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混迷する王国-2

「んぐっ、ごくごくっ……ぷはあぁ。はぁ~、極楽、極楽」


王城の一室――数十人が腰掛けられそうな大きなテーブルに、所狭しと料理や飲物並べられている。それをたった一人の少女が、怒涛の勢いで頬張っていた。


「どうした、何を遠慮しておる。折角の馳走じゃぞ、主らも遠慮するでない」


 城に連れてこられた俺達は、シュトライドに案内されるまま立派な装丁の施された貴賓室に通されたのだった。もちろん部屋の入口には衛兵が立ち、勝手に出歩く事を許す雰囲気ではなかったが、それでもいきなり牢屋に放り込まれるというような事はなかったのである。


「なあレイル、いつまでここで待っていればいいんだ?」


 シュバルトが落ち着きなく、部屋の中をうろうろとしている。


「さあな、とりあえずお前も座ってお茶くらい飲んでろよ」


 この部屋に通されると、間もなく次々と豪勢な料理や飲物がひっきりなしに運ばれてきた。これらに喜び勇んだのが、もれなくレーヴァテインであったのは言うまでもない。ここに来て随分時間が経ったようだが、その間ずっと絶え間なく食事を続けている。見た目通りではないとは言え、一体あの体のどこにあれだけの食物が入るのか不思議でならなかった。


「それよりシュバルト、お前身体のほうはどうなんだ?」


「んっ、何の事だい身体って?」


 ……こいつ、まさか自分が死にかけたことを忘れてしまっているのか?


「お前なあ、魂魄の同化で蘇生出来たんだろう、その後異常とかないのかよ」


 シュバルトの奴は、言われて初めて気づいたとでも言うように、ベタベタと自分の身体を弄り始める。


「う~ん、無いみたいだな。怪我の一つもないぞ」


 こいつが袈裟斬りにされた所までは覚えている、どうやらレーヴァテインの同化はそういった傷さえ完治させてしまったようだ。とうの魔神からは、何の説明もないしこれからシュバルトにどの程度の影響があるのか、心配ではあったのだが。


「レイル、君だってその腕、まるで何事も無かったかのように再生できたんだな。いやはや、さすがだな。そこまでの再生魔法、王都の治療師だって不可能なんじゃないかい」


 言われるまでもなく、俺自身不可解ではあった。

 再生魔法や治癒魔法は正直苦手な部類だし、何よりあの時の傷――レーヴァテインによってなされた切断面には、多分空間魔法の効果が付与されていたはずだ。今の俺の魔力では、次空間に干渉する術式を行使するには到底及ばない。もし仮に可能だとしても、これは再生というより時間を巻き戻したような……。たとえ時間遡行前の俺でも、簡単な事ではなかったのだが。


「なあシュバルト、お前はレーヴァテインと同化していた時、意識があったんだよな?」


「ああ、そうだ。あれは、不思議な感覚だったよ。目の前で繰り広げられる、壮絶な光景を引き起こしているのが自分でありながら、まるで人の目を通して垣間見ているような……手足も全く自由に動かせないのに、意識だけははっきりしていて。まるで恐ろしい夢を見ているかのようだったよ」


「そうか……。そしてその相手を、俺がしていたと?」


「そう、君は凄かった。僕の、魔神に操られる僕の天災とも云わん攻撃を、全て受けきっていたんだからね。凄い、凄いとは思っていたが、レイルあの時の君はまさしくおとぎ話に出てくる賢者もさながらな魔法を奮っていたと思うぞ」


 おとぎ話か……そう言えばヒルデ様や、ラルド殿下もそんな事言っていたな。


「そうか、そうだったのか……僕の方は、全く意識がなかったんだけどね」


 そう、俺は覚えていなかった。

 シュバルトがレーヴァテインに袈裟斬りにされ、倒れていく辺りからほぼ記憶が途切れている。俺の方こそ、まるで夢でも見ていたかのようだ。そしてその夢の中で、微かに俺を呼ぶ声があったのだけ覚えている。


