混迷する王国
「あぁ……アイナ……」
黒い霧がアイナとハーフダインを包み込み、白い外套に身を包んだ魔族共々消え去ると、そこには魔装機神の残骸と瓦礫とかした始原の塔だけが残さていた。あまりに一瞬の出来事に茫然自失となっていた俺には、周りがにわかに騒がしくなっていくのさえも霞がかかったように理解できずにいた。
「魔導探査を開始しろ! 直ぐ様トレースするのだ、奴らを逃すな」
シュトライドのであろうか、怒号が聞こえてくる。
「王女殿下を城へお連れしろ、魔道士の結界を中心に騎士隊で護衛するのだ、急げ!」
慌ただしく、数人の魔道士と騎士達がヒルデを攫うように一台の馬車へと押し込むと、騎馬に守られ飛ぶように王城の方へと去って行った。
「レイル、おいレイル!?」
空を眺めへたり込んでいる俺の肩を、誰かが激しく揺する。振り返ると、そこにはシュバルトが心配そうに俺の顔覗き込んでいた。
「レイル、何呆けている。バーンズさんが、攫われてしまったんだぞ !」
バーンズ……バッ、アイナだ。
そうだ! アイナが、っくそ!
「シュバルト、あの魔族を追いかけるぞ!」
「ぐおっ、わかった、わかったから手を、まず手を離してくれレイル」
無意識にシュバルトの襟を掴み、両手でねじ上げていたため喉を詰まらせたシュバルトが俺の腕を叩く。それに気づいて、俺が手の力を緩めるとシュバルトがドサリと地面に落ちた。
「おい、のんびりするなシュバルト。さっさと立てよ」
「ごほっごほっ、まったくレイル、君って奴は……」
気持ちの逸る俺は、呆れて苦笑いするシュバルトを即す。
だがそこに、水を差す者がいた。
「待つのだ、レイル・エヴェレット」
集まってきた騎士や魔道士、衛兵などに矢継ぎ早に指示を出していたシュトライドが俺の方へ歩み寄ってきた。
「あ奴ら魔族は、我らで追跡する。まず其の方らは、城へと同行してもらう。魔族の襲撃はあったが、未だレーヴァテイン殿やお前達に聞かねなければならないことがあるのだからな」
一刻も早く駆け出したい気持ちでいっぱいの俺にとって、シュトライドの申し出は邪魔なものでしかなかった。だがシュトライドと言えば王国第一位階の魔道士、力づくで押し通るとなるとかなり厄介な相手である。
「シュトライド様、仰られている事もよくわかります。僕も今の状況や、起こったこと全てを理解できているわけではありませんので、本来ならばご支持に従うべきだと思います。けれども、今はアイナを、連れ去られた彼女を助けに行かなければなりません。ですからお言葉に従うことは、残念ながら出来かねます。今すぐあの魔族共を追いかける。誰が何と言おうが、邪魔はさせません!」
にわかにシュトライドの雰囲気が、険しくなる。黒の外套に隠れ、その表情を窺い知ることは出来ないが、そこから覗く双眸がこちらを睨みつけるように注がれている。
「……では致し方ないな、力づくでも同行してもらう。今回の魔神レーヴァテイン殿の解放、それに関わった貴様の行動、全て我ら王国の命運に関わる国家最大の禁忌事項なのでな」
すると俺とシュバルトを遠巻きに、十数人の魔道士が取り囲みだした。どうやら、何が何でも俺を行かせる気はないようだ。
くそっ、魔力も体力も限界をとっくに超えている今の俺では、とても抜け出す余力は残っていない。だが、まごまごしている間にもあの魔族共は、どこまでもこの王都から離れて行ってしまうだろう。
「はあ、まったく……。おいっ、レイル・エヴェレット。シュバルト・ヘーゲンハイム。お主らいい加減にせえよ。さっさと馬車に乗るのじゃ。我が晩餐の歓待を、どれほど楽しみにしておるか、わかっておるのか?」
馬車の窓からから、痺れをきらしたレーヴァテインが顔をだしてきた。その顔は頬を膨らません、駄々をこねる子供のようだ。。
「っく、レーヴァテインか。お前は黙ってろ! 魔神だかなんだか知らないが、お前には関係の無いことだろう。晩餐でも宴でも、勝手に行って楽しんでこい」
