第五十五話「越えちゃいけないライン」
――で、クリスちゃんの居なくなった今。
無駄に早く起きてしまった私は、一体どうやって時間を潰せばいいのだろうか。
外を出歩こうにも、まだ歩行機能に不安は残ってるっぽいし……。
というか、走ったらすぐガクってなりそう。 足にいまいち力が入らない。
「う、ぅ――」
思いっきり背伸びをすると、右の肘からボキっと嫌な音が鳴る。 ――のと同時に、じわりとした鈍い痛みが私の黄金の右手を襲った。
確か、ライズとジェイドは無駄に起床時刻が遅かったはず。
「――じゃあゲームでも」
この世界には無い。
「だったらお絵描き」
腕が若干麻痺してて、ロクに動きゃしない。
「ぐぐ……なら歌う!!」
早朝からそんな迷惑……ダメ、ゼッタイ。
どうしよう。 本気で暇すぎてヤバい。
「……寝るか!!」
いつの時代も、どの世界に居ようと、
朝に暇のあった人間が考えることは、たぶんすべての世界で同じである。
◆
「……んぅ」
――そして、時は経って(たぶん)五時間くらい後。
何だかんだで、あれから六度寝くらいしちゃってた気がする――けど気のせいだ。 気のせいだと言ってくれ。
今度こそはバッチリ起きてやる――。 そんな事を思いながら、柔らかな布団を使い、その反動で楽に起き上がった。
……あれ?
「おかしい――」
某名探偵ばりの声が自然に出てくるほど、私はこの景色に違和感を覚えた。
居るはずの無いものが、いる……。
時刻はギリギリ朝といえる位の時間。
そんな時間帯に、あのライズが――っ!?
「うぎゃあああああっ!!」
「――おはよう」
びっくりして思わず身体が跳ね上がり、
そのまま反動で尻を床に強打して、それがまあ痛くて痛くてまた飛び上がり――そして見事に着地。
たぶん第三者の視線で見たら、
こけたのに割とカッコよく誤魔化したすごい人……って感じの動作だったと、自分じゃ勝手に思ってる。
で、でも――。
「ら、らいず……?」
「ええ――そうだケど、何カ御用かシら?」
……あぁ。
早起きの影響か、人の喋る言葉を若干越えている。
よくよく見たら目も死んでるし、ライズに早起きはやっぱり無理ゲーだったんだろうか。
でも、そんなライズがこんな時間に――。
やっぱり、これほどまでに、私の存在はショッキングなことなの?
あと、よくよく考えたらそんなに早起きでも無い。
というか、むしろ寝坊したレベルだな。
「ほ、ホントに人間か……?」
その姿があまりに不気味すぎて、ボソリと問い掛けてみれば、
「……半分だケ」
それもそうだったな、って感じの答えが返ってきた。
うん。 話が進まないぞ、どうしよう。
――あれ?
「そういえば、ジェイドは……?」
「……出てッ、た」
クリスを追いかけて――と、ライズはその生き物とは思えない口調で続ける。
――どうにも、何故か死ぬほど嫌な予感がした。
「くそっ!」
次の瞬間、私は気付けば走り出していた。
階段を駆け下りると、足が異常にガクガクする。 メイドっぽい服のお姉さんに会うと、また私のことを見てガクガクしていた――でもそんなの関係ねえ。
ちんとんしゃんてんとん……。
ヤバい。
このままじゃクリスちゃんが危ないと、私の本能がそう警告していた。
「いたっ!!」
――予想は的中していた。
道の真ん中に、クリスちゃんとジェイドが二人きり。 しかも、ジェイドのほうは今にもバランスを崩して――。
あれだろ。 私知ってる。
ただこけただけなのに、何故か手が胸やら股間やらに伸びていくっていう特殊能力を持つ人たちって居るんでしょ。
「待ていっ!!」
全力スライディングで、二人の間まで手を伸ばして……。
「う――」
「アリアっ!?」
「ほっ!」
クリスちゃんだけ救出して、そのまま魔物の手が届かないところまで逃げる。
――と、それだけの動作が終ったとたんに、
ジェイドの顔面は、勢いよくレンガ詰めの地面に向かっていった。 ちなみに、レンガといっても腐葉土っぽい感触なので、たぶん血がドバーでうわーなことにはならないだろう。
……たぶん。