「あれだけの魔法だ、いわゆる火事場の馬鹿力って事じゃないかい、ダハハハハッ」


 ふっ、シュバルトの感想なんてそんなもんだろうさ。

 土壇場でそんな未知の力が発揮されるなんて、おとぎ話でもあるまい。時間遡行の影響か? 俺の理解していない、あるいは知り得ない何かが未だ自分自身にあるという事なのだろう。

 いずれそれらも調べていく必要がある等と考えていると、部屋のドアが開けられた。


「待たせたな」


 シュトライド宮廷魔道士が、もう一人女性の魔道士を共に部屋に入ってくる。

 だがその声色には、若干だが疲れの色が滲まれているようだった。


「どうだ、少しは休めたか?」


 シュトライドが、俺とシュバルトを気遣うように言葉をかけてくる。

 そしてそのままレーヴァテインの前まで来ると、片膝をついて礼をとった。


「如何ですかなレーヴァテイン殿? 多少なりとも、ご満足頂けましたでしょうか?」


「んぐっ、んんっ……んんっ」


 レーヴァテインは口いっぱいに料理を頬張っているので、何を言っているのかわからないが、頷いている所を見ると満足したとでも言っているのだろう。まったく、あのなりで恐ろしいまでの力を持つ魔神だというのだが、今のざまは只の意地汚い小娘にしか見えない。真紅の髪に純白のワンピースと、その容貌が殊更目を見張るほどの美少女だという点を加味しても、食い散らかしたテーブルの惨状を前にしてはそれらも台無しであった。


「ご満足頂けたようで何よりであります」


 そう言うと、シュトライドはすっと立ち上がり、俺達の方へ向き直った。


「では両名とも、まずは各々覚えている限り、あの場で何があったかを包み隠さず話すのだ」


 依然とテーブルに並ぶ豪勢な料理を貪るレーヴァテインを尻目に、俺達二人に対する聞き取りが始まった。

 二人で各々確認するように、始原の塔に入るに至った経緯、期せずともヒルデを連れ立ってしまう事になった理由等、事細かに話していった。それを、もう一人の女魔道士が魔導蓄音機に録音してゆく。そして俺達の話をシュトライドは、黙って聞いていた。


 ひと仕切り話し終えると、深く考え込むように押し黙っていたシュトライドが口を開いたのだった。


「委細全て承知した。しかるに、貴様ら二人とブリュンヒルデ王女殿下は、そのトラップに引っかかり、偶然始原の塔最下層まで強制的に転移させられたという訳だな」


「仰る通りです、シュトライド様。僕ら二人にも、なぜあんなトラップが用意されていたのか、それが何を目的としていたのかまではわかりません。ただ、ここにいる魔神の封印を、意図して破るなどという事だけは決してありません」


「その通りです。レイルは逆に、封印の扉をなんとか元に戻そうと、懸命に頑張ったんですよ!」


「そう興奮するな。この王国に生まれたるもので、あの封印を解こうなどと考えるものは、赤子に至るまで一人もおりはすまい。だがな、何故貴様らが封印の扉の前に行った事で、それが解かれることになったのか……」


「そっ、それは……」


 俺もシュバルトも、次の言葉を紡げずにいる。

 すると横から口を挟む者がいた。


「そんなもの決まっておろうに」


 先ほどまで料理を貪って、俺達の話等まったく興味なさげだったレーヴァテインが、優雅にお茶を飲みながら話しかけてきた。その前のテーブルの料理は、あらかた食べ尽くされていたのだが。


「あの封印を用意した奴は、我をこの時、この時間に送り込むため、あの部屋の時と空間を外界と切り離すことで我を物質界で存在し続けさせたのじゃよ。でなければ、今頃我とて彼の神らと同様、別次元より限定した介入しか出来ぬようになっていたであろうからな」


「でありますか……王国の、ヘイムダルの伝承は、正しかったと言うことか」


「この国の王の方が、よほど詳しかろうに。知っておったからこそ、そち達の国王は、我の攻撃をさしたる被害も及ぼさず、防ぐことが出来たのであろう」


「左様ではありますが……。予め決まっていたと?」


「それは、我からは何も言えんよ。わかっておろう」


 俺もシュバルトも、二人の会話を黙って聞いているしかなかった。

 レーヴァテインの言っていることが本当なら、あの封印はあそこであの時、解かれると決まっていたことになる。つまり1000年も昔に。

 そして、それをこの国の王は事前に知っていた。

 シュトライドの言っている、ヘイムダルの伝承とは何だ? 