「……まったく、少しは頭を冷やしてみるのじゃな。お主の言っている先程の奴らだが、既にこの都から数日圏内にはおらんぞ」
「なっ、何?」
「冷静に転移魔法陣の痕跡を辿ってみれば、わかりきったことであろうに。余程周到に準備していたとみえる、近距離転移を繰り返し、各々の魔法陣は自動消滅する事で追跡をかわすよう予め施していたのであろうな。お主程の者が、その程度もわからんとはどうかしておるぞ。その消耗しきった身体で、果たして追いつくことが出来るのかの? まあ他聞に返り討ちが良いところであろうな」
レーヴァテインに事実を突きつけられ、俺は言葉を失ってしまった。奴の言うとおり、今の俺は自分で立ち上がるのもやっとな状態だ。あの魔族の痕跡をたどることさへ覚束ない程に。そしてそんな押し黙っている俺に、シュトライドが再度告げてきた。
「ふむ、ではレイル・エヴェレット。まず体力と魔力の回復を図るためにも、我々と城へと同行してはどうだろうか? その際に今までの経緯と、今後の方針を話し合うのだ。お前が知り得ないことも、私の話せる範囲で説明する事も可能だ。何よりあの魔族を追うためにも、必要な事であると推察するのだがな?」
シュトライドが、先程までの張り詰めた雰囲気を和らげてくる。結局今の俺は、現状逆らってみても、城に強制的に連行されるであろうし、そのためにここで争っている時間すら惜しくも在ったのである。先程のレーヴァテインの言葉の通り、疲弊しきった俺は、魔法陣の術式を辿りアイナの跡を追うことも出来ずにいる。そんな状態では、如何に気持ちが逸ろうとも、アイナを助け出すことなど出来はしないのだと分かっていた。
「レイル、どうするんだ……?」
シュバルトが、俺とシュトライドの顔を交互に見比べている。
そう言えばこいつ、どうして生きてるんだっけ?
「ああ、すまないシュバルト。とりあえず降参だ、彼等の指示に従おう」
「だが、バーンズさんはどうするんだ。まさか、このまま放おって置くわけじゃないだろうな!?」
シュバルトが、非難めいた口調を滲ませる。
「そうじゃない、そうじゃないんだ。そんなつもりが無いことは、お前だってわかっているだろう? アイナを助けに行く、これが最優先事項なのは変わらない。だが、今の俺は情けない話、アイナを追いかけようにも空っ穴なんだよ。お前だって、どうやってか生き返ったのかは知らないが、何の準備も無しに飛び出していけるのかよ」
「そっ、それは……」
「あぁそれとな、言い忘れておったが」
まだいたのか、窓の縁に顎を乗せたレーヴァテインが、気だるそうに話しかけてきた。
「シュバルト・ヘーゲンハイムよ、其の方な我の依代となっておるから、我から離れることは出来んぞ。我とお主の魂魄は、云わば同化しておるに等しい。さればこそ、我はこの時間軸に顕現し続けることができているのだからの」
「「……っえ?」」
唐突にレーヴァテインが、とんでもない事を告げてきた。魂魄の同化―つまりシュバルトとレーヴァテインは、この次元に於いて一つの魂を共有する云わば同一体として存在している事を意味している。魔神、まがりなりにも神格を有するエネルギー体であるレーヴァテインが、物質世界で力を振るい続けるためには存在事由を繋ぎ止めるための依代を必要とするのだ。それは、神と称される超常の存在がその力を顕現させるために用意される。あるいは御神体と呼ばれるような物であったり、時として生贄と称される者であったりと様々な形をとったのではあったが……。
どの道、彼の者達はそうやって人が望むと望まないとに限らず、度々その姿を現していた。そしてレーヴァテインは依代として、なぜかシュバルトを選んだ。その結果、副産物として、あいつは蘇生することが叶ったのだ。
だが俺がそんな事実に驚いている横で、当の本人は全く見当違いの事を言い出した。
「うるさい、この魔神め! お前がなんと言おうと、僕はバーンズさんを助けに行くぞ。お前のような、幼女の皮を被った化物の指図は受けない!」
っん、こいつレーヴァテインの話を聞いていたのか?
