第四十四話「決戦に備えて」
――あの腐れ外道が降りてきた彼の日から、丁度三日間。
「――ん……」
「……ライズっ!」
目を開けたライズに向かって、クリスが嬉しそうに飛び着いて行く。
誰かさんの寝相のせいで、強盗でも入ったように、悲惨なことになっている部屋。
絶えず鳴り響くセミのような鳴き声は、この町の暑さをより一層際立たせた。
――そして。
「……あら? アリア――」
「――貴女が『アルロッタクンイチゴウ』。 私はアリア、暫くの間だけだが宜しく頼む」
ごく微妙に天然ボケを発揮している、様子のおかしい綺麗なアリアは、
やはり背筋を伸ばしながら、ライズを興味深そうな目で眺めていた。
「未だ不完全なままの魔王を、この場に召喚する儀が行われるとの噂を耳に入れた。 私も魔術騎士の端くれとして助力したい」
「――――あら?」
「勿論、貴女方の力には遠く及ばぬかも知れない。 だが、一度敗れた相手――」
「一度敗れた、って……?」
中身が入れ替わったかのようなアリアに、戸惑うばかりのライズ。
――にしても、敗れた……とは穏やかで無いな。
「――クリス、前回の魔王出現について」
小声でそう問いかけてみると、クリスは小さく頷いた。
そして、皆に聞こえるような声で、彼女はその結末を語り出そうとする。
「……いまから千年前のことだって言われてる。 だけど――」
大丈夫なのかを問うように、クリスはアリアのほうに視線をやった。
――そして、当の彼女は。
「教えてくれっ……! 私が成そうとした事――誰かに、伝えて欲しいんだ」
涙混じりの震えた声で、それを話すことを許す。
――だが、その目元は長く伸びた前髪によって、何も見せないように隠されていた。
一日、二日と一緒に居ただけではあるが、今のアリアが、安易に他人に涙を見せるような性格だとは思えない。 ……それについては、元の彼女にも共通している事かも知れないが。
「……わかった」
彼女が口にした願いを、クリスは了承して、もう一度口を開きだす。
「――千年前のこと。 すっごく強くなった魔王は、とある国の上に出てきたんだ」
「……凄く強い――って、完全体だったのか?」
「うん……ボクが知ってる限りでは、そういうことになってる」
「…………」
硬い表情をして耳を傾けるアリア。 完全体となった魔王の力を、その身体で直々に味わわされたのだから、
恐らく今でも、心には深く大きく、そして痛々しい爪痕が残されているのだろう。
そんな、俯いて不安そうにも見える彼女の手を、ライズがそっと握った。
「――!」
「……大丈夫。 この時代で、決着を付けるから――その為に私がいる」
「…………」
発されたライズの言葉に対して、アリアはゆっくりと首を縦に振る。 その表情は、以前よりも少しだけ明るく――なったようにも見えた。
「でね、その国は、魔王が出てきてから一瞬でなくなっちゃったらしい。
だけど、一人だけ残ってる人がいたんだって――――それが、」
そこまで言ってから、クリスはアリアのほうを向く。
「…………そうだ。 私だけが逃げ延びた――誰も、助けられずに」
「――――」
と、そんな時。
「――!」
「……どうした?」
肩をピクリと震わせたアリアに、俺は聞いてみた。
すると、
「どうやら、もうすぐ時間のようだ。 話の続きは、また今度聞かせてもらおう――」
彼女の眼から、少しずつ光が消えていく――。
「え……ねえっ、また今度って?」
別れを惜しむように、クリスはそう問い掛ける。
「――さあ? だが……きっといつか、皆に再開できたら良いな」
上を向きながらそう言ったアリアの顔は、どこか儚げで、それでいてとても美しいものだった――。
「……皆と居られて楽しかった。 何度も絶命の瞬間だけを繰り返して、気が狂いそうになっていた所だったからな」
「――絶命の、瞬間」
俺も一度は経験した筈なのだが、生憎のこと全く記憶が残っていないそれ。
人間が息絶えると言うのは、簡単なようでいて、とても難しいことだろう。 最後の一瞬まで、『生きたい』ともがきながら、
想像を絶するほどの苦痛を必死に耐え、そして耐え切れなくなったときには――。
それを幾千も、幾万も、千年後であるこの時代に至るまで。
短く、大きすぎる痛みを、何度も繰り返してきたのだろうか。
考えてみるだけで、恐怖に襲われた。
そんな事を繰り返してなお、まだ気が狂わないままに居られる彼女が、異様なまでに強く誇り高いことを知った。
「……それでも尚、奴には――」
はっきりと示された力関係は、魔王がどうしてそう呼ばれているのかを、痛いほどに思い知らせる。
「ああ……だが、きっと貴方達であらば」
「――大丈夫よ。 今ならまだ……ね?」
先ほどからこの二人の距離が近いのは、きっと誰かの温もりを感じていたかったからなのだろう。
「うん、うん! だからキレイなほうのアリアは、心配しないで良いよー」
「……そうか。 有難う」
その刹那、部屋に眩しい光が差し込んだ。 明るく空間を照らす、その光の中央にあるのは――紛れもなく、彼女。
眩しさがより一層増した、その瞬間。
「――――」
綺麗で、高潔で、美しかった彼女は、普通のアリア・ユリシフタに変わっていた。
おひさしぶりです
更新遅れてごめんなさいm(._.)m