 俺は聞いた事もないぞ。


「さて、では貴様達の処遇についいてだが……」


 シュトライドが、改めて俺達に向き直る。

 しかしその後に続いた言葉は、予想に反し意外な言葉であった。


「貴様達は、今後自由に行動してかまわない。その行動を、王国として制限することはもちろん、何かを強制することもない。これは、国王陛下より事前に賜っていた厳命である」


「「えっ!?」」


 俺達二人は、驚き顔を見合わせる。


「それってつまり……アイナを助けに行っても良いと言うことですか?」


 外套に隠れ表情はわからないが、シュトライドは確かに小さく頷いた。


「ただ、個人的な想いとしては、出来ればこのまま王都に留まり、これからの王国の危急に協力してほしいのだがな」


「王国の危急……帝国の侵攻の事ですか?」


 先の資源の塔の崩壊の際に、魔族が突然尖兵として奇襲してきた事を指しているのだろうか? レーヴァテインが解放されたことにより、王都の霊的加護が消失した事を言っているのなら、俺達が残ったところでさしたる役にも立ちそうにないのだが。


「ヘーゲンハイムは知っておるだろうが、エヴェレット貴様は意識がなかったのだったな。貴様達には隠し立てする必要もないので申しておくが、現在国王陛下デュール8世は、御倒れになっている」


「何があったのですか?」


 俺の意識がない時の話か。

 シュバルトの話からすると、俺とレーヴァテインの戦闘の余波は王都を飲み込まんとするほどだったはずだ。


「国王陛下は、その身に宿るヘイムダルの加護のお力を使い、王都に降り注がんとした厄災を全てお防ぎになったのだ。その代償として、力を使い過ぎた陛下は現在意識のない状態に陥っておられる」


「僕もうろ覚えなんだけれど。僕のレーヴァテインの放った魔法によって、王都の空は一面劫火に覆われ、それが君を巻き込んで墜ちていこうとする時、七色の光のベールがまるでオーロラのように街を覆い尽くしたんだ」


「光のヘイムダル……そうか」


「陛下は今現在、昏睡状態であられる。そしてこうなるであろう事は、事前に陛下より伺っていたのだ。我々は、陛下の命に従い、レーヴァテイン殿の事、貴様達の事を処理しているにすぎない。私とて、全てを知り得る立場にはいないのだからな」


 シュトライドの声は、ぐっとくぐるもったものであった。それは自身の感情を押し殺して、発せられたに違いない。


「私は、そこにおられるレーヴァテイン殿こそ、全てを明るみにしてくださる者と期待していたのだがな」


 とうのレーヴァテインは、どこ吹く風と目を瞑り、ゆったりとお茶を楽しんでいる。


「とにかく、私が陛下より受けていた命令は、貴様達――特にレイル・エヴェレット、貴様の行動を黙認する事。そして、解放されるであろう魔神殿を遇するようにとの事だったのだ。ここに連れてきたのは、ひとえに私の我が儘でしかなかったのだよ。すまなかった」

 

 そこまで言うと、シュトライドは外套のフードを外し頭を下げた。だが、それよりもそこで顕わになったシュトライドの素顔にこそ俺達は驚きを隠せなかった。


「シュトライド様、あなたは!?」


 そこにあったのは、褐色の肌とどこか特徴的な耳を持った魔族の顔だった。

 年齢は40代か、ちょうど父のカイルより少し年上くらいな感じがする。


「驚いたであろうな、そう私は魔族、現在王国の敵となっているスヴァルトアームの民なのだ」


 まさか王国の誇る第一位階の魔道士が、敵国であるスヴァルトアームの人間であったとは。その事実にも驚いたが、なぜ今この状況で俺達にこんな秘密を明かしたのだろうか?