「おいっシュバルト、わかっているのか? 今のレーヴァテインの話が本当なら、もしお前があいつから強引に離れようとすると、魔神の神格と同化しているに等しいお前の魂は最悪その存在事由を消失しかねないんだぞ」
「存在事由の消失って……どういう意味なんだレイル? 僕の魂は僕だけの物だぞ」
「だから、つまりそうじゃないって事さ」
俺の言葉にシュバルトは、訳がわからないとばかりに困惑の表情を浮かべる。仕方ないので、そんな奴にかいつまんでわかりやすく説明することにした。
「簡単に言うとだな、お前の魂はお前の物であってお前の物じゃない。今となってはレーヴァテインが物質界に顕現するためだけに必要な殻であって、その中身であるお前自身を形作る存在事由は、レーヴァテインの神格に共存している状態なんだよ」
「すまないがレイル、余計にわからなくなったぞ。僕の魂が僕の物でないから、どうなるって言うことなんだい?」
「あぁったく、つまりだなレーヴァテインから一定距離以上離れると、お前は死ぬって事だよ!」
「えっ、……なんで?」
ったく、こいつは……。
それをさっきから説明してやってるのに。
「ちなみにの、我とお主の魂魄のリンクが切れるのは、物理的距離で例えると――そうよな、この都より外に出た時点でアウトじゃろうな」
横からレーヴァテインが口を挟んでくる。なるほど、案外離れても平気なものなんだな。魂魄の同化の事例なんて初めてお目にかかるので、なかなかに興味深い。
「何を勝手なことを言ってるんだ! 僕は貴様なんかに行動を束縛されるいわれはないぞ」
「何か勘違いしているようだの、シュバルト・ヘーゲンハイムよ……」
レーヴァテインの口元に、怪しいまでの微笑が浮かび上がる。それは少女の容姿と相まって、とても艶めかしい雰囲気を醸し出していた。
「主に選択権なぞ、端から与えられてはおらぬのだよ。我がこの時間軸にて、我の成さんとする事に必要だから主を使ってやるだけで、必要とあらば主の四肢を切り落とし、目と口を塞いで引きずり回しても一向に構わんのだ。所詮生きてさえいれば、要は足りるのだからな」
「なっ……何だと!?」
あまりの物言いに絶句するシュバルト。だがそんな様子を見ても、レーヴァテインはどこ吹く風とばかりに艶めかしい微笑を浮かべたまま横目で俺たちを眺めている。
「シュバルト、あれは冗談の類いが通じる相手じゃないぞ。恐らく本気だ」
「わかっている、レイル……」
レーヴァテインとは対照的に、脳筋なシュバルトでさえも若干引いているのがわかる。理屈はわからなくとも、相対する少女の皮を被った化け物に気負されているのだ。俺たちの間に押し黙ったままの重い空気が漂っていると、シュトライドが再度即してきた。
「では、そろそろよいか? レイル・エヴェレット、シュバルト・ヘーゲンハイム、両名とも我らとともに同行してもらうぞ」
そう告げられた俺達二人は、複数の魔道士に連行されるように馬車に乗り込む。すると中では気だるそうにくつろぐレーヴァテインが、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべいた。見た目は12、3歳の美少女であるが、浮かべる微笑は只ならぬ艶めかしさを漂わせる。
……これが魔神か。
言葉少ない俺達と、どこか嬉しそうなレーヴァテインを乗せて、馬車はゆっくりと城へと向かったのだった。
**************************
「国王陛下は、父上はどうなさったのだ!?」
城の玉座の間へと続く回廊に、一人の若い男の怒声が響き渡っていた。
数人の護衛とおぼしき騎士と魔道士を引き連れ、その隣には右大臣ことセランデル大公爵が付き従っている。大仰にまるで城中に知らしめるかのように、わざとらしくも悠然と回廊を練り歩きながら、しきりと国王の安否が定かでない事を触れ回っているかの様であった。
「グラルド殿下」
玉座の間に差し掛かろうかという男に、脇から声をかける者がいた。グラルドは自分を呼び止めた者を視界の端に認めると、つまらなそうに問いただす。
「エルウィンドか、何用だ?」
するとエルウィンドと呼ばれた初老の男が、グラルドの前へついと歩み寄って来た。
「陛下は只今、御寝所にてお休みにございます。ご用の向きがございましたら、小生が成り代わりまして、お伝えいたします」
グラルドの前で恭しくも畏まった体で、エルウィンドは頭を垂れる。だが、それを見下ろすグラルドの目は下卑たものを見るかのように、蔑んだ色を帯びていた。
「ふんっ、顧問官風情が。差し出がましいなエルウィンドよ。貴様の役目は、陛下の小間使いであろうが。王族の、しかもこの王国第一王子たるグラルド・トール・ヘイムダルが、陛下に直にお尋ねしたき仕儀を邪魔するというのか?」
輝くような銀髪と、どこまでも暗く冷たい瞳を携えた若き暴君は、自身の父とさして変わらぬ年の相手をどこまでも見下した態度を隠しもしなかった。その横に控えるセランデル大公爵は、横目でそっとエルウィンドの様子を伺う。頭を垂れ、その面を伏すエルウィンドの顔色は知る由もない。
だがはたして、眼前の老臣は何を思っているのだろうか?
