?」


 庭に迷い込んできた野良猫を眺めながら親父が呟く。

 その言葉にどう返そうか悩んでいると、代わりに双葉が答えた。


「なれるわよ、きっと」


 ピョンッと縁側から飛び降り、親父の前に立ち両手を広げて説明する。


「おじさんは聴いた事がないから分かんないでしょうけど、宗一郎の歌ってすごいのよ? なんかこう、宗一郎の感情が直に伝わってくるというかなんというか……ああ、もう! 何て説明したら言いのかしら!」


 悔しそうに地団駄を踏んでいる。褒められるのは悪い気はしないが少々恥ずかしい。


「とにかく! 宗一郎の歌には不思議な力が宿ってる、そんな気がするの!」


 いや、もういいから。それ以上恥ずかしいこと言わないでくれ。


「お前は幸せ者だな、こんな事言ってくれる仲間がいて」


 微かに親父が笑っているような気がした。


「この話はまた今度にしよう」


 そう言って親父は立ち上がり、何処かへ行ってしまった。

「不思議な力が宿ってる……、か」と、言い残して。


「おじさん、笑ってたわね」


 やっぱり双葉にもそう見えたか。

 よく分からないが親父のお説教がなしになったのでよしとしよう。


「でもあんた、このお寺はどうするきなの?」


 分からない。親父がこの寺を大事にしているのもよく分かる。だけど俺は、ミュージシャンになりたい。今はそうとしか言えない。

 だから俺は考えるのをやめた。

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