第七十六話「妹萌えなんて幻想だ」
「……ねえ、いったん屋敷に戻らない? もしかしたら、ジェイドもそこに――」
「……あ、ああ――」
時間停止が解除されてる、ってことは……用事が済んだって考えるのが自然ではあるんだろうけど、何故かこの頭の野生の感が告げている。
『ただ事じゃないの、急がないと終わっちゃうゾ☆』って、脳内でやかましい声が鳴り響いてる。
……これ、誰の声なんだよ。 前世の知り合いだったりする……のかもしれないけど、生憎私は前世に関する記憶が全く無いんでな。 西日本在住だったことだけはつい最近思い出したけど、何処で何をやってたのかすら覚えがない。
もしかしたら、この脳内再生されてる声もインド人とかだったり……はしないよな。流石にな。だって日本語だもん…………。
――良く考えたら、この世界で使われてる言語って日本語じゃないな。 文字は記憶にあるそれとソックリだけど、発音はぜんっぜん違う。 それでも聞き取れるのは、きっとこの身体が素晴らしいから。
ふふふ、さすが美少女だけあって違うな。 美少女に悪い子は居ないってのはホントだったんだ。
走るライズに置いていかれないように、全力で両足を動かす。 硬い地面を踏みつけるようにして、身体を前へと動かして――。
ちょっとずつ開いていく彼女との差に焦りながら、ホントに死ぬ気で腕を振って、足を動かした。
『早く! 急げって言ってるでしょ!!』って、謎の声から逃げるようにして。
「アリア! こっち」
「――!!」
ライズが指さしていたのは狭い脇道。 マトモに整備されたのが何年前なのかは解らないが、ひどく地面のタイルがひび割れていて歩きにくい。
しかも途中からは草が生い茂っている始末で、
それでも勇敢に――というよりは考えなしで――突き進んでいくライズに、私も頭を空っぽにして着いていく。
やけに周りが静かで――でもライズは変わらず走り続けているし、きっと時間が止まったわけじゃないんだろう。
それさえあれば生きてることは確認できるんだが……まあ、死んだなんて微塵も思ってないのが本音だけど、な。
やっと動きを止めれたときには、もうすっかりくたびれていた。 やけに疲れて、なんだか息がしづらい感覚――あれ、そんなに走ったっけな?
「……クリス?」
「――え、クリスちゃ……」
「ねえ、ジェイド知らない!? そのっ……、なんていうか不安になっちゃって――」
今にも泣きそうな声が聞こえてきたのは、屋敷のドアよりもっと前――。
こんなに心配されてズルい――なんて、今は言ってる場合じゃなさそうだな。
「――ごめんなさい、私たちも……。 とりあえず戻ってみれば何かあるかも、って」
「……そっか。 ううん」
無理矢理形作られた笑顔が、少しずつ、少しずつ剥がれていくのが目に見えて解った。
「きっと大丈夫……だよ……ね――っ」
俯いたその表情は良くうかがえなかったけど、きっとその頬は濡れてたんだろう。
……泣いてこそいないけど、ライズだって同じ。 普段よりずっとくっ付いて、私から離れようとしない……ように見える。 もしかしたら勘違いかもしれないけど、な――。
『……ざーんねんっ、ちょっくらアブナイ感じだね☆』
「――っ」
「えっ、え」
「誰……っ??」
唐突に何処からか聞こえてきた声は、高く、繊細で、美しく。
気付かない間に、そこに立っていた銀髪の少女は、まるで天から降りてきた女神のようにも見えて、そして――。
『やっほー☆ 女神ちゃんだよっ☆』
実際『女神』を名乗る、なんとなくムカつくクソアマだった。