宮中顧問官と云う役職にあって、エルウィンドは現国王デュール8世の最も信厚き陪臣の一人である。国王の言を代わって伝える役目もあり、彼を蔑ろにしようと考える者は宮中にあってもほぼ皆無であった。そして、そんな彼であったが自身の立場を弁え、あくまで中立で在ろうとする事から、多くの者の信義を得るその存在は決して無視すべからぬものであったのだが……。
しかし今のグラルドに至っては、致し方なき事ではあるとセランデルは考えていた。現在王国は大きくその舵をきろうとしている。それは間違いなく、グラルドが中心となっていくであろうから。
「恐れながらグラルド殿下、陛下はお伝え致しましたように御寝所にてお休みにございます。その間の子細は、小生が承るよう仰せつかっておりますれば委細承知の上、重ね重ねお願いする次第にございます」
あくまで謙った態度を崩さず、だが頑なにグラルドの意思に添えないと繰り返すエルウィンドの言葉に、グラルドの眉が明らかに不機嫌そうにつり上がる。それを見てとったセランデルが、直ぐさまエルウィンドに問いただした。
「エルウィンド殿、少々な失礼な物言いではないのか? 殿下は先の異変を鑑みて、陛下に直接言上したいとの事であるに、その方の申し様なにやら含みを感じずにはいられないのだがな?」
セランデルに詰問されたエルウィンドであったが、その態度を些かも変えることなく、平身低頭のまま静かに答える。
「セランデル大公爵閣下、私ごとき一介の顧問官にそのような含むところ等ありえようもございません。しかるに、ただただ陛下の命に従いしまでの事、重ねて殿下にお願い申し上げる次第にございます」
グラルドの表情が、より一層険しくなる。一見謙ったエルウィンドの態度であったが、自分という王子を前にしてさえ引くことのない確固たる意思が感じられる。それは、もともと彼など歯牙にもかけていなかったグラルドにとって、いい加減何度も繰り返される言葉も合わさり、より一層苛立ちを募らせるものであった。
「もういい、斬れ!」
グラルドが背後に控える騎士の一人に、目配せした。
大柄な騎士の一人が、ゆっくりと腰の剣に手をかける。
だがそこに、セランデルが割って入った。
「殿下、お待ち下さい」
「エルウィンド殿、貴殿はこの有事を如何に考えておるのだ? 貴殿がいかに取り繕うとも、陛下が御倒れになった事実は、既に我らだけでなく城の主立った者には伝わっておる。際して、グラルド殿下が陛下に代わりこの国難に差配を行おうとお考えになるは、王族として当然の責務と思うが? まさか貴殿は、そこまで口を挟まれるつもりか?」
「ふんっ、セランデル、回りくどい言い方はよせ。エルウィンド、事後の処理は、父王に代わりこのグラルドが陣頭にたって取り仕切る。父上が御倒れになっている間は、我が国王代理となるのだ。逆らうと言うのなら処分する、文句があるか?」
「グラルド殿下、小生が賜った命は、あくまで申し上げた以上の事はございません。陛下に代わって国難に立ち向かうに、第一王子たる殿下以上にふさわしき方もござりますまい。私如きが殿下に具申つかまつる事など、ありえようはずもございません」
「……おいっ、セランデル」
「あいわかった、エルウィンド顧問官。陛下の御容体に関しては、貴殿にお任せしよう。ただし、逐次報告は摂政にして頂きたい。いかに陛下の命とはいえ、貴殿一人で秘匿して良い事とはとても思えん。それこそ、王国の命運を左右しかねない大事に成りかねん」
「大公爵閣下の仰りようご尤もにございますれば、私めには何ら依存ありません」
そう言うエルウィンドを一瞥すると、グラルドはもう興味が失せたとでも言わんばかりに、さっさとその場を後にした。護衛の騎士や魔道士もそれに付き従う。だがセランデルだけは、そこに未だ残っていた。
「エルウィンド殿、貴殿どちらの側に付くおつもりか?」
残ったセランデルが、グラルドの後ろ姿に頭を垂れるエルウィンドに問いかける。
「異な事を仰られる、大公爵閣下。小生は、王国の陪臣が一人にすぎません。どちらも何も、私の忠誠は王国にこそ捧げられておりますれば、その問い事態小生には全く意味の無い事かと存じます」
頭を上げたエルウィンドと供に、セランデルは玉座の間へ消えゆくグラルドを見つめていた。
「ならば良い。貴殿のような人物が、中立でおられるのなら周囲の者も公正な判断を下せようもの。今後王国が、誰の手に委ねられる事が最もより良き道となるか、誰の目にも明らかであろうしな」
だがエルウィンドは、口を開くこと無くただ前を見据えている。それに満足したのか、セランデルもグラルドの後を追うようにその場を立ち去るのだった。