「そう険しい顔をしてくれるな。この事は王国内では、陛下を始めごくごく少数の者しか知らない事だ。しかし、これからあの娘を助けに帝国に向かうので在れば、話しておこうと思ってな」


 するとシュトライドは、控えていた女魔道士に何か指示をして部屋より退席させた。


「20年以上前になるか、私はある事情により帝国を追われる身となったのだ。そして流れ着いた王国で、陛下に拾われる事となったのだよ。その辺りの事情は割愛するが、私が帝国を追われる原因となったのが、先ほどブリュンヒルデ王女殿下を拐かそうと企み、貴様等の友人であるあの少女を連れて行った男なのだ」


「あの魔族が!」


「そう、名をバルタザール。現在の帝国七魔人が筆頭であり、帝国宰相を勤める男だ。当時からあの男は、抜きんでた魔力と才能を秘めていたが、それ以上に自身の目的のためなら手段を選ばぬ非情さと狡猾さを併せ持っていた」


「バルタザール、帝国七魔人……」


「あの頃の私は、帝国でも奴と並び称される麒麟児であったが、奴の奸計にあいやむなく帝国を逃げ出すしかなかった……。私の窮地を救って下さったのが、ときの皇太子殿下であったのだが」


「とにかく、あの男が関わっている以上、どんな企みがあるやもしれぬ。エヴェレット、貴様が如何に特別な存在だとしても、努々気をつける事だ。貴様が魔力だけでなく、この王国の趨勢に大きく関わる存在であることは、私にもわかる。それだけに油断せず、慎重に行動してくれ」


 何やらとんでもなく深い個人的な事情とやらを聞いてしまったが、どうしたものか。

 あの時の魔族がバルタザールという名だという事、そして七魔人としてもかなりの要注意人物であることはわかった。

 けれど、だからと言ってやらなければいけない事に変わりはないのだ。


「ありがとうございます、シュトライド様。そのような重大な秘密を打ち明けてまで、僕らの心配をして下さった事には、感謝をします。でもおかげで、追わなければいけない相手もわかりましたし、僕の家族とも言うべきアイナを絶対に助け出してみせます」


「その通りです、僕らは必ずバーンズさんを無事に助けますとも!」


「えっ、シュバルト。お前も行けるの?」


「えっ?」


「だってお前、そこのレーヴァテインから離れられないんだろ。だったら、一緒に行く事なんて出来っこないじゃん」


「いや、えっ、ちょっと待ってくれレイル。そんな、僕はだが……」


 慌ててシュバルトが、レーヴァテインを見る。

 そんな奴に、レーヴァテインはぶっきらぼうに言い放った。


「んっ、何じゃ? 我は別に良いぞ、行ってやっても。あれじゃろシュバルトよ、そのレイル坊と一緒に例の小娘を助けに行きたいと言うんじゃろ」


「えっ、いいのかお前? だってさっきはあんなに、晩餐がどうのとか言って城に行きたがってたじゃないか?」


「だから、馳走は充分堪能したからの。それに言ってなかったか、我の目的はそこのレイル坊と一緒にいなければ果たせんしの」


 そう言えばそうだ、レーヴァテインの封印がなぜ今になって解放されたのかは全然説明されていないぞ。こいつ何かにつけて、はぐらかしているしな。


「おい、レーヴァテイン。なんだ、その目的って?」


「っん、内緒じゃ。というか誓約によって我からは、言えんしの。しゃべれば存在事由が揺らぐ恐れもある」


 っく、こいつ。どこまでも、黙りのつもりか。

 だがと言う事は、シュバルトはもちろんだが、必然的にこいつも付いてくるって事になるのか。少女の皮を被った魔人――どれだけ危険な旅路になるんだよ。


「ダハハハハッ、なんじゃ辛気くさい顔しおってからに。我が一緒に参るのじゃ、大船に乗った気で安心するのじゃな。邪魔くさい人間なんぞ、片っ端から消し炭に変えてくれようぞ」


 10歳やそこらの少女が、とても外見とは似つかわしくない事を平然と言ってのける。

 本当にトラブルの予感しかしない。かといってシュバルトには、もれなくレーヴァテインが付いてくる。

 本当にこんなのを連れて、帝国領に侵入とか出来るのか心配になってくるのだった。



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