第六十四話「私にだからできること」
空中に浮かぶリーゼントが、だんだんと重力に従って動き、ついには地面に激突した。
観衆が沸く。 私は良い気分になれる。
最高だ……目覚めて良かった。 あのまま植物状態とかにならないで良かった……。
――でも、ちょっと様子がおかしい。
「……私、今のところは勝ってるんだよな――?」
雰囲気がお葬式ムードだ。 しかも、多分あのリーゼントじゃなくて……私の。
ふと見回してみれば、周りの観衆はみんな、私のことを見詰めていた。
可哀想――とか、これで百人目だとか、完全に殺される前提だ。
うわ、怖……っ。
――と、そんなことを思っていると、
「ククククク……」
リングの遥か向こう側から、気持ち悪いリーゼントの笑い声が聞こえる。
これは……その、あれだ。 エロいこと考えてる時の声にソックリ。
そして、また観衆がざわざわし始める。
駄目だ。 観衆の反応なんて、この世界に来て日の浅い私には良く解らない。
じゃあ味方を見てみよう。
今まで旅してきたんだから、仲間の考えてることなら――。
「この声――っ」
「紫の……魔力の霧ッ!?」
「…………」
――わからん。
「我を怒らせたこと、後悔するがリーゼント……フフフフ……」
無理矢理にキャラ付けをしながら、間抜けに右手を挙げるリーゼント。
彼が動くたびに観客はざわめく。 でも、わたしには全く解らない。
一人だけ取り残された気分だ。
「え……っと、ヤバいの? これって」
「私が手を下さずとも、貴様如き――」
いや下してるやん。 っていうか……下そうとしてる。 物理的には手を上げてるけど。
観客のざわめきが最高潮に達した。
何か来そうな気配が凄いから、さすがに私も受け身をとれるように――。
……やっぱり前言撤回。
受け身なんて良く解らないから、とりあえず油断しないように頑張る。
「自分の恐怖心に溺れろッ!! リラ・メーア――ッ!」
りら・めーあ。
えーとね、解説している暇も無いとは思うんだけど、するね。
私、こう見えてもすっごく中二病だった時期があったんです。 ……たぶん。 ドイツ語調べる機会なんてそれくらいだし。
リラメーアの『リラ』は……たぶん紫かな。 紫の魔力の霧らしいし、たぶんそうだ。
メーアは知らない。
観客が目を閉じたぞ。 怯えてるぞ。
やっぱり彼らの反応は良くわかんない。
仲間たちの反応を見ても、固唾をのんで、戦いを見詰めているだけにしか見えない。
リーゼントはドヤ顔。
ちなみに、さっき挙げてた手は、まだ空中にある。 疲れないのかな――。
あっ、ちょっとピクピクしてる。
やっぱり疲れてるんだ。
「さあ、紫色に塗りつぶされろッ――」
「えっ」
紫がどこにも見えない。 だけど、皆の反応を見るに、絶対紫。
すごく紫なんだと思う。 リラだし。
「――むらさき?」
「……なぜ立っていられる」
あっ、もしかして――。
――ひらめいたぞ。
「……へへーん、秘密ゥ」
いやらしい笑みを浮かべながら、私はリーゼントに向かってそう言ってみた。
私が見えなかったもの――。 まず魔王、次に魔王、最後に魔王。
魔王ってさ、魔力の集合体らしいじゃん。 それで身体を形成してるとか、最近になって知った話だ。
つまり私、魔力が見えないんだよ――。 多分。
『自分の恐怖心に溺れろ!』
『私が手を下さずとも』
――だったら恐怖心なんて無い。 見えないもの怖がってても、どうしようもないしね。
つまりさ、めっちゃ怖い魔力の霧が、私には見えてないわけでしょ。
あのリーゼントは手を下さないわけでしょ。
「勝てる――」
やったぜ。
一瞬強いのかと思ったけど、別にそんなこと無かったや……。




